2016年03月31日

NHKスペシャル「ママ達が非常事態?2」

NHKスペシャル「ママ達が非常事態?2」

子育て中のお母さんはストレスをためやすいのはなぜか、
を脳科学から見た番組。
前回、第1弾を見て面白かったので、また録画してみました。
まずは記憶を頼りに内容を書いてみます。

●前回までのおさらい
 ○子育てはもともと協業するようにできている
  ・出産したばかりの女性は、脳のホルモンの働きで、不安を感じて助けを求めるようになっている
  ・アフリカの部族の子育てではお母さん同士で協力し合う。他の赤ちゃんに授乳もする

 ○子供の困った行動の原因は脳の発達のため
  ・夜泣きはお母さんの胎内にいたときの名残
  ・イヤイヤ期(2、3歳)は前頭葉が発達してないために起こる、6歳くらいになれば我慢できる

今回も脳科学による発見を紹介しています。

●子供の人見知りの原因
 ・生後半年後くらいから、お母さんでないと泣いたり、
  だっこし続けていないと泣く子がいる
  (お父さんでもだめ)

 これはなぜか

 ・子供に、母親と母親でない女性の写真を並べて見せる実験

  人見知りが始まる前の子供は母親しか見ない
  人見知りする子は母親でない女性もじろじろ見る

  つまり、これは母親以外の他人にも興味を持つようになった証拠、成長の過程

 ・また、人見知りする子は他人の目を見て泣いている

  他人の目を見るのは、動物では威嚇し合うとき

  目を見ると脳のへんとう体が働いて恐怖を感じる。
  成長すると前頭葉が発達し、安心な人と認識し、
  へんとう体を抑制するので泣かない

 ・つまり人見知りは本能的なもので、その人が嫌いなわけではない(お父さんが嫌な訳じゃない)

 ・人見知りする子には目を合わせるよりも、お母さんと仲良くすると良い
  子供がお母さんとのやり取りを見て、「この人は大丈夫だ」と安心する

 ・前頭葉の発達は人間だけ
  動物では基本は目を見ると恐怖を感じる
  見つめあって愛情を確かめるのは人間だけ

●イヤイヤ期の子供
 前回の内容では、この時期の子供は前頭葉が未熟なため、欲望を抑制できない

 しかしこの時期は親は耐えるしかないのか?

 アメリカの研究によると
 ・叱るのはだめ
  恐怖感を起こさせ、欲望を抑制させるだけ

 ・前頭葉の発達を促す
  「子供が自ら考えて自分のイヤイヤを抑える」ための訓練が必要

 ・具体的には、簡単なルールを作り、我慢できたらほめる
  「耳」「口」のカードを配り、「耳」の子には「ひたすら聞く」役割をさせる訓練など

 ・どうしても泣き止まないときは、
  感情が暴走しているので
  ごほうびを与えるなど、気をそらせてもよいが、
  これはあくまでも緊急手段

 ・基本的には自ら抑制できる訓練をする
  小さい達成感を積み重ねると自信につながる

 ・前頭葉は、
  未来のことを計画する
  社会のルールを理解するなど
  人間だけが発達させてきた機能
  それを長期的に育ててあげることが大事

●イクメンについて
 母親の父親への不満
 子供のぐずりへの対応が遅い

 ○男女の脳の違い
 ・ただのノイズと赤ちゃんの泣き声を混ぜて聞かせる実験
  女性は、独身でも既婚でも、男性より子供の泣き声に反応した

 ・母親が、子供の泣き顔を見たときの脳の変化を見た実験
   泣き顔を認知するところ
   理由を分析するところ
   体を動かすところ
  が順に活発になる

 つまりもともと男女で役割するように脳が発達してきた
 女性は子育てする役割、
 男性は食べ物、敵を追い払うなど、子供と母が安心して子育てできる役割

 ○男も育児に参加することで育児脳に変化する
  ・男子大学生に、週一回二時間3ヶ月子育てしてもらう実験
   脳の反応がわずかだが強くなる

  ・父親に毎日15分子供とふれ合ってもらう実験
   父親のオキシトシンが増え、
   子供にも増える

 「オキシトシン」
  愛情ホルモンと呼ばれる
  女性では出産陣痛を促す、おっぱいを出すなど

  ・既婚男性に独身女性と近づき、抵抗感を感じる距離を計る実験(イスラエル)
  何もしない15人の被験者では平均55センチ、
  オキシトシンを吸った15人の被験者では平均70センチ
  つまり、オキシトシンにより、他の女性には魅力を感じなくなる

