2017年08月17日

「私が子供を持たない理由」下重暁子

「私が子供を持たない理由」下重暁子

 私は自分と価値観の違う方の話に興味があります。
 私は子供を持つが、
 持ちたくない人というのはどういう考え方なんだろう、
 と思ってこの本を借りてみました。

 ちなみに読んでから気づいたんですけど、
 この方は「家族という病」という本の筆者だったみたいです
 家族という絆に縛られる必要はない、みたいな趣旨の本で
 かなり話題になっていました
 (私は読んでないけど…)

 それはさておきこの本の話に戻ります。
 数年前に女優の山口智子さんが
 「子供を持たない選択をして良かった」
 みたいな話を雑誌のインタビューだったかでされていて、話題になっていましたが
 この本でも冒頭で山口さんの話が扱われていました。

 山口さんの場合は、山口さんも夫の唐沢さんも、
 過去に親御さんとの関係がよろしくなく、家庭にいいイメージが無かったのと
 お互い二人で向き合って生きていくことが幸せ、
 というのがあるみたいですが

 この本の筆者はまた別の理由があり
 人それぞれだなと思います。

 この本には
 筆者が子供を持たない個人的な理由はもちろん書かれていますが

 他にも
 ・子供を持つことが善とされる世の中の価値観への異論、
 ・子供が無くても幸せだという考え方
 ・子供や家族がいるからこその負の面、
 などが書かれています。

 まぁでも
 「子供がいなくてもいいじゃない!」
 みたいな感情的な意見ではなく
 ご本人は他人が子供を持つことに反対でもないそうです

 筆者が言いたかったのは
 子供がいようがいまいが、
 「自分の生き方は自分で責任を持って決めるべき」ということ、そして
 「選択した以上はそれを全うすべきではないか」
 ということみたいです。

 私が読んだ印象としては、
 賛同する所と反論したくなる所が両方ありました。

 エッセイ風でまとまった書き方、てわけでもないので
 私の印象に残ったところを挙げていこうと思います。

○子供がいない人が受ける世間の圧力
 最初に、子供を持たない人にあれこれ言う人に対し、筆者はモノ申しています。

 日本の場合、特に年配の方に多いのかなと思うのですが
 「子供がいたらいいですよ」と勧めてきたり
 勝手にできないと考えて「かわいそうに」という人、
 「いい年なのに子供は作らないの?」と聞いてくる人、
 あるいは「自分だけのために生きるなんて自分勝手」という人、
 など…

 たしかにそれは要らんお世話だなぁ、と私も思う。
 だいたい、子供いるいないって、
 望んでもできない人もいるし、
 かなりデリケートな話じゃないのかね?
 それを口にするのは、他人の家にズカズカ土足で乗り込むのと同じで、
 かなりデリカシーに欠ける行為だと思う。
 (ですので、私は子供がいない人に対しては、相手が聞いてくるまで話題にしない)

 ただ、筆者はちょっと過剰反応?という感じもする。
 例えばあるプロデューサーに
 「子供がいたらもっと素敵になれるのに」と言われた、
 テリー伊藤さんに
 「子供は作ってみたら良かったですね」
と言われた、
 てのを同列に書いて
 「みんな自分と同じ価値観の土俵に引きずりこみたがる」
 としていました。

 たしかにプロデューサーさんはいらん一言やなぁと思うが、
 テリーさんの言葉は単に子供を持つ人の感慨なのであって、
 そんなんにも感情的になられたら、
 こういう人には子供の話は避けた方がいいのか?とか思ってしまう。…まぁ、しない方がいいんでしょうね。

 それから筆者は、
 お節介をする人は
 「子供を持たない人が自由に生きていることの羨望と嫉妬」
 から話をしてくるのか、と書いていますが
 それも偏見なのでは?と思いました。

 まぁ百歩譲って、羨望を持つか人も中にはいるかもしれんけど、
 子供勧めてくる心理としては逆なんじゃないですかね。
 こんないい経験しないと勿体ないよ、
 みたいな余計なお世話的な感じでいうのではないかと思う。

 ただ筆者自身は、
 そういうお節介からは圧力を感じてないそうです。
 自分で決めたことなので後悔はしてない、と。

 しかしながら、日本では特に上の世代の人にそういうお節介が多い。
 そしてそこからの圧力を必要以上に感じてしまっている人も少なくない。

 「本当に圧力なのか?自分が感じているだけでは?」
 自分が選んだなら胸を張って生きればいい、と述べています。そこは頷ける。

○「生まれてきたこと」に納得できない
 次に筆者は自分自身が子供を持たなかった個人的な理由を書いています。

 何だかんだいってお母様の影響が強いのかな、という印象。

 筆者は少々複雑な環境の育ちで、
 父親は再婚、お兄さんが父親の連れ子。
 お兄さんの実母は家を出てしまったそうです
 おそらく父親の実家が厳しい家だったので耐えられなかったのだろう、とのこと。
 お兄さんは実母に会えないままだったとか。

 そして筆者のお母様は、
 連れ子であるお兄さんをもちろん大事に育てたそうですが
 (お兄さんは戸籍を取るまで継母とは知らなかったくらいらしい)
 「子育てを経験したい、女の子を産む」
 という強い気持ちを持って筆者を産んだのだそうです

 筆者は体が弱かったとかで
 幼少時は結核にかかり、同世代の子とはほとんど遊ばず
 太宰治などの本を読んでいたとか。
 そのため、生の辛さについて敏感な子になっていたのかもしれません。

