2017年08月17日

「私が子供を持たない理由」下重暁子

「私が子供を持たない理由」下重暁子

 私は自分と価値観の違う方の話に興味があります。
 私は子供を持つが、
 持ちたくない人というのはどういう考え方なんだろう、
 と思ってこの本を借りてみました。

 ちなみに読んでから気づいたんですけど、
 この方は「家族という病」という本の筆者だったみたいです
 家族という絆に縛られる必要はない、みたいな趣旨の本で
 かなり話題になっていました
 (私は読んでないけど…)

 それはさておきこの本の話に戻ります。
 数年前に女優の山口智子さんが
 「子供を持たない選択をして良かった」
 みたいな話を雑誌のインタビューだったかでされていて、話題になっていましたが
 この本でも冒頭で山口さんの話が扱われていました。

 山口さんの場合は、山口さんも夫の唐沢さんも、
 過去に親御さんとの関係がよろしくなく、家庭にいいイメージが無かったのと
 お互い二人で向き合って生きていくことが幸せ、
 というのがあるみたいですが

 この本の筆者はまた別の理由があり
 人それぞれだなと思います。

 この本には
 筆者が子供を持たない個人的な理由はもちろん書かれていますが

 他にも
 ・子供を持つことが善とされる世の中の価値観への異論、
 ・子供が無くても幸せだという考え方
 ・子供や家族がいるからこその負の面、
 などが書かれています。

 まぁでも
 「子供がいなくてもいいじゃない!」
 みたいな感情的な意見ではなく
 ご本人は他人が子供を持つことに反対でもないそうです

 筆者が言いたかったのは
 子供がいようがいまいが、
 「自分の生き方は自分で責任を持って決めるべき」ということ、そして
 「選択した以上はそれを全うすべきではないか」
 ということみたいです。

 私が読んだ印象としては、
 賛同する所と反論したくなる所が両方ありました。

 エッセイ風でまとまった書き方、てわけでもないので
 私の印象に残ったところを挙げていこうと思います。

○子供がいない人が受ける世間の圧力
 最初に、子供を持たない人にあれこれ言う人に対し、筆者はモノ申しています。

 日本の場合、特に年配の方に多いのかなと思うのですが
 「子供がいたらいいですよ」と勧めてきたり
 勝手にできないと考えて「かわいそうに」という人、
 「いい年なのに子供は作らないの?」と聞いてくる人、
 あるいは「自分だけのために生きるなんて自分勝手」という人、
 など…

 たしかにそれは要らんお世話だなぁ、と私も思う。
 だいたい、子供いるいないって、
 望んでもできない人もいるし、
 かなりデリケートな話じゃないのかね?
 それを口にするのは、他人の家にズカズカ土足で乗り込むのと同じで、
 かなりデリカシーに欠ける行為だと思う。
 (ですので、私は子供がいない人に対しては、相手が聞いてくるまで話題にしない)

 ただ、筆者はちょっと過剰反応?という感じもする。
 例えばあるプロデューサーに
 「子供がいたらもっと素敵になれるのに」と言われた、
 テリー伊藤さんに
 「子供は作ってみたら良かったですね」
と言われた、
 てのを同列に書いて
 「みんな自分と同じ価値観の土俵に引きずりこみたがる」
 としていました。

 たしかにプロデューサーさんはいらん一言やなぁと思うが、
 テリーさんの言葉は単に子供を持つ人の感慨なのであって、
 そんなんにも感情的になられたら、
 こういう人には子供の話は避けた方がいいのか?とか思ってしまう。…まぁ、しない方がいいんでしょうね。

 それから筆者は、
 お節介をする人は
 「子供を持たない人が自由に生きていることの羨望と嫉妬」
 から話をしてくるのか、と書いていますが
 それも偏見なのでは?と思いました。

 まぁ百歩譲って、羨望を持つか人も中にはいるかもしれんけど、
 子供勧めてくる心理としては逆なんじゃないですかね。
 こんないい経験しないと勿体ないよ、
 みたいな余計なお世話的な感じでいうのではないかと思う。