  オキシトシンは、「家庭を守る」ための愛情ホルモン
  愛情の対象は誰でもいいわけではない

●これからの子育て
 ・男性はもともと育児を支える役割だったが、
  共働き夫婦が増えたことで育児への参加も求められる時代になってきた

 ・女性はおばあちゃんや近所の人など助けを求められる人が少ないので、
  育児を一人で担うことになっている
  (日本の核家族率は80%、男性の育児参加も他の先進国に比べれば少ない)

  つまり脳みそ的にはどちらにとっても苦しい時代。
  これからの役割分担を考えていかねばならない


まとめると
●子供の人見知りは、母親以外の他人にも興味を持つようになったからこそ起きる現象。

 ただ、まだ脳が未熟なので、本能的に他人の目が怖いと思ってしまっている。
 成長すれば、前頭葉の働きによりこの人は大丈夫だと思えるようになる。
 本能的に怖いだけで、その人が嫌いで泣いているわけではない

●人見知りの子は、他人の目が怖いので、その子をあやそうとするとむしろ怖がる。
 なので母親と仲良くし、その様子を子供に見せることで、この人は安心だと思わせると良い

●イヤイヤ期の子は、前頭葉が未熟なので自分の欲を抑えられない。
 なので自ら考えて欲を抑えさせ、前頭葉の発達を促すのがよい。
 具体的には、簡単なルールを決めて守らせ、できたらほめる。
 小さな達成感を積み重ねること

●母親は、父親が子供のぐずりなどに反応が鈍いことに不満をもちがちだが、
 これは男女の脳の違いによる

 女性の脳はもともと子供の泣き声に敏感にできている。
 また、子供の泣き声を聞くと直ちに体が反応するようにできている

●男性も育児に参加することにより、女性の育児脳に近付くことができる。
 脳の働きが活発になったり、
 オキシトシンというホルモンが増え、他人より家族に愛情を向けるようになる

(実際、ゲストのユージさんは男性ですが、毎日夜泣きに付き合うので、娘の夜泣きの前兆ですぐ起きられるらしい)

●近代では、生物学的な脳と生活環境のズレが出てきた

 生物学的には
 ・女性は出産や子育て、
  男性は家族を守る(食べ物を集める、敵を追い払う)
  という役割分担をするよう脳も発達してきた

 ・女性は子育てで周囲の助けを求めるために
  不安を感じるホルモンを出すよう脳が働いていた

 しかし近代では
 ・女性も社会で働き男性も育児参加する

 ・核家族など、女性が周りに子育ての協力を頼みにくい

  これからの男女の役割分担などについて、考えていくことが必要


感想です。
・子供の人見知り、というのは思い当たることがありました。

 昔結婚したばかりの頃、だんなの親戚のおばさんが、孫を連れて義母さんを訪ねて遊びに来たことがありました。
 私は子供が苦手だったので、その子をあやすことはせず、その子のおばあちゃんとおしゃべりしていたのです。

 その子は私のことを怖がらなかったらしく、
 後で「あの子が知らん人怖がらんなんて珍しいわ」
 と義母さんが言っていました。

 私は子供がむしろ苦手だったのでびっくりしたのだけど、
 今回の内容によれば、ヘタにその子を見ず、おばさんに愛想よくしていたのが良かったのね。

・子供のイヤイヤには怒ったら効果なし、
 なのはわかる気がする。

 経験から言うと、
 力づくより自分で納得するまで気長に待つ方が、
 回り道だけど面倒が少ない。

 訓練するのもいいかもしれないが、
 子供が親の思い通りに守れなかったら余計切れそうな気もするので
 そこは注意が要りそうですね。

・イクメンの話。
 友達の話を聞いていても、
 遊び場とかで雑談する母親たちを見ても、
 だんなについての愚痴が多いなぁと思ってました。

 これは脳の違いによるのね。
 だんなさんが子供の変化に気づきにくい、
 それに妻がイラつく、のは仕方ないというか。

 ただ気になったのは、番組の方向が母親寄りというか、
 「だから男も積極的に育児に参加して、育児脳を育てよう」
 みたいな感じに受け取れたこと。

 司会のあぶさん(北陽の)がコメントで
 「私だんなに怒りすぎなのかな?」
 と反省していたけど、こういう見方も重要じゃないかなぁ。
 つまり母親側の意識の改善も必要な気がするのです。

