2017年09月11日

NHKBS世界のドキュメンタリー「フランスで育った”アラーの兵士“」

NHKBS世界のドキュメンタリー「フランスで育った”アラーの兵士“」

ISシンパの組織に潜入取材した方の記録です。
再放送もの、しかも数日前にやっていたドキュメンタリーなので今更感はありますが、
命がけの取材には手に汗を握ってしまいました。
というわけで内容を紹介。

〇「私」の紹介
 主人公「私」は、イスラム教徒のジャーナリストだそうで、
 キリスト教徒が入れない場所にも入れると話していました。
 ただイスラム教徒といっても民主的、穏健なイスラム教徒で、
 ISからはニセモノと嫌われているらしい。

 彼は本来平和的なイスラム教を歪曲するISが許せないそうで、
 ISの裏で何が起きているかを知るため
 IS志願の若者になりすましてISシンパの団体に近付き、
 半年間潜入取材したそうです。

 このため彼は現在
 「お前の命はない」と脅されているそうで
 この番組でも、名前、顔、声は伏せています。

○「導きの書と救いの剣」
 フランスにはISシンパのグループがいくつかあるそうですが
 「私」はその中で「導きの書と救いの剣」というグループに決め、
 Facebookで友達を募る
 プロフィールは偽のものを使ったそうです

 すると何人かから友達リクエストが来た
 積極的だったのはアブ・オサマという男で
 彼は「テレグラム」というメッセージアプリに加わるよう誘ってきた

 そこを覗くと、過激派も本音を言っていた
 (この「テレグラム」は
 元々ロシア人科学者が政府の監視から逃れるために作ったアプリで
 秘匿性がとても高いらしい。
 見たところおしゃべりアプリみたいな感じだけど
 音声データも使えるみたいでした)

 過激派たちはモスクの指導者(イマーム)と対立していて、
 穏健派イスラム教徒を「ニセモノ」といい、
 民主主義、政教分離、選挙などを激しく批判していました

 アブ・シャヒードという男も話しやすく、
 アラビア語の隠語も教えてくれたらしい
 「私」はアブ・ハムザと名乗ることにしたそうです

〇シャヒードの仲間に会う
 「私」はシャヒードと会うことにした
 どれくらい本物のテロリストかを見たかったそうです

 「私」は隠しカメラをしのばせてモスクで落ち合う
 礼拝の後、シャヒードは仲間の所に「私」を連れていく

 話を聞くと、信仰よりFacebookの話が多く、普通の若者でした
 しかし、みんな警察に「国家に脅威を与える恐れがある」としてマークされているらしい

 ジョゼフという男はシリアに行こうとして空港で捕まり、
 シャヒードは目出し帽をかぶってナイフを振り回していたため捕まったとか
 みんな名前を名乗っていたが、本名は分からないそうです

○アブ・オサマに会う
 次に彼はアブ・オサマと連絡を取ることにした
 オサマは警戒心が薄く、刑務所に入っていたことを自慢してきたらしい

 彼は2015年に刑務所に入り、5ヶ月で出所
 今は警察の環視下にあり、アンドル県から出るだけで捕まるそうで、
 会うならこちらに来てほしい、と言われたそうです

 約束の場所で待ち合わせ、車に乗せられる
 ISの戦闘音楽を大音量で鳴らしながら公園につれていかれたそうです

 オサマはお祈りをしたあと、湖で頭を清めていました
 そのあと、
 「俺たちはこれから頻繁に会うことになる、アラーの思し召しで」
 と言っていました

 彼はまだ20歳ですが、
 シリアをシャームと呼び、
 シャームで戦いたい、シャームへ一緒に行こう、
 アラーのためならいつ死んでもいい、
 みたいなことを言っていたそうです

 「私」は「君はまだ若い」と言ったが
 神のご意志なら神の元へ喜んで向かう、と反論していました

 オサマによれば
 天国では女たちが待っていて、
 アラーの祝福を受けられる…
 天国には金や馬があり、天使たちなどがいて、兄弟たちにも会える…。
 と、幸福に満ちた天国に行けると信じているようでした