 ただ筆者自身は、
 そういうお節介からは圧力を感じてないそうです。
 自分で決めたことなので後悔はしてない、と。

 しかしながら、日本では特に上の世代の人にそういうお節介が多い。
 そしてそこからの圧力を必要以上に感じてしまっている人も少なくない。

 「本当に圧力なのか?自分が感じているだけでは?」
 自分が選んだなら胸を張って生きればいい、と述べています。そこは頷ける。

○「生まれてきたこと」に納得できない
 次に筆者は自分自身が子供を持たなかった個人的な理由を書いています。

 何だかんだいってお母様の影響が強いのかな、という印象。

 筆者は少々複雑な環境の育ちで、
 父親は再婚、お兄さんが父親の連れ子。
 お兄さんの実母は家を出てしまったそうです
 おそらく父親の実家が厳しい家だったので耐えられなかったのだろう、とのこと。
 お兄さんは実母に会えないままだったとか。

 そして筆者のお母様は、
 連れ子であるお兄さんをもちろん大事に育てたそうですが
 (お兄さんは戸籍を取るまで継母とは知らなかったくらいらしい)
 「子育てを経験したい、女の子を産む」
 という強い気持ちを持って筆者を産んだのだそうです

 筆者は体が弱かったとかで
 幼少時は結核にかかり、同世代の子とはほとんど遊ばず
 太宰治などの本を読んでいたとか。
 そのため、生の辛さについて敏感な子になっていたのかもしれません。

 子供を持たなかった1つの理由として、
 「自分が生まれたことに納得できてない、
  自分が納得できない生を人に押し付けることはできない」
 と書いています。

 筆者は自分が生まれてきたことに感謝できないのだそうです。
 生まれてきたことを自分で選べなかった、
 「生まれさせられた」感が強いのだそう。

 そしてお母様に
 「なんで私を産んだの」と聞いたこともあったそうですが
 そのときは悲しそうな顔をしただけだったとか。
 「母が「私が欲しかったのよ」
  とさらっと答えてくれれば良かったのに、と思う。
  母が欲しいとはっきり言ってくれればそれはそれで正当な理由だった」と。

 そして、そんな納得してない生を子供に押し付けるのは無責任だ、と。

 …この辺は感性の問題なのかな。
 昔内海桂子さんだったか、
 「なんで生まれてきたのかって、そりゃお父さんとお母さんが仲良くしたからでしょう?
  生まれてきたことに理由なんかないわよ。
  生まれてきちゃったんだから生きるしかないじゃない。
  そんなこと考えてる暇あったら働きなさいよ」
 っておっしゃってましたけど
 (「最高齢プロフェッショナルの条件」という本だったかな)
 私はこっちの方が頷けますね。

 生まれるってのは、偶然の産物で、理由なんかないんだと思う。
 産みたくても産めない人もいる。
 だからこそ、そこを受け入れて、与えられた生を全うすべきではないかと私は思う。

 というか、筆者は本当の意味で母親に愛されていなかったのかしれません。
 というのはこのあと筆者は
 「母の愛が重かった」
 ということも書いています。

 お母様は、望むことはなんでもさせてくれたし
 できないこともさせようとしてくれたそうです。
 しかしそれが重すぎて、筆者は段々グレていったらしい。

 「母も自分の人生を生きればいいのに」
 と批判的に思っていたそうです。
 お母様はかなり頭が良く、
 バリバリ仕事をしてもいけそうな能力の方ではあったようです。
 しかし当時の価値観から抜け出せなかった、と。
 なぜ自分の人生を自分で決めないのか、と。

 …この辺は私は母親の立場として耳が痛いなーと思いました。

 まぁ私は自分の子供に人生を注ぐことはしませんが、
 (それこそ、そこまで子供の人生に責任持てない(笑)好きにやってくれと思う)
 現在、自分の人生を生きてないなぁという感覚はあるので。
 結局今私はこの家の「母親は家にいるべき」
 という価値観に縛られていますからね…

○毒親になりたくない
 また筆者は
 「母のような重い母親になるのが怖いから産まなかった」とも書いています。

 ここは私の分析ですが、
 要するにお母様は、
 自分が仕事などで才能を発揮できない分
 その力を娘に注いだのだろう。
 そしてある意味、自分の望むような人生を娘に歩ませようとした。