 子供を持たなかった1つの理由として、
 「自分が生まれたことに納得できてない、
  自分が納得できない生を人に押し付けることはできない」
 と書いています。

 筆者は自分が生まれてきたことに感謝できないのだそうです。
 生まれてきたことを自分で選べなかった、
 「生まれさせられた」感が強いのだそう。

 そしてお母様に
 「なんで私を産んだの」と聞いたこともあったそうですが
 そのときは悲しそうな顔をしただけだったとか。
 「母が「私が欲しかったのよ」
  とさらっと答えてくれれば良かったのに、と思う。
  母が欲しいとはっきり言ってくれればそれはそれで正当な理由だった」と。

 そして、そんな納得してない生を子供に押し付けるのは無責任だ、と。

 …この辺は感性の問題なのかな。
 昔内海桂子さんだったか、
 「なんで生まれてきたのかって、そりゃお父さんとお母さんが仲良くしたからでしょう?
  生まれてきたことに理由なんかないわよ。
  生まれてきちゃったんだから生きるしかないじゃない。
  そんなこと考えてる暇あったら働きなさいよ」
 っておっしゃってましたけど
 (「最高齢プロフェッショナルの条件」という本だったかな)
 私はこっちの方が頷けますね。

 生まれるってのは、偶然の産物で、理由なんかないんだと思う。
 産みたくても産めない人もいる。
 だからこそ、そこを受け入れて、与えられた生を全うすべきではないかと私は思う。

 というか、筆者は本当の意味で母親に愛されていなかったのかしれません。
 というのはこのあと筆者は
 「母の愛が重かった」
 ということも書いています。

 お母様は、望むことはなんでもさせてくれたし
 できないこともさせようとしてくれたそうです。
 しかしそれが重すぎて、筆者は段々グレていったらしい。

 「母も自分の人生を生きればいいのに」
 と批判的に思っていたそうです。
 お母様はかなり頭が良く、
 バリバリ仕事をしてもいけそうな能力の方ではあったようです。
 しかし当時の価値観から抜け出せなかった、と。
 なぜ自分の人生を自分で決めないのか、と。

 …この辺は私は母親の立場として耳が痛いなーと思いました。

 まぁ私は自分の子供に人生を注ぐことはしませんが、
 (それこそ、そこまで子供の人生に責任持てない(笑)好きにやってくれと思う)
 現在、自分の人生を生きてないなぁという感覚はあるので。
 結局今私はこの家の「母親は家にいるべき」
 という価値観に縛られていますからね…

○毒親になりたくない
 また筆者は
 「母のような重い母親になるのが怖いから産まなかった」とも書いています。

 ここは私の分析ですが、
 要するにお母様は、
 自分が仕事などで才能を発揮できない分
 その力を娘に注いだのだろう。
 そしてある意味、自分の望むような人生を娘に歩ませようとした。

 そういう感じで育てられたら、自分とは何なんやと思うだろう。
 母のために生まれさせられたのか、自分として生きることを許されないのか、と。
 そのために自分の生が歓迎されていないように感じるのでは、と思う。

 …そういう筆者には同情はするんですが、
 「私はそういう母親にならないぞ」
 と言う選択にならなかった分、
 お母様の影響から抜け出せてないのかなと思います。

 私自身も自分の母親は自分の考えを押し付けてくる人なんですが(多分筆者の家ほどでは内だろうけど)、
 それに気づいたのは自分が家を出てからでした。

 そして子育てして、母親がなんで自分勝手だったのか、より分かるようになった。
 私も今、母親として自分勝手だなぁと思うときもある。
 だから母親は何でああだったんだろう、というのは今ならわかる。
 でも子供を育てる以上、
 子供を優先すべきときはする、という割りきりは必要だ、とも分かった。

 なので、自分の子供に対しては自分の母親ほどは自分勝手にしている気はないし、
 (まぁ、子供がどう見ているかは分からんが)

 今でも私の母は、自分の考えを押し付けてくるけど
 私は柳になんとやらで聞き流せるようになりました。

 自分の母親はこういう人だったんだ、
 じゃあ私は違う母親になろう、
 と思えればそれでいいんじゃないのかなと思うのですが。

 筆者もこの本のあとの方で
 毒親に育てられたけど筆者とは違い、子供を産み母親になっている、
 という方と対談した体験などを語っています。

 でもそういう人たちはカウンセリングなどと手助けを受けていたり
 まだ親への責任、罪悪感を感じていたりする、
 それだけ子育ての罪は重い、
 みたいなことを書いていました。

 でも私は、自分が辛かったぶん自分の子供にしないようにしよう、と思える強みもあると思う。
 また、子育てして母親側の気持ちがわかって、
 初めて全容がわかり、自分の苦しみから解放される一面もあるのでは、
 と私は思います。
 (だからって、みんな子育てすべきだとは言うつもりもないが…)

○世の中、社会への不安
 それから筆者は
 「これからの世の中が不安だから無責任に産みたくない」
 みたいなことも書いています

 村田沙耶香さんの小説「消滅世界」
 カズオ・イシグロさんの小説
「私を離さないで」
 などを引き合いに出し、
 命が人工的に作られる時代になるのでは、としています

 他にも、ブレグジット、トランプ政権とか予期せぬことが起きている、
 そういう時代に子供を産むのは無責任ではないか、と。
 ちなみに、大橋巨泉さんも同様の理由で再婚時にパイプカットされたとか。

 しかし、私はこれは何か議論が違う気がしました。
 不安な時代だから産まない、てのはあまりに消極的というか、逆に無責任なんじゃないかな?
 子供たちのために、将来を安心な時代にしていこう、
 という話に持っていくのが筋ではないかと思います。

