2017年07月21日

Eテレオイコノミア「経済学で知ってびっくり!肥満の正体」

Eテレオイコノミア「経済学で知ってびっくり!肥満の正体」

今回は肥満の話でした。
昔から色んなダイエット法が流行っては廃れ…しているところを見ると、
痩せることは難しいのでしょうね…

今回はダイエットがうまくいかない理由や
どうしたらいいか、を経済学的に分析しています。
講師は大竹先生でした。

冒頭は番組に寄せられたハガキが紹介されていました。

 「私はポッチャリ系女子です、
  肥満を経済学でなんとかできませんか」という内容。
 又吉さん
 「何でも経済学で解決できるって言ってもねえ、先生」
 先生
 「できますよ」

○今回のゲスト
 ところで差出人をよく見ると「江上」とあります。

 又吉さん
 「江上?」
 そこで登場したのがニッチェの江上さん、近藤さんのお二人でした。
 「この手紙、江上さんのだったんですか」
 江上さん
 「そうですよ、経済学でなんでも解決できるって聞いたから…」

 江上さんによれば
 「痩せたいわけじゃないんですけど、もうちょっと減らしてもいいかなぁと…
  かわいい洋服が着たい」
 又吉さん
 「先生、どうなんですか」
 先生
 「本当に痩せたい人の手助けならします」
 ニッチェのお二人
 「本当に痩せたいんですよ」
 先生
 「お二人とも本当に痩せたいんですか?
  今でも十分素敵じゃないですか」
 江上さん
 「え?先生そっちですか、ポッチャリ好きなんですか(笑)」
 先生
 「私の好みじゃなくて、本気かどうか…」

 「現状に不満は無いんですが、健康になりたい」
 「ちょっとポッチャリ度を下げたい」

○まず、肥満とは
 先生
 「WHOでは、肥満は世界の最大の問題、と言っています」
 江上さん
 「そうなんですか」

 近藤さん
 「私芸人始めてから20キロ太りましたよ~」
 江上さん
 「昔はニッチェの痩せてる方と太っている方と言われてたんですよ。
  今は太っている方と、より太っている方って言われる(笑)」

 先生
 「皆さんBMIってご存知ですか」
 江上さん
 「…お医者さんに怒られるときよく聞きます」(笑)
 これは、体重を身長の2乗で割った値で
 肥満の尺度として使われています。
 先生
 「3人の身長と体重は?」
 「先生、レディに聞きます?そんなこと」
 先生、一応お二人のレディに関しては、筒を使って聞いてました。

 BMIを出すと
 又吉さん24.2、江上さん33.7、近藤さん30.3

 WHOでは30以上を肥満、25以上を過体重とする
 日本肥満学会では、25以上を肥満としているそうです。
 日本人と外国人は体質が違うということで、厳しめにしているらしい

 又吉さん
 「僕も過体重ですかね?」
 先生
 「ギリギリですね」
 ニッチェ
 「ええ、そうなの?」
 又吉さん
 「なんで二人とも僕の数字にショック受けてるんすか(笑)」

 そのあと白い塊が机にあり
 「これ何ですか?」
 「脂肪の塊1キロです」
 模型でも現物大のものを見るとリアルですね。
 「見えないからいいけど」
 「皮膚に感謝やな(笑)」

 世界には肥満の人が多いそうで、
 WHOによれば、世界の人口74億人のうち
 BMIが30以上の人は6億人、
 25以上の人は19億人いるそうです。

○太る原因はシンプル
 先生
 「太る原因は何だと思いますか?」
 江上さん
 「やっぱり仕事だとか、ストレスが多いんですかねぇ…
  あと食べ物が美味しすぎ」
 「そうそう」

 先生
 「肥満の理由は、医学的には単純なんです。
  カロリー摂取量、つまり食べる量が、
  カロリー消費量、つまり運動する分を上回れば太る」
 「シンプルなんですね」
 「これが、経済学なんです」

 先生はさらに
 「環境のあり方が肥満の原因となっている、という見方もあります。
  つまり、美味しいものが消費者に安く手に入りやすくなったということです」
 技術革新や生活環境、生活習慣の変化、それから政策も関わっているそうです。

 例えば、技術革新により美味しい商品が大量生産できるようになり、
 消費者の選択肢が増えた

 また、アメリカの農業政策が肥満を促進したという見方もあるそうです。
 アメリカでは農家の支援のため、補助金をたくさん出し、
 その結果トウモロコシや大豆がたくさん作られ、
 過剰生産されたものでガムシロップが作られた
 それを消費者が消費する

 江上さん
 「じゃあ肥満って環境のせいなんですかね?」
 …だといいのですが、先生によれば環境が全て原因というわけではなく
 「環境は要因の1つ」だとのこと
 先生
 「ということは、社会を変えればお二人も変わるかもしれない」
 「そうですよ、社会が変わればいいんですよ。
  自分を変えるのは難しいですよ」(笑)

 先生
 「実はね、社員食堂で有名な計測機器メーカーがあるんですけど
 そこの社食は一般の人は使えないんですが、
 どこを工夫しているか又吉さんと聞いてきました」

 NHKなので企業名は出ていませんがタニタですね。
 社食のレシピ本も出しているし
 社食と同じメニューを出すレストランも経営しています。

 先生と又吉さんが食堂を訪れて、
 いただいたのは鶏肉唐揚げ定食、534キロカロリー。
 栄養士さんが
 「まずスープで体を温めてください」
 食べる順番もあるそうです。
 野菜も大きくカットしてあり、
 たくさん噛むことで満腹感をもたせる工夫もしてあるのだそうです。

 一方トークスタジオでは、
 ニッチェによる若手時代の「ぜいたくディナー」が…

 レシピを書くと
 ・パスタの醤油マヨ和え
  茹でたパスタてんこ盛り(300グラム)
  刻みのりと醤油とマヨネーズをたっぷり絡める
 ・牛乳寒天
  牛乳250ミリリットルに対し砂糖大さじ6
 ・桃ジュース1リットル

 先生が試食していましたが
 てんこもりのお皿から、恐る恐るパスタを一本引っ張り出す…(笑)
 たしかに迫力ありすぎて、逆に食欲無くなりそう(笑)
 「先生、それパスタの食べ方じゃないですよ」
 先生は一口食べて
 「マヨネーズの味…」
 又吉さんも試食して
 「マヨネーズですね」(笑)
 というものの、
 「でも美味しいのは美味しい。ついつい食べてしまう味」
 とフォローするのはさすが。
 ちなみにニッチェのお二人は
「美味しすぎ」と勢いよく食べていました。

 又吉さん
 「若手時代これ食べてたんでしょ?」
 「そうですね」
 「だとしたら、痩せてる方ですよ」(笑)

 実際にカロリーを調べてみると
 先ほどのフルコースで合計2452キロカロリー。
 ちなみに女性の平均摂取カロリーは「1日」につき1600キロカロリー…

 やっぱり太る原因はシンプル?