 そういう感じで育てられたら、自分とは何なんやと思うだろう。
 母のために生まれさせられたのか、自分として生きることを許されないのか、と。
 そのために自分の生が歓迎されていないように感じるのでは、と思う。

 …そういう筆者には同情はするんですが、
 「私はそういう母親にならないぞ」
 と言う選択にならなかった分、
 お母様の影響から抜け出せてないのかなと思います。

 私自身も自分の母親は自分の考えを押し付けてくる人なんですが(多分筆者の家ほどでは内だろうけど)、
 それに気づいたのは自分が家を出てからでした。

 そして子育てして、母親がなんで自分勝手だったのか、より分かるようになった。
 私も今、母親として自分勝手だなぁと思うときもある。
 だから母親は何でああだったんだろう、というのは今ならわかる。
 でも子供を育てる以上、
 子供を優先すべきときはする、という割りきりは必要だ、とも分かった。

 なので、自分の子供に対しては自分の母親ほどは自分勝手にしている気はないし、
 (まぁ、子供がどう見ているかは分からんが)

 今でも私の母は、自分の考えを押し付けてくるけど
 私は柳になんとやらで聞き流せるようになりました。

 自分の母親はこういう人だったんだ、
 じゃあ私は違う母親になろう、
 と思えればそれでいいんじゃないのかなと思うのですが。

 筆者もこの本のあとの方で
 毒親に育てられたけど筆者とは違い、子供を産み母親になっている、
 という方と対談した体験などを語っています。

 でもそういう人たちはカウンセリングなどと手助けを受けていたり
 まだ親への責任、罪悪感を感じていたりする、
 それだけ子育ての罪は重い、
 みたいなことを書いていました。

 でも私は、自分が辛かったぶん自分の子供にしないようにしよう、と思える強みもあると思う。
 また、子育てして母親側の気持ちがわかって、
 初めて全容がわかり、自分の苦しみから解放される一面もあるのでは、
 と私は思います。
 (だからって、みんな子育てすべきだとは言うつもりもないが…)

○世の中、社会への不安
 それから筆者は
 「これからの世の中が不安だから無責任に産みたくない」
 みたいなことも書いています

 村田沙耶香さんの小説「消滅世界」
 カズオ・イシグロさんの小説
「私を離さないで」
 などを引き合いに出し、
 命が人工的に作られる時代になるのでは、としています

 他にも、ブレグジット、トランプ政権とか予期せぬことが起きている、
 そういう時代に子供を産むのは無責任ではないか、と。
 ちなみに、大橋巨泉さんも同様の理由で再婚時にパイプカットされたとか。

 しかし、私はこれは何か議論が違う気がしました。
 不安な時代だから産まない、てのはあまりに消極的というか、逆に無責任なんじゃないかな?
 子供たちのために、将来を安心な時代にしていこう、
 という話に持っていくのが筋ではないかと思います。

 他にも
 「日本の女性は家事、仕事、介護、育児を担わねばならないから大変」
 と書いてるけど、
 それも社会が問題なのであって、社会を変えるべきだろうと思いました。

 他にも
 ある雑誌の編集長が奥さんを殺した事件の話が出されていました。
 その夫婦は4人の子供がいて、
 旦那さんは2ヶ月くらい育休を取ってサポートしたが
 奥さんにとってはそれでは足りず、不満をぶつける。
 一方旦那さんも編集長という激務で寝ることもままならず、
 二人は限界だった…と。

 でもこれ、子供がいるから問題なのではなく
 旦那さんは働き方の問題があるし
 (筆者はマスコミ関係だからか、激務は当たり前みたいな書きぶりだが、
 その考え方に首をかしげる)
 奥さんだって、夫婦だけで抱え込まず、
 地域や親、友だちなどのネットワークの助けがあればなんとかなったんじゃないですかね。

 なんでも子供がいるせいにされるのはなんか納得いきませんでした。

○子供を持つ人たち、子持ちを美徳とする人たちへの苦言
 それから、筆者は子供を持つ人たちの負の面というか
 「子供がいる人たちはエゴの塊」と書いています。
 出掛ける時も自分の子供や家族しか見てない、
 電車で席が空いてたら目の前に年寄りがいても家族を呼ぶ、と。

