2017年08月29日

Eテレ「世界の哲学者に人生相談」

Eテレ「世界の哲学者に人生相談」

数日前にやってた番組でした。
人生の悩みに哲学者の言葉で答える、という趣旨の番組です

しかし見る前、キャストがどーなの?と思いました(笑)
司会が高田純次さん、
そしてゲストが西川貴教さん、磯野貴理子さん、池田美優さん、
というビミョーな取り合わせ…

これで収集つくんかなと思ったが、
予想してたのとは少し違い、
なんだろ、いい具合に化学反応が起きてるような仕上がりになっていました。
入門的なのでそんなに難しくもなかったです。

解説は山口大学の小川仁志氏。
こちらはちゃんとした学者さんなので
暴走しがちな?司会をきちんと押さえていました(笑)

○哲学で救われた子育てママ
 最初に哲学者の言葉で救われた方の経験談です

 この女性は現在3人のお子さんのママ。
 子育てについて悩んでいたとき、ニーチェの言葉に救われたそうです

 彼女は1人めの子供を授かったとき、
 「やっと来てくれた」
 とすごく嬉しかったそうです。
 アルバムも手作りで
 「いいママにならなきゃ!」
 という決意が書かれていました。

 しかしそのあと、いいお母さんになろうとするあまり、
 辛い日々が続いたそうです。

 おじいちゃんが子供を抱っこしてくれても
 「唾が飛んで虫歯菌がうつる」
 と苦々しく思ったり
 だんなが手伝ってくれてもやり方が悪いとイライラしたり…
 「周りのみんなが敵だった」
 「自分もなんでこんな辛いんだろうと思ってた」
 そうです。

 そんなとき、図書館でふと手にしたニーチェの名言集の中の一文が心を引いたそうです
 それは
 「あなたが思う最悪の敵はあなた自身である」
 という言葉。

 でもこのときは意味が分からず
 「なにいってんの?」
 て感じだったらしい
 ただ、気にはなっていた、とのこと。

  …この辺は私も気持ちわかりますねぇ。
  一人めが生まれたときは、
  なんか周りにイライラしてました。

  手伝ってくれても、
  やり方が違うとイラつき、

  手伝ってくれなかったら、
  何でみんなのんびりして私だけしんどいの?とイラつき、

  何か言われたら、
  全部自分に子育ての責任を押し付けられているように感じてイラつき…

  結局何されてもイライラするんですよね。

  だんなには「なんでお前そんな偉そうやねん」と切れられ、
  夜中に泣いて家飛び出したこともあります

 それはさておき、ママさんの話に戻ります。
 それから彼女は双子を授かり
一気に3人のママに…

 そして3人を連れて電車でお出掛けしたとき
 ある出来事が起きたそうです

 「電車から降りようと思ったら、下の二人が両方とも寝ちゃったんですよ」

 しかし、見知らぬ人が
 「私が抱っこしてあげる」
 と、家まで連れて帰ってくれたんだそうです

 「あのときは嬉しかったです」

 そしてそのときふと、ニーチェの言葉を思い出したのだそう。

 中でも心に響いたのは「敵」「あなた自身」という部分だったそうです
 「今までにも、助けてくださった方がたくさんいたはずなのに、
  そこに気づかずにみんな敵だと思っていた、
  敵を作っていたのは自分自身だったんだ」と。

 今ではみんなが味方、と思えるようになり
 自分にも笑顔が戻ったのだそう

○解説
 小川氏によればニーチェは
 「超人思想」
 というカテゴリーだそうで

 「自分の弱さを超えていく、
  そのために自分の中の敵を倒すんだ」
 という考え方なのだそう

 これには彼の人生が関わっているらしいです。

 彼は早熟で天才と呼ばれ、20代で大学教授にもなった
 しかし出した本が認められない、
 最愛の人にふられる、
 など、挫折も味わう

 このため、自分の弱さを乗り越えるために、
 自分に贈った言葉が「自分の敵は自分」なのだそう

 ゲストの方々の反応は
 貴理子さんは
 「私格言好きなんですよ」
 しかしみちょぱさんは
 「遠回しすぎる」
 ストレートに言ってよ、だそうです(笑)

 西川さんは
 人との関係だけでなく
 「何かを達成したいときなどに、
  頑張るのも自分、
  楽するのも自分てことかな、とも思った」そうです。

 人と争うときも、目標を達成するときも、
 真の敵は自分、自分が敵を作っている、てことなのかな?

