2016年10月24日

NHKスペシャル「 マネー・ワールド 資本主義の未来 第3集 巨大格差 その果てに」

NHKスペシャル「 マネー・ワールド 資本主義の未来 第3集 巨大格差 その果てに」

MCが爆笑問題のシリーズ番組。
今回は「格差」
第2集の国家の話もあったんですけど、
こちらの方が面白かったので先に書いてみようと思います。

内容としては
 ○アメリカの格差
 ○富裕層が政治力を持つ
 ○格差は仕方ないという考え方
 ○格差はなぜ生まれたか
 ○格差を是正しようとする動き
(メモと記憶で書いているので間違いがあったらスミマセン)

 最初に、世界では富裕層の62人と、最下層36億人との資産が同じだというデータを紹介しています。
 36億人の資産平均は一人当たり5万円、
 62人は一人当たり3兆円だそうです。

 世界的な格差の変化を見ていくと、
 日本も少しずつ格差は拡大しているが、
 拡大が大きいのはアメリカ。
 そのアメリカの実態を紹介しています。

○アメリカの格差の実態
 アメリカの経済都市シアトル。
 一角に青いテントが密集している地帯がある

 ここはテントシティと呼ばれ、公認ホームレスみたいなもの
 ここの住民は仕事があっても家賃が払えないらしい
 「消費社会と思われているアメリカでも、家賃すら払えない人もいる」

 一方ミネアポリスでは、資産家たちのパーティーが開かれている
 彼らは1千万ドル(10億円?)以上の資産を持つ「ビリオネア」
 このうちの一人スタンリーハバード氏
 22億ドルの資産を持つ大富豪

 彼は地方向けの衛星システムを売りさばき、富を得た。
 「リスクはありました、失敗したら無一文だった」
 つまり努力の末這い上がった方。
 「たしかに格差は存在する。
  しかし、貧しい人は努力を怠っているからだ、
  格差をなくすには、彼らにもチャンスを与えればいい」
 とシビアなコメント。

○富裕層が政治力を持つ
 ハバード氏のようなビリオネアは政治献金を盛んに行っている
 政治献金のうち、1/3が富裕層からのもの、というデータもあるらしい。
 ハバード氏もレーガン大統領などに献金した共和党支持者
 「見返りは求めていない、
  しかし政治家は献金した人を忘れはしない、そういうものだ」

 ハバード氏は、共和党の富裕層や政治家が集まる夕食会に出席
 今回のアメリカ大統領選への対応の協議のため

 内容について、取材に答えてくれたそうです。
 それによると、トランプ氏は支持しない
 納得できる理由を聞いたからだそうです。
 その代り、議員への支援を手厚くする
 「同じ思想を持つ人に献金するのは当たり前
彼らが防護壁になってくれる」
 この夕食会には、850億ドルの資産を持つコーク兄弟という大富豪も出席

 しかし、このような富裕層の多額献金が
 政策の偏りを生み出す、とする意見もある
 経済学者マーティンギレンス氏によると
 1800件の政策のうち
 約半分の45%が、富裕層が主張する政策
 また、政治資金の大半が一握りの富裕層から
 これでは低所得層たちの主張が反映されない

 実際、テネシー州ではそのような事態が起きている
 ここは貧困率が高い地域で、
 公的医療保険に貧困のため加入できていない人がいる
 この加入を促す法案が州議会で審議されていた
 しかし、成立目前だったはずがある団体の反対により廃案に

 これは先の夕食会に出ていたコーク兄弟が支援する団体
 その言い分によると
 「この法案は財政負担が大きすぎる
 成り立たなくなるのは計算すればわかることだ」とのこと。

 しかし、大病を患いながら入院できない方の意見では
 「私は薬を飲むか食べ物を買うか選ばなくてはいけないのです。
 お金で選ぶ政治は止めさせなくてはいけない」

○格差は仕方がない
 学者の中でも、「格差は仕方ない」という意見もある
 リチャード・エプステイン氏
 「富裕層がお金を稼げば、その恩恵は少ないながらも貧困層にも行きわたる
 一部の優秀な人が活躍できた方がいい、
 格差は広がるかもしれないが、その方が社会全体は繁栄する
 貧困層の生活も押し上げてくれる」

 今回の解説は井出英策先生でした。
 現在は富裕層と貧困層が二極化しており、
 お互いのことを批判し合って分かり合えていない状態になりつつある、
 との話でした。

 爆笑問題太田さん
 「貧しい人は努力しないから、とか言ってた
  あの人はたしかに努力しただろうけど、
  そこまで単純な話じゃないよね」
 そう考えると、日本の公的保険システムは優秀ですね」
 しかし先生によると、日本にも格差はある
 ひとり親の貧困率は50.8%、これは先進国の中では最悪な方だそうです。

 また、「格差は仕方ない」という話をグラスタワーで解説しています。
 グラスタワーは、シャンパングラスをピラミッド状に積んで、
 てっぺんのグラスにシャンパンを注ぐと
 どんどん下のグラスに中身が流れていく
 (ホストクラブで、高いシャンパンを開けてやっている人もいるみたいですね。
 私はテレビでしか見たことないけど…)

 グラスの上の方が富裕層、
 底辺の方が貧困層、
 注ぐシャンパンは富に例えています。

 つまり富が上からくる
 シャンパンが注がれれば、
 下の方のグラスは上のグラスよりも入れられる量は少ないが、
 確実に富は手に入る
 ここでは、太田さんがワインを2本注いでようやく下のグラスにもワインが入っていました。
 学問的には「トリクルダウン理論」というそうです。

 しかし、最近は格差が広がっている
 なのでグラスタワー理論には疑問符もある
 先のグラスタワーの隣にもう一つ別のグラスタワーが作ってありました。

 こちらのグラスタワーは、
 上の方のグラスが大きい(先のは全部同じサイズのグラス)
 ここにワインを注いでも、
 上の大きいサイズのグラスがワインをため込んでしまい、下のグラスに流れない
 このように、人間はお金持ちになるほど欲望が出てくるのではないかという意見がある
 しかも一本しかワインがない
 つまり、経済全体も低成長なので、配れるパイが少なくなっているそうです。

○格差はなぜ拡大しているのか
 そもそも格差はなぜ生み出されたのか?