 そのとき、彼の父親から電話がかかってきていましたが
 彼は素っ気ない返事をしていました

○オサマの父親
 オサマは職を転々とする母親と
 トルコ人の瓦職人の父親がいて
 「私」は父親に取材を申し込んだそうです

 父親は
 「この1年半は悪夢のようだった」
 と話していました
 盗みなど犯罪に手を染める若者はいて
 息子はそっちに行かなかったのは良かったが、
 過激なイスラム教徒になってしまった、と。

 父親は息子がネットで何をしているのかは知ることができないが
 交遊関係には目を光らせ、時々電話しているそうです
 「大変だが仕方ない、心配だから」
 と話していました

○「アラーの兵士」結成
 オサマはしばらくして、グループの司令官(アミール)になるように言われたそうです
 グループ名は「アラーの兵士」
 メンバーは9人か10人くらい
 メンバーは様々で
 チュニジア出身のもの、
 コートジボワール出身のもの、
 ベルギー人、フランス人、
 それから「私」がモスクで会ったアブ・シャヒードもメンバーの一人
 シャヒードは16歳と若いそうです

 全員、テレグラムで連絡を取り合う
 オサマはみんなにジハードを呼び掛け、天国の夢物語を語る
 シャヒードは若いせいか、天国の女の話に食いついてきたそうです

○ISの使う「テレグラム」
 連絡には「テレグラム」を使っているそうですが
 おしゃべりだけではなく
 二回クリックすると別画面が出てくる機能もあるそうです

 別画面では、ISが人質に斬首刑をしている動画、
 ISが殺人をする動画などの宣伝動画、

 ほかに自爆ベルトの作り方、
 爆弾の作り方、
 車に爆弾を仕掛ける方法などの
 マニュアル動画もあるそうです
 ほとんどはアラビア語だが、英語バージョンもあるとか

 この「テレグラム」はロシア人科学者アベル・デュロフが
 ロシア政府からの環視を逃れるために作ったもので、
 「私」は彼にも取材を申し込んだが断られたそうです

 しかし、アメリカのイベントで受けたインタビューで
 「ISがテレグラムを使うことについてどう思うか」
 という質問を受けている動画がありました
 彼は
 「いい質問だ。
  テロリストが使っていると聞いて熟睡できますか?」
 と言い、しばらく考えたが、
 「プライバシーを保つ権利は、ISに利用される危険性よりもはるかに大きい。
  我々は罪悪感を感じる必要はない」
 と自分に言い聞かせるように答えていました

○テロの呼び掛け
 しばらくして、オサマが緊急連絡を呼び掛けてきた
 「シリアから兄弟が帰国した、
  彼らはフランスで大きなことをするらしい」

 彼はシリアから帰国したというアブ・スレイマルという男から指令を受けているようですが
 「彼はどこに?」
 と聞いても分からないという

 スレイマルは用心深く、ネットでも顔も出さない
 パリ郊外に住むらしいが、ほとんど自宅から出ない
 フランスの若者に指令を出すのが仕事らしい

 オサマは危険な任務を遂行するため、
 「私」との連絡に使う携帯電話の新しい回線を作る、と言ってきた
 電気屋で安いSDカードを買い、
 ウェブから盗みだした他人の名義を使って
 回線を開通する

 オサマはこの携帯が重要だ、と言っていました
 「もし俺が戻らなかったら、この携帯を壊せ。
  中のカードも重要だ、
  カードを抜いてトイレに流せ、そのあと電話を壊せ」
  そのあとはとにかく逃げろ」
 と「私」に言っていました

 オサマは「父親にも警戒が必要」
 と話していました

 彼が警察にマークされるようになったのは
 父親の通報がきっかけだったそうです
 オサマは「父親は「ムルタッド」(棄教者、信仰を捨てた人)」
 と批判していました

 父親は警察に息子のことで相談したが
 警察は「お子さんは大丈夫」と言われたらしい
 しかしそのあと、オサマはトルコ経由でシリアに行こうとして捕まり
 フランスに強制送還された

 そのあと
 「俺は殉教者になるチャンスがあれば、それを使う」
 など、過激な発言をしていたためマークされていたみたいです

 そのあと2015年に捕まったが
 そのとき監獄の隣室にいたのが司令官役(アミール)のイスラム過激派だったそうです
 (警察は知らないようだったが、と話していました)