 父親は脳みそ的に子供に気がつきにくいのは仕方ないんだから、
 あまりだんなに求めすぎるのは酷なのでは…

 私自身、働いてないから偉そうなことは言えないのだが、
 だんなさんだって仕事もして、家事もしてるのに、
 女性と同等に子育てしろってのもかわいそうなのでは…

 大事なのは、違いを知って、ある程度は相手に求めすぎないようにする。
 その上でお互いやれること、やれないことを補い合う、教え合うことが必要なのかな、
 と思いました。

・今回の内容とはややずれますが、
 前回のおさらいを見て、自分も辛かったことを思いだしました。
 一人目を産んだときは、なんで私ばかり子育てしなきゃならないの?と思ってました。
 授乳している間に、義母さんとかが
 「じゃその間お茶してくるし」
 と言われただけで
 なんで私だけ休憩できないの?
 と切れそうになってたことを思いだします。

 また、二人目を産んだばかりのとき、
 家事はするな、子育てだけしろと言われたのが辛かった。
 (本当に1ヶ月、台所にすら立たせてもらえなかった)

 産後に無理しないように、という気遣いだったのだろうが、
 子育てだけで他のことをするな、
 息抜きなんかするな
 と言われているみたいで辛かった。

 いずれも
 「私も他のことしたい」
 と言おうものなら、
 「母親のくせにサボるな」
 と怒られそう(怒られた)なのが怖かった。

 更に一番忘れられなかったのは一人目を産んた直後のこと。
 先輩ママの体験談を書いた冊子(たしか病院からもらった)に

 「夫に数時間見てもらう時間を取ってもらえて息抜きできた」

 みたいなことが書いてあるのを見て、だんなが
 「そんなん言うなら子供なんか産むな」
 と言ったこと。

 母親は息抜きしたらいけないのか、
 そんなことを考える私は母親失格なのか、
 と悲しくなった記憶があります。

 しかし、脳の働きからしたら
 母親が育児を辛いと思うのは仕方ないのであって、
 わがままでもなんでもないのだなと。

 もちろん、それは育児放棄するのとは別で、
 自分でも何とか楽しもうとする努力は要ると思いますが。

 ちなみにだんなの名誉のために言うと、
 理由は分からんけど今は考え方が変化しているようだ。
 今では「子育ては仕事よりも大変で大切な仕事なのに、
 なんで世の中では評価されないんだろね」
 みたいなことを言ってくれるようになりました…
 今「あなたあんなこと言ってたのよ」
 っていっても本人は忘れてるだろうなぁ。

 今回も分かりやすくてなかなか面白かったです。

無責任な母親を冗長するのではなく、
あくまでも子育てをみんなで考えられるようになる時代になると良いなと思いました。

そもそも子育てって教わることも多い。
(アドラー心理学の岸見氏も、アドラー心理学は子育てに四苦八苦されていたときに出会ったらしい)
楽しいことばかりではなく、
むしろ辛いことも多いけど、やりがいもある。
そういう子育てのメリットみたいなものも研究してほしいなと思いました。

考えてみると、子供がほしくても恵まれない方もいるわけで、
そういうことを考えたら子供に生まれて来てもらったというか、
貴重な経験をさせてもらえているなぁ…と。
そういう、子育てさせてもらってる、という感謝の心も必要かなぁと思ったりします。

なんかまとまりないですが、
今回はこの辺で。



posted by Amago at 13:09| Comment(0) | テレビ(育児) | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

NHK「100分de名著 アドラー第3回 「対人関係を転換する」」

NHK「100分de名著 アドラー第3回 「対人関係を転換する」」

アドラー心理学の本についての
NHKの番組を見た感想です。
今回は第3回目の話。

アドラーによれば、全ての悩みは人間関係から、だそうです。
そこで、人間関係を楽にする考え方が紹介されています。

●人間関係が起こす悩み
●引きこもりと親の甘やかし
●子供の問題行動
●承認欲求
●課題の分離
●自分で自分の人生を決める勇気

●人間関係が起こす悩み
 アドラーは、すべての悩みは人間関係、と言っている

 ・「死」=愛する人との別れ
 ・体形で悩むのも、他の人がいるから
 ・孤独すら、他人がいないと感じない
 一方で、喜びも人間関係から得られる

●引きこもり(広場恐怖症)と甘やかし
 ○VTRでの解説
  ・アドラーによると
   他人を敵と思う人は、自分を世界の中心と考えている

  「広場恐怖症」(引きこもり)の人は
   一般には他の人に見られるのを怖がっている、
   と考えられているが
   そうではなく、自分を世界の中心と考えている。

