2017年07月18日

ETV特集「こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ」

ETV特集「こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ」

 少し前に、BSの「ラストドライブ」という番組
 (ドイツの終末期の方を
 いきたい場所に連れていく「願いの車」プロジェクトの番組)
 を見ましたが
 日本の終末期医療についてはどうなんだろうと思って見た番組です。

 この番組は4月に放送されて、これは再放送らしい

 在宅医療を推進してきた医師の早川一光さんという方が
 ご自分が高齢でガンにかかり、
 在宅医療を受ける立場になり、
 改めて在宅医療の問題点について気づかされた、
 その思いを語っている番組です。

 全然答えは出ないようなのですが
 よりよい最期とは何だろうと思わされる番組でした。

○「こんなはずじゃなかった」
 早川さんは、3年前に多発性骨髄腫、という血液のガンを発病されたそうです。
 貧血が主な症状で、安静が必要な状態

 早川さんは一時は背骨を折り、歩けなかったそうですが
 病状が回復してからは、京都の衣笠にある自宅で在宅医療を受けている

 しかし彼は
 「こんなはずじゃなかった」
 「在宅医療は天国だ、と煽ってきたけど、
  かえって地獄じゃねえか」
 と、ちょっとギョッとする発言をしています。

 在宅で家族に看取られて死ぬというのは
 温もりのある医療、
 理想的な大往生、
 と信じてきたが、100%そういうわけでもない

 例えばおふろ。
 早川さんの家には週二回、看護師さんとヘルパーさんが入浴援助に来てくれるが
 早川さんはいつも抵抗するそうです
 「あんた誰やった?」
 とかとぼけたりする

 「一人で入れんこともないけど、溺れたりしたらどうしようもないし
  でも洗ってもらって体拭いてもらって、てのはアメリカのセルロイドみたい。
  でもそれは我が儘なんだろうなぁ…」
 他人に体を拭かれたり見らたりするのは嫌なんでしょうね…

 「自宅で支えられてもなお、
  不安、自己嫌悪、孤独を感じる。
  もっと患者に寄り添う医療があるのではないか」

 早川さんはこのような思いを
 フリーライターの娘さんの代筆で、京都新聞に掲載しているそうです
 題名は「こんなはずじゃなかった」

 第一回目では
 「この70年、畳の上で死のうと呼び掛けてきた、
  それは天国だと説明してきたが
  それは煙のように消えていく。
  経験して分かった。
  在宅医療の現場から、年寄りが人間らしく往生できるよう声を出していきたい」
 というようなことを書いています

○在宅医療を進めた70年間
 早川さんが在宅医療を始めたのは京都の西陣

 当時は戦後で、保険制度も整っておらず
 医療を受けられるのは一部のお金持ちだけだったそうです。

 そこで「自分達の診療を作る」
 と新しい診療所を立ち上げ
 初代所長になったのが早川さん
 彼は「病気の原因は暮らしにある」として
 暮らしの中に入る医療を進めたそうです
 医療制度改革のために国にも積極的に働きかけた

 3年後、早川さんに共感して加わった元同僚の医師も語っていましたが
 「当時はスタッフの給料を払うために二人とも無給だった」
 二人とも、治療する立場なのに生活保護を受けていたそうです。

 「でもそれが普通だった、
  でないと地域の人が笑顔にならない」

 このような医療は地域の人にも喜ばれ
 「神様仏様の扱いだった」とか(笑)

 その後診療所は堀川病院へと発展していくが
 ここで新たな問題が起きた

 患者の高齢化に伴い、退院しない患者が増え、経営を圧迫。

 そこで医療懇談会を開くと
 高齢者は
 「最期は家で死にたいけど、
  死ぬときは先生に手を取ってもわらなあかんしね」

 治る見込みが無いならもう家に帰りたいのに、
 それを支える医療がない、という指摘があったそうです。

 そこで堀川病院では往診受付の電話窓口を開設し、必要ある人には往診する
 在宅医療の先駆けモデルとなったそうです。

○夜が怖い
 現在早川さんは、2週に1回の主治医の訪問と、
 緊急時の24時間サービスを受けている
 主治医の方は
 「先生が死に怯えているのは、すごく意味のあることだと思いますよ」
 と早川さんに話していました。

