2017年07月12日

NHKBS1スペシャル「ラストドライブ」

NHKBS1スペシャル「ラストドライブ」

 ドイツにはASBという団体が行っている
 「願いの車」という活動があるそうです。
 これは、終末期の患者に対し
 最期の願いとして、希望する場所に
 医療などの設備が整った車で連れていってあげるサービスで、
 ボランティアと寄付によりまかなわれているため
 無料なのだそうです。

 オランダでも行われているようですが
 この番組ではドイツでの様子を取材しています。
http://courrier.jp/news/archives/5086/
 によると、もともとオランダで始まった活動で
 オランダでは「アンビュランス・ヴェンス」という団体が行っているそうです。

 この団体の設立者は救急車の運転手だったそうですが、
次の出来事をきっかけにこの活動を始めたそうです。

  ある日末期患者を転院先の病院に搬送中、病院の都合で待ち時間ができた。
  そこで、患者に行きたい場所はないかと聞くと、
  患者さんは元船乗りで、港に別れを告げたいと言ったそうです
  連れていくと患者さんは1時間をそこで過ごし、涙を流していた

 今ではこの活動はベルギーやイスラエル、スウェーデンにも広がり、
 同様の団体が設立されているらしい)

 この番組では、実際に旅に行く高齢者もですが、
 手助けをするボランティアたちの思いや事情、
 緩和ケアに携わるホスピスのスタッフや医師の話も盛り込まれ、
 深みのある構成になっていました。

 前半は西部のエッセンという町の支部で
 一人のおばあさんのラストドライブが主な話でした。
 後半はもう少し話が多彩でした。

○エッセン支部のラストドライブ
 ・ラストドライブの仕組み
  ラストドライブは、救急車を改造した車で行われるそうです。
  元々救急車なので酸素ボンベなど、もしもの時に備えるための設備は備わっている

  また、乗客が外を見られるように改造して窓を付けたそうです。
  (普通は救急車は窓がない)
  窓際にベッドがあり
  寝たきりの人でも乗られるようになっています。

  この支部では、コーディネートをするスタッフが3人いて、
  ドライブの付き添いをするのは80人の登録ボランティアなのだそうです。

  ドライブの乗客は、ホスピスで余命を過ごす人たち。
  私自身はホスピスを見たことがないので知らなかったのですが、
  ホスピスは治癒の見込みがなくなった人たちが、
  最期を安らかに過ごすための施設なようです。。

 ・今回のドライブ
  今回のドライブは84歳のマグダレーネさん
  気管支のガンで、脳に転移している、とのこと
  彼女は当時、高齢者のホスピスにいました。
 
  願いの車のスタッフは、ホスピスのスタッフから電話で依頼されるのですが
  「海岸に行きたいらしいの。
   夫とよく行ったそうよ。
   でも夫と行ったところは行きたくないって」
  となんかワケアリっぽいものの
  「分かったわ、カトウェイクならいいってことね」
  と近くの海岸を手配する。

  本人に他に希望がないか聞くため、
  スタッフがホスピスを訪ねると
  どうやらヘビースモーカーのおばあちゃんのようで
  喫煙所にいました。
  あんまり愛想はないけど、
  「本当に乗せてくれるのかい」
  「北京ダック食べたい、ポテトはいらない」
  と率直に希望を言う、さっぱりした感じのおばあちゃんでした。
  このホスピスでは過去にこの願いの車を利用された方は20人くらいいるそうで
  このおばあちゃんも知っている感じでした。

  事務所に戻ったスタッフは他のスタッフと打ち合わせる
  「サンドラがいいわ、彼女はこの日空いてるから」
  「乗客には付き添いの家族がいないの」
  「分かっているわ、ペーターをつけましょう、彼なら適任よ」

  サンドラさんもペーターさんもボランティアですが
  サンドラさんは元看護士で二度目のドライブで新人
  ペーターさんは元ソーシャルワーカーでベテランだそうです。

 ・スタッフのサンドラさん
  サンドラさんは元看護士ですが、仕事に燃え尽きて今は休業中だそうです。
  「私はこの国で、豊かな暮らしや幸せな家族に恵まれた、
   だからお返ししたいのです」
  「乗客から、楽しかった思い出や、美しかった風景の話を聞きたい、
   最後は笑顔になってくれると嬉しい」
  と話していました。