○所得と肥満との関係
 江上さんは
 「でもね、若手時代ってお金ないでしょう?
  パスタはものすごく安くて、まとめて買ってたんですよ」
 近藤さん
 「野菜は高くて買えないですよ。
  お金持ちの食べるものと思っていました」
 お金がないので、安い炭水化物でお腹を満たしていた、とのことです。

 データでも
 野菜や肉の消費量は、所得が高いほど増える傾向にあるが、
 米やパスタなどの炭水化物は、
 所得が低いほど増える傾向にあるそうです。
 これは男女ともに同じだそう。

 江上さん
 「たしかに昔はパスタたくさん食べてましたけど、
  今はそれほどでもないですね」

 先生
 「ヨーロッパの研究では、
  肥満の人は、賃金が低い傾向にあるそうです」
 「逆ですか」
 「特に女性にその傾向が強いそうです」

 先生はさらに
 「また、スウェーデンの研究では、
  10代に肥満だった人は、大人になってから所得が低いという結果もあります」

 昔は肥満が裕福の象徴だったが、
 それは食糧難の時代の話で、
今では逆のようです。

 又吉さん
 「僕ら小さいときって、漫画の社長さんってだいたい恰幅良かったけど、
  今は社長さんジム行ってますよね(笑)」

 先生はそこで
 「お二人は今は十分にお金がおありだと思うので、痩せようと思えば痩せられるのでは…」

 「それがですね、お金があると新たに美味しいものを食べてしまう(笑)」
 貧乏だった頃に食べられなかったものを食べてしまうのだそうです。
 「親の仇くらいに食べてますよ(笑)」
 又吉さん
 「大人買いですよね。僕も分かりますよ。
  我々は5年後くらいに痩せられるんですかね…」

○「1年後に欲しいお金」と「夏休みの宿題」が肥満に関係ある?
 先生は
 「今又吉さん、今「5年後」とおっしゃいましたけど…」
 といって先生が示したボードには
 「今すぐ10万円もらえる」
 「1年後に○万円もらえる」
 と書いてありました。

 今10万円もらう代わりに、いくらなら1年待てるか、という質問だそうです。
 「このくらいの額をもらえなきゃ1年待てない、ということですね」

 3人に聞くと
 又吉さんは15万、近藤さんは20万、江上さんは11万

 江上さんは意外に少なくて
 「1万くらいでいいです」
 近藤さん
 「1年待つなら10万もらいたい」
 又吉さん
 「今すぐ欲しいですけど、5万増えればいいかなって感じですね」

 先生は
 「この結果を見ると、又吉さんの場合は、1年後の15万と今の10万は同じ価値、てことですね」
 又吉さん
 「?…そうですね」
 先生
 「この考え方は時間割引といいますが…」

 時間割引とは、将来得られるものの価値を
 今得られるものの価値より低く評価すること

 先生
 「時間割引が低い人は、比較的我慢強い、
  例えばこの場合又吉さんは年利にしたら50%、近藤さんは100%、江上さんは10%上乗せを要求していることになりますが、
  要求している額が高い人ほどせっかちということになります」

 そして、
 「これはあくまでも平均的な話ですが」
 という前置きをしつつ、
 せっかちな人はダイエットに失敗しやすい、
 というようなことを言っていました。
 「せっかちな人は、
  将来健康が悪くなることは大したことがない、
  それよりも今食べる方が嬉しい、
  と思う傾向にあります」

 なので江上さんのように時間割引が低い人は
 健康が悪化するのが辛いと思うので、食べるのを我慢する傾向にある

 …はずですが、江上さんはBMIが少々お高い。

 そこで先生は
 「夏休みの宿題はいつやっていましたか?」
 と唐突な質問。

 「…最終日にまとめて」(笑)
 「じゃあ、夏休み始まる前はどうですか?」
 「計画的にコツコツとやろうと…
  計画表は書くんですけど…」(笑)

 先生は
 「おそらく江上さんは、痩せたい、痩せなきゃとは思っているけど、
  ダイエットはいつでもできる、明日から…と思っている。
  そういう人は太りやすいです」
 本当は太りたくない、太るとよくないとは分かっているが、
 言い訳して先延ばししてしまう、ということらしい

 大竹先生の研究では
 夏休み宿題を最終日にやる人は肥満傾向がある、という結果だったそうです

 江上さん
 「痩せない言いわけなら100個くらい言えますよ」(笑)

 ちなみに先生は
 「先ほど江上さんに質問したときは大丈夫かなと思っていたけど、
  夏休みの宿題のことを聞いて安心した。経済学が正しいと思いました」
 学者ですねぇ…

○タニタオフィスの痩せやすくする工夫
 さて、さきほどのタニタの取材に戻ります。
 この会社では社食だけではなく
 ほかにも社員の健康促進のための工夫がされているそうです

 例えばオフィスのフロア。
 一見普通のオフィスですが
 「この中に、普通のオフィスにはあるのにここにはないものがあります」
 又吉さん
 「ないけどあるものはわかりますけどね…バランスボールとか」
 たしかにバランスボールがデスクの横にゴロゴロしてましたが…(笑)
 「あ、ゴミ箱がない」

 このオフィスでは、広いへやにゴミ箱が二つしかないそうです。
 ゴミを捨てるために歩くのが、健康促進になる

 ほかにも社内に体重計、体脂肪計があり、
 1日1回計測することを奨励されているそうです。

 又吉さんも計ってましたけど、意外に値が良かったらしく
 「運動して体絞ろうかなと思ってたけど、安心しちゃったなー」(笑)
 しかし
 「お腹は出ているので安心はしない方が…」と鋭く言われていました(笑)

○行動を無意識に変える「ナッジ」の効果
 江上さん
 「分かってる、飲んだ後にラーメン食べちゃダメってのはわかってる」
 近藤さん
 「私たちも1+1は2くらいわかってるんですよ」(笑)
 江上さん
 「分かってんだけどできない…、
  分かるでしょ?でなきゃこんな体型じゃないですよ、
  正論はいらないよ(怒)」
 と最後はキレ気味(笑)

 先生
「わかりますよ。
 先延ばし傾向の結果がこうなっているのは分かる」(笑)

 経済学では解決法があるそうですが
 「ヒントは…」
 と江上さんの腕を指先でツンツンつつく。
 「なんですかこれ」
 「だからツンツンですよ」
 「ツンツンてなんですか、したいからしてるんでしょ、なんですか人妻ですよ」(笑)

 ツンツンの意味を示すため
 ある実験をしています。

 ポッチャリアイドルのpottaに協力していただき
 サンドイッチチェーン店
 (これもNHKだから名前出さないけど、たぶんサブウェイだろう)
 で品物を注文してもらいました。

 Aグループにpottaの3人
 Bグループに又吉さんとpottaの2人
 分かれてもらい、品物を注文してもらう

 ちなみに先生は店員役で、ユニホームを着てました。
 又吉さん
 「先生よく似合ってますね」
 先生、芸が細かい…(笑)

 さて実験では、見せるメニューの内容は2グループとも同じです。
 しかし結果は
 Aグループの注文した品物の合計カロリーは1028キロカロリー、
 Bグループの合計は906キロカロリーと
 Bの方が低い。

 「これはどういうことですか」
 「又吉さんだけカロリー低いの選んだわけではなく?」
 「僕だけじゃないです」
 「又吉さんは関係ないですね」

 種明かしをすると、
 A、Bグループは同じ内容のメニューを見せられていたが
 お勧めサンドイッチ
 (上の方に大きめの写真で載せられているもの)
 が違う。Bグループはより低カロリーのものになっていました。
 中身は同じだが、目立つものが違うということですね。

 又吉さんによると
 2つあるお勧めのうち、
 「ベジーデライトはアッサリしすぎなので
  ローストビーフを選んだ、
  ほぼ2択でした」

 江上さん
 「たしかにお店屋さんだとお勧めに従っちゃいます
  メニューの種類が多いと自分の頭で判断できない」

 先生
 「だから人は、全部の情報が必要なわけじゃなくて、
  こういうのに選択が引っ張られているんですね」

 江上さん
 「でもこれいいですね、
  痩せなきゃいけないからカロリー見る、てのも嫌なんですよ、
  これ食べたらダメだなとか思っちゃうから。
  これならストレスが低いです」
 先生
 「だから家でも、
カロリーの低いものを手前に置いておく。
  カロリーの高いものは取りにくいところに置いておけばいい」
 (まず買わなきゃいい、という気もしますが…)
 江上さん
 「そこまでしなきゃいけませんかね~でも効果ありそう」
 又吉さん
 「ゴミ箱遠くに置くとかね」(笑)
 先生
 「でもちょっとした工夫でしょう?辛くないじゃないですか」

 さらに先生は
 「実は先ほどの実験では、
  もうひとつの仕掛けがあるんです」
 VTRをもう一度見ると
 Aグループはカウンター前で人が混雑し、
 店員さんに「並んでください」と注意されていた
 一方Bグループはきちんと並んでいる