 歴史によると、資本主義が生まれてから、格差は大小を繰り返してきた

 基本的には、企業が利益を出せば賃金として労働者に還元される
 また、利益を出す企業に税金をかけ、税金を社会サービスにして富の再分配を行う

 賃金格差は競争心を生み、成長を促すいい面もある
 しかし、行き過ぎた格差社会のアンチテーゼとして社会主義がうまれる
 社会主義は格差をなくし、競争のない社会

 そこで資本主義は、社会主義への対抗上、
 富裕層へ重税し、福祉を充実させ格差是正を行ってきた

 しかし1970年代になり低成長となると
 規制緩和や法人税の減税などで、経済活動を促す動きが出てきた
 また、ソ連の崩壊で社会主義勢力も弱まった

 このため1980年代からは格差が増え始め、
 2000年代に入ってますます拡大している

 スタジオでの解説では、
 社会主義が弱くなったので、タガが外れてしまった状態、とのこと。
 しかし、社会主義が復活すれば解決するわけでもない

 企業としても、儲かっても賃金が増やせない事情がある
 たとえばIT化により、人件費が抑制される
 またグローバル化により安いものが入ってくるようになり、値段を下げざるを得ない
 太田さん「資本主義のスピードに人がついていけてないんですね」

○格差が産みだす問題
 格差は世界の分断を生み出す、と警告する知識人もいます。

 ・ロバート・ライシュ氏(クリントン政権時の労働長官)
 「今の格差はプラスの影響をはるかに超えている」
 格差は懸命に働く人を増やし、イノベーションを生み出す一方、
 行き過ぎると負の効果を生む、今はそんな時代になりつつある、とのこと

 彼はいずれ、富裕層が特権貴族のような振る舞いをし、
 貧困層は努力しても報われず、無力感を感じている時代がくるのでは、と懸念している

 ・ホセ・ムヒカ氏(ウルグアイ前大統領)
 「格差は排他主義を生み出す」
 人々の政治不信や、世の中への不安を生み出し、
 排他的なポピュリズムや国粋主義者を量産する、
 これは世界に不幸をもたらす、と警告しています。

 スタジオの解説では、
 「格差は社会の分断を生み出す」のは
 日本でも他人事ではなく、
 富裕層と貧困層、正規雇用者と非正規雇用者、男性と女性、など
 いろんな尺度で社会が分断されてしまう恐れがある
 そうなると、相手を批判したり、相手の取り分を削ればいい、
 などの排他的な考え方になってしまう

 太田さん「なんか社会全体がイライラしている感じだね、
 お互い歩み寄らないといけない」
 先生も、格差があるのは相手が努力しないから悪いとかではなく、
 格差があるから救ってあげようと思わないといけない、
 みんな将来への不安があるんだと認識しないといけない、
 という話をされていました。

○格差を無くす動き
 一方で、格差を減らそうという考え方は富裕層の中からも出ている

 ・モリス・パール氏
  資産運用会社の元常務役員のいわゆる富裕層
  このままでは世界が悪くなる、と格差の是正に動いている

  彼らのように、政治を動かそうとする富裕層を
  「パトリオティック(国を愛する)ミリオネラズ」というそうです。
  彼が目指すのは
  富裕層に増税し、最低賃金を引き上げ、
  今の貧困層を中間層に入れること
  こうすればサービスやモノを変える人が増えるので、
  富裕層にとってもメリットがあるはず、としています。

  彼は、あるホテルの民主党の要人が集まるVIPルームで
  議員と累進課税について話していました。
  「格差の是正は待ったなしだ、
  一握りの富裕層が過剰な利益を得ているのは看過できない」

 ・グラビティ・ペイメンツ社CEO
  この会社は、お店でのクレジット決済サービスを提供している企業だそうです。
  この会社では、幹部の給料を下げ、
  社員の最低賃金を7万ドルに引き上げる決定をした
 これにより
  ・社員の仕事への意欲が上がる
   社員によれば「責任化も増し、会社への愛着も強まった」
  ・会社の業績もアップ
  ・社員の消費活動が増えた
   社員の結婚や出産なども増え、ベビー用品などの消費が増えたとのこと
  CEOは「この動きが広がれば社会全体が潤う、
  これからの資本主義は新しい発想で前に進むべきだ」

  しかしすべての富裕層がそういうわけではない
  たとえばこのCEOは、兄から「不当に給料を下げられた」と訴えられている
  また、納得いかないとして幹部2人も退職している

 スタジオでは、
「新しい思想を作らないと」という話の流れで
 先生が
 「我々は社会をなぜ作るのか?」という話をしています。
 古来から哲学者や政治家などがいうのは
 「社会はみんなの利益となるものを提供するもの」だそうです。
 医療とか保育などの社会サービスはみんなのため、とのことでした。

 つまり、ひとりの利益を追求するだけのことをしていたら社会が成り立たない、
 (自分が利益を上げたら余計に)みんなの利益も考えてあげないと社会が成り立たない
 ということかなと思いました。

 三回シリーズのまとめとして
 太田さんが
 「最後は人間の価値観だね、
  好奇心は止められないけど、
  お金持ちになったとしても、お金自体に価値があるのか?と気付く時があるはずで 
 そのときどうするか」
  というようなことを話していました。

番組の最後に、いろんな言葉を紹介していました。
・アダム・スミスの言葉
 「利益を生むのは利己心だけでなく「共感」の心」
  彼の言う共感は、
  相手の不利益になることにも思いをはせて自分の行動を決めること、だそうです。
 格差社会の我々は、他人の不利益を考えてあげられているのだろうか?

・ムヒカ大統領の若者への演説の言葉
 「あなたの人生を市場経済にゆだねてはいけない
  あなたはお金ではなく、お金を稼ぐための時間でモノを買っている
  かけがえのない人生を大切にしてください」

・ジェレミーリフキン(文明評論家)の予言する未来
 資本経済のほか、「共有型経済」も台頭する、と述べている
 これは、モノやサービスを買うのではなく、分かち合う社会
  実際、オランダでは日用品の貸し出しサービスが盛んにおこなわれているらしい
  なんとご飯のおすそ分けもしているそうです。
  (世界的にもシェアビジネスは台頭しつつありますね)
 「GDPには入りませんけどね」とも述べていました。

・大富豪ハバード氏の言葉
 彼は休日はヨットに乗って過ごす。
 彼はやはり資本主義は努力のしがいがある社会、
 みんなに平等の機会を与えられるいい社会だ、と考えているそうです。
 しかし、ほかのヨットを見て
 「私より小さいヨットに乗っている人も楽しそうだ
 もしかして、私よりも楽しいかも」

感想など。
・日本では、海外ほど格差はないのかもしれないが、
 やはりお金持ちの考え方はシビアだなぁと思ってしまいました。
 ハバード氏のような立志伝中の人物のような人は、努力しない人間はイライラするのかなぁ…

・格差が広がろうが、一部の優秀な人を活躍させる方が社会全体にはいい、という意見も強烈でした。
 たしかに優秀な人が報われるシステムは必要ですけど、
 優秀であればこそ、謙虚な気持ちを持たないといかんような気がします。
 自分の力だけで成功した、と思うのは傲慢ではないかと。
 やはり社会が平和である程度平等なシステムでなければ成功しなかったはずで、
 そこにまで思いを致して、
 成功したら今度は社会へ還元させよう、と考えるべきであろうと思います。

 社会貢献や人を大事にせよ、
 と言っていたドラッカーや
 人間は生まれた以上は社会のためになることをすべきだ、
 と言っていた渋沢栄一などの言葉に重みを感じます。
 財産を持つ人こそこういう本を読んでもらいたい。