 彼はその人に教えられたのか、
 過激思想を捨てたふりをして5ヶ月で出所したそうです
 信仰を捨てたように見せかけている人を「タキーヤ」というそうですが
 髭をそったり嘘をつき、過激派と悟られないようにするのが手口だそうです

○2015年11月、パリのテロ
 さて、オサマはテロのターゲットを決めようとしていた
 彼が話していたのは軍隊だそうです
 「食堂で並んでる隙にダダダダ!てのはどうだ?」
 などと話していました

 「その次は新聞やテレビを狙う」
 「ジャーナリストは言葉により戦争に加担している」
 「シャルリ・エブドみたいにしてやる」
 とジャーナリストを批判。
 
 「私」が「あの時はたくさんの人が悲しんだ」
 というと
 「あれ以上の血を流さないといけない、
  何千人ものフランス人が死ぬのを見たいんだ」
 と話していました
 ISの動画にも、「何千人ものフランス人が死ぬのを見たい」
 という曲があるみたいです。
 
 そんななか、2015年11月13日、
 自宅にいた「私」の元にニュースが飛び込んできた

 パリで6ヶ所の同時多発テロが起きた
 テレビ局などが中継していたが
 「レストランの内外から発砲したようだ」
 「現場では何が起きているかまだよく分からない」
 と混乱した様子。
 血まみれで倒れている人の側で泣いている人たちもいました

 死者は120人、重傷を負った人も数十人いたそうです

 「私」は3日後、オサマに会ったそうです
 さすがに動揺したが、それを彼に見せるわけにはいかない

 彼は「俺のバースデーに攻撃だぜ」と喜んでいました
 「どう思った?」と聞くと
 「アラーは偉大なり」
 そして、
 「意気地無しの棄教者に会った」
 あのテロのせいでフランスのイスラム教徒に影響が出る、
 と言った人たちを批判していました

 「私」はオサマに、
 テロを首謀したベルギー人はバーを経営し、麻薬を密売していた、
 イスラム教徒のすることじゃない、
 という話をしたそうです

 しかしオサマは
 「あれは言いがかりだ、ISの評判を落としたい人間のいうことに耳を貸すな」
 と切り捨てていました

○次なるテロの計画
 パリのテロの後、警察の捜査が一層厳しくなった
 128ヶ所に家宅捜査が入り
 「アラブの兵士」メンバーのアブ・シャヒードの家も狙われたそうです
 シャヒードはその様子をテレグラムで語っていましたが
 「やつらは朝4時にうちの玄関のドアを壊し、俺の部屋のドアを叩き壊した」
 「俺はベッドから引きずり出され、頭を叩かれベッドに引き倒された」

 オサマはさすがに焦りを見せ、
 緊急会合を開きました
 「作戦を早く進めないと」
 「オランド大統領が激怒してる、あの男はイスラム教徒には容赦ない」
 「だが、俺たちはゴールの天国を目指す」
 次のテロを早く実行しようとしていたようです

 グループの結束も乱れてきた
 アブ・シャヒードは作戦実行直前になり
 「武器を扱うには訓練が必要」
 とか何とかいって渋り出す
 オサマはこれに対して
 「一人で行動したいならさっさと抜けろ」
 とテレグラムで怒っていました

 また、以前モスクの前で出会ったジョゼフという男は「私」を疑いだしていた
 「お前の正体はばれている、職業を変えろ」
 と言ってきたそうです
 「私」は彼が何を知っているのか分からなかったので
 「?」
 というメッセージを返し、
 他のメンバーにいくつかメッセージを送ったが、誰も脅してこない
 恐らくジョゼフがカマをかけたのだろう、とのこと

〇スレイマルから手紙をもらう
 そのあと、スレイマルが「私」に会いたいと行ってきた
 ある駅のホームで合流するという約束だったそうです。

 しかし当日、彼は来ない
 すると電話がかかってきて
 「どこにいる」
 「ホームに向かっていくところだ」
 するとホームで、ニカブを被った女性が近づいてきた
 彼女は手紙を渡して消えていったそうです