 よく見るとBでは、カウンターの手前に足跡マークがありました。
 先生
 「コンビニとかでもありますよね」
 又吉さん
 「足跡マークついてると自然にそこ並びますね」

 先生
 「サンドイッチのメニューも足跡マークもちょっとしたことで選択を変えているでしょう?
  これが「ナッジ」なんです」

 ナッジとは、ひじや指先で軽くつつく、そっと促すという意味の英語。
 この場合は、人に意識させず、よりよい選択に誘導するという意味合いです。

 「ナッジのいいところは、
  その行動を「させる」んじゃなくて、
  きっかけさえあればしたいと思わせることができる」

 日本でも政策で、
 2017年4月から、
 「メタボ健診」の受診率が低い健康保険組合には、ペナルティを課すことが決まったそうです
 これは負のナッジですね。

○肥満は他人にも迷惑をかける
 先生
 「肥満は本人だけの問題ではないんです」

 肥満は見た目だけではなく、健康にも悪影響を及ぼす
 特にガンや糖尿病、高血圧など
 生活習慣病にかかりやすくなり
 医療費が増える

 医療費は社会保障で賄われており
 これが増加すれば税金や社会保険料の値上げを招く
 つまり他人にも迷惑をかける、ということになるそうです

 この30年、特に男性の肥満が増えているそうで
 医療費抑制の対策が必要とされているそうです

 又吉さん
 「たしかにここまでくると、みんなで考えなかんと思いますね」

○最後は言い訳…?
 ニッチェの二人
 「でも我々はこの体型でお仕事もらってるんですよ」
 先生
 「そうですか?痩せてもきっと面白いですよ」
 「いやいや太ってないと面白くない。太ってないと…ただのかわいい子になっちゃう(笑)」

 又吉さん
 「僕もこの髪型だと普通の企業なら落とされてたかも…(笑)
 この仕事だから採用されたのかもしれないですね。
 芸能界って特殊な世界ですね」
 ニッチェ
 「我々はビジネスデブなんですよ。
  これがないと仕事をいただけない」

 …てないいわけ(?)をひとしきり聞いた後、
 先生は
 「でも健康には、気を付けてくださいね」
 と最後に真剣に言っていました。

○感想など
・江上さんが時間割引が低いのに、ダイエットがうまくいかない、
 というのが興味深かったです。

 痩せるために必要な性質は1つだけではなく、
 いくつかあるってことなんかな?

 時間割引が低い、てことは
 先々の「いいこと」のために今我慢できる、
 つまり我慢力、気の長さに関係しているように思える。

 一方夏休みの宿題を先にするというのは、
 こちらは「嫌なこと」を先にやれる能力だから、
 実行力みたいなもの、という気がする。

 江上さんの場合は、
 いいことも後にできるし、
 嫌なことも後にしちゃうし、
 つまりはのんびり屋さんなのかな?

 私の場合、嫌なことは先にさっさとやって忘れたい方です(笑)
 (せっかちなんで…)
 でも物欲もさして無いので、お金はすぐほしいわけでもないが、生活に困ってたらすぐ欲しいだろうな。

 こうして見ていくと
 肥満になるタイプもいくつかあって、
 それぞれに合う対策法があるのかもしれない。

 例えば江上さんみたいにのんびり屋さんだったら、
 ナッジどころか、尻を叩くくらいしないといけないかも。
 「カロリーが高いものは遠くに置く」
 とかアドバイスされていたけど、
 これもたぶん「明日からやろう」と言ってやらないだろう(笑)
 だから同居人に油っぽいものを隠してもらうとか、
 あるいはダイエット仲間を作って毎日競争するとか
 実行せざるを得ない状況に持っていくのがいいのかも。

 逆にせっかちタイプで、宿題は先にやるがお金も先に欲しい、という人は、
 すぐ食べないように目の前に食べ物を置かないとか、
 あるいは食べる以外の楽しいご褒美、夢中になれるものをちょこちょこ自分にあげるとかするといいのかも。

・肥満と賃金との関係も興味深かったです。
 先に書いた肥満にならないための能力って、
 気の長さとか実行力とか計画性とか、
 つまりは成功するための条件と同じなんだろうと思う。

 日本での調査でも
 生活保護を受けている人は肥満が多いとか、
 また、肥満だけでなく喫煙率も高い、生活習慣病も多い、虫歯も多い、部屋も汚い…
 など行動に問題がある結果がある、
 と書いてあるサイトはいっぱいありました。

http://news.livedoor.com/lite/article_detail/11023256/
http://sharetube.jp/article/4147/
http://www.iza.ne.jp/smp/topics/economy/economy-8906-m.html

 肥満だと自己管理する力が低いので仕事に就けず、低所得になる。

 そして、低所得になると
お金がないからファストフードしか買えない、
 ジムに通ったりする余裕がないからよけい太る
 という悪循環になる。

 しかもそれが子供世代に伝わると
 低所得の親のもとだと教育が受けられず、
 栄養などの知識が身につかない、親の習慣を真似してしまう

 …という負の連鎖が続いていく
 ということらしい。
 (太ってたって成功する人もいるから、人にもよるとは思うけど)

・野菜が高い、というのはそうかな?と思います。都会はそうなのかな?
 私一人暮らしで収入が少ない時はまぁまぁ都会に住んでましたが、
 キャベツ1玉とか白菜丸ごと、大根1本とか買って、
味を変えてひたすら消費してましたけどね…
 むしろ肉が高いから買わなかったな。

・私はこってりしたの苦手なんで、パスタマヨ合えが美味しい感覚はわからないんですが(笑)
 甘いものは好きなので、止められないのは何となく分かる。

 しかし食べたいものは、いっそのこと好きなだけ食べてみたらどうか、とも思う。
 私の場合ですけど
 たべたーい、ていうときはそれなりに体に理由があるはずで
 我慢しててもストレスになるから食べた方がいいと思います。
 そういうときは寒天とかでごまかさず、本当に欲しいケーキとかチョコを食べたらいいと思う。

 私の場合なんですけど、そうしてしばらく甘いものを好きなだけ食べてる生活をしていると
 (毎日でなくても)
 なんか飽きたなぁという瞬間が訪れて
 そういうときって口の中も体も甘いのもういいや、てなるので自然に食べなくなる。

 テレビとかで見る太っている人の食べ方って、
 なんか「急いで食べないと損する」くらいの勢いでがっついているように見えるんですが、
 それって目が食べたいというか、
 頭で「これは美味しいものだから食べなきゃ」て反射的に反応してるだけの印象を受ける。

 もう少し味わってゆっくり食べたら変わるのでは、と思うのですが…

・ニッチェのお二人は、最後まで「ビジネスデブ」と抵抗されてましたけど、
 痩せるのをためらうのは、自分が変わることへの抵抗もあるのかもしれない。
 たしかに生活を変えるのは勇気が要る。
 太っていた人が痩せると意外に綺麗になったりするんで
 そんなニッチェも見てみたい気もします(笑)
 痩せたら別の仕事が入るかも?