 西川さんはそのあと高田さんに
 「ファンに名言を1つ」
 と無茶ぶりされて
 「今?いきなり?」
 と困っていましたが(笑)

 小川氏は
 「名言ってのは、
  聞いたときはよくわからないけど、
  後からそうか、てなるものなんですよ」と助け船(笑)

○視聴者からの相談その1
 NHKでは視聴者から哲学者への人生相談を募集したそうですが
 その中の1つを紹介しています

 「結婚して30年、夫が冷たくなってしまった、
  夫に昔のような笑顔になってほしい」

 こういう夫婦関係の悩みは多かったそうです

 貴理子さんも
 「だんなさんが結婚してから名前で呼んでくれなくなった」と共感。

 西川さんは
 「まぁ、でも人って変わりますからねぇ」
 高田さん
 「逆に全く変わらないのもこわいかもね」
 西川さん
 「もしかして、変わっているののは自分かもしれないですね」

 みちょぱさんは
 「私はまだ独身で、
  結婚したらいつまでもラブラブでいたいんですけど、
  そうじゃないのかなーって思っちゃった」
 と若い方ならではの感想。

 (外国だといつまでもラブラブ、てのはありますがね。
 日本の男性って照れ臭いのか、夫になるとそういうの無くなる人が多いですね)

 ・アランの幸福論
  これについてはアランの言葉

  「果物でも、世話することにより美味いものになる
   人と人との関わりにおいては尚更だ」

  貴理子さんは
  「要するに奥さん大事にしろってこと?」と言ってましたが
  西川さんは
  「お互い、なんじゃないですか」
  「言い方の問題なのかな」
  というご意見。
  妻の方も、
  ありがとう、とか
  やってくれたら嬉しいな、
  とか言われたら帰りたいなと思うけど、
  なんでこうなのとか、
  文句ばかり言われていたら帰りたくなくなる、
  という話をしていました

  貴理子さんは
  「そうかー」と反省していましたが…

  小川氏によればアランは幸福論の方で
  三大幸福論者
  (ラッセル、ヒルティ、アラン)
  の中でも一番ポジティブなんだそう
  自分で積極的に動いて幸せをつかんでいこう、
  という考え方なんだそう

  いいねぇ、こういう考え方私は一番好きです。

  アランは
  「うまくいっているから嬉しいのではなく
   自分が嬉しいからうまくいった、
   といつも考えねばならない」
  という言葉も残しているそうです

  貴理子さんは「??」という感じでしたが
  西川さんは
  「ライブとかでも、お客さん楽しませなきゃ、て思うより
   自分が先に楽しんじゃった方が結果的にうまくいくことがある」とのこと
  笑う門には福来る、同じことしてても楽しむ方がハッピー、ていう考え方かな?

  小川氏は
  「結婚生活も、自分がハッピーなら生活も回っていく
   ということなんじゃないですかね」とのことでした

  (三大幸福論については一番興味が湧いたので調べましたが、

  http://kame3jai.blog.fc2.com/blog-entry-78.html
によれば
  三大、というのは後世の勝手な呼び方で、
  日本での書物販促のためじゃないか
  という指摘もあります(笑)

  まぁそれはさておき、
  これらの幸福論は
  衣食住足りた後でも幸せになれないのはなぜ?
  という「精神的幸福」をテーマにしているので
  現代でも注目されているのかなと思います

  なので色んなサイトで紹介されていましたが

  http://wol.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/022600057/031700003/?ST=mobile
  では
  アランは「前向き」
  ラッセルは「のんびり」
  ヒルティは「素直」
  とまとめています