 ・最後のドライブ
  スタッフはこの2人と、運転手として元消防士のクラウスさん
  彼は救急救護の資格も持っているそうです。

  ホスピスにマグダレーネを迎えに行くが、彼女はそっけなくサンドラを迎える
  しかしサンドラは笑顔で対応していました。
  車に乗ると、運転席にクラウス、助手席にペーター、
  後部の所にサンドラが乗り、マグダレーネの話し相手になっていました。
  
  落ち着かない様子のマグダレーネに
  「好きに過ごしていいわよ」とサンドラは言うが
  「こんな贅沢するの、誰だって気が引けるわよ」
  「私もうれしいの」
  「なら、神に感謝しようか」

  「あんたの亭主は、あんたのしていることをどう言ってるんだい」
  「君のしていることは尊敬に値するって」
  サンドラが夫の画像を見せると
  「いい男だね」

  向かう先は国境を越えたオランダの海
  そのうちマグダレーネの亡くなった夫の話になりました。
  「いろいろあったよ」
  「夫が死んでもう19年だ、夫はガンで死んだ」
  「うちは子供に恵まれなかった、私も諦めた」
  などとぽつぽつ話し始める
  「いい思い出もあったでしょう?」とサンドラが聞くと
  「ないね」
  聞くと、夫は外で女性と浮気していたのだそうです
  「あんたは子供いてよかったね、幸せかい?」
  「ええ」
  「今の幸せを大切にしな、先のことは誰にも分からないから」
  
  カトウェイク海岸に到着。
  「車いすを変えよう」
  この海岸には、タイヤが太い砂浜向けの海岸が無料で借りられるそうです。

  というのは、オランダでも似た活動をしている団体がいて、
  海岸のスタッフがその活動に賛同し、
  支援するために、コミュニティで買ったのだそうです。
  海岸のスタッフは
  「これがなかった頃は、みんなテラスに座っているだけだった」
  「お金はいりません、何もいらない。
   簡単なもので誰かを幸せにしたい」
  と話していました。

  マグダレーネもその車いすに乗り、海岸近くまで連れて行ってもらう
  海風がきつそうでしたが
  「タバコが吸いたい」
  というので、みんなで体を寄せ合って風よけを作り、火をつけてあげる
  マグダレーネは
  「風が強いからよく見えなかったよ」
  と言いながらも
  「北京ダック食べよう」

  そして、ランチをしにカフェに移動しようとしたとき
  マグダレーネは突然
  「夫はいつも、お前は家にいろといった」
  「別れられなかったの、首を絞めたから」と話し出す
  ペーターが「ひどいな」というと
  「お前は別れられない、と首を絞めた」
  「夫が死んだあとは貯金は一銭もなかった、あると思ったのに…
   私は夫と母の介護をして、私も脳卒中を起こして…
   こんなの誰にも話したことはない、愚痴は嫌いだから。
   愚痴じゃないよね?」

  ペーターは後で
  「彼女はあのとき、暗い記憶を吐き出したんだ、
   背負っていた重い荷物を下ろしたのかも。
   でも結婚生活はそれだけじゃなかったはず、
   もし暗い思い出だけなら、最後にオランダの海は選ばなかっただろう」
  海は選ぶけど、夫と一緒に行った海を選ばなかったのは
  彼女の中の幸せと辛さの複雑さを示しているのかもしれない、とのことでした

  さてそのあとはランチ。
  ペーターはお店のスタッフに
  「彼女は今ホスピスにいて、この食事は最後の願いなんだ」
  とこっそり説明する
  「彼女は幸せね」とスタッフもうなずく
  
  マグダレーネはお望みの北京ダックを前にして
  「味はどう」「すごくうまい」
  表情には出ていないけど、彼女なりに冗談を言っていました
  「ホスピスの食事は?」「脱走したい」(笑) 
  「前に行っていた中国料理屋はもうお店を閉めた、
   オーナーが自分で撃ったカモを出していたんだ」
  などと話していました。
  「結婚は長い旅だ、一緒に歩く人はほしいけど、もう結婚はこりごり」とも…

  デザートなどもいただき、
  最後にオーナーさんが花火をお皿に乗せ
  そのお皿に「ようこそマグダレーネ」と書いて出してくれるサプライズ。

  オーナーさんは
  「私も二年前、父を亡くしたので特別な思いがある。
   いい時間を過ごしてくれたらうれしい」
  と話していました。
  彼女は中国系の方みたいで
  「アジアにもこういう活動があればいいが、人数が多いからできないかな」
  とも言っていました
  