 しかし当人は、自分の立ちあげたこのシステムがあっても、
 なお不安な思いがあることに気づいた

 新聞のコラム
 「夜が怖い。
  病気になってから初めて感じた。
  日がくれたら、また夜が来た、と思う。
  携帯を握りしめて寝る、
  かかってくる電話を待つためではなく、自分がもしものおきにかけるために。
  (早川さんは、現役の頃は患者さんの緊急時のために携帯を枕元に置いていたそうです)
  「もしもし、大丈夫?」の声が、睡眠導入剤よりもほっとする」

○患者としての早川さん
 早川さんは、病気になってからは次男が家族と共に引っ越してきて、
 孫二人(小学生か幼稚園くらい)と次男の妻と共に同居しているそうです。
 次男も医師で、職場を京都に変えた。

 時々次男と病院に検査にも行く。

 早川さんの症状は主に貧血で
 主治医は
 「貧血はそんなに進んでいません。
  じわっと悪いことは悪い、
  治療するか迷うところですが…」
 「いらん」
 「副作用が出ないようにはしていきたいとも思いますからね」
 「なんかあったら電話します、このやろうと思って」
 などと憎まれ口を叩きながら診察を受けるが
 検査の数値はあまり見ず、やんわり打診された治療も拒否

 早川さんは貧血のため、気力が持たない、元気が出ないこともあるそうです。
 病院で検査を受け、色々提案をしてもらうものの
 自分も医師と議論し、
 治療を拒否したり、薬を減らすこともあるそうです

○理想の医療と現実
 彼は
 「医療技術の進歩で、薬や治療法は色々出てきた」
 しかし
 「大切な何かが置き去りにされている」
 医者は病気さえ治せばハッピーなはず、と思ってしまうが
 実際は患者さんは暮らしの苦痛に悩まされている
 生活の苦痛を無くさないと完全に治ったことにならない、と話していました。

 彼は今「総合人間学の医療」を目指しているそうです
 これは、芸術や哲学、宗教なども取り込んだ医療
 20年ほど前から講演会などで提唱しているそうです

 その原点は西陣の診療所で求めていたもので
 「出っ張り医療、踏み込み看護」
 患者が困っていたら頼まれなくても出ていくのが医療、
 と考えていたそうです

 しかしこの考えは、西陣ではできても全国にはなかなか広まらない、
 という思いもあるそうです。

 現在早川さんは月一回、在宅医療に関心を持つ若い人を集めて勉強会を開いている

 参加者は様々で
 この日も
 ・川崎市にいる研修医さん(実家が京都だそうです)
 ・阪大の哲学専攻の方(地域運動を作るのはどういうことか、に関心があるらしい)
 ・浄土真宗の僧侶さん、
 など様々。

 早川さんは
 「お金で何でも手に入るこの時代、どんな運動を進めて行くべきか答えは出ていない、
  僕も勉強のために出席しています」

 その中で、大津赤十字の研修医の方は
 「紹介状を持って救急医療に来た方がいたんですが…」
 その患者さんはもともと在宅医療希望だった。
 しかし往診する医師が、土日や夜間対応するのはしんどいからと、救急を呼んでしまった
 というケースを話していて
 在宅医療を全うしたくても、担い手がいない現実を思い知らされました。

 早川さんは
 「求めていた在宅医療が病院の都合で叶わない。
  総合人間医学も、掴もうと思ったら煙のように消えていく
  もしかして自分は煙みたいなのを求めてさまよっているだけなのかも」
 と話していました

 「俺はドンキホーテか」という早川さんに
 「私はそのドンキホーテに付いてきましたよ…
  サンチョですかねぇ」と応える奥さん。

 奥さんは、早川さんが診療所の所長になった頃から早川さんに寄り添っているそうです。
 生活保護を受けていた時も早川さんを支えていた。
 そんな奥さんとの漫才のような会話が、深刻な話を少し軽くしていました

○天国と地獄の在宅医療
 2016年の10月、早川さんの症状は一進一退
 おふろを勧める看護師さんと
 「その手は食わんぞ」
 というとぼけた会話をし
 周りでは孫が元気に遊ぶ