 他にも
 「日本の女性は家事、仕事、介護、育児を担わねばならないから大変」
 と書いてるけど、
 それも社会が問題なのであって、社会を変えるべきだろうと思いました。

 他にも
 ある雑誌の編集長が奥さんを殺した事件の話が出されていました。
 その夫婦は4人の子供がいて、
 旦那さんは2ヶ月くらい育休を取ってサポートしたが
 奥さんにとってはそれでは足りず、不満をぶつける。
 一方旦那さんも編集長という激務で寝ることもままならず、
 二人は限界だった…と。

 でもこれ、子供がいるから問題なのではなく
 旦那さんは働き方の問題があるし
 (筆者はマスコミ関係だからか、激務は当たり前みたいな書きぶりだが、
 その考え方に首をかしげる)
 奥さんだって、夫婦だけで抱え込まず、
 地域や親、友だちなどのネットワークの助けがあればなんとかなったんじゃないですかね。

 なんでも子供がいるせいにされるのはなんか納得いきませんでした。

○子供を持つ人たち、子持ちを美徳とする人たちへの苦言
 それから、筆者は子供を持つ人たちの負の面というか
 「子供がいる人たちはエゴの塊」と書いています。
 出掛ける時も自分の子供や家族しか見てない、
 電車で席が空いてたら目の前に年寄りがいても家族を呼ぶ、と。

 まぁ、これは耳の痛い話かなぁとは思う。
 たしかに出掛けてるとき、子供の世話に一生懸命になるあまり、
 周りに迷惑かけてることもあるんだろうなぁ。気を付けようと思いました。

 しかしながらこれって子連れどうこうというより、
 人間性の問題かなぁと思います。
 だってオバサンのグループでも
 アツアツのカップルでも
 自分達のことしか考えてない集団っていますしね。
 逆に、気を使いすぎじゃない?ていうくらい丁寧な親子もいますからね。

 …まぁ、人は置いといて自分は公共の場所では気を付けようと思いました。

 他にも、世の中については
 「子供を持てば無条件で善とされる、
  そこには子供を持ったことの後悔はない」
 「子供を持つだけで一人前とされる」
 と書いてます。
 でもこれは「??」と思いました。

 子育て相談かなんかに
 「母親なら一度くらいは
  「なんで子供なんか生んじゃったんだろう」
  と思うことはある、それは当たり前」
 と書いてありましたが
 そりゃ生んで後悔することなんか何回もありますし、それを言う人も多いです。
 だってネットを見れば、子育ての悩み相談なんか山ほどある。
 子供育てる、なんてのはそんな綺麗事じゃありません。
 それでも産んだ責任上、がんばって全うするのが子育てなんですよ。

 それに子供がいるから一人前、とは私は全然思わない…
 子供って正直だから、いうことがシビア。
 逆に自分が至らん存在だなぁと思わされる。

 それに子供何人いたって、子育てから何も学ばない人もいる。
 親になっても子供っぽい人って世の中にいくらでもいますよ。(私の母もそう)

 それから筆者は
 「子供を生まなければ人生わからないわよ」
 と発言する人に対して
 「子供がいない人には子供が分からないてことはない、
  自分の子供時代を思い出せばわかる」
 と反論しています。

 しかしこれも、私は違うと思った。
 子育てしたら子供の気持ちがわかる、ていうより
 親の気持ちが分かるんですよ。
 これは自分の子供時代を考えたって分からないと思う。

 親の気持ちなんか分かりたくない、というかもしれませんが
 なんであんな扱いをされたんだろう、
 てのは理解できるようになると思う。

 そして、それは
 自分は愛されてなかった、なんで生まれてきたんだ、
 て気持ちを変えるチャンスでもあると思うのです。

 親はなんであんなことをしたのか、
 親が自分への愛が無かったわけではなく
 親なりに理由があったんだと。

 まぁ、中には間違った愛情の注ぎかたをする人もいますが
 それは親が学べなかったからだろうと思う。
 ある意味そんな親もかわいそうな人なんでしょう。

 しかしそれでも、子供(自分)の生を否定することにはならない。
 生まれてきた以上、それなりに懸命に生きていれば、見てくれる人は見てくれる。
 自分は生まれてきて良かったんだ、と思い直すことも可能ではないかと思う。

○子育て、夫婦問題
 筆者はまた、
 「子供がいないからこそ、夫婦に向き合える。
  子供がいたら、夫のこんな面に気づかなかっただろう」
 「子供がいるから離婚しない、という夫婦があるが、それは子供にたいして失礼」

 など、子供により夫婦間の話し合いがおろそかになることを指摘していますが
 これも人によるんかなぁと思います。
 子供がいるからこそ話し合えることもあるし、相手の見えてくる面もあるし…

 ただ、子供がいても夫婦仲良しでいようよ、ていう意見は頷けました。
 日本だと、子供できたら夫婦生活も無くなる、
 話題は子供のことだけ、
 てなりがちなので、夫婦だけの会話、ラブラブな時間も大事にしたいな~とは思った。

○なぜ自分で決めないのか
 それから筆者は、子育てについて自分で決めない人が多いと批判しています。
 「ママ友とつながってマニュアル育児をする人が多い」
 しかし、うーん、これはあまりにもステレオタイプ化しすぎなんじゃないかと思いました。

 私はママ友いないし、
 人の話は参考にはするが、人と同じ育児は目指してないし。
 ママ友いらない、て人もけっこういるし
 これも人によるんでは、と思う。

 また、
 「なぜ子供を産んだのか、と聞くと
  あまり考えたことがないという人が多いのには驚いた」
 「産む判断を人任せにする人が多すぎる」
 と書いています。
 これについても、うーん、そんな真剣に考えねばならんのか?と逆に思いました。