・太田さんは三回のなかでちょくちょく
 「日本人の良さをここで生かすべき」
 という意見を唱えていましたが、私も同感です。
 ガツガツしてしまいがちな資本主義に飲み込まれるのではなく
 分かち合いとか助け合い、三方よしなどの精神を持ち続けていけば
 世界もそれに感化され
 みんなが豊かになれる世界が作れるのではと思いました。

第2集も気力があればまとめたいと思いますが…
取り合えず今回はこの辺で。

posted by Amago at 23:49| Comment(0) | お金 | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

「それをお金で買いますか 市場主義の限界」マイケル・サンデル (著)

「それをお金で買いますか 市場主義の限界」マイケル・サンデル (著)

最近、経済学的な思考って面白い~と思っていましたけど、
それに待ったをかけるような本で、なかなか興味深かったです。
「何でも経済学的に考えていいのか」という問題提起をしている本です。

筆者は哲学者。
日本ではNHKの「ハーバード白熱教室」という番組で有名だそうです。
私は番組は見たことがないが、なんとなく勝手に経済学者かと思っていました…
(というかむしろ経済学者には批判的な立場ですが、
 経済学者は友人だそうで、
 経済学者に対する理解とか尊重のようなものは感じました)

全体的に哲学者的な文章というか、
同じところを行ったり来たりしているような感じです…
しかし筆者は、結論を出すのではなくみんなに考えてもらうのが目的なようです。
「市場に出すべきもの、そうでないもの、線引きはどこにおくべきか?」

問題を提起するとっかかりとして
「今はこんなものもお金にされている」膨大な例が出されています(ほとんどアメリカの例)
チケットを買うための行列代行業者、コンシェルジュドクター、
成績がいい子供にお金をあげる学校、薬を飲んだら報奨金を出す病院、ダイエットに報酬金を与える企業、
有名人の死の賭博サイト、
自分の体を広告にする権利、道路や標識のスペースを広告にする自治体…
まだまだありますけど、
「さすがアメリカ、こんなもんもお金に換えるのか~」
と妙に感心させられました…

内容を私の理解で書いてみます。
 
●序章
 筆者の問題提起で、この本で言いたいことを大まかに書いています。

 筆者は今の世界は「市場勝利主義社会」としています。
 冷戦後、特にこの傾向が強まったらしい。

 そしてその弊害として、人々の欲望が増えたほか、
 市場中心主義が社会のいろんなシステムに入り込んでしまったこと、を挙げています。
 「公平性(格差がますます増える)」
 「腐敗(心の退廃)」
 の二つの観点で問題がある、としています。

 「公平性」
  何でもお金基準の価値観になり、お金がない人にとって住みにくい世の中になること。
  例えば、貧乏だと良い教育を受けられない、など。

 「腐敗」
  愛情とか感謝とか子供とか人間とか頑張る気持ちとか、
  本来お金に代えがたいものの価値が台無しにされる、という問題。
  例えば、お金を払って子供に勉強させたら、学ぶ喜びを失ってしまう、など。

 筆者は特に後者の方を問題にしているようで、
 この話はこの本全体で何回も繰り返し出てきます。

 しかし市場化がすべて悪いわけでもない。
 ただ筆者としては、市場化したら堕落する価値観もあるので、
 何でもかんでも売買の対象にするのではなく、
  市場にふさわしいものなのか、
  値段をつけることでマイナスの効果をもたらすことはないのか、
 などをその問題ごとに丁寧に議論していくべきではないかとしています。

 しかし現実問題として、今や議論などする間もなく、何でも市場に出回っています。
 筆者はこの理由として
 ・人々が市場に信仰を持ちすぎている
  リーマンショックの後でも市場はしぶとく残っている

 ・市場や経済学自体が、「道徳は我々の問題ではない」という態度である
  経済学の思考では、「お金に色はない」というように
  どんなサービスやモノでも市場にすること自体は問題にしない。
  もし道徳的に問題があるものなら人々はそれを買わないだろうから、
  それは自然淘汰されるだろう、という考え方。

  筆者はそうではなく、
  市場にすること自体が道徳を堕落させる場合もあるので、
  そこを議論すべきではないかとしています。

 ・政治家も市場と道徳について議論したがらない
  政治でも、道徳とはイデオロギー対立につながるので議論したがらない、としている
  …この辺は私はよくわからなかったけど、
   みんなが賛成できる話にならないので、票にならないということかな?

筆者は、市場化に伴って道徳が堕落する、というのはみんなが考えるべき身近な話だとしています。そして
「市場経済を持つ」 …生産活動をコントロールする道具として市場を使う
「市場社会である」…人の生活が市場や市場価値に左右されてしまっている社会
どちらの社会をあなたは選びますか?と問いかけています。

以下の章では、具体的に市場に上がったら困るものについて議論しています。
「公正性」「腐敗」の問題を軸にしていますが、
経済学者はどういう立場だったか、という話も織り交ぜ、話を深めています。

●行列に割り込む権利
 ここでは、行列代行業者など、「並んで待つ」手間をお金に変える例を軸に、
 市場主義者の意見とそれへの反論について触れています。
 ・空港の手荷物検査は、ファーストクラスでは待たずに優先してしてもらえる
 ・遊園地のアトラクションに、2倍の料金で優待パスを買えば、一番前に行ける
 ・コンシェルジュドクター制度
  お金を払えば、病院で待たなくても専属ドクターが24時間体制で自分の体を診てくれる
 ・チケットを買う行列代行業者
   ・ニューヨークのパブリックシアターでは、シェイクスピア劇の無料解放をする日があるが、
   (市民に広くシェイクスピア劇に親しんでもらうため)
   人気のある俳優が出るときは行列になるので、
   この際行列代行ビジネスが横行した(業者はホームレスを雇って代わりに並ばせる)
 ・議員の委員会の公聴会を聞く席
   ロビイストが議員に圧力をかけるため、公聴会に出たい
   そこで行列代行業者にお金を払って並んでもらう、ということが起きた  …など

 市場主義者は「ビジネスとして成立しているのだから、別に構わないではないか」としている。
 ・他人の自由を侵さなければ、自分のものは何でも売る自由がある(リバタリアン的な考え方)
  売買を禁じるのは個人の自由の侵害、とする
 ・市場で取引することで、社会全体の効用を上げる(経済学者的な意見)
  市場では、売り手と買い手の望みが釣り合うところで取引が成立するので、
  社会全体で考えれば誰も損しない、という考え
  チケットの例でいえば、
   チケットが欲しい人は、お金を払えば行列に並ばずに劇が見られる
   代わりに並んだ人はお金を稼げる
   劇場も相手が誰であれ、正規の値段は払ってもらえるので儲かる
  みんなハッピー、というわけです。

  経済学者によれば
 「自由市場とは、提示額の大小によって、誰が一番その商品を評価するかが分かるシステム」

 しかし現実には、行列代行業は批判された。
 筆者はこれは序章で述べた「公平さ」と「腐敗」の問題があるとしています。
 ・「公平さ」の観点
  「自由市場は提示額により、一番評価する人が誰だか分かるシステム」とありますが、
   実際は提示額は、評価の度合いというより支払い能力を示している
   熱烈なファンでもお金がなければ買えないし、さして好きでなくても金持ちなら買えてしまう
    例えば筆者の観察によると、野球場で高額席に座る人は遅く来て、早く帰る傾向にあるらしい。
    高額な席は、野球好きが座るのではなく、ステータスを示すだけのもの?
   