  ・アランは「前向き」
   怒りや絶望はまず克服せねばならない、
   希望を持ち、笑顔でいること、
   そしたら幸せになれる、
   というようなことを述べているらしい

  ・ラッセルは「あきらめ」
   あきらめは幸福には大事、
   避けられない不幸に時間と感情を浪費するな
   みたいなことを述べているらしい
   論理学者で冷静な現実主義者だからの発想らしい。

  ・ヒルティは「誠実さ」
   人間の最も悪い性質はうまれつきの不誠実、
   とのべているらしい
   彼は敬虔なクリスチャンなので、人には誠実であれとしているのだそう

  一方、
  http://dream.navi.ryukyu/happiness/
  ではもう少し詳しく、違う分析でした。

  アランは「行動力」
  ラッセルは「期待しない」「好奇心」
  ヒルティは「信念」
  がキーワードになっているみたいです

  ・アランは「行動力」
   「幸せだから笑うのではな い、笑うから幸せなのだ」
   「幸福には前向きに努力 し、行動することが何より大切だ」
   と述べていて

   幸せになるには自分で行動すること、
   また楽観主義とは生まれつきでなく、
   心がけで誰でもなれると説いているそうです

   彼は教師だったが、
   第一次対戦では志願して従軍した、とあります。
   そんな厳しい状況だからこそ
   幸せとは心がけ次第、と考えたかもしれない。

  ・ラッセルは「期待しない」「好奇心」
   彼は
   「被害妄想が不幸の原因」
   とし、その予防として
   ・自分を利他的と思ったり、過大評価したりしないこと、
   ・他人は自分が思うほど、自分のことをそんなに気にしていないと思うこと
   としています
   要するに、
   自分にも他人にも必要以上に期待しない、あきらめる
   てことことらしい

   さらにこの方、身内に統合失調症などの方が多かったそうで、そのせいか

   心を内に内に向けると不幸になる、
   外や他人へ「好奇心」を持って向かう方が幸福になれる、
   と述べているそうです
   (そうすれば、外の幸福にも気づくし、
   自分の問題にも冷静になれる、
とのこと)
   そしてその際は、敵対的でなく友好的であれ、としているそうです。

   彼は貴族の生まれだが、活動家として投獄されたとか。
   生涯に4回の離婚、2回の投獄を経験しているそうですが

   それでも幸福になれたのは
   他人へ好奇心、友好心を持って接していたからではないか、
   とのことです

  ・ヒルティは「信念」
   彼は敬虔なクリスチャンで
   「信念」や「勇気」という言葉がよく出てくるそうです

   「人生で幸福なのは困難がないことではなく、
    困難に打ち勝つこと」
   と述べ、信念と勇気で困難に立ち向かえ、と説いているそうです
   また、働くことの喜びについても言及しているとか。

  …こうしてみると、たしかにアランが一番行動的でポジティブ、
   ラッセルは他人などに必要以上に期待せず生きようみたいな感じ、
   ヒルティは信仰心がカギ、ですね)

 ・ボーヴォワール
  他、結婚については
  ボーヴォワールの言葉に

  「こんなにも長い間共鳴しあえたこと、
   それだけで素晴らしいことなのだ」

  小川氏の解説によると
  ボーヴォワールはサルトルと恋仲で
  20代の時にパリで出会い、50年連れ添う
  サルトルが亡くなったあと、ボーヴォワールは二人の関係を振り返り
  「別れの儀式」
  という本を書いているそうです

  この二人、恋仲といっても
  「契約結婚」
  という形態を取り、
  お互い違う人と自由恋愛してもOKという関係にしていたそうです
  自由を許すことで、お互いの絆を強めていたとのこと

  ただし、
  ボーヴォワールは美人なのでモテモテ、
  サルトルも性格がいいのでモテモテなので、
  お互い嫉妬もあったそうですが…

  嫉妬起こすくらいなら逆にめんどくさい気もしますが、
  ていうか元気だなーと思うけど(笑)、
  恋愛の国フランスならではの発想なんですかね?