トークが軽快で楽しく見られました。
それにしても、現代は食べ物の誘惑が多いですね…
世界では飢餓で苦しむ人が多いことを思えば、ありがたいことなんだとは思うのですが。

というわけで今回はこの辺で。
posted by Amago at 08:18| Comment(0) | テレビ(オイコノミア) | 更新情報をチェックする

2017年07月20日

「スウガクって何の役に立ちますか?ヘタな字も方向オンチもなおる! 数学は最強の問題解決ツール」(杉原 厚吉)

「スウガクって何の役に立ちますか?ヘタな字も方向オンチもなおる! 数学は最強の問題解決ツール」(杉原 厚吉)

表題が、数学が好きでない子供から八つ当たり気味に来そうな質問ですね(笑)

私はそんなに深く考えたことはないけど、
強いて言えば数学を学ぶのは、論理的思考を身に付けるためなのかな、と思っていました。

しかしもっと実用的なものだよ、
ということを示したのがこの本。

小中学生向けの雑誌に掲載されているコラムを
大人向けに書き換えた本、だそうです。
なので理論のさわりというか、数式もなくざっくり書いてくれているので
分かりやすいと思います。
項目を見ているだけでもへえ~こんなことも分かるのか、となかなか興味深い。。


覚えている限りを私の理解で挙げてみます。
〇ジャンケンに勝つ方法
 これは「ゲーム理論」を使うのだそうですが、
 相手とのじゃんけんの対戦成績から、パターンを読み取るのだそうだ。
 しかしそのデータの分析法も多様で、一例をあげると
 ・相手がどの手を一番出すかを調べる(一番単純)
 ・相手がどの手の次に、どの手を出したか調べる
  数学的には、条件付き確率、というらしい
 ・相手がどの手の次に、どの手を出して、勝敗はどうだったかを調べる

 …こういう分析を繰り返して、「この前チョキだったから次はパーを出すだろう」
 などと予測するらしい

 世の中には、アニメの「サザエさん」の最後のじゃんけんを研究する
 「サザエさんじゃんけん研究所」なるものがあるらしく、
 データ分析の結果
 「三回連続して同じ手を出すことは少ない」とか
 「新しいクールの初回はチョキが多い」などという法則を導きだしているそうです。
 この研究会のサザエさんとの対戦勝率は、8割近いんだそうです。

〇多数決を納得させる方法
 多数決で、3つの選択肢ABCから多数決で一つを選んだ時、
 一番希望者が多いものを選んだとしても、文句が出る場合がある、という話。

 これは、各人にABCのの中で順位をつけさせると
 例えばAを1番、とする人の人数が一番多いとしても、
 Aを3番、とする人の人数も一番多い場合もある
 (つまりAは好みがめっちゃ分かれる、好きな人は好き、嫌いな人は嫌い、ってことですね)
 
 こういう場合は多数決をしても、
 Aを1番とする人以外は絶対いや、となりがちで
 不満が残ることが多い

 どうすればいいかというと、
 最初に話し合いをして、それでも決まらなかったら多数決をするが
 「結果に文句を言わない」という条件を付ける、というのがいいそうです。

 (ちなみに集団での意思決定で
 3つ以上の選択肢から選ぶとき、みんなを満足させられる方法はない
 としたのがケネスアローの「不可能性定理」でした
 これでノーベル経済学賞をもらっているそうです)
 
〇社員35人を六種類の掃除場所に希望通り割り当てる方法
 これは組み合わせ問題でした。

 35人の社員が掃除をすることになり、
 例えばトイレ担当2人、玄関担当2人、オフィス担当6人…などと割り振ることにする
 誰がどこを掃除するか決めるとき、
 それぞれの人に第1希望、第2希望を書いてもらい
 みんながなるべく希望場所に当たるようにするにはどうすればいいか、という問題。

 やり方としては社員に番号を割り当て、1、2、…と縦に並べて書き
 その横に掃除場所A、B…と縦に並べて書く

 その次に人と希望場所を点線で結び
 (一人につき希望場所が2つなので、点線が2本伸びることになる)
 希望場所に集まった線が定員より少なければ確定させ
 (確定したら実線に変える)
 定員オーバーだったら点線と実線を入れ替えしながら調整していく

 …図で示す方が早いかもしれませんが、
 やり方が見事でへぇーと思いました。
 前オイコノミアで好きな果物を分配するとかいうのをやっていたけど
 (坂井先生の回で、あれは図ではなく、表で示していたが)
 それと同じようなものかな?

〇余計な情報がミスを防ぐ
 報告の時は「明瞭簡潔」が好まれやすいが
 実は余分な情報が記憶には役立つ、という話です。

 例えば待ち合わせの時でも、ただの「駅の改札」というよりも
 「近くに本屋がある駅の改札」更には「○○堂という本屋の近くの改札」とする方が間違いが少ない

 本のISBNコード、銀行口座の番号の下一桁などは
 間違いを防ぐための「余分な情報」なんだそうです。

〇パーティーの円卓に人を配置する方法
 みんな仲が良い集団ならもめないのですが
 会社の中などでは「〇〇部長と△部長は隣にしちゃダメ」
 とか、ややこしい相性がある。
 そういうときにどうすれば早く配置を決められるか、という話。

 これは「グラフの理論」を使うのだそうですが
 この場合のやり方は、
 例えばABCDEF6人を配置するときは
 AとB、AとCなどそれぞれのペア同士の仲を
 「めっちゃ仲がいい」から「犬猿の仲」まで5段階まで分ける。

 そのあと、ABCDEFを円状に並べて、
 仲が悪い人ペアは細い線、仲がいい人は太い線で、5段階の太さの線で結ぶ
 そのあと、太い線をたどり、全員が一筆書きで一巡するようなルートを探す
 
 …図がないから説明が難しいが、
  こんな感じでやると太い線の相手を隣にして、うまく円卓に並べられるそうです。
  結婚式のテーブルの配置とかには使えそうですね。

〇花見の陣取り方法
 花見の陣取り、って私はしたことがないですが、
 早めに行って場所を取るとき、
 とった時は広い場所、と思ってとっても、
 あとから人が来て場所が埋まり、
 結局狭い思いをしなきゃいけない、という場合があるそうです。

 これはなぜかというと、人は隙間の大きいところに座りたがるからだそう
 ほかの空き場所に比べたらここが広い、と思うと座ってしまう
 (電車の座席でも、人が座っている隣よりも、空いているところに座るのと一緒)

 そこで、これを数学的にシミュレーションすると
 長方形の花見場所のスペースのどこかに、1番目に来た人の場所を小さい円で示す
 すると次に座る人は
 「すでに人がいる場所以外のスペースの中で、一番大きい円を描き
  その円の中心に場所を取る」
 という仮定ができる
 (つまり、1番目の人から最も遠くて広くとれる場所、ということになる)

 これを3番目、4番目の人も同じ…として円を描いていくと、
 花見の陣取り場所にだいたい近い分布になるんだそうです。

 なので、ここから、早めに陣取りする場合はどういう戦略を取ればいいかというと、
 最終的にどのくらい混みそうか、を予測して、
 すでにいる人の所からは距離を空けるが、
 その間にほかの人が入りたい、と思わせないくらいには近いところに場所を取る
 (なかなか難しいですが)
 というのがいいのだそうです。

〇美しく見せる字の書き方
 これも数学?と思ったのですが、
 空間バランスの感覚みたいです。

 筆者の挙げた法則は4つほど。
 ・マス目のスペースに合わせた大きさで書く
 ・一つ一つの線を丁寧に書く。はね、とめを丁寧に。
 ・文字全体の重心がマス目の重心に合うようにする
 ・線の隙間は同じくらいにする
 これだけでだいぶそろって読みやすくなるそうです。

 またこのほか、錯視の問題があり
 ・文字の並びによっては斜めに見えることがある
 ・文字の形によっては大きく見えるものがある
  (国、口など囲いがあるものは大きく見えやすい)
 ため、この辺を微調整するとさらに良くなるそうです。

 たぶん字がうまい人は、これを感覚的にやっているんでしょうね。
 
〇寄付をどれくらいすればいいか
 これは「限界効用逓減の法則」という、経済学的な考え方のようです。

 限界効用とは、
 1単位あるモノが増えたときに得られる満足度、で

 限界効用逓減の法則とは、
 一般的にたくさん持っている人ほど、満足度が上がる度合いが減っていく、
 ということを示す
 (お腹ペコペコのときに料理を食べたらあがる満足度が高いが
  お腹いっぱいでもう一皿食べても上がる満足度が低い、というたとえをしていました)
 
 寄付をするときはこの逆を考えればよくて、
 お金が減った時に減る満足度を考える
 
 なので、収入400万の人がいっぺんに200万を寄付すると痛みが強いが
 100万ずつ2回寄付すれば、同じ額でも痛みが弱くなるのだそうです。

〇揺れの少ない電車の座席は
 これは、電車を棒に見立て、棒のタイヤ部分を2点ほど取る
 この点つきの棒を線路で走らせる、というシミュレーションをするとわかるそうです。