   こういう人は、甘やかされて育ってきたことが多い
   望むもの全てを与えられて育てられると、
   他人が自分に何をしてくれるかで他人を判断することになる
   他人が自分をちやほやしてくれない現実にぶつかったとき、
   怒りを感じ不機嫌になる

  伊集院さんは引きこもりの過去があるので、その気持ちが分かるそうだ。
  「百パーセント注目されたいから、
そうじゃない世界を切り離して、
  注目してくれる世界、
  自分の家族だとか、
  想像の世界の中だけに生きるようになる」

 ・原因は、「甘やかし」
  アドラーは、甘やかしには厳しいらしい
  甘やかされた子は、注目を求めるようになる
  一例がおねしょ

●子供の問題行動
 ・伊集院さんも小学校四年生までおねしょを毎晩していたらしい。

  彼の話によると、お兄さんが病弱で、親はそちらにかかりきり。
  姉もいるが、女の子なので注目されていた(少なくともそう思っていた)
  自分は優等生で甘えかたが分からなかったが、
  毎晩おねしょだけはしていた。
  そのあと、親と一緒に寝られるのがたまらなく嬉しかった
という話でした。
  「注目されたい、という気持ちがよくわかる」

 ・「どうしたらいいんですか?」
  おねしょにまつわるコミュニケーションをやめる
  おねしょがなかったことにして、そこに注目しない

  おねしょに注目すると、おねしょすれば親が構ってくれると学習してしまう
  それよりも、おねしょなんかしなくてもあなたのことを見ているよ、と親が伝えてあげないと、
  おねしょが直ったとしてもまた別の問題を起こすらしい。

  伊集院さんはそれも分かるらしい。
  おねしょが恥ずかしい年頃になると、今度はグレたらしい
  「あの頃の俺に教えてやりたい」
  と言ってました。

●承認欲求
「ほめられたい」「認めてほしい」という気持ち
 親が悲しむからと、自分の望む進路を選ばず、親の望む大学に行くなど

 ・「承認欲求」を持つ原因の一つとして「賞罰教育」がある
 ・例として「ごみひろい」
  学校でゴミが落ちているとき、
  無意識に誰かいないか周りを見る
  誉めてくれそうな人がいたら拾う子になってしまう

 ・「スパルタ教育が良くないから「誉めて育てよう」教育になったのではないの?」
  ほめるのも叱るのも
  自分で判断できない子になる
  他人に承認されないと物事ができない子になってしまう

 ・承認欲求が強い人は、子育て、介護が困難になる
  (子育ては、与えるだけで評価されない)

 ・「どうすればいいか?」
  人生はギブアンドテイクではなくギブアンドギブ、と割りきること
  恋愛も同じ

  そういう生き方をしていれば、
  人に認められなくても
  自分で自分の行動の価値を
  自分で測ることができる人生になる

●課題の分離
 ・課題の分離ができていないと問題が起こる
  子供が親の意に沿わない進路を希望したら親が嘆く、など

「他人の課題を切り捨てよ」
 「課題」とは、物事の結末を誰が背負うか

 子供が決めた人生の結末は、子供が背負う。
 親が背負うわけではない。

・「親が良い大学を望むのは、子供のためを思ってのことじゃないの?」
  子供にいい人生を歩ませたい、というのは親の課題。
  子供からしたら、親の課題を子供が背負う義務はない

  つまり、親にとっていい人生が子にとっていいとは限らない

 ・課題の分離をして、
  どこまでが子供の問題か、
  どこからが親の問題かを分ける。
  そこから話し合いが始まる。
  そういう話し合いをする関係を作ることが重要

 ・子供の決めることに親が土足で踏み込んではいけない。
  すべての人間関係は、
  他人の課題に土足で踏み込むこと、あるいは踏み込まれることと言っても過言ではない

 ・「冷たいんじゃないですか?」
  冷たい関係でなく「涼しい」関係、
  クールダウンせよということ。
  課題は分離しても関係を切り離せとは言っていない。
  分離がゴールだと思っていると、
  親が子供に無関心になってしまう危険もある

  「なるほど、課題の分離がゴールと思ってしまうと、
それは親子として冷たくないか?と思うのだけど、それはスタートなんですね。
つまり子供のアドバイザーにはなれるけど
  支配はできない」

●自分の人生を自分で決める勇気
 ・誰もが自分の人生の主役
  自分で課題を背負うのは怖さがあるが、
  それが幸せになる第一歩
  その勇気を持つこと。

 ・岸見氏自身の体験談も言っておられました。
  長年父親との関係がよくなかったけれど
  アドラー心理学に出会い劇的に改善したらしい。

  岸見氏は小学生のとき、父親に殴られた記憶があり、
  それをずっと根に持っていた。
  しかし今から思うと、
  そのことがあったから父親との関係が悪くなったわけではなく、
  もともと自分が父親との関係を良くしないでおこうと決めていたのだった。