 しかし彼はそんな和やかな雰囲気でも、在宅医療の限界を感じている
 自宅とはいえ1日中ベッドで過ごさねばならない
 そこには「天国と地獄の両方がある」そうです

 「寂しい。
  何度もよぎるこの感情、
  心の奥深いところに流れるこの感情が
  自分の中にあることを知ったときは驚いた」

 「厚労省の動き1つで天国にも地獄にもなる、
  家族や訪問介護の方の一言で天国にも地獄にもなる」

 「枯れていくんやない、熟れて行くんや。
  僕もできるだけ熟していきたい。
  頭を柔らかくして、たくさんの人に食らいついてもらいたい」

○もしもの時には帰宅するか、入院するのか
 去年の暮れ、早川さんは肺炎で入院
 点滴治療が功を奏し、8日間で退院できたが
 一歩間違えばそのまま病院で死ぬ可能性もあった

 このあと少したってから、主治医の方は往診の時
 「今先生は体全体が弱っている、
  口腔内の粘膜が気道に入りやすくなっているために肺炎にかかりやすい。
  もし次に肺炎になって入院して、帰ってこれないときはどうしますか」
 と尋ねていました

 主治医として、元気な時は家に帰ってもいいと言えるが
 入院して危ないときにそういうわけにもいかない。
 治ってまた自宅に戻れることに賭けて入院で治療を続けるか、
 もう死ぬだろうからと、せめて自宅で、と家に帰るか…
 それを決めておかないと、
 「最期は自宅で」
 という望みが叶えられないかもしれませんよ、という話をしていました。

 早川さんは
 「考えておきます」

 そのあと奥さんと
 「難しい選択ですね」
 「どう生きるか、やな。
  俺の最期を看とるのはお前、
  覚悟は決まっていると思うが
  お前が残るとき、心残りがあったらどうすることもできない」
 と奥さんにも考えてもらおうとするが、
 奥さんは涙を流して
 「はよう死なんように…」

○最後まで寄り添うのが医療の役目
 そんなある日、次男が昔の手帳を出してきました。

 それは、小児科医の松田さんという方と早川さんの交流記録でした。

 松田さんは16歳年上の小児科医で、
 現役時代は、治療の難しい子供の診療を引き受けたり、最新治療を教えてくれるなど
 早川さんを支えてくださっていたそうです

 小松さんは晩年在宅医療を望み、
 看取りを早川さんに託していた。
 そのときに交わしあったノートでした。

 それを読むと、晩年の松田さんは体は弱っているものの、頭はしっかりしている
 「今の俺と同じだ」
 と言っていました

 ノートの中には早川さん自身が松田さんにかけた言葉もありました。

 「松田さんがどのような別れをするか、
  いい経験をさせてもらいます」

 早川さんは当時を思い出して
 「俺も老いていきつつあるし、
  松田先生の老いの迎えかたを遠くから眺めながら
  ああいう別れ方があるのかぁ、と…」

 こんな言葉もありました
 「死ぬときは皆苦しむ、苦しみ方は皆違う。
  山か川かを越えないとたどり着けない。
  それについていくのが主治医の私の仕事です。
  見えつ隠れつ、支えていきます」

 息子さんはこれを読んで
 「本来の医療は、これじゃないかな。
  医者と患者との関係を一生懸命作ろうとすること、
  それだけ…それが全て」
 と早川さんに話していました。

 春が来て、早川さんは在宅医療を続けている
 早川さんは今も理想の医療を求めつつ、
 一方で自身がどのような最期を迎えるべきか、考えている

 「生きていくしんどさをしみじみ感じる。
  わずかな喜びとたくさんの苦しみを、
  見てくださる皆さんと生きて、
  もういっぺん、素晴らしい人生だったと噛み締めてみたい」

 最後に、新聞に掲載した文章がありました
 「患者さんが来てほしいと思ったときに来てくれはった、そんな往診をせねばならない。
  それがピタッと合ったら仏様と思う。
  長い人生の歩みの中では、治らずに老いて死んでいくことが多いのです。
  一緒に泣こう、語ろう、悩もう。
  そうして患者さんと共に歩んでいくしかないのでは
  というのが僕の医療についての基本的な考え方です。
  僕らは、楽にしてあげることはできるが、治すことはできないのですから」

○感想など
・早川さんの「地獄」とは一体何なんだろうと思いました。
 私は想像しかできないですが…

 例えば、元気な周りの家族の姿を見るたび、
 人の声がしてほっとすると同時に、
 かえって思うように動けない自分の体がいやになるのかもしれない。
 自分だって元気ならああできるのに、ああしたい…と思ってしまうとか。