 カーブを通過するときを比べると
 タイヤ部分の点は線路に沿って動く
 電車上の中央部分は、タイヤ部分の2点を平均した軌跡で動くので、タイヤ部分より揺れが少ない
 電車上の両端部分は、タイヤ部分より激しくカーブを動く
 
 つまりこの結果から、電車で揺れたくないときは中央部分に乗るといいそうです。
 (新幹線の自由席が端っこ、グリーン席が真ん中にあるのもそのせいですかね)

〇希望通りの温度のお湯を作る方法
 これは何かの料理番組でもやっていましたが
 100℃のお湯と0℃の氷水を用意し
 x℃欲しければ、100℃のお湯を(100-x)gと0℃の水をx℃加える
 というやり方をする

○冷蔵庫でジュースが冷えるまでどれくらいかかるかを推測する
 最初にジュースの温度が21℃、冷蔵庫の中が5度として
 一時間後に13℃になったとき
8℃下がるのに一時間かかるのだから、
 もう一時間すれば5℃になるはず、
 と思いたくなるが
 そうはいかないらしい。

 これはどう考えるかというと
 冷えるスピードは温度差に比例するのだそうです。

 つまり最初の一時間は温度差が16℃なので
 低くなる速さは16℃に比例する
 しかし次の一時間は温度差が8℃なので
 冷える速さは8℃に比例するのだそうです。

 数学的には微分方程式で解けそうですが、
 グラフを書いて曲線を書き予想する力業も使える、とのこと

〇映画館はなぜ迫力があるか
 映画館はテレビと比べてなぜ迫力があるか、という話です。

 迫力は、画面の幅が、画面と見る人との距離に比べて大きいほど大きくなるらしい。

 なので理論的には、テレビでも画面に近づいて見れば迫力があることになるが、
 そうでもないそうです。

 これは、両眼立体視、という脳の働きがあって、
 左右の目の見え方の差を調整して、頭の中で像を作り直す作業が行われるので
 そこで左右から見た図の奥行きなどが補正されてしまうのだそうです。
 このため、脳の中ではのっぺりした像になってしまう

 しかし、この両眼立体視は
 画面からの距離が7メートル以上、
 つまり画面から遠くはなれると働かなくなる

 映画のスクリーンは
 幅が広いのと、
 離れたところから見るので補正もされず
 迫力があるのだそう。

 理論的には、テレビ画面でも
 近くで、片目で見れば同じ効果になるはずだが
 目が疲れて悪くなりそう…

〇スキーでコブをうまく滑るには
 スキーはあんまりしたことないですが…
 しかもコブって滑ろうとも思わないが…(笑)

 コブになると何で倒れるか、というと
 上下方向の重心が乱れるから、なのだそうです。
 
 スキーは普通前後方向の重心のバランスを調整しつつ滑るが
 コブになると前後方向のバランスを崩されるから、大変なんだそうです。
 そこで、膝を使いこのバランスを取るといいそうです。
 具体的には、コブの山では膝を曲げ、谷では膝を伸ばす
 体の重心のラインがなるべく上下しないようにイメージするといいらしい。

〇海岸線の長さは測れない
 海岸線の長さ、というのはどの地図を見てもないらしい。
 これは、海岸線は近づくほど入り組んでしまい、距離が長くなってしまうからだそうです
 このような図形を「フラクタル図形」といい
 自然界にはたくさんあるのだそうです

〇複雑な池の面積を求める方法
 これは、池を碁盤のようなマス目で区切り、モザイク画みたいな感じにして、
 近似的に計算する
 池と大きさが一番近いけど池よりちょっと大きいモザイク画、と、
 池と大きさが一番近いけど池よりちょっと小さいモザイク画
 の間が池の面積になる

 マス目を細かくしていくと、この範囲が狭くなり、より正確に求められる

〇宝くじのカラクリ
 これは初めて知ったのですが
 宝くじはもともと
 「お金持ちの人からお金を集めて、地域振興に使うためのもの」
 つまり寄付の一種なんだそうです。
 決して買う人が儲けるためのものではないらしい。

 というのは、
 宝くじの売上金のうち、当選した人に支払う割合(これを払い戻し率というそうです)
 は50%を超えてはいけない、と法律で決まっていて、
 残りの売上金は地域振興に使われることになっている。
 (たしかに公園の遊具とか、宝くじって書いてある)
 
 1等などになると1人に対し支払う額はとてつもない額ですので
 つまりはほとんどの人にとって、宝くじはお金が返ってこないことになる。

 数学的に考えると、払い戻し率は50%以下なので、
 300円の宝くじの期待値は150円以下、ということです。
 ですので、余裕がある人は買えばいいけど
 寄付と思って買うこと、儲けようとは思わないこと、だそうです。

〇見知らぬ土地で方向音痴にならない方法
 私も昔は方向音痴でしたが
 昔知り合いの運転のナビ(昔はカーナビはなかったですね)をしているうち
 なんとなくコツをつかんで、地図が読めるくらいになりました。
 そのとき気づいたのは
 「目印を見つけること、今どっちの方角に向かってるかを常にモニターすること」
 だったのですが、まさにその通りのことが書いてありました。

 筆者によれば我々の勘違いは
 ・常に道は垂直に交わっている
 ・常に道はまっすぐである
 ということだそうで、
 このため道が知らぬ間に緩やかなカーブを描いたり、斜めに走ったりして
 東から北へ捻じ曲げられていたりすると、行く方向を勘違いしてしまう
 あるいは、変形交差点で、垂直でない曲がり方をしていると
 右折や左折したときに、向かう方向を誤ることがある

 筆者のアドバイスは、
 方角を知るための目印を探すこと、
 知らない土地の場合は、太陽を探すとか
 あるいは家のパラボナアンテナ(衛星は赤道の上を通るので、日本なら南方向らしい)
 がいい、とのこと
 
〇読みやすい文を書く方法
 これも数学?と思ったのですが
 時間とか距離を考えるとわかりやすいのだそうです。

 筆者によれば、読みやすい文章とは
 「書き手が何をいいたいのか分からないまま読まされる時間が、なるべく短い」
 という文章で、これを実現するには
 ・今まで出てきた情報(読み手が知っている、読み手に近い情報)から
  新しい情報(読み手に取って遠い情報)の順に並べる
 ・書き手に近いものから遠いものへと並べる
 といいそうです

 主語と述語が離れすぎていても読みにくいし
 突然新しい話が出てきてなんだ?と思うのも読みにくい、ということですかね…
 
○人混みからスムーズに脱出する方法
 これは、渋滞から抜け出す方法もそうですが、
 結論から言うと出口に殺到せず、きちんと並んで同じ速さで出るのが一番速いそうです。

 数学的にはセルオートマトンという方法を使う

 これは、空間をセルというマスの目に区切り、
 人を●で示す
 ・セル1つには●が1つだけ入り、
 ・一回につきセルは一個だけ前に移動できる
 ・前のセルに●がいたら動かずに待つ
 というルールで動くとする

 例えば4人が並んで左から右に歩き、
 みんなが右端にたどり着くまでの時間を考えたとき、

 歩く空間を横一直線の10個のセルとする
 ●を均等に間を空けて配置させたとき(車間距離を空けて走るのと同じ)と、
 右の方に固めて●を配置させた時(渋滞している時と同じ)を比べると
 均等に間を空けた方が早いのだそうです。

 これは、固めて●があると待ち時間が多くなるからなんだそうです。

 本では図付きで実演しているので分かりやすかったです。

○プールの水を抜くのにかかる時間を調べる方法
 例えば100センチの深さのプールがあって、
 10センチ下がるのに5分かかるとしたら、
 全部抜くのに何分かかるか。