 手紙を読むと、テロの作戦手口が書いてありました
 中身を読んで手紙は燃やし、
 オサマに口頭で伝えることになっていたそうです

 具体的な作戦は
 「ターゲットはパリのナイトクラブやキャバレー、
  「不信心もの」が集まるところ
  人が混み合うのを待ち、1、2人が自爆テロを仕掛ける
  店の外にも武装した仲間が1人か2人待機しておき、
  残った「ブタども」を撃ちまくる
  そのあと警察や軍隊が来るまで待機し、
  彼らが到着したら1、2人が自爆テロをおこし、最後まで撃ちまくる」

 「私」はなるべくオサマに詳細を伝えないようにしようと考え、
 待ち合わせ場所で
 「詳細な話は無かった」と言ったそうです

 しかし「自爆する人間が必要だ」と彼は言ってきた
 そこで「私」は「続けて」と先を促すと
 オサマは
 「一人は自爆、もう一人は残りの客を撃つ、
  そのあと警察が来るまで隠れ、警察が来たら撃ちまくる」
 と計画の大まかな話を知っていた

 「知っていたのか」と聞くと
 「今日少し話したからね」

 つまり「私」がスレイマルに呼ばれたのは
 スレイマルが「私」を使える人間かどうかを試すためだったらしい
 このことで、より危険な任務を任せると判断されたらしい

 そのあと、スレイマルが武器を手にいれたようです
 「私」は、「アラーの兵士」メンバーの二人に、
 武器を埋めてある場所に案内してもらう
 (「私」はこのうち一人の結婚式の証人にもなったそうです)

 「私」は、埋めてある場所を携帯に地図登録した
 ほかの二人はそれが気に入らない感じだったそうです

 「私」は、別の日にまた一人でその場所に行った
 武器があれば警察に通報しようと考えていたそうです
 しかし武器は無かった
 「私」は完全には信用されていなかったようです

〇「アラーの兵士」メンバーが逮捕される
 「その後の数日間は加速度的に時間が過ぎた」

 まずオサマが、メンバーにテロ実行の呼び掛けをしたそうです
 彼は武器を手に入れたようだった
 テレグラムで集合場所を確認していました

 しかし、実は警察は「アラーの兵士」を環視していた
 12/23に別の過激派組織が捕まっていて
 この組織はオサマと通じていたらしい

 そして、その4日後オサマは父親の家で逮捕される
 父親の話によれば
 「朝の5時に警察が部屋になだれ込んできた」とのこと
 父親も手錠をかけられたそうですが
 「私はテロリストじゃない」と叫んだそうです

 「アラーの兵士」のうち、何人かは刑務所に行き、
 何人かはジハードを諦めたそうです
 グループは崩壊した

〇グループから手を引く「私」
 しかしそのあと、スレイマルが「私」に手紙を取りに来るよう連絡してきたそうです
 落ち合う場所はイスラム学校、
 最初の手紙をくれた女性が、また手紙を渡してきたそうです

 手紙には
 「君と私だけが残った、武器が手に入れば攻撃できる」
 先の女性の自爆ベルトがあるので3ヶ所は攻撃できる、とか書いてあり、
 スレイマルは「私」に自爆ベルトを作る材料を買うよう言っている。
 (つまり、女性の自爆ベルト、武器、「私」の自爆ベルトで3か所、ということなのだろう)

 「彼は私に死ねといっている、
  私はこれ以上、この組織に関わるのは止めることにした」

 また、最初にモスクで会ったジョゼフは
 「私」が警察の捜査に引っ掛からないことに不信感を抱いていて
 「お前の命はない」
 と書いてきたそうです

○取材を通して「私」が感じたこと
 「私」は、半年に渡る潜入取材を通し、
 ISの発する悪に対し、魅力も恐れも感じなくなったそうです
 「彼らは、簡単に操られる自暴自棄の若者に過ぎない」

 ISの宣伝用の動画には、ケビンという人物が出ています
 モスルの豪邸で楽しそうに過ごす映像、
 笑いながら自爆テロのトラックの車窓から手を振っている映像、
 そしてそのトラックが突っ込んだ建物が爆発している映像
 がありました
 楽しいテロ、楽しい生活を見せかけ、こうしてISは若者を自爆テロに誘い込む