  岸見氏によると、
  アドラー心理学が教えてくれたのは
  「対人関係のカードを握っているのは常に自分」
  だということ。
  相手は関係ない、
  自分が関係をよくしようと決めれば、
  必ず人間関係はよくなる。
  そう思ったとき、
  劇的に父親との関係が変わったらしい。

  自分が変われば相手は変わるかもしれない。
  変わらなかったとしてもそれは相手の課題である。
  そう考えていくと、見方が変わってくるようです。


まとめると、
●アドラーによると、全ての悩みは人間関係につながっている

●引きこもりや対人関係のトラブルを起こす人は、実は自分を世界の中心と考えている。
 これはアドラーによれば、
 甘やかされて育った子が、
 そうでない現実に適応できなくなって起きる症状である

●引きこもりやおねしょなどの子供の問題行動は、
 「注目されたい」
 という欲求の現れ。
 親はそんなことをしなくても注目しているよ、というメッセージを与えること

●承認欲求とは、他人に認められたい、ほめられたい気持ち。
 承認欲求が強いと、評価されないと動けない人間になってしまう。
 賞罰教育(ほめる、叱る教育)はこういう人間を育てる一因。

●承認欲求から解放されるには、
 人生はギブ&テイクではなく、ギブ&ギブと割りきること。
 人から何かを与えられなくてもよしと考えれば、他人の評価から自由になれる

●課題の分離とは、結果を引き受けるべき人に問題を任せる、ということ。
 子供の問題は子供に任せ、親が必要以上に口出ししない

●課題の分離はゴールではなく、話し合いのスタート。
 誰の課題か?という視点から問題を整理することで、
 相手の課題にどこから介入していいか話し合う関係ができる。
 親も子供を突き放すわけではなく、アドバイザーにはなれる

●自分で自分の人生を決める勇気を持つこと。
 自分で決めるのは難しいが、得られる喜びも大きい

●相手との関係をよくしよう、という勇気を持てば、いつでも相手との関係を好転できる

感想など。
・最初引きこもり(広場恐怖症)の話が出てきたとき、
 「原因は親の甘やかし」
とされており、
 実際に子供の引きこもりで悩んでいる親から抗議が来るんじゃないか?
 と思ったりもしたのですが、

 伊集院さんの身の上話を聞いていて、
 甘やかしが原因かどうかは分からんけど
 とにかく子供が
 「私に注目して!」
 と訴えている現象なのだなということは分かりました。

 親としては、子供の頃の伊集院さんの切実な訴えがひしひしと伝わってくるようで、
 なんだか胸が痛む思いがしましたが、
 それと同時に、それだけ子供を認めてあげることの重要さがリアルに分かりました。

 私も最近は、負の注目は無くせないので(どうしても注意はしてしまう)
 プラスの注目を増やすようにしています。
 何でもないときに思い出したように、このときこうしてくれて助かったわ、と言うとか、
 子供二人がおとなしく遊んでいるときこそ「一所に仲良く遊んでくれて嬉しいわ」と言うなど。
 悪い気はしていないようなので、効果はどうあれそれはそれでいいかと。

・自分が相手との関係をよくしておこうと決意すればいつでも変われる、
 と思ったときから、
 長年上手くいってなかった相手との関係が変わった
 という岸見氏の体験談も心に響きました。

 人間は過去に関係なく、いつでも変われるんですね。
 決意と勇気さえあれば。

・課題の分離について。
 最初
 「それはあなたの課題じゃないでしょ?」
 という考え方を聞いたとき、
私も冷たい人だなと思ってしまいました。

 前回で触れた
 「私は相談しに来る人に、
大変でしたね、ということは言いません」
 と聞いたときも同様。

 しかしよくよく考えてみると、
 同情したところで何も解決には繋がらない。
 まあ言ってみれば時間の無駄というか…

 課題の分離にしても、
 感情のもつれを脇におく、
 考えなくても良いことと考えるべきことを分類する、
 という役割があるわけで、
 ある意味非常に合理的なアプローチだなと思いました。
 何よりも、悩んでいる当事者が
 必要以上に問題をぐちゃぐちゃ考えなくなり気楽になれる、
 というメリットがありますね。