   同様に、
   ・公聴会もシェイクスピア劇でも、お金がない一般市民などを締め出してしまう 
   ・コンシェルジュドクターなども、金もちに24時間張り付く分、
    他の患者を診てもらう時間を奪うことになる
    つまり貧乏人は医者にかかれない可能性もある

 ・「腐敗」の観点…筆者はこちらに力点を置いている
   シェイクスピア劇、議会公聴会は「市民に広く開かれるべきもの」
   行列代行業者の横行などは、これを「お金を稼ぐ手段」に変えてしまう
   「劇をみんなに見てもらいたい」という主催者側の意図や
   「議会は市民のもの」という民主主義の理念を踏みにじることになる
   
   同様に、アトラクションの優待パスなどについても、
   「早い者勝ち」という、富などに関係ないシステムを、お金持ちの特権に変えてしまう、としている

   つまり、いろんな多様な価値観をすべてお金にしてしまう
   「市場の生活への浸透」が問題だ、と述べています。
   更に、この後の章で、能力、運、才能なども市場にとって代わられる例を論じています。

●インセンティブ
 「薬物中毒の母親にお金を払って、
  子供を産まないよう約束させるプログラム」(薬物中毒の親の子として産まれても不幸になるので)
 という過激な事例から話が始まっています。

 この章では、
 お金によるインセンティブ(罰金などの負のインセンティブも含む)と道徳について議論しています。

 インセンティブは経済学の考え方から作り出された、という話がされています。
 最近の経済学では、人の行動も研究対象になっている
 それによると、人は、いくつかの選択肢から行動を選ぶとき、
 かかるコストや手間と、得られる利益を損得勘定して決めている
  例えば結婚では、独身でいるコストや利益と、
  誰かといる手間や利益、新しい人を探すコストなどを考慮して決める

 この考えから、経済学は
 人になにかをさせるにはインセンティブを与えればいい、という考え方が出てきた
 「インセンティブとは作り出されるもの」と述べた経済学者もいる

 ・薬を飲んだら報奨金を出す病院、
 ・従業員のダイエットに報奨金を与える企業、
 ・勉強のできる子にお金を払う学校
 ・子供にお金を払ってお礼状を書かせる
 負のインセンティブ(ペナルティ)としては
 ・スピード違反、ゴミの違法投棄への違反金
 ・保育園の迎えの遅刻へのペナルティ
 ・環境税、排出権取引
 ・一人っ子政策への罰金 
 他にも、貴重な動物を撃つ権利などもありました。

 これの何が問題か?
 やはり「公正性」「腐敗」の問題がある。
 「公平性」では、
 ダイエットしなくても痩せている従業員はお金をもらえない、とか
 一人っ子政策ではお金持ちはたくさん子供が産めるが、貧乏人は産めない…など
 しかし筆者が問題にするのはやはり「腐敗」
 
 筆者は、動機付けのためにお金を払う、あるいは罰金を取るというのは、
 倫理観の崩壊につながる、と危惧しています。
 
 動機付けのためのお金は、
 ・本来の自分の体を大事にする気持ち、
 ・勉強を頑張ろうと思う気持ち、
 ・本を読む面白さ
  などが忘れられ、お金を受け取ってする仕事に成り代わってしまう
  実際ダイエットなどは、お金が無くなったらリバウンドするという報告もある

 また、負のインセンティブである罰金は、罰金を料金と考えてしまう人がいる
 つまり、違反の罰金を払えるくらい財力があれば、
 悪かった、反省する気持ちを
 お金を払って受けるサービスととらえてしまう。
 
 実際、保育園の迎えにペナルティをつけたら遅刻が余計増えた、という結果もあるそうです。
 (遅刻して後ろめたかったのに、お金を払えばいいや、と思ってしまうようになる)

 ほか、
 ・排出量取引、環境税などでは、環境を汚す生活スタイルを改める機会を失ってしまう
 ・一人っ子政策(罰金を払えば二人目以降も産める)も、親子関係を損得の問題にしてしまう

 筆者は、経済学は人を動かすためにインセンティブを作ってきたのに、道徳には無関心だ、
 と批判しています。
 経済学者曰く
 「世界がどう動くべきかを決めるのは道徳で、
  経済学は世界がどう動いているのかを表すものに過ぎない」

 しかし、経済学でいう「効率を最大化」しようとすれば、道徳を売買するしかない、
 それは結果的に、お金に変えられない価値観を歪めてしまう、と述べています。
 つまり先の例でいうと、
 勉強の楽しさをお金をもらってイヤイヤする仕事にしてしまう。
 守るべき道徳(ごみを捨ててはいけないなど)を、お金で払ってするサービスにしてしまう。
 その結果お金がないと自分から勉強しなくなったり、道徳を守らないなど
 事態を悪化させる場合もある。

 これは、「市場が道徳的価値観を閉め出す」現象であり、
 経済学者は「道徳を売買する」代償について考えねばならない、としています。

●市場が道徳を閉め出す
 先の「市場が道徳をしめだす」現象に関する議論をさらに発展させています。
 まず「お金で買えないもの、買ってはいけないもの」を挙げています。
 名誉、賞、大学入学、友情、愛、親子関係など…
 なぜ買えない(買ってはいけない)のかというと、
 先でいう「腐敗」の問題がある。
 裏口入学は大学の名誉を傷つけるし、子供を売買したら親子関係に傷がつく。

 …しかしこうした腐敗の問題について、
 経済学の論理は一般感覚とちょっとずれている、という話がいくつか書かれていました。

 例えば贈り物の話。
 経済学的には、贈り物は効率を最大化するなら現金が一番、なのだそうです。
  経済学の調査によると、もらったプレゼントは、現金に換算すると実際より低く見積もられる傾向にある
  自分で別のものを買う方が満足することもある。
 だけど、現実では現金を贈り物にしたら失望される。

 これを経済学はどう説明しているかというと、
 「現金の贈り物はヤボだ、という人間の非合理的な思い込み」
 経済学では説明できない人間の心の不可思議さ、としてとらえているらしい。
 (経済学者さんも、「経済学者としては現金が一番とは思うんだけど、人間としてはそう思えない」
  と告白している方もいるらしいけど…)
   