 まぁ、これは耳の痛い話かなぁとは思う。
 たしかに出掛けてるとき、子供の世話に一生懸命になるあまり、
 周りに迷惑かけてることもあるんだろうなぁ。気を付けようと思いました。

 しかしながらこれって子連れどうこうというより、
 人間性の問題かなぁと思います。
 だってオバサンのグループでも
 アツアツのカップルでも
 自分達のことしか考えてない集団っていますしね。
 逆に、気を使いすぎじゃない?ていうくらい丁寧な親子もいますからね。

 …まぁ、人は置いといて自分は公共の場所では気を付けようと思いました。

 他にも、世の中については
 「子供を持てば無条件で善とされる、
  そこには子供を持ったことの後悔はない」
 「子供を持つだけで一人前とされる」
 と書いてます。
 でもこれは「??」と思いました。

 子育て相談かなんかに
 「母親なら一度くらいは
  「なんで子供なんか生んじゃったんだろう」
  と思うことはある、それは当たり前」
 と書いてありましたが
 そりゃ生んで後悔することなんか何回もありますし、それを言う人も多いです。
 だってネットを見れば、子育ての悩み相談なんか山ほどある。
 子供育てる、なんてのはそんな綺麗事じゃありません。
 それでも産んだ責任上、がんばって全うするのが子育てなんですよ。

 それに子供がいるから一人前、とは私は全然思わない…
 子供って正直だから、いうことがシビア。
 逆に自分が至らん存在だなぁと思わされる。

 それに子供何人いたって、子育てから何も学ばない人もいる。
 親になっても子供っぽい人って世の中にいくらでもいますよ。(私の母もそう)

 それから筆者は
 「子供を生まなければ人生わからないわよ」
 と発言する人に対して
 「子供がいない人には子供が分からないてことはない、
  自分の子供時代を思い出せばわかる」
 と反論しています。

 しかしこれも、私は違うと思った。
 子育てしたら子供の気持ちがわかる、ていうより
 親の気持ちが分かるんですよ。
 これは自分の子供時代を考えたって分からないと思う。

 親の気持ちなんか分かりたくない、というかもしれませんが
 なんであんな扱いをされたんだろう、
 てのは理解できるようになると思う。

 そして、それは
 自分は愛されてなかった、なんで生まれてきたんだ、
 て気持ちを変えるチャンスでもあると思うのです。

 親はなんであんなことをしたのか、
 親が自分への愛が無かったわけではなく
 親なりに理由があったんだと。

 まぁ、中には間違った愛情の注ぎかたをする人もいますが
 それは親が学べなかったからだろうと思う。
 ある意味そんな親もかわいそうな人なんでしょう。

 しかしそれでも、子供(自分)の生を否定することにはならない。
 生まれてきた以上、それなりに懸命に生きていれば、見てくれる人は見てくれる。
 自分は生まれてきて良かったんだ、と思い直すことも可能ではないかと思う。

○子育て、夫婦問題
 筆者はまた、
 「子供がいないからこそ、夫婦に向き合える。
  子供がいたら、夫のこんな面に気づかなかっただろう」
 「子供がいるから離婚しない、という夫婦があるが、それは子供にたいして失礼」

 など、子供により夫婦間の話し合いがおろそかになることを指摘していますが
 これも人によるんかなぁと思います。
 子供がいるからこそ話し合えることもあるし、相手の見えてくる面もあるし…

 ただ、子供がいても夫婦仲良しでいようよ、ていう意見は頷けました。
 日本だと、子供できたら夫婦生活も無くなる、
 話題は子供のことだけ、
 てなりがちなので、夫婦だけの会話、ラブラブな時間も大事にしたいな~とは思った。

○なぜ自分で決めないのか
 それから筆者は、子育てについて自分で決めない人が多いと批判しています。
 「ママ友とつながってマニュアル育児をする人が多い」
 しかし、うーん、これはあまりにもステレオタイプ化しすぎなんじゃないかと思いました。

 私はママ友いないし、
 人の話は参考にはするが、人と同じ育児は目指してないし。
 ママ友いらない、て人もけっこういるし
 これも人によるんでは、と思う。

 また、
 「なぜ子供を産んだのか、と聞くと
  あまり考えたことがないという人が多いのには驚いた」
 「産む判断を人任せにする人が多すぎる」
 と書いています。
 これについても、うーん、そんな真剣に考えねばならんのか?と逆に思いました。