  帰ってきたのは午後9時半と遅かったが、
  付き添った3人も「いい仕事だった」と話していました。

 ・マグダレーネのそのあと
  後日、ペーターがマグダレーネを訪ねていました。
  「犬が好きだと言っていたから」
  と自分の犬を連れていく
  「ほかに望みはないか聞きに行く、これは僕の義務だと思うんだ」
  とのことです

  彼は自宅からの運転中
  「人と関わることに興味があるんだ」と話していました。
  でもその理由を考えていると、
  「僕は問題の多い両親の家に育った」と話し始めました。
   父親が強権的な方で、
   いつも暴力を受けて育ち、誰も助けてくれなかったそうです。
   その辛い体験があるので、
   自分と同じく暴力や虐げを受ける人を見ると助けたくなるのかも、
   ソーシャルワーカーを目指したのもそうかもしれない、と。

  さてマグダレーネを訪ねましたが
  「もう望みは何もない、と言われたよ。
   墓場の方を指していた、もう死を受け入れたということだ」

  また、ホスピスのスタッフによれば
  痛みが広がり、隣人に当たったり暴力を振るうようになった、とのこと
  「彼女は親族が遠くにいて、今は交流も途絶えている
   彼女は絆が壊れているのです」
  
  しかしサンドラは
  「彼女は最初はひどく不愛想だったけど、
   旅の中でだんだん心を許してくれてうれしかった、
   辛い過去も含めて、彼女の人生に触れることができてよかった」
  と話していました。
  そして、サンドラはこの活動に何かを得たのか
  「6月から仕事に復帰します、
   末期患者の関り方を改善する仕事です」
  と話していました。

  マグダレーネは、ラストドライブの17日後に亡くなり、共同墓地に葬られたそうです。

 ・願いをかなえられない人もいる
  このホスピスにはほかに10人程度の高齢者がいるそうです。
  その中にディーターさんという80歳の元船乗りがいましたが
  彼は
  「私の願いはもうかなえられない」
  と話していました。
  彼は昔乗っていた船にまた乗って、世界一周の船旅をしたいそうです。

  彼はこの船は最高だ、といい、
  引退して船を降りた後も、停泊場に見に行くほど好きだったそうです。
  しかし、この船はもう解体され、今は近代化される予定なのだそうです。
  昔の船にはもう乗れない…
  ホスピスのスタッフは、思い出話を聞いていました。
   
  このホスピスは人がなくなると、哀悼の意を示すリボンをその人のいたドアに結びつける
  また、ご遺体が搬送されるまで、玄関先にキャンドルをともすのだそうです。
  そうして葬儀屋さんがご遺体を搬送されるのを見送る
  「これが日常です。
   永遠の命などない、私たちはみないつか死ぬ、ということを教えられます」
  とスタッフさんは淡々と話していました。

前半はここまで。

〇ミュンヘンのASB支部
 ここの支部は去年6月にできたばかりで、1年もたっていないそうです。
 スタッフの方は
 「本人や家族にとっては、不安が重荷になることがある
  死期が迫っての遠出なので猶更です。
  私たちは、その重荷を肩代わりするのが仕事、
  医学的なこともすべて任せて楽しんでほしい、せめて1日だけでも…」
 と話していました。

 スタッフの方も精神的なバランスが必要なので
 月に一回、スタッフ向けのセミナーが開かれているそうです。
 ソーシャルワーカーさんがいて悩みを共有する
 
 この日は「共感と同情の違いとは何か」という話でした。
 ミュンヘン支部のスタッフは
 「私はある男性が、妻の付き添いで救急車に運ばれているのに遭遇したとき、
  その光景を見てパニックに陥りました。
  祖父母の記憶がよみがえったんです」
 ソーシャルワーカーの方は
  「自分との類似点を見つけると、
   自分の体験を呼び起こして、
   自分の感情を乗せて寄り添ってしまうことがある」
  「死と向き合うことは個人的なミスも多い、
   距離を置くことができずに、状況に溺れてしまうのは共感だろうか」
  という話をしていました。