 ちょっと考えると5分 の10倍?と思いたくなるが、
 これは違うらしい。

 というのは、水の減る速さは水圧に比例する
 水圧はプールに残っている水の体積(深さ)に比例するので
 後になるほど水圧が小さくなり、時間がかかるのだそうです。

 これは微分方程式で解けそうですが
 細かく計測してプロットしてグラフを書いて予想時間を出す、という力業もあるのだそう。

○雪のかまくらはなぜ丈夫
 かまくらはなぜ四角ではなくドーム型か、という話です。

 これを考えるために、3つの煉瓦を
 ・横長に3つ水平に並べた構造、
 ・両端2つを斜めにして台形状に並べた構造
 を考える

 ここで重力が働くとき、
 真ん中の煉瓦を持たずに、
 両端2つで真ん中の煉瓦を支えるやり方を考える

 水平に並べた方は、左右から真ん中方向へ挟み込むような力をかけ、
 煉瓦同士の摩擦力で重力に逆らう力を作らねばならない

 一方台形型の方は、
 左右から斜め上方向
 (両端の煉瓦と水平になる方向)の力で挟み込むようにすれば、
 両方の煉瓦にかける力の合力が上方向になるので
 重力に逆らうことができるのたそうです。

 煉瓦の幅を細かくしてたくさんつなげれば、アーチ、かまくらの構造になる
 橋のアーチ構造なども全てこの原理なんだそうだ。

ほかにも、
野球のベース間を速く走る方法、
ブランコを速くこぐ方法などもありました。

こんなんも数学的に解析できるんだ~、と思える情報満載でした。

きれいな文字も空間バランスの問題、
分かりやすい文章も単語同士の距離の問題、
というのはなるほどと思いました。

私は数学は好きですが、確率統計は苦手。
なんだろ、数学っぽくないというか、こじつけくさいというか…
ある事象が起きる確率、
と言っても、
ありうる例を考え出すと色んな可能性が出てきて、
どれを棄ててどれを拾うべきかが混乱してしまう。

あと物理の力学も苦手。
働く力と方向を間違えてしまうんですよね。
何回やってもマスターできず…

なのでこれらを自分で最初から考えろと言われても
できるかどうかは自信がない。

まぁでもあっていてもいなくても
「この現象には、どういうパターンが隠れているんだろう?」
とか
「何かに類似、近似できないか」
とか、
「点とか線に単純化して考えられないか」
という発想を持つことが
「数学的に考える」
ということなのかなと思いました。

混雑からの脱出法、
方向音痴からの脱出法などを見ると、
普段の生活の中でも
パニックになりそうなときでも数学的に考えると
危険を回避できるのかなと思います。

数学好きでも新しい発見があるし、
数学嫌いでも、こんなことにも使えるのか~と感心できる本だと思いました。
イラストのネコのユルさもいい味出してますね~
読みやすいので興味あるかたはぜひ。

というわけで今回はこの辺で。
posted by Amago at 07:55| Comment(0) | 本(科学) | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

ETV特集「こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ」

ETV特集「こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ」

 少し前に、BSの「ラストドライブ」という番組
 (ドイツの終末期の方を
 いきたい場所に連れていく「願いの車」プロジェクトの番組)
 を見ましたが
 日本の終末期医療についてはどうなんだろうと思って見た番組です。

 この番組は4月に放送されて、これは再放送らしい

 在宅医療を推進してきた医師の早川一光さんという方が
 ご自分が高齢でガンにかかり、
 在宅医療を受ける立場になり、
 改めて在宅医療の問題点について気づかされた、
 その思いを語っている番組です。

 全然答えは出ないようなのですが
 よりよい最期とは何だろうと思わされる番組でした。

○「こんなはずじゃなかった」
 早川さんは、3年前に多発性骨髄腫、という血液のガンを発病されたそうです。
 貧血が主な症状で、安静が必要な状態

 早川さんは一時は背骨を折り、歩けなかったそうですが
 病状が回復してからは、京都の衣笠にある自宅で在宅医療を受けている

 しかし彼は
 「こんなはずじゃなかった」
 「在宅医療は天国だ、と煽ってきたけど、
  かえって地獄じゃねえか」
 と、ちょっとギョッとする発言をしています。

 在宅で家族に看取られて死ぬというのは
 温もりのある医療、
 理想的な大往生、
 と信じてきたが、100%そういうわけでもない

 例えばおふろ。
 早川さんの家には週二回、看護師さんとヘルパーさんが入浴援助に来てくれるが
 早川さんはいつも抵抗するそうです
 「あんた誰やった?」
 とかとぼけたりする

 「一人で入れんこともないけど、溺れたりしたらどうしようもないし
  でも洗ってもらって体拭いてもらって、てのはアメリカのセルロイドみたい。
  でもそれは我が儘なんだろうなぁ…」
 他人に体を拭かれたり見らたりするのは嫌なんでしょうね…

 「自宅で支えられてもなお、
  不安、自己嫌悪、孤独を感じる。
  もっと患者に寄り添う医療があるのではないか」

 早川さんはこのような思いを
 フリーライターの娘さんの代筆で、京都新聞に掲載しているそうです
 題名は「こんなはずじゃなかった」

 第一回目では
 「この70年、畳の上で死のうと呼び掛けてきた、
  それは天国だと説明してきたが
  それは煙のように消えていく。
  経験して分かった。
  在宅医療の現場から、年寄りが人間らしく往生できるよう声を出していきたい」
 というようなことを書いています

○在宅医療を進めた70年間
 早川さんが在宅医療を始めたのは京都の西陣

 当時は戦後で、保険制度も整っておらず
 医療を受けられるのは一部のお金持ちだけだったそうです。

 そこで「自分達の診療を作る」
 と新しい診療所を立ち上げ
 初代所長になったのが早川さん
 彼は「病気の原因は暮らしにある」として
 暮らしの中に入る医療を進めたそうです
 医療制度改革のために国にも積極的に働きかけた

 3年後、早川さんに共感して加わった元同僚の医師も語っていましたが
 「当時はスタッフの給料を払うために二人とも無給だった」
 二人とも、治療する立場なのに生活保護を受けていたそうです。

 「でもそれが普通だった、
  でないと地域の人が笑顔にならない」

 このような医療は地域の人にも喜ばれ
 「神様仏様の扱いだった」とか(笑)

 その後診療所は堀川病院へと発展していくが
 ここで新たな問題が起きた

 患者の高齢化に伴い、退院しない患者が増え、経営を圧迫。

 そこで医療懇談会を開くと
 高齢者は
 「最期は家で死にたいけど、
  死ぬときは先生に手を取ってもわらなあかんしね」

 治る見込みが無いならもう家に帰りたいのに、
 それを支える医療がない、という指摘があったそうです。

 そこで堀川病院では往診受付の電話窓口を開設し、必要ある人には往診する
 在宅医療の先駆けモデルとなったそうです。

○夜が怖い
 現在早川さんは、2週に1回の主治医の訪問と、
 緊急時の24時間サービスを受けている
 主治医の方は
 「先生が死に怯えているのは、すごく意味のあることだと思いますよ」
 と早川さんに話していました。

 しかし当人は、自分の立ちあげたこのシステムがあっても、
 なお不安な思いがあることに気づいた

 新聞のコラム
 「夜が怖い。
  病気になってから初めて感じた。
  日がくれたら、また夜が来た、と思う。
  携帯を握りしめて寝る、
  かかってくる電話を待つためではなく、自分がもしものおきにかけるために。
  (早川さんは、現役の頃は患者さんの緊急時のために携帯を枕元に置いていたそうです)
  「もしもし、大丈夫?」の声が、睡眠導入剤よりもほっとする」

○患者としての早川さん
 早川さんは、病気になってからは次男が家族と共に引っ越してきて、
 孫二人(小学生か幼稚園くらい)と次男の妻と共に同居しているそうです。
 次男も医師で、職場を京都に変えた。

 時々次男と病院に検査にも行く。

 早川さんの症状は主に貧血で
 主治医は
 「貧血はそんなに進んでいません。
  じわっと悪いことは悪い、
  治療するか迷うところですが…」
 「いらん」
 「副作用が出ないようにはしていきたいとも思いますからね」
 「なんかあったら電話します、このやろうと思って」
 などと憎まれ口を叩きながら診察を受けるが
 検査の数値はあまり見ず、やんわり打診された治療も拒否