  ボーヴォワールの言葉はよくわからんけど、
  結婚生活も、長く続いただけでも素晴らしいと考えてみては?ということなのかな?

○視聴者からの相談その2
 次の相談はもう少し深刻で
 「成功とは何ですか」
 というもの。

  相談によれば
  若い頃は仕事を頑張るぞと思っていたが
  同期には先に出世され窓際族、
  家族にも尊敬されない、
  最近は肩たたきに怯えている…
  いったい人生の成功とは何を指すのか?
  という悩みです

 ・サルトルの実存主義
  これに対してはサルトルの
  「人間はあとになって初めて人間になる、
   人間は自ら作ったところのものになる」

  …?ちょっと分かりにくいかな。
  小川氏によれば
  サルトルは「実存主義」
  自分で人生を切り開く、という哲学、
  周りの評価を考えることなく、
  自分で人生を変えていけばいい、と考えるそうです

  みちょぱさんは
  「えー意味わかんない」
  言い回しが分かりにくいみたい。
  「人間になるってなに?
   だって元から人間だし」

  小川氏は
  「それをみんな気づいてないんですよ」
  みちょぱさん
  「気づいてますよ」
  「じゃあ何ができたら人間?」
  「息してる」「歩ける、しゃべる」(笑)
  「そうですよね、
   だけどそれに気づいてない人が多いから
   自分は何もできないと思っちゃう」

  みちょぱさん、率直に分からんという素直さがいいね(笑)
  私なりに考えますと
  評価はどうであれ、自分なりに頑張ればその分自分の力になる、てことなのかな?

  (サルトルに関しては、
  調べだすとドツボにはまりそうなんですが(笑)

  元々プラトンなどの
  「生まれつき物事には性質が決まってる(それは神が決めている)」
  という考え方(本質論)に対するアンチテーゼとして
  「個人の意思、行動で物事が決まるんだ」
  という考え方がうまれたようです。
  「個人主義」「自由」がキーワードみたいです。
  身分とか制度、宗教に縛られていた時代ならではの発想なのかも。

  「自分で人生を決める」
て、現代的にはなんか当たり前すぎにも感じますが

  今の日本でも、
  会社での立場だとか、
  家族の視線だとか、
  社会的な体裁とかバッシングとか
  色んなものに縛られている
  と言えなくもないので
  注目されているのかもしれません)

  西川さんは
  「何をもって成功か、て話なら…
   僕らの仕事は他の方から見たら羨ましいところがあるのかもしれないけど
   なったらなったで悩みもあるし、
   何をもって幸せかは、人によって違うかな思うんですけど」
  貴理子さんは
  「んー。それぞれの人が悩んでる中で、
   何とか前向きに頑張っていけばいいってことですかね」
  小川氏は
  「そうですね」
  「まぁ、実際変えられるかどうかは別ですけどね」

  自分の基準で「これが成功」と思うところに向けて努力したらいい、ということですかね。

  高田さんにとっての成功は
  「昔「どれだけ長く生きたかじゃなくて、どう生きたかが人間だ」みたいなことを言った人がいたけど
   そこから、俺はとにかく長く生きようと思ってるのよ」だそうです。
  貴理子さんは
  「じゃあ高田さんは長く生きることが成功なの?」と聞くけど
  高田さん
  「そこはねー、成功かどうかは考えないのよ」

  ちなみに高田さんの名言を言ったのはルソーだそうだ

  ルソーが言ったのは
  「最上の生き方をした人というのは、
   最も長寿を保った人ではなく
   最もよく人生を味わった人だ」

  この言葉の背景には彼の生涯がある
  ルソーは母親を早くに亡くし、父親は家出、天涯孤独だったそうです
  また、危険人物と見なされ放浪生活を送っていた

  色んな地で、多くの人と交流する中で生まれた言葉だそう

  貴理子さんは
  「私から見たら、高田さんは成功者に見えますよ?」
  高田さんは
  「劇団時代は苦しかったからねー」とはぐらかす。
  小川氏は
  「たぶん高田さんは、人生を味わわれているんですね」
  高田さんは
  「んー、よくわかんないけど、最近は痔が心配でねぇ…」(笑)
  貴理子さん
  「お尻が痛いの?」
  西川さん
  「あの、それ別の番組でやってください」(笑)