 あるいは、「シグナリング仮説」で説明する人もいる
 つまり、欲しいものを選ぶ手間などで相手への愛情を示す、と説明している。
 しかしシグナリングであれば、高いものを贈れば愛情が高いことになるが、現実はそうではない

 筆者の考え方だと、
 シグナリングは一方的な意思の伝達にすぎない
 しかし、愛情とは、選ぶ側の心と、それを受け取る側の心のやり取りで深まるものなのではないか。
 現金が嫌われるのは、そのやり取りを省略すると受け取られるからではないか、と説明している。

 (最近は、ギフトカードにメッセージを添える、
 ネットでの贈り物を、不要なら別のものに交換するか誰かにあげられるシステム
 などの方法もあるらしく、筆者はそれはいいアイデアだと考えているようです)

 ・核処理施設の建設問題
  ある地域の住民に、核処理施設の建設をする際、
  政府はインセンティブとして補助金を支払う提案をした
  すると、インセンティブを払うと申し出たときよりも建設賛成の人の割合が減ってしまった

  経済学的には、
  「公共心」(国のためなら協力する)のインセンティブと、
  「お金」によるインセンティブを組み合わせれば足し算で賛成者が増えるはずだが、
  堅実には逆

  筆者は、これはインセンティブをお金に変えると
  公共心を踏みにじられ、
  「買収された」と侮辱されたように受け取られるからではないかとしている。
  (ただし公共の建物など、現物なら受け入れられやすいのだそうだ。
  これは市民への感謝の気持ちと受け取られる、とのこと)

  いずれも、市場化が経済学の意図とは逆に道徳心を閉め出してしまった例です。

  経済学者の中にもこれを「商品化効果」と呼び、
  市場化の弊害を指摘した経済学者もいるようです。

  しかし、経済学の姿勢は基本的に「商品化は道徳の価値を変えない」のだそうです。
  市場は道徳を考える立場じゃない、と。
  
  そのほか、経済学では
  「愛情や道徳は節約しないと枯渇する」
  「利他的動機という希少資源を使い果たしてしまう」
  という意見もあるらしい。
  (例えは市のサービスを市民ボランティアに頼っていると、
   大事なときに市民に動いてもらえなくなるとか、かな?)

  筆者はこれはこじつけのようなおかしい理論だ、と述べています。
  愛する人に対して、大事なときに愛が無くなるから、と普段は差し出すのを控えるのか?と。
  愛とか道徳などは出し惜しむのではなく、
  普段から使って筋肉のように鍛えていくものだとしています。

●生命を商売にする
 この章では人の生死を市場化する問題を取り上げています。

「デスプール」
 高齢の有名人がいつ亡くなるかを当てる賭け事
 聞くだけでもおぞましいですが、筆者は生命保険も似た一面があるとしています。

「生命保険」
 遺族の生活を救う面もあるが、
 人の命を賭け事にしている面もある。

 生命保険の倫理的な歴史をひもとくと、
 生命保険は遺族の生活のため始まったものだが、
 生命をお金にする性格上、人々の抵抗があり、あまり普及しなかった
 しかし遺族の救済が強調されたこともあり、だんだんためらいが減ってきた

 そのうち生命保険の証書を第三者に売ることが合法化、
 新しいタイプの商売が生まれた

「バイアティカル」
 重病患者の生命保険を投資対象にする
  お金が必要な患者が生命保険証書を投資家に売る
  投資家が患者の代わりに保険料を払い、患者が亡くなったら保険金を受けとる
 患者もお金が得られるし、投資家も確実に儲かる、というわけです。

「ライフセトルメント」
 バイアティカルと似ているが、
 こちらは高齢者の生命保険を投資対象にする
 基本的な仕組みはバイアティカルと同じ

 これらは、市場の論理で言えばみんなハッピーなはずだが
 色々問題が起きたらしい。

 ・バイアティカルは、医療の進歩により、治ったり長生きする患者が増えた
  投資家「患者がなかなか死んでくれない」

 ライフセトルメントでは、
 ・投資家を募るために、高齢者の寿命の見積もりを甘く設定して、投資家が詐欺と訴える、
 ・投資会社が、証書を投資家に売るために、老人を甘い言葉で誘って保険に入らせる
  (スピンライフ型保険と言われ、今は禁止されている)
 ・保険会社が投資家への保険金支払い金を拒否する(投資家は高齢者と縁が無いので)ケースも
 ・老人がわざといくつも保険に入り、証書を投資会社に売って儲けるケースも出た
 ・そもそもの保険の理念を無視している。
  保険金の支払いが増えるので、保険料の値上がりにつながる(本当に必要で入りたい人が入りにくくなる)

 これらは訴訟にもなったようですが、
 今でも自分から入った保険の証書なら、投資のための売買はできるそうです。
 (「自分のものなのだから売買の自由がある」という主張)

 さらに、今はいろんな人の生命保険を切り刻んでパッケージ化も検討されているらしい。
 いわゆるサブプライムローンの生命保険バージョンというか。
 これなら特定の個人の死を願うこともないし、リスク回避にもなるというのだが…

 筆者は、生命保険は、生死を賭けにするという道徳的背徳がありながら、
 「遺族を救う」という善を守るためにぎりぎりの妥協で生まれた産物のはずなのに、
 それが今や投機の対象にされてしまっていることを「人は誘惑に勝てない」と嘆いています。

 ちなみにこの章では、
 「テロの先物市場」にも触れていました。
 私は初耳だったのですが、
 外国の独裁者の暗殺、テロの発生などの「情報」を投資対象にするもので、
 元々はテロ情報を集めるために国防総省が提案した市場なのだそうだ。

 政府など大きな権力からの圧力を受けない情報が集まる、と期待されたが、
 テロリストがインサイダー取引や空売りなどで情報を撹乱する危険もあるし、
 倫理的な批判も受けて撤回されている。

 筆者も、テロ防止の面はあるかも知れないが、
 人の命を投資対象にする倫理的な問題があり、
 切羽詰まった状況でないかぎりは悪魔の取引と考えておくべき、と述べています。

●命名権
 最後は命名権をはじめ、
 社会のあらゆるところで市場化が浸透している問題を挙げています。

 ここは具体例が多く、
 ・野球選手のサイン…昔は熱烈なファンがおねだりするものだったが、今はコレクターの投資対象
 ・野球場などの命名権を企業に売る…地方やチームへの愛着心を損ねた
 ・野球場のVIP席…スポーツ観戦という平等なはずの世界にも、金持ちと貧乏人の区別をもちこんだ
 ・「マネーボール」
  これは映画化されている話だそうですが、
  アメリカ大リーグで、弱小チームに経済学の理論をもちこんでチームを立て直した話だそうです。
  しかし、これは
  「スター選手ではなく、地味にフォアボールで出塁する選手をたくさん使う」
  「盗塁は成功率が低いので無くす」
  といった(ある意味せこい)戦略なので、野球の面白味が無くなってしまったらしい
  スポーツの世界では、効率化すればいいというものではない、と述べています
 ・野球の実況中継にコマーシャルを挟む
   「次は二番バッター○○」のあとに「保険のことなら○○保険」など
 ・何でも広告にする
  トイレ、エレベーターの中、ガソリンスタンドの画面、飛行機のエチケット袋
  小説(宝石会社を題材にした小説で、小説に出てくる小物もすべてその会社のものを使う)
  自分の車、家、自分の体
  