  さてこの研修に参加していたボランティアスタッフに
  ウーシーさんという女性がいました。
  彼女は夫をガンで亡くしたが、生前この活動を利用したそうです。
  素晴らしい活動だと思い、ボランティアに参加した、とのこと
  しかしまだ夫との思い出を引きずっていて、ドライブには参加していないそうです。
 
 ・ウーシーさんの話
  彼女の夫は2年前に肺がんが見つかる
  すでにステージ4で、去年の5月にはホスピスに入る
  ガンは脊髄などにも転移し、運転もできなくなった

  彼は家に帰りたい、と言っていたが
  座席にも座れないし、足はがりがりに痩せて立つこともできな状態だった
  
  そのときにラストドライブを知ったそうですが
  このご夫婦は自宅へ帰ることを選んだそうです
  「彼はやっと家へ帰れる、と喜びでいっぱいだった
   きれいなシャツを着なくちゃと張り切っていたわ。
   私は家を掃除して、彼が贈ってくれたハートをガレージ飾り付けた」
 
  お隣さんがそのとき撮ってくれた、という写真を見せてくれました。
  愛犬2頭と並んで映っている写真
  この夫婦はお子さんがいないそうで、
  犬が「私たちの子供」と言っていました。
  彼はこの時、喫煙も自由にできた

  しかしこのあと容体が悪化し、亡くなったそうです
  「願いをかなえた人たちは、大体二つに分かれる
   一つは楽しい思い出を語り、長く生きる人、
   もう一つはホスピスや病院に戻って崩れ落ちる人」
  後者はもうしたいことはしてしまった、と脱力状態になる
  彼女の夫も、好きなコーヒーやタバコも飲まなくなってしまったそうです
 
  「彼は家に帰って、なぜ自分がホスピスにいるのかを悟ったのです、
   彼の病状では在宅治療は無理だと。
   夫は家で死にたかったのだと思います」

  彼女は、ボランティアにはなったが
  夫の死から立ち直れておらず、
  まだドライブに同伴する気にはなれないそうです。
  冬まではうつ状態だったそうです
 
 ・復活する命、限りある命 
  取材をしていた時、ちょうどイースターの時期で
  みんなカラフルな卵を飾り付けていました。
  復活祭は日本ではあんまりなじみがないですが
  貼り付けにされたキリストの復活を祝うお祭り
  復活の象徴として、卵を食べたり飾ったりするのだそうです。

  よみがえる命と、限りある命…

  ここで葬儀屋の社長さんのインタビューがありました。
  彼は墓地に好きなお墓を作ってもらっているそうです
  「悲しいふりをしなくてもいい」
  野原の所にどこでも好きなお墓を作れる
  ギターを飾るなど、ユニークなお墓もありました。 

  彼は「難しいのは勘違いと共感です」とも話していました。
  ご愁傷様、と知らない人にも言って同情するふりはできる
  それは優しい習慣ともいえるが、
  哀悼の意を示す手段は時代とともに移り変わる、
  というような話をしていました。

  (葬式や悲しみなどという形だけのものではなく
  その人なりの哀悼の仕方があればそれでいい、ということでしょうか。

  私も人が亡くなっても葬式などで泣けない人です。

  何だろう、元々、
  人の人生は人の人生、自分の人生は自分の人生、死ぬときはみんな一人、
  という割りきりみたいなのもあるし

  私が死んだとしても、
  あなたの人生はまだ続くんだから楽しく生きてよ、悲しまないで、
  と思ってしまう。

  昔は自分は冷たい人間なんだろうかと、
  それに罪悪感みたいなのがあったけど
  哀悼とか悲しみの表現は人それぞれだと言われると少し楽になります)

  この葬儀屋さんの建物の中には、不思議な絵が飾ってありました。
  20枚くらいの一連の絵なのですが
  「これは母親の棺のそばで4日間過ごした娘さんが描いた絵」
  だそうで、

   最初はカオス的な線がバラバラになった絵
   それが次第に形を作り、母親の顔になっていく
   しかしそれがまたバラバラになり、線や点は消えていき、
   最後は何も書かれていない白い紙になる 

  …という一連の作品です。
  「死は最初カオスから始まる」というような解説をしていました。

  そこに夫のお墓参りをするウーシーの姿もある 
  彼女は
  「私も一人になって、最期にホスピスに入ったら、願いの車を利用するかもしれない、
   でも今は手伝う側にいたい
   暗い冬を超えた後は、日の当たる屋外に出たくなる、
   人のためになることをしたくなる、と話していました。