 あるいは、誰かの言葉で傷つくとか、
 お世話される事実に自己嫌悪を覚えるとか…

 立場は全然違いますが、
 私も出産直後は思うように動ず
 好きな食事も自分で作れず、イライラしました。

 それだけでも嫌だったのに、
 年老いて病気、となると
 悪くなることはあっても良くなることはほとんどない。
 そういう「ない」「できない」ものに目がついいってしまう、
 そういう辛さがあるのかもしれない。

・早川さんの思いに反するようなことかもしれませんが、
 私は自宅で死ぬというのはそんなに理想的なことなのかなぁ?と思いました。

 私自身は現在、だんなの実家に住んでいることもあり
 「自分の家」という気が全くしない(笑)

 生まれ育った実家も、姉や兄の部屋はあるのに私の部屋はなく、
 (しかも母親は外へ遊びに行けというし)
 なんかいつも流浪の民、という感じで
 これも自分の家とは思えませんでした。

 どちらにしても自分スペース、がなくて、
 家族と常にいるのが気詰まりに思ってしまう。

 そういう環境で生きてきたせいか
 あんまり晩年も家族と一緒に過ごしたいとは、今のところ思わない…
 家族、特に子供にも迷惑かけたくないし。
 (今のところ老いてもいないし元気なので、
 そう思うだけなのかもしれませんが)

 どっちかいうと、ドイツみたいに
 ターミナルケア用のホスピスみたいな所とかで、
 家族がいない環境の方が楽なのかもと思う。
 家族にお世話してもらうと、かえって感情をぶつけあってしまいそう。

 それに家族がいると
 「なんで自分ばっかりこんな寝てないといけないの?」
 と理不尽な気分になりそうな気がする。
 知らない人で似たような境遇の人ばっかりのところだったら
 なんかあきらめがつきそうな気がする。

・早川さんは在宅医療を推進しておられましたが
 「実際は自宅で最期を迎える人は1割」
 だそうで
 勉強会の大津赤十字の例もありましたけど、
 なんで日本では在宅医療が広まらないのかなぁと思い、少し調べました。

 https://www.minnanokaigo.com/news/kaigogaku/no67/

 によればもう少し詳しいデータがあり
 厚労省のデータでは、終末期(若くても病気で治る見込みのない人も含む)
 を自宅で迎えたいという人は7割。
 また、内閣府の高齢者の意識調査でも、5割以上が最期は自宅で、という希望だそうです。

 政府も施設の不足、医療費削減などのために、
 在宅医療、在宅介護を推進しているそうです。

 しかし現実には最期を自宅で迎える人は1割程度

 これはなぜか…というと
 1つは家族の大変さがあり

 終末期になるとどうしても病状が不安定なため、
 家族が自宅から何回も救急車などを呼んでいるうちに疲れてしまい
 これなら入院した方が…
 となってしまう

 また、本人も、在宅の方が高くつくし、
 家族に迷惑をかけたくないと思ってしまうのもある

 もう1つは、在宅医療を実施している医療機関が少ない。

 国の制度にも原因があり、
 在宅医療支援をしている診療所、として登録するには、
 色々要件があるそうです。
 (24時間対応の医師、看護師がいる、
 24時間の往診や訪問看護が可能、
 緊急時の受け入れ体制がある、
 ケアマネとの連携をする、
 年1回の看とり数の報告など)

 なかでも、24時間夜間も休日も対応する、
 というのはお医者さんや看護師さんにとってもしんどい。
 このため担い手が少ない。
 たしかにただでさえ激務な医者に、
 24時間働けというのは酷だと思う。

 そのわりに診療報酬がそんなに高くない、
 過疎地域は特に担い手が不足している問題もあるとのこと。

 また、このほかに
 http://blog.drnagao.com/2016/08/post-5334.html

 では、介護保険との競合も指摘されていました。

 在宅医療では、全部が全部お医者さんが行くのも大変なので、
 点滴など、治療でなければ
 看護師さんに行ってもらうこともある。

 しかし介護保険が始まって以来、
 末期がんや神経難病などの特定の病気は医療保険で在宅看護ができるが、
 それ以外で要介護認定のある人は、
 在宅看護は介護保険の扱いになるそうです。