  さらには、地下鉄の道路、看板、
  自然保護公園の看板、パトカー、
  自治体の自販機などをすべてあるスポンサー企業の物にする
  学校の教材に企業の商品を使う(ひどい時には、他社と比べた自社の宣伝にしかならないものも)
  成績表の隙間に広告を載せようとした学校もあるらしい

  これらは何が問題か?
  しつこいようだが、やはり「公正さ」「腐敗」の問題がある
  「公正さ」は、お金がない人がやむを得なく売る場合があり、それは自由でないという意見
  しかしそれなら、お金があって趣味でする人は問題がないことになる
 
 より深刻なのは「腐敗」の問題
 商業化そのものが、売るものを堕落させる(自分の体を売り物にする、など)
 また、筆者の指摘するより深刻な問題は、
 「社会の商業化をもたらす」問題なのだそうです。

 そうすると、公共の道とか看板、学校など公共のものを私物化してしまう。
 みんなに開かれているはずの物やサービスを、商業主義誰かの特権の物に変えてしまう。
 また、お金で買えるものが増えるほど、格差がより深刻になり、
 違う階層の人たちがかけはなれた生活を送ることになる。

 筆者は、これは民主主義にとっては脅威ではないか、と述べています。
 民主主義は、みんなが一緒に生活をして、お互いぶつかり合って、
 折り合いをつけ、違いを受け入れることを学んでいくものなのに、
 商業化はこれらを損なわせる問題があるのではないか、と述べています。

筆者はまとめとして、
商業化は道徳の価値を変えてしまうことを自覚し、
商業化していいかどうかを常に考えていかねばならない。
なんでも売り物にできる社会か、
お金で買えない価値を守るか、議論していくべきだとしています。

感想など。
・詳しくは書いてないですが、
 商業主義もここまでくるとすごいな~、
 という例がいくつかあって、ある意味感心してしまいました…

 例えば学校の成績表にマクドナルドの広告を載せるという話には、
 成績のいい子にお店のクーポンをあげるみたいなアイデアもあったりとか
 (いずれも親からの反対で却下されたらしいが)

・「贈り物は現金が一番」とか
 「愛情は節約しないといけない」
 など、経済学が一般感覚とちょっとずれている、という話は面白かったです。
 たしかに経済学って、自分の理論に現実を無理矢理こじつけている場合もあり、
 あんまり一般の人になじまれないのはそのせいかなと言う気もする。
 物理学者と同じで、
 人の動きを支配する法則を見つけたい、
 という学者の性なのだろうか…

 Eテレの「オイコノミア」でも時々先生が
 「こじつけのようなところがあるんですけど」
 と漏らすこともありますけど、
 そういう経済学の弱さを認める謙虚な姿勢も必要なのかな、と思いました。

・生命保険がここまで商売の道具になっているのは初耳でした。
 生命保険自体は悪いシステムだとは思わないが(子供が小さいときは特にそう思う)、
 生命保険の証券を売って儲けるのはやり過ぎな気がする。

 サブプライムローンは、
 投機への誘惑がリスク感覚を狂わせてしまった例でしょう。
 生命保険のパッケージ化が実現するかは分かりませんが、
 もしそうならサブプライムローンと同じ道を歩みそうな気がします…
 (倫理的にはもっとたちが悪いが)

・野球の効率化が野球をつまらなくさせたとか、
 実況放送にコマーシャルを挟むとか、
 市場が生活に浸透しているたくさんの例は、ある意味ブラックコメディっぽくて苦笑してしまいました…
 うまく使えばハリウッド映画の題材にもなりそうだ。
 (ちなみに「ポールボール」はブラッド・ピット主演で映画化されたらしいけど、
 こちらは弱小チームのサクセスストーリーと感動話になっているらしく、ちょっと方向性が違う。
 筆者は映画はみたけどシラケてしまったらしい)
 うーん、でもこれが大真面目に進んでいるのが現実なんですよね。

・日本だとお金より道徳を大事にしなさいみたいな価値観が昔からあるので、
 この本で議論されていることは目新しいことではないかもしれない。
 筆者の言わんとしていることは分かるのだけど、
 日本だと「だからお金は汚いんだ」みたいな理論になってしまいそうな気もします。
 
 本来お金は「生活を豊かにしてくれるもの」
 問題は、お金を稼ぐことが目的になってしまうことなんだろう。
 お金に換えることで、本当に大事なものを見失っていないか?

 何かに対してお金を払う前に、
 「これを買うことで本当に私は幸せになるのか?」
 「これを買うことで、売ってくれる人も幸せになれるのか?
 「社会の幸せにもつながるのか?」
 ということを毎回考えるのが、我々のできる第一歩なのかなと思いました。
 

筆者の本題よりも、経済学と現実のズレみたいなのが分かって面白い本でした。

というわけで長くなりましたが、今回はこの辺で。
posted by Amago at 09:24| Comment(0) | お金 | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

Eテレオイコノミア「食欲の秋!おいしさ倍増の経済学」

Eテレオイコノミア「食欲の秋!おいしさ倍増の経済学」

今回は食欲の秋ということで、健康で美味しく食べるための経済学だそうです。
講師は安藤先生です。

というわけで内容から。(記憶を頼りに書いてますので間違いがあればすみません)
なぜか又吉さんがカレーを作ることに…
(クッキング番組みたいになっていました(笑))

それにしてもなぜカレー?

これは以前「副業」の話のとき、
又吉さんが、副業するならカレー屋さんをしたい、と言ったのだそうだ。
自分がカレー好きというのがあるらしいです。
食欲が無くてもカレーなら食べられる…とか。
イメージは「大阪の下町のカレー」だそうです。

○お肉を買って調理開始
 まずは材料購入ということで、お肉屋さんに行っていました。
 お肉屋さんにはいろんな肉が。

 肉屋さんに「カレーを作りたいのですがどんなお肉がいいですか」と聞くと、
 「煮込むならスジ肉、2、3日かけて煮たら旨味が出る」
 「あんまり時間をかけたくないんですけど」
 「じゃあステーキ肉を軽く焼いて入れるのがいいでしょう」