 しかし「私」は
 「私が見たのは、テロリストではなくただの道に迷った若者だった」

 そのあとに
 「アラーの兵士」の若者が天国の夢物語を語りあい、
 「俺たちのゴールは天国だ」
 と話している映像で締め括られていました

〇感想など
 全体的に暗い話だったのですが、
 唯一彼らの顔が輝いたのが「天国の話」だったのが印象的でした。
 現実の世の中に天国がないから、あるか分からない死んだ後の天国を夢見るのかな、
 と思うとちょっと物悲しい気がしました。

 テロリストを捕まえるのはもちろん重要だが
 オサマのように、
 監獄で司令官に出会って、過激思想がより強化されてしまう
 つまり監獄が「テロリスト養成学校」になっている事実もある
 というのは何か皮肉な話に思える。
 
 それから根本的には、ISシンパをたたくよりも
 精神的に不安定な若者とか、
 社会低に不安定で先行きを見失っている若者のエネルギーを
 テロではなく、もっと建設的な方向に向かわせる手段を提供すること、
 彼らが所属できるコミュニティを作ってあげるのが必要なのかな、と思う。

 「アラーの兵士」メンバーを見ていても他国出身者、移民が多くて
 彼らの社会的、精神的な不安定さにISがつけ込むんだろうなと思いました

 そういえば最近のスーパープレゼンで
 ディーヤ・カーンさんが「知られざるヨーロッパ・イスラム社会」という話をしていて、
 ヨーロッパの移民2世が置かれている複雑な立場を初めて知りました。

 彼女はノルウェー産まれ、
 アフガニスタン人の母親、パキスタン人の父親、祖父は敬虔なイスラム教徒
 という移民の家系で育ったんですが、
 彼女が7歳のとき、父親が
 「お前は白人ではないから、この社会で成功するには何か秀でることをしろ」
 みたいなことを言ったそうです

 そこで彼女は音楽を選び、歌手としてキャリアを積んでいく
 しかし最初は良かったが、二重の差別を受けるようになり、それに苦しんだそうです

 一つは移民であるための差別
 唾を吐かれ「国に帰れ」と言われたそうです
 そこまでは想像がつくが、
 もうひとつは祖国のコミュニティからの攻撃
 「お前がこんなことをしているから、うちの娘も好き勝手にやりたがるようになった」
 と「褐色の肌の人」に言われたのだそうです
 
 移民の親世代は、その土地の宗教や文化に縛られていることが多く
 移住先の国でもそれを守るよう子供に強要し
 自分たちや家の名誉を守ることに一生懸命になってしまうそうです。
 
 しかし子供たち世代は、欧米などで「自由」「平等」の文化を受けて育つ
 思想ではそうなのに、現実社会では自分のしたいことをしようとすると、非白人なため差別を受ける
 そしてそこを守ってくれるべきは親や家族なのに
 親や家族は「一族の恥」としてその子のふるまいを責める

 こうして追い詰められた子たちはコミュニティ、家族、と感じられるよりどころがなく、
 結果ISなどの組織で「初めて優しくしてくれた」と感じ
 そこに忠誠を誓ってしまうのだそうです。

 カーンさんの場合は、音楽は親の望むことであり自分のやりたいことではない、
 と音楽をやめ、
 アメリカに移住して、苦しむ移民2世を助ける活動をしたそうです
 そして自分だけが苦しんでいるわけではない、と気が付き
 彼らの現実を映画にして伝える活動に行きついたそうです。

 こういう2世たちの苦悩を解決するにはどうしたらいいのか…
 理想としては、移住した親世代が
 何があっても子供を守ってあげることなんだろうけど、
 親の文化とか宗教を変えろというのもなかなか難しいものがある。
 であるとすれば、
 建前では「自由」と言われながら、本当は差別を受ける移民2世たちの苦しみを
 どこかで拾ってあげることなんだろうと思う。

 特に子供たちは、自分の意志で移民の家に生まれたわけでもないし、
 自分の意志で欧米に来たわけでもない。
 せめて子供達には、平等に機会を与えてほしいなと思う。
 
 そういえば最近アメリカでもDACA
 (不法移民の子供で、子供のころアメリカに連れてこられた人は
  在学中で犯罪歴がなければ、2年間滞在許可を与えられる…というもので
  オバマ大統領のとき導入)
 を廃止する、という決定が下されましたが
 子供達が大人の都合で振り回されることはあってほしくないな、と思います。

いろいろ考えさせられました。
というわけで、今回はこの辺で。

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