 そうなるとケアマネージャーに介護のメニューに訪問看護を入れてもらわねばならないが、
 ケアマネは、自分の所属する法人施設のサービスを優先してしまう
 (その方が法人の利益になるので)
 在宅看護は嫌がられるのだそうです。

 そして、看護師が行けないなら在宅医療は止めておこう、
 と考える開業医も少なくないそうです。

 また、診療報酬も2年ごとに改訂され
 そのたびに制度が複雑になり
 患者さんへの医療費の説明に時間が取られるし
 医者自身もついていけない。
 面倒だから撤退してしまう、
 という問題もあるそうです。

 つまり、
 使いにくい制度の問題もあるし、
 医師や看護師など担う側のしんどさもある、
 お金もかかるし家族も大変、
 そこまでして自分のワガママで在宅医療を選んでいいのか
 と思ってしまうのでしょう。

 海外ではその辺どうしているのかな?
 アメリカでは、お金がある人が対価を払ってそれを選ぶ、
 北欧などではもともと地域で在宅介護や医療の風習がある…
 というのがあるようですが
 日本の場合、伝統的に家族が担ってきたので
 公的な支援、となると、する側もされる側も抵抗感があるのかもしれません。

・日本の場合、根本的な問題は
「お世話になるのはお荷物」
 的な意識が根底にあることなのかも、とも思います

 この前に見た「ラストドライブ」
 では、ドイツの担い手の方々は
 「他人へのお世話は社会への恩返し」
 というボランティアの方が多かったけど、
 日本だとどうしても、他人にお世話になる、
 イコール迷惑なお荷物、申し訳ない、と思ってしまう…

 なぜだろう?
 昔は姥捨て山とか物語にあったけど、
 日本は年老いたら引退する、身を引く風習があったからかも。
 欧米は年齢を重ねてもいつでも主役、という感じですけど…
 国民全体に染み付いた意識というか習慣に近いものなのかなあ。
 意識を変えろといってもなかなか無理そうに思う。

 となると、
 介護ロボットの活用とか
 (お風呂とかなら、ヘルパーさんなどよりも、見られても気楽かもと思う)
 外国人労働者に頼るとか
 あるいは在宅医療専門の医師や看護師をビジネス化して、
 24時間労働してくれる人にはそれなりの対価を支払うシステムにする、など
 (お金のある人が利用する、というアメリカに近い考え方)
 なんかドラスティックに変えないといけないのかなぁとも思います。

・お世話させる立場になっても、
 死ぬときは後悔だけはしたくないなと思います。

 私の父方の祖父母のケースを思い出したんですが
 祖母は頭はしっかりしているものの、
 腰がダメで、子供たちも遠い所に住んでいるということで
 早いうちから介護施設に入っていました。
 (ちなみに今もご存命です)

 夫婦二人暮らしだったので、
 そのあとは祖父はおそらく一人で暮らしていたのでしょうが
 祖父に前立腺がんが見つかり入院。
 医師の強い勧めで、ガンを除去する手術をしたのですが、
 そのあとは状態が悪く、そのまま亡くなってしまいました。
 (手術しないほうが元気だったので、いまだにその手術は必要だったのか
  今でもモヤモヤするものがありますが…)

 しかし、祖母は祖父が入院したことすら知らされておらず、
 亡くなったことは、「施設に入った」などごまかして伝えられていたようです。
 祖母は勘がいい方なので、気づいてはいるのかもしれないけど、
 夫婦何十年も寄り添った末に、
 最期にも立ち会えないなんて悲しすぎると思いました。
 
 周りに任せるとなると、ある程度は思い通りにならないのかもしれないけど、
 良かったと死ねるように、家族との風通しは良くしておかねばならんのかな、とも思います。

・早川さんの「心に寄り添う医療」というのは
 現場で治療に忙殺されている医師ではちょっと難しいのかもしれない。

 しかしターミナルケア、みたいな
 もう治る見込みはないけど
 残された生をよりよく生きたい、という人のための心のケアは
 日本でももっとされてほしいと思います。

 ドイツでも終末期医療専門のドクターがいたけど
 そういう専門医ができて、地位も確保できれば
 早川さんの願いもかなえられるのかなと思います。

自分の最期、家族の最期については
これからも折に触れ考えることになるのだろうなあ…
健康なうちから、より良い生とは何かを留意していなければいけない、と思いました

というわけで、今回はこの辺で。