 なんかこれって、菜食主義者の議論と似ている気がする。
 菜食主義者も、何で肉を食べることにみんな無頓着なんだ、と憤る。

 しかしおそらく、深く考えずに子供を作る人が多いのは、
 それが世間の大多数だからでしょう。
 なんとなくそういうもんだと思っている、というか。
 問題提起されない限り気付かない類いのものだろうと思う。

 筆者には怒られそうですが、
私もあんまり考えずに産んだ方だと思います。
 むしろだんなの方が考えてたかも。

 だんなは結婚するときに
 「自分は子供が欲しい、産んでくれるか」
 と聞いてきました。
 私は正直子供は苦手だし、いなくてもいいかなと思っていたので
 「子供は苦手だから協力してほしい」
 とは言いました。

 でも積極的にいらないわけでもなかったし
 そもそも授かるかどうかも分からない。
 もし授かるならそれも運命、
 受け入れようと考えたのです。
 まぁ強いて理由を言えば、
 運命の流れに身を任せたわけです
 (その方が人生はうまくいくと私は感じるので)

 結果は、もちろん辛いことは多かったです。
 子供いたらどうしても子供優先になり、自由は減る。

 ただ、産んでよかったとは思う。
 色々経験、勉強させてもらえました。

 なんだろな、子供って無理がきかないのよね。
 だからワガママだと昔は思ってたけど、
 彼らは自分の気持ちを上手いこと表現できないからイライラしている。
 実は彼らが一番困ってるんだと今では分かります。

 だから、世の中で大人でも理不尽な言動をとる人もいるが
 昔の私ならそういう人には即行キレてましたが(笑)
 彼らが何か必死な理由があるのかも、
 と思えるようになってきました。

 また、子供ってキチキチ決めてもしょうがない所があって、
 予定変更になってもその方が面白いことになることも少なくない。
 流れに任せるのも悪くない、てことを学ばせてもらえます。

 まぁでも産む前には、
 こんな経験できるとは思ってもみませんでした。
 だから、子供を産むか否かを考えるべき、ったって、
 産まないと分からんことが多いし、
 そんなにみんなきっちり人生設計できるわけじゃないから
 そこまで四角四面に考えなくても、と思う。
 産んでから子育てに向き合うのはありではないかと。

 しかし産むからには責任を持つべきだ、とは思います。
 筆者は育児放棄して子供を餓死させた母親について
 「それなら産むべきでない」
 というようなことを書いてますが
 私もそれは思う。
 いくら自分がしんどくたって
誰かに助けを求めるなりなんなり、何か出来ることはあるはず。
 授かった以上は、無力な命を守るのは最低の義務だと思います。

 今でも正直、私の子育ての半分は義務感からです(子供には申し訳ないけど)

 先輩が
 「私も子供嫌いだったけど産んだらかわいいわよ~」
 て言ってたけど、
 私は子供産むか迷っている人に、そこまで無条件にかわいいよ~とは言えない。
 ただ、子供はかわいいというか面白い、刺激を受ける存在だなぁと思います。
 二人目産んで余裕できてから、たまにかわいいと思えるようになったけど…。

○人それぞれ、自分の人生を全うするしかない
 …とまあ、色々反論したいところはあるものの
 基本的にこの本にある筆者の考え方には共感できる。

 「幸せが人との比較になっている、
  まず自分のことを考えて、置かれた場所で咲けばいい」

 ちなみに筆者はこの文章のあと、主婦業にも言及されていまして
 「主婦業は仕事としてはっきりさせるべき」
 というのが持論なのだそうです。

 筆者自身は多忙なため、お手伝いさんに頼んでいるそうですが、
 主婦業ってのは手抜きしようと思えばできるし、
 一方で自分で工夫をし、いざというときに仕事にそのテクを活用する人もいる、
 主婦業でもそういう「置かれた場所で咲く」生き方をする人は素晴らしい、
 というようなことを書いています。