  ASBのスタッフも
  「彼女がやりたいと思ったら、ドライブには同乗してもらおうと思っています。
   私がかつてなったように、彼女もパニックに襲われる時が来るかもしれない。
   でも彼女はそれで共感を知るだろう、と思います」
  と話していました。

 ・緩和ケアをする医師の話
  緩和ケアをしている医師の話もありました。
 
  彼のいる施設では、3台の車を使って在宅治療をしている患者のために
  緩和ケアを往診で行っているそうです。
  患者や家族からの電話に対応する看護師スタッフも常駐している

  この日は、クロアチアに帰りたいという患者さんからの相談がありました。
  その患者は30年間ドイツに在住していたそうですが
  どうしても死ぬ前に故郷に帰りたい、と言っているのだそう

  彼はASBのスタッフに電話で相談していましたが
  スタッフは
  「国境までは車では遠いし、領事館での手続きも時間がかかる。
   外国だともしもの時に、国内のようにはすぐに対応できない」
  と難色を示すが
  「とりあえず、できるかどうか検討してみるわ」
  といって電話を切っていました。

  結局、この患者さんは願いの車を利用せずに、
  自分で飛行機でクロアチアにわたったそうです。

  この医師は
  「医学は死を避けようと、死と戦ってきた
   でも僕たちは死に寄り添う分野です。
   誰でも最後は死ぬし、それは助けられない。

   どう生きるかを、いつも考えることが大事です。
   死を意識して生きていれば、輝く生を生きられる
   願い事はほったらかしにせず、元気なうちにかなえておけばいいんです」
  というようなことを言っていました。

 ・末期がん患者の覚悟
  この医師が往診する患者さんは、一人暮らしの女性で
  今は娘さんがいる、ということでした
  末期の肺がんで、余命は分からないが、3週間くらいか…とのこと
  
  「今は痛みはないし、読書もできるけど、いつまで続くかしら」
  というこの患者さんは
  「在宅で治療するのが、娘に迷惑をかけるのではないか」
  と医師に相談していました。
  「一時的にホスピスに滞在する手はあるよ」
  と彼は言っていました。
  女性は
  「もし一時的にって行って長生きしてしまって、
  本を沢山持ち込んで半年も居座ったら迷惑ではないか」
  といっていましたが
  医師は「緩和ケア病棟は期間の制限はあるが、ホスピスは制限はない」
  と説明していました。

  娘さんは
  「母はお葬式の時に配るカードも用意している」
  と話していました。

  彼女は1年半前に母親の病気を知り、喪失感に襲われたそうです。
  しかし当人はすべての手術も延命治療も拒否し、
  淡々と死に備えた準備を進める
  「私の方が参ってしまった。
   私は母に長生きしてほしいと思ったけど、
   母の人生ではそれは終わったんです」

  医師はこの往診の時
  「ASBという団体がやっている望みの車の申し込みをすれば、
   希望している場所に連れて行ってもらえるよ」
  と願いの車を紹介していましたが
  彼女は
  「いいの、私はもう思い出だけで十分よ、
   そんなロマンチストじゃないわ」と断る
  「私が望むのは痛みがなく過ごせること。
   そして時々あなたが「こりゃあひどいな」とかいうのよ」
  「こりゃひどいな、なんて言ったっけ?」(笑)
  という会話をしていました。

  彼女の中では、人生に思い残すことはもうない…と思っているようです。

〇エッセンのラストドライブその2
 次にエッセンに戻ります。
 もう一つのラストドライブに同行していました。
 
 ASBのスタッフ同士の会話では
 「この患者さんは、若いけど末期がんで、もう寝たきりで移動できない
  胃がんから体中に転移して、今は脳、肺、肝臓に転移してかなり進んでいる」
 この患者さんはカリタス・ホスピスというところにいる
 トルステンという50歳の方でした

 彼は
 「病気は1年前に知った、手を尽くしたけどダメだった」
 病室には女性との写真が飾ってあり
 「恋人だよ」
 と教えてくれました。
 「職場で知り合った」
 「一緒にスポーツするのが好きだった」
 「自転車に乗ったり山登りをしたりした」
 そして
 「ウンターバッハ湖で泳いだり散歩したり、いつもそこでデートしていた。
  美しい場所なんだ」
 