 100gあたり2500円くらいする高いお肉もありました。
 一頭の牛からとれる量が非常に少ない貴重なお肉なのだとか。

 結局、ステーキ用の100g1500円くらいするお肉にしていました。
 肉にこだわりたいとのこと。

 お肉を買い終わると早速クッキングです。
 又吉さんは料理経験はほとんどなしだけど、
 安藤先生は実家がレストランで、お手伝いもしたことがあるとか。

 とりあえずお肉を切っていたら、ゲストの寺門ジモンさんが登場。

○ゲストの寺門ジモンさん
 ダチョウ倶楽部でおなじみの方です。
 食通でお肉大好きが高じて、食肉の競りをする資格も取得したのだそう。

 ジモンさんによると
 「高い肉がおいしいとは限らない」
 100g1500円の肉と、750円くらいのお肉を焼いて又吉さんに試食してもらっていました。
 又吉さんはどちらも美味しい、とのことで
 どちらが高いお肉かは分からず。

 ジモンさんはそりゃ高い肉は美味しいのは美味しいが、
 値段ほど比例しない、普通の肉を美味しく調理するのが大事。と力説していました。

 (私に言わせれば、100g700円でも十分高いです…
  そもそも肉自体あんまり食べないけど、
  いつも買うのは豚か鶏、
  それも100g200円超えたら高いなーと思ってしまう(涙)
  でも確かに牛肉は値段がどうとかいうより、美味しいものは柔らかくて美味しいですね)
  
さて、切ったお肉の表面を焼いて旨味を閉じ込めています。
そのまま食べてもよさそうなくらい美味しそう…

ところで、実際お肉の価格と味との関係はどうなの?ということで、次に先生が解説しています。
○価格と味の関係
 本来は人が料理に付ける価値は主観的なもので、価格とは無関係
 しかし価格が料理への評価に影響を与えることもある

 ・高い食事は美味しいと思い込まれやすい心理
  「認知的不協和」
  2つの矛盾する認知をして不快な状態

  例えば、高いものを食べてもあまり美味しくなかった時
  「たくさんお金を払ったのに」「美味しくない」フラストレーションを感じる

  この場合、人は変えられる方の認知を変えてしまう
  「これは美味しいはずだ」と解釈する
  つまり高いものは美味しいと思い込まれやすい

  又吉さん
 「母親にご褒美でゲームを買ってもらったことがある
  明らかに面白くないけど、せっかく買ってもらったから面白いと思い込もうとした」

  ジモンさんはお笑いで例えていましたけど、
  先生の解説によると
  「自分のギャグが受けなかった時に、
  「お前ら笑いがわかってない」と言ってしまう」行為がそれに当たるらしい
  (相手にウケない、という不快な状態を回避するために、
   自分が面白くないんじゃくて、相手が理解しなかったんだと解釈する)

 ・見栄のために高い料理を食べに行く行動
  「ウェブレン財」
   自分のステータスを誇示するために消費する財、顕示的消費
   (これは、アメリカの経済学者のヴェブレンさんが、
    顕示的消費(見せびらかし消費)について論文に書いたことから
    つけられた名前らしい)
   ブランドバックを持つ、高級フレンチにいく、など

   ジモンさんは
   「カッコつけるために女の子にいいものをあげるとか、
    高級レストランに連れていくとかですかね」
    又吉さんもそんなんしてるんじゃないの?と聞いていました(笑)
   又吉さんは
   「いやいや、もともとあまり人になにかをあげることはない」そうですが、
    でも後輩とご飯を食べに行くとき、
    値段のランクがあると
    一番上のやつにしとき、と言ってしまうのはあるかな、とのことでした。

 つまり、「美味しい」という感覚は主観的なので、本来は価格とは関係ないはずなのに、
 値段が高いと美味しいと思い込みたくなったり、
 見栄のために高いものを「これが高級品」と言って食べる場合がある。
 値段が味覚に影響を与えてしまっているわけです。
   
○スパイスの購入
 カレーにはスパイスをいれますが、
 スパイスは事前に卸店のような所で購入していました。

 この店では、インドから数百種類のスパイスを取り寄せているのだそうです。

 いっぱいありすぎて困るのでお店の方(インド人?)に尋ねていました。
 「どんなイメージ?」「一瞬甘いけど2秒後辛い」
 「どんな辛さ?」「ポカポカする感じの辛さ」
 というわけで、
 クミン、コリアンダー、ターメリック、チリなどのスパイスを勧められていました。
 (辛さにもいろいろあるのですね…)

○美味しさと安全のトレードオフ
 スパイスの輸入には厳しい規制があるそうです。
 農薬の基準、
 決まったラベルを付けていないといけない、など。
 基準をクリアしていないために輸入できないものもあるらしい。

 これは「安全」を得るためのトレードオフだそうです。
 「トレードオフ」
  何かを得るために、別の何かを諦める取引
  この場合、「安全」と「美味しさ」をトレードオフしていることになる。
  いくら美味しくても、基準を満たしていないと安全が確保できない。

  ジモンさんは一時期問題になっていた生レバーや生ユッケの話をしていました。
  これらも、美味しいけど安全性が確保できないので禁止されています。
  先生によると、日本の緑茶も、外国で農薬が基準オーバーと分かり、
  輸出が禁止されていたことがあるらしい。

さてカレーは刻み玉ねぎを炒め、スパイスを入れて焼いたお肉を加える。
バナナ、桃、マンゴーチャツネなどを入れて味を調えています。
あとはバターで炒めた小麦粉、牛乳などを入れて…(詳しくレシピ見てないから正確じゃないかも)
とにかく美味しそうだ。

○食べ過ぎを防ぐための経済学
 一般に、美味しいものは食べ過ぎる
 又吉さんは付き合いで何回も食べてしまうこともある、とのこと

 先生によるとこれは愚行権の行使と言うらしい
 「愚行権」
  他人から愚かと思われても
  自分が満足なら自由を行使できる権利
  例えば食べすぎ、飲みすぎなど

 権利なので自由なはずなんですが、体にはよろしくない。
 では食べ過ぎを防ぐにはどうしたらいいか?
 「自由」(好きなものを食べる自由)と
 「規制」(健康でいられるための節制)を両立させるのが望ましい

 「リバタリアンパターナリズム」という手法があるらしい
  個人の選択の自由を残したまま、人々を望ましい方向に向けていくやり方
  例えば「カロリーを表示して、カロリーを意識させる」

 「ナッジ」(nudge)
  経済学者のリチャード・セイラーが使った言葉だそうだ
  肘で人をそっとつつくしぐさを示す。
  
  健康的な食べ方を促す「ナッジ」の例
  ・ハンバーガーのセット
   セットにサラダを付けて、「希望ならポテトに変えられます」とする
   ポテトを付けて「希望ならサラダに変更」とするよりも、サラダにする人の率が増える
   (人間は標準仕様のものを変えるのは面倒、と考えるものらしい)

  他にも、飲食店を経営する際の「ナッジ」の例をみんなで考えていました。
  ・安藤先生の案(お題は「カフェテリア方式」)
   規制 ヘルシーなものだけ提供する
   自由 油っぽいものもなんでも提供する
   ナッジ サラダを手前に置き、油っぽいものは奥に置く
   先にあるものを取りやすいから、とのことです。