 なんかこれって、菜食主義者の議論と似ている気がする。
 菜食主義者も、何で肉を食べることにみんな無頓着なんだ、と憤る。

 しかしおそらく、深く考えずに子供を作る人が多いのは、
 それが世間の大多数だからでしょう。
 なんとなくそういうもんだと思っている、というか。
 問題提起されない限り気付かない類いのものだろうと思う。

 筆者には怒られそうですが、
私もあんまり考えずに産んだ方だと思います。
 むしろだんなの方が考えてたかも。

 だんなは結婚するときに
 「自分は子供が欲しい、産んでくれるか」
 と聞いてきました。
 私は正直子供は苦手だし、いなくてもいいかなと思っていたので
 「子供は苦手だから協力してほしい」
 とは言いました。

 でも積極的にいらないわけでもなかったし
 そもそも授かるかどうかも分からない。
 もし授かるならそれも運命、
 受け入れようと考えたのです。
 まぁ強いて理由を言えば、
 運命の流れに身を任せたわけです
 (その方が人生はうまくいくと私は感じるので)

 結果は、もちろん辛いことは多かったです。
 子供いたらどうしても子供優先になり、自由は減る。

 ただ、産んでよかったとは思う。
 色々経験、勉強させてもらえました。

 なんだろな、子供って無理がきかないのよね。
 だからワガママだと昔は思ってたけど、
 彼らは自分の気持ちを上手いこと表現できないからイライラしている。
 実は彼らが一番困ってるんだと今では分かります。

 だから、世の中で大人でも理不尽な言動をとる人もいるが
 昔の私ならそういう人には即行キレてましたが(笑)
 彼らが何か必死な理由があるのかも、
 と思えるようになってきました。

 また、子供ってキチキチ決めてもしょうがない所があって、
 予定変更になってもその方が面白いことになることも少なくない。
 流れに任せるのも悪くない、てことを学ばせてもらえます。

 まぁでも産む前には、
 こんな経験できるとは思ってもみませんでした。
 だから、子供を産むか否かを考えるべき、ったって、
 産まないと分からんことが多いし、
 そんなにみんなきっちり人生設計できるわけじゃないから
 そこまで四角四面に考えなくても、と思う。
 産んでから子育てに向き合うのはありではないかと。

 しかし産むからには責任を持つべきだ、とは思います。
 筆者は育児放棄して子供を餓死させた母親について
 「それなら産むべきでない」
 というようなことを書いてますが
 私もそれは思う。
 いくら自分がしんどくたって
誰かに助けを求めるなりなんなり、何か出来ることはあるはず。
 授かった以上は、無力な命を守るのは最低の義務だと思います。

 今でも正直、私の子育ての半分は義務感からです(子供には申し訳ないけど)

 先輩が
 「私も子供嫌いだったけど産んだらかわいいわよ~」
 て言ってたけど、
 私は子供産むか迷っている人に、そこまで無条件にかわいいよ~とは言えない。
 ただ、子供はかわいいというか面白い、刺激を受ける存在だなぁと思います。
 二人目産んで余裕できてから、たまにかわいいと思えるようになったけど…。

○人それぞれ、自分の人生を全うするしかない
 …とまあ、色々反論したいところはあるものの
 基本的にこの本にある筆者の考え方には共感できる。

 「幸せが人との比較になっている、
  まず自分のことを考えて、置かれた場所で咲けばいい」

 ちなみに筆者はこの文章のあと、主婦業にも言及されていまして
 「主婦業は仕事としてはっきりさせるべき」
 というのが持論なのだそうです。

 筆者自身は多忙なため、お手伝いさんに頼んでいるそうですが、
 主婦業ってのは手抜きしようと思えばできるし、
 一方で自分で工夫をし、いざというときに仕事にそのテクを活用する人もいる、
 主婦業でもそういう「置かれた場所で咲く」生き方をする人は素晴らしい、
 というようなことを書いています。

 主婦の私としては励まされる言葉でした。

 それからもう1つ
 「家族という幻想」
 の話もしています。
 家族だからわかりあえる、というのは誤解だ。
 それが憎しみを産み、争いのもとになる、と。

 私もそれは思います。
 昔義父さんとの関係に悩んだとき
 だんなに「家の中でうまくやれないなら仕事に行っても人間関係はうまくやれない」
 と言い放たれたことがあるが
 何を言うか、家族の方が甘えが多い分めんどくさい、
 義父さんが会社の上司ならもっと気楽なのに、と思った記憶があります。
 実際、義父さんは外での評判は良い方です。

 (まぁそこから逆転の発想で、
 義父さんは我が家会社の困った上司だ、と思うことにして
 そこから楽になりましたが…)

 家族だからこそ、色々期待してしまう、甘えてしまう。
 家族だからこそ、
 何でこれしてくれないの、
 何でわかってくれないの、
 てなるんじゃないですかね。

 だから家族の問題も
 しょせん家族も他人、と割りきって、
 下手に期待しなければ楽になるんじゃないかと私は思います。
 (ていう話を誰かにしたら「それも寂しいな」と言われましたが…(笑))

 最後に私がいいなと思った言葉。
 「人それぞれ、選んだ人生を全うするしかない。
  羨む必要も恨む必要もない、
  自分の人生を受け止めればいい」

 筆者は、子供を産むことに反対なのではない、
 と書いています。
 自分の人生に責任を持って生きること、それが大事なのではと。

 私は子供を持って良かった、という人生を選び
 筆者は子供を持たなくて良かった、という人生を選んだ。
 別の道だけど、本人が納得できる生き方を選ぶのならば
 他人はとやかく言えないなと思いました。