 彼の願いの場所は、ウンターバッハ湖のようでした。
 
 恋人がお見舞いに来ていました。
 ドライブは次の日のようで
 「明日午後4時に病院を出発する、5時には君の職場に行く」
 と打ち合わせをしていました。

 「彼女と結婚したかったけど、もうかなわない
  かなわない願いならたくさんあるよ。
  世界一周もしたかったし、もっと生きたい」

 さて次の日。
 付き添いのスタッフは、
 マグダレーネのドライブに付き添ったペーターさんとクラウスさんでした。

 ペーターは
 「日曜にあったドライブがキャンセルになったんだ、
  乗客が亡くなったから」
 彼はしかし
 「これは起こりうること。
  オランダでは、旅の途中に6人か7人亡くなったと聞いている。
  もちろん僕たちも覚悟しています」

 ペーターとクラウスはトルステンの病院に行き、
 彼を移動用のベッドに乗せる
 外は晴天でした。
 「オーダーしといたんだ」とペーターは冗談を言っていました。
 もしもに備え、主治医の方も同行していました

 途中で恋人の職場の近くにより、彼女も同乗
 ウンターバッハ湖ではカフェがあるみたいで、そこを目指して走りました。
 
 カフェは窓ガラスが大きく、外の湖がよく見える
 ヨットをしている人もいました。

 ペーターが
 「最後の願いをかなえるボランティアです」
 とカフェにいる別の客にもパンフレットを配って理解を求めていました。
 「いい活動ね」

 お店の計らいで恋人にはワイン、トルステンにはビールが配られ
 トルステンは半起きの状態で器用にビールをのむ
 彼はツナサラダも頬張っていました
 サービスで出してくれたそうです

 カフェの方は写真も撮りましょうか、
 とみんなの集合写真も撮ってくれました。

 カフェの方は
 「私の両親はボスニアで生まれた移民です
  私はドイツで生まれ育ち、
  この国にチャンスを与えてもらった
  教育も就職もです。
  いいことはいいことで返す、
  それが続いていけばいい」
 と話していました。

 恋人は彼に
 「私たち、幸せなお客ね」
 としみじみ語る。

 「彼の病気で、私たちの日常はガラリと変わってしまった
  思い描いていた未来もすべて消えてしまった。
  でも私は前よりもっと彼を愛している、それは変わらない」
 と彼女は話していました。

 他のお客さんがいなくなったカフェで
 彼らは二人きりの時間を過ごしていました。
 夕暮れになり、彼女は湖畔を見て
 「こんな美しい風景は見たことがないわ」
 「また来ましょうね、
  今度は外で、テラスのあの辺りで
  またきっと来れる」
 叶うことはないのだろうけど、そう思いたかったのかもしれない。

 彼はラストドライブの24日後に亡くなったそうです
 彼と彼女が大好きだった、美しい湖畔の映像で番組が終わっていました。

○感想など
・ASBとはArbeiter-Samariter-Bund(労働者サマリア人連盟)
 という団体みたいで
 ホームページにも願いの車プロジェクトについての紹介がされています。
 全部ドイツ語なので読めませんが(笑)
 この団体自体は1888年に設立された結構老舗の慈善団体なんだそうです。
 名前のサマリア人は、聖書の「善なる人」を指す「善きサマリア人」から来ているようですね。

・ボランティアさんのサンドラさん、ペーターさん、ウーシーさんたちも
 それぞれ心に何かを負っているのが印象的でした。
 彼らのその後もちょっと気になる。

 それにしても、いろんな人が
 「自分は恵まれているから、他人に恩返ししたい」
 と自然にいうのがちょっと驚きました。

 宗教的な影響なのかな?
 日本の場合、他人には親切にするけど、
 どっちかいうと
 「当たり前だから」
 あるいは
 「おてんとさんが見てる」
 みたいな感覚で、
 恩返しの順送り、ていう大きな発想は無いように思う。
 (渋沢栄一さんのような社会的な成功者には、
 社会に貢献したい、恩返しせねばという発想の人は多いだろうが)

 でもこれってけっこういいかもと思いました。
 親切って、するのが難しい。
 ありがた迷惑にならんかなとか
 でしゃばりすぎかなとか
 相手に貸しを作ってしまうかなとか
 色々気にしてしまう。
 相手からお礼の言葉が無ければ無いで
 何となくわだかまりを感じてしまうし…
 (私は器の小さい人間です(笑))