 ・西田幾多郎哲学
  ほかには西田幾多郎が

  「善とは一言にて言えば人格の実現だ」

  西田哲学は、西洋哲学と日本の思想の融合、と言われているそうで
  彼は「善の研究」という本を出しているそうです

  彼の言う善、人格の実現とは
  周囲に惑わされず、自分の価値観を確立させていくこと、
  人と競争とか比較をしないことらしい

  人の評価は関係ない、という意味では、先ほどのサルトル実存主義と少し似てるのかな?

  小川氏
  「みちょぱさんはこれ分かりますか?けっこう競争激しい世界におられると思うんですけど」
  みちょぱさん
  「んー、でも私競争しないですね」
  「でもモデルさんなら他人には比較されるでしょう?」
  「されるけど、めんどくさーって気にしない」
  「だから成功してるんですね」
  「うん、私成功してると思いますよ」(笑)
  「西田幾多郎もそれを言ってるんです」
  「そういうことかー♪」(笑)

  西川さんは
  「でも人と負けたくない、て思う気持ちが
  自分を磨いていく、てのもありますよね」
  高田さん
  「まぁたしかにね。
   でも「うちの子負けず嫌いなんです」とは行っても
   「うちの子負け好きなんです」とは言わないですよね(笑)
   多かれ少なかれ、みんな負けず嫌いなんでしょうね」

○思考実験
 さてここでブレークタイム。
 思考実験という名のトレーニング、だそうです。

 これは昔のギリシャ哲学者の議論などから続いているもので
 例えば「アキレスの亀」
 どんなにのろい亀でも、俊足のアキレスが追い越せない理由は?など、
 あり得ない設定を作ってあーだこーだ議論するのだそうだ

 今回の思考実験はけっこう過激ですが
 「あなたは無人島にほかの二人と残されてしまった
  食べるものも尽き、あとは餓死するのみ…
  Aさんは衰弱しており
  Bさんが「Aさんを殺して食べよう」と誘ってきた
  あなたはどうする?

  A Aさんを殺して生き延びる
  B 全員死ぬ」

 どっちかだけで、魚とるとかもダメみたいです。

 西川さん、貴理子さんはA
 理由を聞くと
 「生きたいから」とシンプル。

 高田さんとみちょぱさんはB
 高田さんは
 「それが一番幸せな気がする」
 みちょぱさんは
 「生き延びても人食べたってのが頭に残るし、
  それなら死んだ方がまし」
 小川氏によれば
 Aの考え方は「功利主義」
  少しでも多くの人が幸福になる方がいいとする考え方
 Bの考え方は「カント倫理学」
  いかなるときでも人間を手段にしてはいけない、とする考え方なのだそう

 さらにヘビーな質問は続きます
 貴理子さん、西川さんには
 「Aさんが家族なら?」
 これには二人とも悩んでいました

 みちょぱさんたちには
 「なぜ人間を犠牲にしちゃいけないのか?」
 「本人が別にいいよっていったら?」

 みちょぱさんは
 「んー、人殺すのがめんどくさい」

 「じゃあ元々死んでたらいいってこと?」
 みちょぱさん
 「死んじゃってたらいいんじゃないですか」
 「じゃあ食べる?」
 「んー。そもそも人間を食べることに抵抗がありますけど」

 ほかには
 「臓器移植と何が違うの?」てのがありました

 これって有識者に聞けば?と高田さんは言いましたが

 「哲学ってのは、みんなが考えるもの、
  何があっても大丈夫なようにトレーニングしておくこと」
 なんだそうです

 (ちなみに私なら、人食べるのやだから死ぬ方がまし、
 というみちょぱさんに賛成だが
 めっちゃお腹すいて死にそうな状況なら分からんなぁと思う)