 ちなみに筆者は子供を産まなかった他の方々の意見も聞いていて
 何人か最後に書いています。

 「一人で好きな人生を生きたかった」
 「キャリアが中断するのは嫌だった」
 「不妊治療していたが諦めた」
 「心臓に病気があり、無理しなくてもと思った」
 「家庭にいいイメージがない」
 「子供が苦手」
 「世間の子供を作るべき、という価値観に反発した」
 「避妊はしていないから授かっても良いけど、いなくても自由で良いかも」
 …など理由は様々。

 メリットとしてはやはり
 「時間もお金も自由に使える」
 「パートナーに向き合える」
 などを挙げる人が多い。

 デメリットは今のところ感じていない人が多くて
 「老後寂しいのかな」
 「人事の仕事で、子持ちの人に寄り添えているか不安」
 「子供と一緒に成長する体験ができていない」
 などがありました。

 パートナーと納得して選んでいるのならいいのではないかとか、
 養子という道もある、
 という前向きな人もいれば

 子供がいる人に羨望を覚えることもある、
 という人もいて、これも人それぞれという感じでした。


 昔ある経済学者が、
 子供が出来た幸せを、お金に換算すると年間31万円(安っ!)
 と計算していましたけど
 養育費の負担とか奪われた自由とか考えるとそんなもんなのかなー、とも思います。

 まぁでも、子育てってそんなんで割りきれないよのね。
 失うもの、得るもの両方あって、
 どっちが幸福かなんて比べられない。

 ただ、選択はなるべく自由にできる方がいいんじゃないかと思います。

 筆者のように確固たる意思がある人は別として
 経済的な問題で産みたいけど産めないとか
 親との関係、心理的な問題で産むのが怖いとか
 そういう人に対しては、
 サポートできる仕組みは必要かなと思う。

 また、子供を持たない人は「自由が無くなる」「キャリアの中断が嫌だった」
 ていう人が多かったけど
 子供を持っても、親の仕事とか自由が確保できるようになればな、と思う。
 (特に日本では、女性の自由はかなり縛られると思う)

 それから昔テレビで
 どこかの部族ではみんなで子育てする(よその子にもおっぱいをあげる、大きい子供は小さい子の面倒を見るなど)
 てのをやっていましたが
 子育てから学べることって多いし、子供って面白いので
 子供が要らないと言う人でも
 シングルでもシェアハウスでよその子の面倒見るとか、
 みんなで子育てに参加できるような仕組みがあればいいのかな~、などと思いました。

自分の子育てについて、改めて考えさせられました。

というわけで今回はこの辺で。


posted by Amago at 08:54| Comment(0) | 本(子育て) | 更新情報をチェックする

2017年03月23日

「マンガ&エッセイ いまこそ共感力! ―子どものトラブルに悩んだら」 大和久 勝 (著), 山岡 小麦 (イラスト)

「マンガ&エッセイ いまこそ共感力! ―子どものトラブルに悩んだら」
大和久 勝 (著), 山岡 小麦 (イラスト)

図書館で新刊に入っていたので借りた本。

軽い気持ちで読んだのですが
小学生(思春期前)の親御さんは読んで損はない本だと思いました。

友達とのトラブルがあったとき、
学校に行きたくないと言ったときとき、
「だってやりたくないもん」
と投げやりなとき…

どう子供に寄り添っていくか
ということを漫画で書いています。

大和久さんは学校の先生だそうで
彼の教室で起きた実話を元に書いているそうです。
彼自身、内気な少年だったけど、
先生に絵を誉められたことをきっかけに段々積極的になっていったとのこと。

自分が内気だったせいか、
教師になってからも
クラスの中で居場所を見つけられない子、
何か持っているのにうまく出せていない子、
などに敏感なのだそうです。

ポイントは、
それぞれの子の言い分をよく聞いてあげること、
それぞれの子が輝ける場所をうまく見つけてあげること、
トラブルがあれば、原因を本人たちが見つけられるように持っていくこと
などがあるようです。

「子どものトラブルは成長のチャンス」
「困った子は困っている子」
という言葉も心に染みる。

読みやすいのにグサッと心に来る。
あと、マンガの絵のタッチもいい感じでユルくて(笑)心が暖まります。
解説文もあるのでより理解が深まります。

一時期ヒットした
「子育てハッピーアドバイス」
もマンガだったような気がしますが
個人的にはあれくらい読まれても良さそうに思います。

難を言えば、題名が分かりにくい…

子どもの心を手のひらでそっと包み込むような
芽吹いている苗を大事に見守りながら育てるような
そんな柔らかい雰囲気が伝わる感じの題名が良かったな~

子育てに疲れた人は、ぜひ手に取ってみてください。
気楽に読めます。。



posted by Amago at 11:52| Comment(0) | 本(子育て) | 更新情報をチェックする

「子どもの共感力を育てる」 ブルース・D. ペリー (著), マイア サラヴィッツ (著), 戸根 由紀恵 (翻訳)

「子どもの共感力を育てる」 ブルース・D. ペリー (著), マイア サラヴィッツ (著), 戸根 由紀恵 (翻訳)

共感力、というのが気になって読んでみた本です。
ちょっと前に読んだんだけど、感想がなかなか書けませんでした…

アメリカのサイエンスライターの方と、
精神科医の方が共同で書かれた本だそうで、
1章ごとに共感にまつわる問題を抱えた一人の子供の実話と、
それにまつわる研究や理論が書かれているスタイルです。