 早川さんは貧血のため、気力が持たない、元気が出ないこともあるそうです。
 病院で検査を受け、色々提案をしてもらうものの
 自分も医師と議論し、
 治療を拒否したり、薬を減らすこともあるそうです

○理想の医療と現実
 彼は
 「医療技術の進歩で、薬や治療法は色々出てきた」
 しかし
 「大切な何かが置き去りにされている」
 医者は病気さえ治せばハッピーなはず、と思ってしまうが
 実際は患者さんは暮らしの苦痛に悩まされている
 生活の苦痛を無くさないと完全に治ったことにならない、と話していました。

 彼は今「総合人間学の医療」を目指しているそうです
 これは、芸術や哲学、宗教なども取り込んだ医療
 20年ほど前から講演会などで提唱しているそうです

 その原点は西陣の診療所で求めていたもので
 「出っ張り医療、踏み込み看護」
 患者が困っていたら頼まれなくても出ていくのが医療、
 と考えていたそうです

 しかしこの考えは、西陣ではできても全国にはなかなか広まらない、
 という思いもあるそうです。

 現在早川さんは月一回、在宅医療に関心を持つ若い人を集めて勉強会を開いている

 参加者は様々で
 この日も
 ・川崎市にいる研修医さん(実家が京都だそうです)
 ・阪大の哲学専攻の方(地域運動を作るのはどういうことか、に関心があるらしい)
 ・浄土真宗の僧侶さん、
 など様々。

 早川さんは
 「お金で何でも手に入るこの時代、どんな運動を進めて行くべきか答えは出ていない、
  僕も勉強のために出席しています」

 その中で、大津赤十字の研修医の方は
 「紹介状を持って救急医療に来た方がいたんですが…」
 その患者さんはもともと在宅医療希望だった。
 しかし往診する医師が、土日や夜間対応するのはしんどいからと、救急を呼んでしまった
 というケースを話していて
 在宅医療を全うしたくても、担い手がいない現実を思い知らされました。

 早川さんは
 「求めていた在宅医療が病院の都合で叶わない。
  総合人間医学も、掴もうと思ったら煙のように消えていく
  もしかして自分は煙みたいなのを求めてさまよっているだけなのかも」
 と話していました

 「俺はドンキホーテか」という早川さんに
 「私はそのドンキホーテに付いてきましたよ…
  サンチョですかねぇ」と応える奥さん。

 奥さんは、早川さんが診療所の所長になった頃から早川さんに寄り添っているそうです。
 生活保護を受けていた時も早川さんを支えていた。
 そんな奥さんとの漫才のような会話が、深刻な話を少し軽くしていました

○天国と地獄の在宅医療
 2016年の10月、早川さんの症状は一進一退
 おふろを勧める看護師さんと
 「その手は食わんぞ」
 というとぼけた会話をし
 周りでは孫が元気に遊ぶ

 しかし彼はそんな和やかな雰囲気でも、在宅医療の限界を感じている
 自宅とはいえ1日中ベッドで過ごさねばならない
 そこには「天国と地獄の両方がある」そうです

 「寂しい。
  何度もよぎるこの感情、
  心の奥深いところに流れるこの感情が
  自分の中にあることを知ったときは驚いた」

 「厚労省の動き1つで天国にも地獄にもなる、
  家族や訪問介護の方の一言で天国にも地獄にもなる」

 「枯れていくんやない、熟れて行くんや。
  僕もできるだけ熟していきたい。
  頭を柔らかくして、たくさんの人に食らいついてもらいたい」

○もしもの時には帰宅するか、入院するのか
 去年の暮れ、早川さんは肺炎で入院
 点滴治療が功を奏し、8日間で退院できたが
 一歩間違えばそのまま病院で死ぬ可能性もあった

 このあと少したってから、主治医の方は往診の時
 「今先生は体全体が弱っている、
  口腔内の粘膜が気道に入りやすくなっているために肺炎にかかりやすい。
  もし次に肺炎になって入院して、帰ってこれないときはどうしますか」
 と尋ねていました

 主治医として、元気な時は家に帰ってもいいと言えるが
 入院して危ないときにそういうわけにもいかない。
 治ってまた自宅に戻れることに賭けて入院で治療を続けるか、
 もう死ぬだろうからと、せめて自宅で、と家に帰るか…
 それを決めておかないと、
 「最期は自宅で」
 という望みが叶えられないかもしれませんよ、という話をしていました。

 早川さんは
 「考えておきます」

 そのあと奥さんと
 「難しい選択ですね」
 「どう生きるか、やな。
  俺の最期を看とるのはお前、
  覚悟は決まっていると思うが
  お前が残るとき、心残りがあったらどうすることもできない」
 と奥さんにも考えてもらおうとするが、
 奥さんは涙を流して
 「はよう死なんように…」

○最後まで寄り添うのが医療の役目
 そんなある日、次男が昔の手帳を出してきました。

 それは、小児科医の松田さんという方と早川さんの交流記録でした。

 松田さんは16歳年上の小児科医で、
 現役時代は、治療の難しい子供の診療を引き受けたり、最新治療を教えてくれるなど
 早川さんを支えてくださっていたそうです

 小松さんは晩年在宅医療を望み、
 看取りを早川さんに託していた。
 そのときに交わしあったノートでした。

 それを読むと、晩年の松田さんは体は弱っているものの、頭はしっかりしている
 「今の俺と同じだ」
 と言っていました

 ノートの中には早川さん自身が松田さんにかけた言葉もありました。

 「松田さんがどのような別れをするか、
  いい経験をさせてもらいます」

 早川さんは当時を思い出して
 「俺も老いていきつつあるし、
  松田先生の老いの迎えかたを遠くから眺めながら
  ああいう別れ方があるのかぁ、と…」

 こんな言葉もありました
 「死ぬときは皆苦しむ、苦しみ方は皆違う。
  山か川かを越えないとたどり着けない。
  それについていくのが主治医の私の仕事です。
  見えつ隠れつ、支えていきます」

 息子さんはこれを読んで
 「本来の医療は、これじゃないかな。
  医者と患者との関係を一生懸命作ろうとすること、
  それだけ…それが全て」
 と早川さんに話していました。

 春が来て、早川さんは在宅医療を続けている
 早川さんは今も理想の医療を求めつつ、
 一方で自身がどのような最期を迎えるべきか、考えている

 「生きていくしんどさをしみじみ感じる。
  わずかな喜びとたくさんの苦しみを、
  見てくださる皆さんと生きて、
  もういっぺん、素晴らしい人生だったと噛み締めてみたい」

 最後に、新聞に掲載した文章がありました
 「患者さんが来てほしいと思ったときに来てくれはった、そんな往診をせねばならない。
  それがピタッと合ったら仏様と思う。
  長い人生の歩みの中では、治らずに老いて死んでいくことが多いのです。
  一緒に泣こう、語ろう、悩もう。
  そうして患者さんと共に歩んでいくしかないのでは
  というのが僕の医療についての基本的な考え方です。
  僕らは、楽にしてあげることはできるが、治すことはできないのですから」

○感想など
・早川さんの「地獄」とは一体何なんだろうと思いました。
 私は想像しかできないですが…

 例えば、元気な周りの家族の姿を見るたび、
 人の声がしてほっとすると同時に、
 かえって思うように動けない自分の体がいやになるのかもしれない。
 自分だって元気ならああできるのに、ああしたい…と思ってしまうとか。

 あるいは、誰かの言葉で傷つくとか、
 お世話される事実に自己嫌悪を覚えるとか…

 立場は全然違いますが、
 私も出産直後は思うように動ず
 好きな食事も自分で作れず、イライラしました。

 それだけでも嫌だったのに、
 年老いて病気、となると
 悪くなることはあっても良くなることはほとんどない。
 そういう「ない」「できない」ものに目がついいってしまう、
 そういう辛さがあるのかもしれない。