  ・又吉さんの案(お題は「イタリア料理店」)
   規制 パスタを出さない
   自由 階段で六階まで上がるとパスタが食べられる
   (これはナッジ案だ、との指摘)

  ・ジモンさんの案(お題は「ラーメン屋」)
   規制 ヘルシーなもの、塩分控えめのものを提供
   自由 ギトギトなやつとか何でもアリ
   ナッジ レンゲに穴をあける
   (先生から、どんぶりから直接飲むんじゃないの?と言われていました(笑))
 
  ナッジとは
  「止めたいけどしてしまう」「したいけどできない」
  などを手助けする、という方向で考えていくといいらしい。
  押し付けになってはいけない。
  ジモンさんは「ユーモアが必要かも」とコメントしていました。

○規制が技術革新になる場合もある
 規制に自由を持たせる「ナッジ」もいい手法ですが、
 「規制」が進歩をもたらすこともある、という話もありました。

 「レギュレイトリープッシュ」(Regulatory-Push)
  規制による不自由を乗り越えようとして、研究開発が促されること
  (調べたところ、環境とかエネルギー分野でよく使われる言葉のようです)
  例えば、
   日本では昔フグの肝が有毒なため禁止された
   その後、佐賀や長崎でフグ肝の無毒化の研究が進んだのだそうです。
   餌を無毒化することで、無毒フグ肝の開発に成功したのだとか
   (さすがにまだ規制は解除されていないみたいですが…)

   規制があるからこそ、何かをする意欲がわくのかもしれない。
   ゲームと同じで、ある程度の枠組みがあるから頑張れることがあるのかも、という話でした。
   又吉さんも「俳句なども、季語や文字数の縛りがあるから広がる世界があるのかも」とのこと。
   (作家らしいコメントですね…)

  先生が、2人に生活上で決めているルールはありますか?と質問していました。
  ・ジモンさんは、運動や筋トレを毎日しているとのこと。
   「健康を保って、美味しいものを食べられるようにするため」だそうです。
   実際若い時と同じことができているのだそう。
  ・又吉さんは「いろんな所に顔を出す、飲み会は最後まで付き合う」とのこと。
   効用としては、みんなに隙とか気楽な面を見せられていること、だそうです。
   (イマイチ分からなかったのですけど、
    おそらくそれでいろんな人とのつながりができている、ということかな?)

○カレーの仕上げ、その他もろもろ
 さて、カレーはガラムマサラを加えて完成。
 お皿によそって、仕上げに卵を添えていました。
 試食してましたけど、みんな美味しい美味しいと言って食べていました。
 「肉が美味い」という話も(確かに肉だけでも美味しそうだった)

 さて、他にも美味しさについての話がされていました…

 ・手間をかけたものは価値を高く感じる
  「作る行程を見ていたので美味しい、というのもあるかも」という話がありました。
  経済学的にも
   「自分が手間をかけたものは価値を高く感じる」という傾向があるらしい。
   例えば家具も、買うより自作の方が高い価値を付ける人が多いらしい

 ・お米へのこだわり
   今回はお米にもこだわりがあるそうです。
   これはカレー好きの人のために開発された、カレー専用のお米だそうです。
   インディカ米とジャポニカ米を交配し、
   表面はさらっとしたインディカ米の特徴でありながら、
   内側はもちもち感があるジャポニカ米の特徴も持っているのだそうだ。
   (ちなみに調べたら、他にもいろんな専用米が開発されているそうです。
    卵かけごはん用、寿司用、リゾット用、明太子ご飯用、お茶漬け用、チャーハン用…
    知らなかった~すごいですね。。
    http://washoku-lab.net/archives/6083

 ・味覚は鍛えられるのか?
  ジモンさんが
  「自分は小さいころから美味しいものを食べさせるのがいいと思っているけど、実際どうなんでしょう」
  と聞いていました。
  先生によると「アスピレーションレベル(願望基準)が経験により上がる」という説があるらしい
  つまり美味しいものを経験していたらレベルが上がる、ということなのかな?
  
  「味覚の鍛え方」については色々説があるようですね…
  私も気になったので調べましたけど、
  断食、よく噛む、薄味に慣れると味覚が鋭くなるという話もあります。

  ほか、脳をきたえて味覚を鋭くする方法もあるらしいです。
  http://r25.jp/life/00036832/
  これによると「味覚の敏感さ」は、味の感覚、知識、経験の掛け算なので、
  「この味は何の味か」などを想像し、知識を蓄えながら食べていくと
  記憶に刷り込まれて残るのだそうです。
  漫然とではなく、頭を使いながら食べるということですね。
  (そういえば私もブログを書き始めてから、
   食べ物を意識して食べるようになり、前より味覚が鋭くなった気がします)

  でも経験も掛け算に入るとすれば、
  やはり子供のころから美味しいものを食べるのは重要そうです。

 さてそれはさておき、又吉さんのカレーは好評ということで、
 副業としてカレー屋さんも経営する日も近い??との話で終わっていました(笑)

感想など。
・カレー作りが楽しそうなのが良かったです。
 楽しみながら勉強?するのが一番ですね~

・価格が味覚に影響する、とありますけど、
 私はなるべく値段を見ないでご飯を食べたいなあと思っています。
 自分の感覚を大事にしたい。
 安くても美味しいものは美味しいし、高くたってまずいものはまずい。
 むしろ野菜とかだと、地の物を旬で安く買った方が美味しいなあと思ったりする…
 (まあでも確かにお肉だと、ある程度の値段を出さないと美味しくないけど)

・マクドナルドが最近セットにサラダを選べるようになりましたけど、
 それもヘルシー路線の一環かなと思いました。
 (昔はポテトのセットよりプラス60円くらいかかっていた)
 ただ、標準がポテトで、サラダはお好みですけど。
 マクドナルド的には、ポテトもウリなので、ポテトを食べてくれた方がいいのかな?

・食以外でも、生活の中で、したいけどなかなかできないこと(やめたいけどなかなかやめられないこと)
 を実現するのにもナッジの手法は使えるのかなと思いました。
 それには将来自分がどうなりたいか、
 そのために今の習慣をどう変えたらいいか、を考えないといけないですね。

・味覚の話の中で「子供のころから美味しいものを食べる経験は味覚に影響するかも」
 という話があったけど、
 そういえばお義母さんは農家の生まれのせいか、お米の味には敏感です。
 うちの子供も、地物の野菜やお米で育っているせいか、
 外食でお米や野菜がイマイチだったりするとすぐ分かりますね。
 やはり味覚は小さいころから鍛えられるのかも。

とにかくカレーがおいしそうだった。
スパイスカレー食べに行こうかな~
来週も食に関する話だそうなので、楽しく拝見したいと思います。

というわけで今回はこの辺で。
  

posted by Amago at 06:02| Comment(0) | お金 | 更新情報をチェックする