読んでみた感想なんですけど、
出てくる子供の例がみんな強烈すぎて、
肝心の理論的な部分はスルーしてしまいそうなくらいでした…

あと、サイエンスライターの方がほぼ書いているので、
理論や研究の説明はなんかこなれていないなあ…という印象。

しかしながら、
子供の発育過程で、
触れ合いやコミュニケーションの繰り返しが重要なんだな
ということは実感させられる本でした。

というわけで内容から。

○ルーツオブエンパシー
 これはメアリー・ゴードンさんという女性が始めたプログラムだそうです。
 彼女は他人を助けることを当たり前とする家庭に育ったようで、
 両親も、貧しい人など援助するのを喜んでしていたそうです。
 彼女も自然と若いお母さんなどを援助するようになり、
 このプログラムを思いついたのだそう。

 実際には、学校に赤ちゃんとお母さんを連れてきて、
 学生にお母さんと赤ちゃんのやり取りを見せたり、
 実際に赤ちゃんとふれあいをさせたりする。
 
 赤ちゃんが、他人にどう働きかけていくか、を見るだけでなく、
 お母さんが、赤ちゃんとどう絆を深めていくか、
 も実感できるのだそうだ。

 このプログラムで
 いじめや暴力、対立などが減った、
 という結果があるそうです。

 ・赤ちゃん、養育者の共感の発達
  脳科学的には
  共感システムは、ストレス反応システムと共に発達してきたそうです。

  赤ちゃんは、生まれたときは無力で、
  ストレス状態になったら泣いて助けを求めるしかない

  なので、ストレス状態→泣いて助けを求める→安心させてもらう
  これを繰り返して、
  養育者と赤ちゃんとの絆ができる

  これを通じて
  赤ちゃんは助けを求める、気を引くために笑いかけるなど、
  社会的な能力を身に付けていく
  養育者も、笑ってもらえたら嬉しいと感じるうちに、
  赤ちゃんへの愛情や、助けたい、という社会的な能力が備わっていく

 ・ストレスが強すぎると社会的能力が低下する
  ストレス反応システムは、脳幹など感情や本能を司る部位が働き
  社会的な能力は、大脳皮質など理性を司る部位が働く
 
  なので、ストレスが強すぎる環境だと
  ストレス反応システムが優先され、
  理性の働きは止まってしまう
  これは子供だけではなく、母親も同じ。

  なので過度のストレスのない状態が
  子育てには非常に重要らしい

 ・ミラーニューロンによる利他行動
  また、赤ちゃんは、成長すると
  自分を助けてくれた親をまねて、自分も他人を助けるようになるそうです。

  これはミラーニューロンと呼ばれる行動による。
  なので、小さいころにたくさん助けてもらえた子供は、
  他人にも愛情を与えられるようになるそうです。

 「ルーツオブエンパシー」では、泣いている赤ちゃんをあやし、笑ってもらうことで
 学生たちの社会的能力、利他心を育てる力があるようです。

○顔の話
 この章では、共感に関係するホルモンの話と
 コミュニケーションでの顔の役割についてでした。

・顔にアザのある子
 この章では、生まれつき顔にアザがある子の話が例に出ていました。
 経済的な事情でアザ除去手術ができなかったが、
 その子はやがて幼稚園などで暴れまわるなど、
 トラブルを起こすようになる
 母親は「あざのせいでいじめられている」と思い込んでいたようです。
 
 しかし、原因はアザだけではなかったらしい
 母親は、アザのせいでいじめられないようにと、
 何か他の子とトラブルがあると、飛んでいって干渉したのだそうです。
 結果的に、その子が自分で解決する機会を奪ってしまった

 ・お母さんと赤ちゃんの絆に関係するホルモン
  赤ちゃんは、ストレス→泣いて助けを求める→助けてもらって安心、
  を繰り返すとき、脳内ではホルモンがいろいろ働いている
 
  安心状態では、ドーパミンなどの快楽ホルモンや、
  内因性オピオイドなどが脳内に分泌され報酬系が働く

  このほか、オキシトシンという絆ホルモンも放出されている
  これは特定の誰かの体臭と、快楽ホルモンを結びつけるホルモンだそう
  子供の場合、お母さんなど身近な人と、「安心感」を結びつけるホルモン。

  (ちなみに、夫婦関係でもこのホルモンが出るらしい
   一夫一妻制のプレーリーハタネズミはオキシトシン受容体が多く
   一夫多妻制のネズミはオキシトシン受容体がまばら、という結果がある)

  オキシトシンは
  ストレス→助けを求める→決まった人(お母さんなど)が助けてくれる
  という経験が繰り返しされて分泌されていく

  赤ちゃんにとっては、絆が強いお母さんが見えないのはストレスなのだが、
  だんだん自分の世界ができてくるにつれ、
  いない状態も慣れてくる
  
  しかしアザの子のケースでは、
  いつもお母さんがいたので、
  いない状態になれていなくて、それでお母さんがいない幼稚園で暴れていたらしい
  つまりストレスがなさすぎても、このシステムは発達しないらしい
  
 ・顔の重要性
  ここではもう一つ、顔にアザがある影響も書いていました。

  顔の認識は脳でされているが、
  相手の顔に傷やアザがあると、
  自分の痛みとして感じてしまい、怖いとか嫌だとか感じてしまうのだそうだ。
  共感力が強い優しい子ほどその傾向が強いらしい
 