○西川さんの悩み
 さて次は西川さんの悩み
 「こんなの人前で言うことか分からないんですけど」
 と言いつつ

 「僕らはゆくゆく死に近づいていきますよね、
  でも僕死ぬことがまだ受け入れられてないんですよ」
 彼は4歳かそこらからそのことを考えていたそうです

 ここで高田さんからの思考実験。
 「じゃあ、全員が永久に生きられるとしたらどう?」
 「全員ですか?」
 「全員だよ」
 「みんな?自分だけかと思ってたけど、全員ずーっと生きるとしたら…」
 と答えに詰まってました

 小川氏は
 「どう生きたらいいか考えていけば
  死は段々受け入れられる、とソクラテスは言ってます」

 ソクラテスによれば
 「正しく哲学している人々は
  死ぬことを練習しているのだ」

 ソクラテスはどう生きるか、どう死ぬかについて考え尽くした哲学者だそうで
 実際死刑宣告を受けたが、それを淡々と受け入れ、死刑を受けたそうです

 小川氏は
 「どう生きるかを考えて、
  自分のペースで生きられたら、
  死ぬことを受け入れられるのかもしれないですね」

 しかし西川さんは
 「んー、多分死ぬことが未知だからこわいんでしょうね。
  実際死んで見られるのは死んだ後だから」

 しかしみちょぱさんは
 「えー、結局いつ死んでもいいように楽しく生きればいいんじゃないですか」
 とバッサリ(笑)

 貴理子さんに
 「それはまだあなた若いからよ」と言われても
 「だって死んじゃったら自分も無になるだけだし、
  後悔もなくないですか?」
 (笑)たしかにそうよね。私もそう思う。

 西川さんは
 「んー、やりたいことが有りすぎて時間が足りないのかもしれないですね」

…この議論は結論がないですが
小川氏は
 「今スゴいこと議論してると思うんですよ、
  ソクラテスの時代の議論そのままなんですよね」

 貴理子さん
 「じゃあ私たちソクラテスレベル?」(笑)

 高田さんは
 「んー、僕の今の悩みは
  24、5歳の子をどうつかまえようかとかですけどねー」
 結局、ゆるーく終わってました(笑)

 (「死について考え尽くした」というソクラテスは、結局どう死を受け入れたか?
 が気になったので調べましたが、

 http://www.fruits.ne.jp/~k-style/sub3.html
に「ソクラテスの弁明」
 という本からの引用が載っていました。

 (なんか聞いたことある本だなーと思ったら、
  この本、私が高校の時の読書感想文の推薦図書だったような。結局読まなかったけど(笑))

 そこにはソクラテス自身の死についての考え方がありました。

 長いので私なりに要約しますと

 ソクラテス曰く
  みんな死が恐いのは、
  みんな死を知らないから、
  最悪なものと決めつけているから。
 彼はこれこそ無知だ、としています

 死は良きものかもしれない、と彼はいう。

 そしてその根拠として
 死は次のうちどちらかなはずだ。
 ・何も感じない虚無か
 ・あの世へ行くか

 そして、前者なら熟睡状態と変わらないから幸せだろう

 後者だとしてもたくさん死者がいるところへ行けるから、それも幸せだろう

 と述べているそうです

 私もこれには共感する。
 今は死にたくないが
 死んだ後辛いのは、むしろ残された人なんだろうな、
 死ぬ人自身は大したこと無いんじゃ?と思う。

 自分が死んだら意識無くなるんだから、痛みとかは無いだろうし
 あったとしても一瞬だろうし
 別の世界に行くなら、それはそれで新しい経験なのかなと思う。

 ただ今の世界でしか経験できないこともあるから、
 まだまだ死にたくはない。。)

全体的に、高田さんのいい加減な(笑)司会と
みちょぱさんがズバズバ斬ってくれるのが面白かったです。

哲学もこれくらい気楽に考えたらいいのかなーと思いました。
見る時々により、色んな解釈ができそうです。
「幸福論」のほか「不幸論」を書いてる方もいるみたいなので、
機会があれば読んでみよう。

というわけで今回はこの辺で。


posted by Amago at 09:33| Comment(0) | テレビ | 更新情報をチェックする