 第4回は「他人を励ます」ことがテーマだったようです。
 第3回で「子供には賞罰教育をしない方がいい」という話があったけど、
 じゃあどうしたらいいのさ?
 の答えになりそうな回でした。
 私は間抜けなことに録画忘れたので見られませんでしたが、
 また再放送があれば見ようかなぁ。

 長くなりましたが、今回はこの辺で。

posted by Amago at 20:36| Comment(0) | テレビ(100分de名著) | 更新情報をチェックする

NHK「100分de名著 アドラー「人生の意味の心理学」第1回&第2回」

NHK「100分de名著 アドラー「人生の意味の心理学」第1回&第2回」

先日新聞を読んでいたら、アドラー心理学の第一人者である
岸見一郎氏のお話が載っていました。

といってもメインはアドラー心理学ではなく、
氏が父親を介護していたときの話の紹介でした。

しかしこのときの介護ストレス軽減にも
アドラー心理学が役に立ったそうです。
その中のエピソードの一つ。

お昼ご飯の支度をするとき、仕事があったので
氏は「あと10分待ってくれ」
と言ったが、父親は抵抗した。
それで、「待ってくれたっていいじゃないか」
と怒ってしまったことがあったらしい。

氏の解説によると
アドラー心理学的には、
自分の怒りは父の行動が引き起こしたのではなく、
自分にまず「相手に10分待ってもらう」という目的があり、
それが作り出したものだった。
そうです。

??
アドラー心理学がメインではないので解説はなく、
これだけではいまいち分かりにくい。

ちょっと考えました…
・実は自分では「仕事をしてからご飯の支度をする」と先に決めてしまっている。
相手がそれに従ってくれないので、何でだよ!と怒りを感じる

でも「相手が従ってくれない」のがきっかけだったらやっぱり相手が起こしたんじゃないの?

なんだかよく分からないので、
NHKの「100分de名著」の二月にちょうどアドラーの本を取り上げていて、
録画してあったので、それを見ました。

番組としてはけっこう分かりやすかったです。
岸見氏がナビゲーターとして出演されています。
岸見氏の解説も理路整然だったのもあるのですが、
司会の伊集院光さんと武内陶子アナウンサーの質問も良かった。
3人のやりとりで、心理学の話がより生々しく理解できる感じに仕上がっていました。
(ちなみに岸見氏自身もなかなかオチャメなおじさん、って感じで良かったですね(笑))

第4回目だけ録画忘れまして、かえすがえすも残念です。

なので片手落ちだとは思いますが、感想などちょっと書いてみたいと思います。


第1回目「人生を変える「逆転の発想」」
第2回目「自分を苦しめているものの正体」

第1回 人生を変える「逆転の発想」
●アドラーの経歴と、フロイトとの違い
●認知論
●目的論
●ライフスタイル論

●アドラーの経歴
 ・アドラーは病弱な幼少期を送り、身体的な劣等感を抱いていた。
 ・この劣等感から医学を勉強して医者になった。
 ・医者になり、サーカスの団員など丈夫な体が売りの商売をする人は、実は小さい頃は体が弱かった人が多いという事実に気づく。

 自身の経験や患者の話から
 「劣等感が人の原動力である」
 と考えるようになった。

 またその後、戦争に精神科医として従軍した経験も、彼の人生を大きく変えた。

●フロイトとの違い
 ・フロイトとは共に議論する仲であったが、考え方の違いから後に袂を分かつ。
 ・フロイトは「リビドー」(性的欲求)が人の原動力
 ・アドラーは「劣等感」

 戦争についても
 ・フロイトは「人は暴力欲求があるものだ」と解釈
 ・アドラーは「戦争は本来の人間の姿ではなく、人はお互い助け合うもの。どうすれば争わないですむのだろう」と考えた

 フロイトは精神を分析して終わり、という感じだが、
 アドラーはこれからどうしようかと考える心理学らしい

●認知論
 ・アドラーによると、
 「世の中は元々はシンプルなもの」
 世の中が複雑なのではなく、我々の見方が世の中を複雑にしている。

 みんな同じ世界を生きているのではなく
我々が自分で解釈した主観的な世界を生きている

●目的論
 ・今の出来事は過去の結果ではない
 ・トラウマなどはない
  今の目的から過去に意味付けをしているにすぎない
 ・過去をどう解釈するかの問題

 「トラウマがあるから引きこもりになるのではなく、
  引きこもることを先に選択していて、
  それを実行するために過去の出来事をトラウマと解釈している」

  ここで、伊集院さんが自分の経験を話していました。

  自分は高校中退で学歴がないのがコンプレックスだった。
  しかしある日、「これだけ進学率が高い高校で中退してる俺って希少価値が高い」
  と思ったら楽になったらしい。