  なので、このケースでも母親を説得し
  なんとか工面してもらって顔のアザを取っていったそうです。

ほかに、育てられ方により、脳内の遺伝子発現も影響する、という話もありました。
○冷酷なエリートの子
 ・エリートの息子が起こした事件
  この章では、地元の名士の息子が例として出されていました。
  彼は高校のとき知的障害の子を暴行、
  「俺たちみたいな階級の人に相手してもらえたんだから、ありがたく思え」
  みたいなことを言ったらしい

  実は彼は、母親と絆を結ぶ経験がなかったらしい
  母親は裕福な生まれだが、子育ての仕方が分からず、ベビーシッター任せ
  しかし、息子がベビーシッターになつくと嫉妬して首にし、
  18人も交代させられたらしい
  「18人の母親に捨てられたのと同じだ。
   これでは、この子は「誰かを愛してもいずれ捨てられる」と学んでしまう」と書かれていました。

 ・育てられ方が遺伝子発現に影響を与える
  ここで、育てられ方が遺伝子発現を変える研究が紹介されていました

  ネズミの子育てで
  ・子育てが丁寧な親
  ・あんまり子供をかまわない親
  に育てられた子ネズミを比べた

  丁寧に育てられた子ネズミは、
  未知の場所におびえる、などの反応が少なく
  脳内のGABA-A受容体の発現が多かった
  (この受容体は、前頭葉で働き、ストレス反応システムにブレーキをかける機能を持つらしい)

  GABA-Aの発現量が遺伝することも考えられたので、
  親子を入れ替えてみたが、それでも同じ結果だったらしい

  つまり元々生まれつきの遺伝子が影響しているのではなく
  育てられ方により、タンパク質の発現のスイッチオンオフが影響するらしい

 ・幼児期に絆を結ぶ経験が少ない
  幼いときに親などと絆を結べなかった人は
  脳内で快楽系、報酬系の働きが弱い傾向にあるそうです。

  このため、より強い快楽を外に求めようとする
  例えば、わざと人目を引こうとする子、
  薬物、お酒、タバコなどに溺れる
  犯罪、他人をいじめるなどで快楽を覚える子もいる

 ・特権意識がいじめを助長する
  冒頭の例では、エリート意識がいじめを助長していたこともあるそうです。
  親が世間に知られないようにもみ消し、
  本人も先生にはいい顔をしてごまかす
  友人も、金持ちの息子だから、とあまり強く言えない

  名士の息子なので知性は高いが、その知性は他人を利用することに使われてしまった、
  というようなことが書いてありました。

○ネグレクトの影響
 ここでは孤児院の子を例に、ネグレクトが与える影響について書いていました。
 ・ロシアからアメリカに引き取られた子
  この章では、孤児院で育った子のケースが紹介されていました。

  この少女はロシアで、生後2ヶ月くらいで孤児院に出された
  アメリカの夫婦に引き取られ、
  後にルーマニアから引き取られた子も弟として家族に加わったそうです。

 ・孤児院で育った子は発育が悪い
  彼女は、引き取られた時は体格も小さく言葉も遅かった

  孤児院は、清潔で、オモチャもたくさん、食べ物も与えられ
  施設としては最高だったのです。
  しかし、子供はまとめて面倒を見られ、職員との触れ合いも少なかった。

  小さい頃に人とのふれ合いが少ない状態だと子供の発育が悪くなる、
  という研究が紹介されていました
  研究では、
  ・孤児院
  ・監獄(母親が監獄で産んで世話している子)
  の二か所での子供の発育を比べると、
  孤児院の方が明らかに悪く、死亡率も高かったらしい(1/3は死亡)
  オキシトシンや快楽系ホルモンの分泌も少ないらしい

 ・少女の回復
  ロシアの少女は、愛情深い里親に育てられたこと、
  弟の世話もしたこと、などで
  動物の世話をするなど、心優しい少女に育ったようです。
  しかし影響は残っているとのこと
  例えば
  ・聴覚障害
    聞き取りが悪く、
    調べたら、聞いたことを処理する脳の部分に障害があるらしい
    発達段階で、必要な刺激が与えられなかったのが原因らしい
 
  ・感情の爆発、虚脱を繰り返す
    これはストレスに対する防衛反応だそうです。
    報酬系などの分泌が悪いので、ストレスが抑えきれず、
    爆発するか、あるいは情報をシャットアウトするかの反応になるのだそう

  ・他人を愛することが実感できない
   強い絆、喜びを経験したことがないので、
   大脳で想像するしかないのだそうだ

  ・触れられるのが怖い
   スキンシップは、未知の怖い経験と感じてしまうのたそうだ

  彼女は脳の勉強をすることで
  自分に何が起きているのかを知りたいのだそうです。

ほかの章にも、親に捨てられながら立ち直った女性の話がありました。
○麻薬中毒の親に生まれながら立ち直った女性
 この章で出てきた女性は、
 両親が麻薬中毒の親でしたが、
 のちに同じ境遇の子供を助ける仕事に就くほど、共感能力が優れた大人になりました。
 詳細は長いので省きますが、
 カギとなったのは以下のものがあります。
 ●父親の愛情を感じていたこと
  父親はたまにだが、愛情を込めて名前を呼んでくれた
  「自分は望まれて生まれた」と思えたのだそう。

 ●家族以外に助けてくれる人がいたこと
  ・隣人は、事情を察してきょうだい
  (連れ子もいるので合わせて20人くらい)にご飯をたっぷり与えてくれたそうです。
  ・学校の先生が、彼女に級友のカウンセラーの役割を与えてくれた
  ・途中から養母に恵まれ、シングルマザーになると子供の面倒も見てくれた
  ・妹の紹介で、彼女を大切にしてくれるパートナーに出会えた