 主婦の私としては励まされる言葉でした。

 それからもう1つ
 「家族という幻想」
 の話もしています。
 家族だからわかりあえる、というのは誤解だ。
 それが憎しみを産み、争いのもとになる、と。

 私もそれは思います。
 昔義父さんとの関係に悩んだとき
 だんなに「家の中でうまくやれないなら仕事に行っても人間関係はうまくやれない」
 と言い放たれたことがあるが
 何を言うか、家族の方が甘えが多い分めんどくさい、
 義父さんが会社の上司ならもっと気楽なのに、と思った記憶があります。
 実際、義父さんは外での評判は良い方です。

 (まぁそこから逆転の発想で、
 義父さんは我が家会社の困った上司だ、と思うことにして
 そこから楽になりましたが…)

 家族だからこそ、色々期待してしまう、甘えてしまう。
 家族だからこそ、
 何でこれしてくれないの、
 何でわかってくれないの、
 てなるんじゃないですかね。

 だから家族の問題も
 しょせん家族も他人、と割りきって、
 下手に期待しなければ楽になるんじゃないかと私は思います。
 (ていう話を誰かにしたら「それも寂しいな」と言われましたが…(笑))

 最後に私がいいなと思った言葉。
 「人それぞれ、選んだ人生を全うするしかない。
  羨む必要も恨む必要もない、
  自分の人生を受け止めればいい」

 筆者は、子供を産むことに反対なのではない、
 と書いています。
 自分の人生に責任を持って生きること、それが大事なのではと。

 私は子供を持って良かった、という人生を選び
 筆者は子供を持たなくて良かった、という人生を選んだ。
 別の道だけど、本人が納得できる生き方を選ぶのならば
 他人はとやかく言えないなと思いました。

 ちなみに筆者は子供を産まなかった他の方々の意見も聞いていて
 何人か最後に書いています。

 「一人で好きな人生を生きたかった」
 「キャリアが中断するのは嫌だった」
 「不妊治療していたが諦めた」
 「心臓に病気があり、無理しなくてもと思った」
 「家庭にいいイメージがない」
 「子供が苦手」
 「世間の子供を作るべき、という価値観に反発した」
 「避妊はしていないから授かっても良いけど、いなくても自由で良いかも」
 …など理由は様々。

 メリットとしてはやはり
 「時間もお金も自由に使える」
 「パートナーに向き合える」
 などを挙げる人が多い。

 デメリットは今のところ感じていない人が多くて
 「老後寂しいのかな」
 「人事の仕事で、子持ちの人に寄り添えているか不安」
 「子供と一緒に成長する体験ができていない」
 などがありました。

 パートナーと納得して選んでいるのならいいのではないかとか、
 養子という道もある、
 という前向きな人もいれば

 子供がいる人に羨望を覚えることもある、
 という人もいて、これも人それぞれという感じでした。


 昔ある経済学者が、
 子供が出来た幸せを、お金に換算すると年間31万円(安っ!)
 と計算していましたけど
 養育費の負担とか奪われた自由とか考えるとそんなもんなのかなー、とも思います。

 まぁでも、子育てってそんなんで割りきれないよのね。
 失うもの、得るもの両方あって、
 どっちが幸福かなんて比べられない。

 ただ、選択はなるべく自由にできる方がいいんじゃないかと思います。

 筆者のように確固たる意思がある人は別として
 経済的な問題で産みたいけど産めないとか
 親との関係、心理的な問題で産むのが怖いとか
 そういう人に対しては、
 サポートできる仕組みは必要かなと思う。

 また、子供を持たない人は「自由が無くなる」「キャリアの中断が嫌だった」
 ていう人が多かったけど
 子供を持っても、親の仕事とか自由が確保できるようになればな、と思う。
 (特に日本では、女性の自由はかなり縛られると思う)

 それから昔テレビで
 どこかの部族ではみんなで子育てする(よその子にもおっぱいをあげる、大きい子供は小さい子の面倒を見るなど)
 てのをやっていましたが
 子育てから学べることって多いし、子供って面白いので
 子供が要らないと言う人でも
 シングルでもシェアハウスでよその子の面倒見るとか、
 みんなで子育てに参加できるような仕組みがあればいいのかな~、などと思いました。

自分の子育てについて、改めて考えさせられました。

というわけで今回はこの辺で。


posted by Amago at 08:54| Comment(0) | 本(子育て) | 更新情報をチェックする