 つまりは過去の出来事は今からどう解釈するか、ということ。

●ライフスタイル論
 性格というと、変えられないと思ってしまうので「ライフスタイル」と呼んでいる
 ・自分が自分をどう見ているか
 ・自分が世界をどう見ているか
 ・自分が「理想の自分」をどう見ているか
 これらは変えられないものではなく、
 変える勇気を持てば、選び直すことができる

「人は3日で変えられる」

 第一回はアドラー自身とアドラー心理学全般の概要についてさらっと触れている感じでした。
 「ただの精神分析でなく、
これからの生き方を変えるための心理学である」
 ということを強調していたように思います。


第2回 自分を苦しめているものの正体

テーマは「劣等感」
自分を嫌い、という悩みが多いということで取り上げられています。

●アドラーの考える劣等感
●劣等感を持つ人の心理
●劣等コンプレックス
●優越コンプレックス

●アドラーの考える劣等感
 劣等感は悪いものではない
 付き合いかたにより、我々を飛躍させる原動力になる
 ○VTR
  人間の根元には「優越性の追求」がある
  (より良くなりたい、という気持ち)
  その裏返しが劣等感
  優越性の追求は成長や努力の刺激になるが、
  追求の仕方を間違えると我々を苦しめることになる

 ○もてない男の悩みへのアドラー先生の答え
 「本当にもてたいと思っているのか?」
 「身長が高ければ、顔が良ければといっているだけではないか?
 こうであればという可能性の中に生きていたいだけじゃないか?」
 「ありのままの自分から始めることなんだ」

 ○岸見氏の解説
 ・自分を好きになれない人には目的がある
 目的があって、「ダメな自分」をあえて選択している

 ・好きな自分になってしまうと
  新しい人間関係に入っていかなければならない。

  人間関係ではいいことばかりではない。
  そこで傷つくかもしれない。
  それが怖いので
  最初から人と関わらないようにするために、嫌いな自分をあえて選んでいる

 「でももてない現実があるじゃないですか?」
  もてないと思い込んでいるだけかもしれない。
  そもそも人の関わりを避けていたら喜びも得られない
  その手前で傷つくかもしれないことを怖れて立ち止まっている、ということ

 「ということは、人と比べて、という劣等感とは違うのか?」
  世界の偉人には
  劣等感をバネにして偉業を成し遂げた人もいる
  これは劣等感とうまく付き合った例であり、
  我々もできないはずはない

 「自分の中の問題」として
劣等感を捉えると、見えてくるものがある
 「劣等感」とは、
 「理想の自分」と「現実の自分」とのギャップ

●劣等コンプレックス
 アドラーは成長に結び付かない劣等感を「劣等コンプレックス」と呼んでいる
 ○「劣等コンプレックス」を持つ人の特徴
  AだからBできない
  AでないからBできない

  不細工だからもてない、など

  実際はAとBには因果関係はない(「見せかけの因果律」とよぶ)
  因果関係があると思いこむことで
  人生の課題からにげている

 ・「でも実際もてないじゃないか」
  しかし、生きるとはそういうこと
  それは現実として受け止めるしかない
  現実がそうなんだからそこからどうするか
  それに、そう思っているだけかもしれない

 「なるほど、現実化してない手前でいいわけをいうために立ち止まっている不合理ですね?」

 ・「たしかに、整形して不細工でなくなってももてない方が大問題」
  顔でなく性格が悪い、と言われる方がきつい
  顔が悪いなど、よりハードルが低い劣等感を出す方が、
  自分の中で受け入れやすい

 ・「逆に、自分が傷つかないために、いいわけをして生きていくのはダメなのか?」
  あえて否定はしないが、
  生きる喜びも人間関係からしか得られない、
  そこは勇気を出して一回は味わってみる価値はある
  あなたはその勇気がありますか?ということ


●優越コンプレックス
 劣等コンプレックスと対になるもの

 ○優越コンプレックスのある人の特徴
  ・自分を優れているように見せようとする
   学歴、肩書き、ブランド品、過去の栄光
   自分の手柄でないこと、など
  ・他人からどう見られているかを非常に気にする
   実際はそんなに他人は見ていない
  ・自分で自分の理想を高く持ちすぎる
   自分に価値があると思いたい
   挑戦している自分がすごいと思いたい