・早川さんの思いに反するようなことかもしれませんが、
 私は自宅で死ぬというのはそんなに理想的なことなのかなぁ?と思いました。

 私自身は現在、だんなの実家に住んでいることもあり
 「自分の家」という気が全くしない(笑)

 生まれ育った実家も、姉や兄の部屋はあるのに私の部屋はなく、
 (しかも母親は外へ遊びに行けというし)
 なんかいつも流浪の民、という感じで
 これも自分の家とは思えませんでした。

 どちらにしても自分スペース、がなくて、
 家族と常にいるのが気詰まりに思ってしまう。

 そういう環境で生きてきたせいか
 あんまり晩年も家族と一緒に過ごしたいとは、今のところ思わない…
 家族、特に子供にも迷惑かけたくないし。
 (今のところ老いてもいないし元気なので、
 そう思うだけなのかもしれませんが)

 どっちかいうと、ドイツみたいに
 ターミナルケア用のホスピスみたいな所とかで、
 家族がいない環境の方が楽なのかもと思う。
 家族にお世話してもらうと、かえって感情をぶつけあってしまいそう。

 それに家族がいると
 「なんで自分ばっかりこんな寝てないといけないの?」
 と理不尽な気分になりそうな気がする。
 知らない人で似たような境遇の人ばっかりのところだったら
 なんかあきらめがつきそうな気がする。

・早川さんは在宅医療を推進しておられましたが
 「実際は自宅で最期を迎える人は1割」
 だそうで
 勉強会の大津赤十字の例もありましたけど、
 なんで日本では在宅医療が広まらないのかなぁと思い、少し調べました。

 https://www.minnanokaigo.com/news/kaigogaku/no67/

 によればもう少し詳しいデータがあり
 厚労省のデータでは、終末期(若くても病気で治る見込みのない人も含む)
 を自宅で迎えたいという人は7割。
 また、内閣府の高齢者の意識調査でも、5割以上が最期は自宅で、という希望だそうです。

 政府も施設の不足、医療費削減などのために、
 在宅医療、在宅介護を推進しているそうです。

 しかし現実には最期を自宅で迎える人は1割程度

 これはなぜか…というと
 1つは家族の大変さがあり

 終末期になるとどうしても病状が不安定なため、
 家族が自宅から何回も救急車などを呼んでいるうちに疲れてしまい
 これなら入院した方が…
 となってしまう

 また、本人も、在宅の方が高くつくし、
 家族に迷惑をかけたくないと思ってしまうのもある

 もう1つは、在宅医療を実施している医療機関が少ない。

 国の制度にも原因があり、
 在宅医療支援をしている診療所、として登録するには、
 色々要件があるそうです。
 (24時間対応の医師、看護師がいる、
 24時間の往診や訪問看護が可能、
 緊急時の受け入れ体制がある、
 ケアマネとの連携をする、
 年1回の看とり数の報告など)

 なかでも、24時間夜間も休日も対応する、
 というのはお医者さんや看護師さんにとってもしんどい。
 このため担い手が少ない。
 たしかにただでさえ激務な医者に、
 24時間働けというのは酷だと思う。

 そのわりに診療報酬がそんなに高くない、
 過疎地域は特に担い手が不足している問題もあるとのこと。

 また、このほかに
 http://blog.drnagao.com/2016/08/post-5334.html

 では、介護保険との競合も指摘されていました。

 在宅医療では、全部が全部お医者さんが行くのも大変なので、
 点滴など、治療でなければ
 看護師さんに行ってもらうこともある。

 しかし介護保険が始まって以来、
 末期がんや神経難病などの特定の病気は医療保険で在宅看護ができるが、
 それ以外で要介護認定のある人は、
 在宅看護は介護保険の扱いになるそうです。

 そうなるとケアマネージャーに介護のメニューに訪問看護を入れてもらわねばならないが、
 ケアマネは、自分の所属する法人施設のサービスを優先してしまう
 (その方が法人の利益になるので)
 在宅看護は嫌がられるのだそうです。

 そして、看護師が行けないなら在宅医療は止めておこう、
 と考える開業医も少なくないそうです。

 また、診療報酬も2年ごとに改訂され
 そのたびに制度が複雑になり
 患者さんへの医療費の説明に時間が取られるし
 医者自身もついていけない。
 面倒だから撤退してしまう、
 という問題もあるそうです。

 つまり、
 使いにくい制度の問題もあるし、
 医師や看護師など担う側のしんどさもある、
 お金もかかるし家族も大変、
 そこまでして自分のワガママで在宅医療を選んでいいのか
 と思ってしまうのでしょう。

 海外ではその辺どうしているのかな?
 アメリカでは、お金がある人が対価を払ってそれを選ぶ、
 北欧などではもともと地域で在宅介護や医療の風習がある…
 というのがあるようですが
 日本の場合、伝統的に家族が担ってきたので
 公的な支援、となると、する側もされる側も抵抗感があるのかもしれません。

・日本の場合、根本的な問題は
「お世話になるのはお荷物」
 的な意識が根底にあることなのかも、とも思います

 この前に見た「ラストドライブ」
 では、ドイツの担い手の方々は
 「他人へのお世話は社会への恩返し」
 というボランティアの方が多かったけど、
 日本だとどうしても、他人にお世話になる、
 イコール迷惑なお荷物、申し訳ない、と思ってしまう…

 なぜだろう?
 昔は姥捨て山とか物語にあったけど、
 日本は年老いたら引退する、身を引く風習があったからかも。
 欧米は年齢を重ねてもいつでも主役、という感じですけど…
 国民全体に染み付いた意識というか習慣に近いものなのかなあ。
 意識を変えろといってもなかなか無理そうに思う。

 となると、
 介護ロボットの活用とか
 (お風呂とかなら、ヘルパーさんなどよりも、見られても気楽かもと思う)
 外国人労働者に頼るとか
 あるいは在宅医療専門の医師や看護師をビジネス化して、
 24時間労働してくれる人にはそれなりの対価を支払うシステムにする、など
 (お金のある人が利用する、というアメリカに近い考え方)
 なんかドラスティックに変えないといけないのかなぁとも思います。

・お世話させる立場になっても、
 死ぬときは後悔だけはしたくないなと思います。

 私の父方の祖父母のケースを思い出したんですが
 祖母は頭はしっかりしているものの、
 腰がダメで、子供たちも遠い所に住んでいるということで
 早いうちから介護施設に入っていました。
 (ちなみに今もご存命です)

 夫婦二人暮らしだったので、
 そのあとは祖父はおそらく一人で暮らしていたのでしょうが
 祖父に前立腺がんが見つかり入院。
 医師の強い勧めで、ガンを除去する手術をしたのですが、
 そのあとは状態が悪く、そのまま亡くなってしまいました。
 (手術しないほうが元気だったので、いまだにその手術は必要だったのか
  今でもモヤモヤするものがありますが…)

 しかし、祖母は祖父が入院したことすら知らされておらず、
 亡くなったことは、「施設に入った」などごまかして伝えられていたようです。
 祖母は勘がいい方なので、気づいてはいるのかもしれないけど、
 夫婦何十年も寄り添った末に、
 最期にも立ち会えないなんて悲しすぎると思いました。
 
 周りに任せるとなると、ある程度は思い通りにならないのかもしれないけど、
 良かったと死ねるように、家族との風通しは良くしておかねばならんのかな、とも思います。

・早川さんの「心に寄り添う医療」というのは
 現場で治療に忙殺されている医師ではちょっと難しいのかもしれない。

 しかしターミナルケア、みたいな
 もう治る見込みはないけど
 残された生をよりよく生きたい、という人のための心のケアは
 日本でももっとされてほしいと思います。

 ドイツでも終末期医療専門のドクターがいたけど
 そういう専門医ができて、地位も確保できれば
 早川さんの願いもかなえられるのかなと思います。

自分の最期、家族の最期については
これからも折に触れ考えることになるのだろうなあ…
健康なうちから、より良い生とは何かを留意していなければいけない、と思いました

というわけで、今回はこの辺で。