 受けるときも、こそばゆい感じというか
 自分がこんなん受けていいんかなとか
 後で返さないといかんかなとか思ってしまうけど

 恩返しの順送りと思えば
 今は自分が受ける番だけど、次に誰かに返そうと思えるし、
 親切にした相手から見返りやお礼が無くても、
 これはいつか誰かから受けた親切の恩返しなんだ、と思えるのかな、と。

 恩返し、という発想は見習いたいです。

・緩和ケアの医師のいう
 「願い事は元気なうちにかなえておけばいいのです」
 という言葉にははっとさせられました。

 船乗りさんのように
 あるいは最後に出てきた、若い末期ガンの患者さんのように
 何かをやりたくても、できないものを残してしまう人もいる…

 極端な話、明日死んでもいい、
 と毎日思えるような生活をせねばと思わされた。

 そう言えば、たしかスティーブ・ジョブズも似たようなことを言ってた気がする。

 (「If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?」

 もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだ ろうか?
 でした。)

・余命がわずかと知り、自分のお葬式などの準備を淡々と進めている母親には
 個人的には好感を持ちました。

 死に方、死の迎えかたは人それぞれ考えはあるのだろうけど、
 私も死を前にしたら、あれくらい潔くなれたらと思う。
 行きたいところは元気なうちに行ってしまい、
 行けなくなったらもういいわと諦めるという生き方をしたい。

・願いの車はいい活動だが、
 日本だと、何かあったときに、責任がどうとか騒がれそうだなと思います。

 そもそも担い手となる、ソーシャルワーカーなどの介護福祉のスキルを持つ人が少なそうだ。
 日本って介護福祉関係の仕事はキツい割りに給料低い、みたいなイメージがあり
 最初からなりたがる人が少ないから層も薄そう。
 もう少し地位が与えられればいいのにと思います。

 もしくはこういう活動が広まって、
 介護福祉職の重要性が理解されるようになったらいいのかもしれません…

最初は変わった活動だな~と思ったけど、考えさせられるものがありました。
というわけで今回はこの辺で。

posted by Amago at 10:16| Comment(2) | テレビ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然すみません。
先ほど、午前9時前に生ごみ捨てなくてはならないので無理やり起きてゴミ捨ててから何気なくテレビつけたらBSプレミアムで「ラストドライブ」を偶然放映していました。
夫婦?が寄り添って湖を眺めているシーンで数分間で終わってしまいましたが、「あ~これ見たかったな」と後悔しました。
元々ドキュメンタリーは好きでよく観ますが、BSのこの時間帯だし再放送だろうし、テレビのブルーレイも壊れてて録画不能だし、失敗したなと思いました。
ただ、番組の詳細が知りたくて耳慣れない「労働者ソマリア人連盟」でパソコンで検索したら、こちらのブログに行きつき、NHKのホームページ以上に詳細を知ることができました。
すぐにお礼にコメントしなくちゃとコメントした次第です。ありがとうございました。
実はこれも信じられないことですが、僕は52才で喫煙者ですが、昨夜に「肺がんでステージ4」を宣告された夢を見ました。
今年の5月に人間ドックで異常なしだし、なぜいきなり宣告なのか夢だから意味が分からないですが、寝ながら落ち込みました。それで起きてこの番組でしてから本当に感慨深かったです。
番組自体の内容もこちらで教えていただきましたが、自分は子供はおらず、妻にこの番組のことを話したら、「どこかへ連れてってもらうより思い切り好きな服とか買い物したい」と言われただけでシラケてしまいましたが。
以上、見ず知らずの方にこんな長文のコメントしてしまい大変失礼しました。
これを契機に時々ブログにもお邪魔したいと考えていますので、宜しくお願いします。
Posted by シマ at 2017年07月17日 10:13
コメントありがとうございます。夢と番組のタイミングが合うというのはびっくりですね。何か意味があるのか、たまたまなのか…
BSの番組は地上波のより冒険があるような気がして、時々見ています。家族が「BSの契約やめよか」とか言い出しているので、いつまで見られるかわかりませんが(笑)また面白いもの、みんなに知ってほしいなというものは紹介したいと思いますので、よろしくお願いします。
Posted by Amago at 2017年07月19日 10:29
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