 ○優越コンプレックスの変型
  ・人をおとしめる「価値低減傾向」…いじめ、差別など
   劣等コンプレックスを持つ人が、人を下げて自分を相対的に上げる
  ・不幸自慢
   劣等コンプレックスを強調することで、人より優越であろうとする

 ・つまり、自分が不幸であることで人より特別であろうとする
「弱さは我々の文化で非常な権力がある」
  例えば赤ちゃんは、「弱さ」で大人を支配する
  同様に、「私はこんなに不幸なのよ」と言って相手を支配する

 ・「どうすればいいか?」
  カウンセリングでは
  「結局、人と関わらないことには生きる喜びも得られない
   辛いこともあるかもしれないが、
   一歩踏み出す勇気を持とう。
   あなたにはそれを乗り越える力がある」
  ということを伝える
  大変でしたね、ということは言わないらしい。

 ・劣等感は、比較や競争の世界で生きていると起こりやすい

 ・劣等感から抜け出すには
 「普通であることの勇気を持つ」
  特別人より優れている必要もないし、劣っている必要もないといこと
 「ありのままの自分から始めよう」

 ・「勝っている自分も放棄するということ?」
 「それもいやだ、もっと良くなりたい」
  良くなりたいというのはアリ
  ライバルや盟友は、自分の励みになるなら問題ない
  ただ、ライバルと競争する必要はない
  人とちがうのは仕方ないから

 ・「人と競争せずに成長するにはどうしたらいいか?」
  上でなく平面を歩くイメージ
  人と競争するのではなく、目の前の自分の理想に向かって歩く
  他の人も同じ平面をそれぞれのペースで一緒に歩いていく、
  というイメージ


まとめると、
●劣等感は「理想の自分」と「今の自分」とのギャップ
 より良くなりたい、という成長への欲求につながる

●自分が嫌いな人は、
 劣等感の問題というより、
 劣等感を理由にして
 人間関係から逃げているだけのこと

●「劣等コンプレックス」
 AだからBできない
 AでないからBできない

 実際はAとBの間に因果関係はなく、
 単にAをいいわけにしてBから逃げたいだけのこと。
 Aが解決しても根本的な解決にはならない。
 Bから逃げている自分を自覚し、一歩踏み出す勇気が必要

●「優越コンプレックス」
 ・人より優れていると見せようとする
 ・他人の評価を気にする
 ・自分はもっと優れているはずだと思う

  いじめ…人を下げて優越感を得る行為
      背景として、いじめる人自身が他人から劣等コンプレックスを感じている
  不幸自慢…自分を下げて優越感を得る行為
       これも、強い劣等コンプレックスの果てに起きる

●「劣等コンプレックス」も「優越コンプレックス」も
 「人より特別でありたい」という心理の現れ
 人と比較や競争している生き方をしている人に起きやすい

●「コンプレックス」から抜け出すには、
 「普通でいる勇気」を持ち、
 人より特別である必要はない、と思うこと。
 人との違いを受け入れて、
 自分の理想に向かって
 他人と励まし合いながら歩んでいく姿勢が大事



普通の身の上相談とかだと
「私、今まで不幸だらけで色々大変で…もう、どうしたらいいかわからないんです」(泣)
「そうですか、大変でしたね」
となるのが普通だと思うのです。

しかしアドラー心理学ではちがう。
「本当に不幸だったんですか、不幸だと思いたいだけではないのですか」
「あなたはどうしたいんですか」
「もし不幸でなくなったらどうしたいですか」
となる。
つまり
「不幸をいいわけにして現実から逃げている自分」
をあぶり出されるキビシサがありますね。

でも最終的には
「不幸をいいわけにしないで、
 自分の希望を貫く努力をしましょうよ。
 あなたにはその力がある。
 それに、現実はそんなに悪くないかもしれない。
 これから幸せになるかは、
 一歩前に出る勇気があなたにあるかどうかですよ」
となる。

何て言うんでしょう、
愛のムチというか、
厳しいんだけど、下手に慰められるよりかは強くなれそうな気がします。

第3回は「人間関係」の話でした。
冒頭に書いた岸見氏の新聞記事の話は、
この第3回を見たらなんとなく見えてきました。

おそらく、
何で相手は自分に従ってくれないんだよ!
と怒るのは自分勝手な話というか、
「相手は自分に従う義務はない」
と割りきることができないために起きた怒りなのだろう。
(課題の分離、というやつです)

しかし、書いてたら長くなりそうなので、また別項にします。

今回はこの辺で。




posted by Amago at 07:04| Comment(0) | テレビ(100分de名著) | 更新情報をチェックする