 ●自分の役割を見つけられたこと
  ・長女としてほかの兄弟の面倒をみた
  ・学校でピアカウンセラーとして、他の子の問題解決を手伝った
  ・同じ境遇の子を助ける仕事に就いた

 ・ネグレクトなどが与える健康の影響
  しかし彼女は、唯一「肥満」という問題を抱えていたそうです
  
  研究によると、虐待などの経験がある人は
  ・生活習慣病にかかりやすい、
  ・アルコールや薬物依存症、摂食障害になりやすい  …などの傾向があるらしい
  理由は
  ストレス反応が過剰に働くので、高血圧などの悪影響が起きる
  快楽系、報酬系の働きが弱いので、アルコールや食べ物などで快楽を満たそうとする

  この章の彼女の場合は、食べることでストレスを解消していたのもあるが、
  「太っていれば男に襲われることはない」という切実な理由もあったらしい

○発達障害の子たちの世界観
 この章では、発達障害の子たちを助けるツールを開発している研究所の話でした。

 ・発達障害の判断基準
  研究者の一人は、子供と共に自分も発達障害と診断されたそうです。
  現在、発達障害の基準としては
  「対人関係能力に問題がある(アイコンタクト、友だち作りなど)」
  「言葉の発達の遅れ」
  「強いこだわり、反復行動」
  その他「感覚過敏」もある(においとか音に敏感)

  しかし、発達障害には知性の高い人は多く
  サヴァン症候群のような芸術的才能を持つ人もいるし
  アインシュタインのような天才も発達障害だったとか。

  発達障害の人が問題になるのは社会的な能力。
  ・他人の視点でものを見る(視点取得)
  ・相手に共感する
  
  このうち、発達障害の子は「視点取得」に問題があるらしい
  相手の気持ちに構わず好きな話をし続けたり
  失礼なことを、相手の気分を考えずに言ってしまう
  空気が読めないのは、ここの能力が足りないため

 ・発達障害の子に対する新しい見方
  従来では、コミュニケーションや言語能力の欠陥は
  それらをつかさどるところの脳の障害のため、と考えられてきた

  しかし、彼らの脳を調べると、
  感覚を感じる能力、情報処理能力はむしろ高い  
  幼少期に感覚が強すぎるのが、むしろ問題になっているのでは、とのこと

  幼少期は、刺激が強くても「強すぎるから弱めてくれ」と表現できない
  このため、刺激からの逃避として、反復行動、こだわり行動をするようになる
  このこだわり行動のせいで
  他の子とのコミュニケーションをし、
  対人スキルや言語能力を発達させる機会を失ってしまう

  最初に挙げた発達障害の判断基準のうち2つ(コミュニケーション、言葉の遅れ)は
  脳の欠陥ではなく、鍛える機会の不足が原因、とのことです。
  このため最近では
  ・こだわり、反復行動があっても(というかむしろ逆手にとり)
   言葉やコミュニケーションの働きかけをする
  ・視点取得の練習をする(それ用のソフトも開発されているらしい)
  という対策で、社会能力はだいぶ良くなることが分かっているそうです。

○利他主義と利己主義
 ここでは視点を変えて、
 共感の発達は家庭内だけでなく、
 地域、国など育った集団からも影響を受けるという話でした。
 ・嘘を平気でつく子 
  この章では、お人よしの人を騙す詐欺集団で育ったため
  嘘を平気でつく兄弟が例に出ていました。

  事件の目撃者として、聞き取りが必要になり
  共著者である精神科医が、警察に頼まれて行ったが
  嘘ばっかり言うので何も聞けなかったらしい

 ・嘘をつく能力と社会性
  子供が嘘をつけるようになるのは、社会的能力を取得した証、なのだそうです。
  他人と自分は別の存在で、
  自分と他人の見えるものは違う、ということを理解してないと嘘はつけない
  「視点取得」ができている証なのだそう

  しかし、「共感能力」がないと、
  その視点取得能力は、他人をだましたり利用したりすることに使われてしまう

 ・自然淘汰からみた共感の発達
  共感、思いやり行動は親子のやり取りで育まれるが
  育った地域など、社会集団からの影響も大きいらしい

  そもそもなぜ共感能力は、人間社会では有利な能力として生き残ったのか?
  進化論的に考えると、
  「集団のなかでは利己主義の方が得」だが、
  「集団同士で争うときは、集団内では利他主義を取り、団結する方が得」
  つまり戦争、集団の争いが、利他主義を発達させたかもしれないらしい

  利己主義、利他主義どちらが有利か調べた研究が紹介されていました
  ・囚人のジレンマの実験
   2人の囚人がいて、
    ・2人とも密告しなければ6か月の刑で済む
    ・1人だけ密告すれば自分は助かり、相手は10年の刑
    ・2人とも密告したら5年の刑
   のとき、もちろん一番いいのは2人とも密告しないことだが
   「密告する人」「密告しない人」「相手が密告したら自分もする人」
   を混ぜると、一番生き残れるのは最後の臨機応変型らしい

  ・公共財ゲーム
   寄付して公共財を作るゲーム
   みんな寄付すればみんな得だが、中にはただのりの人もいる
   そのままだと疑心暗鬼になり寄付は増えないが、
   「寄付すれば報酬がある」にすると、寄付が増えるらしい 

  ここから、全員利他主義が理想だが、
  実際は利己主義の人もいるので、疑心暗鬼になってしまう
  誰が利己主義な人か分かるか、
  利他主義の人が報われるシステムであれば機能する、ということになる

  冒頭の例の場合、
  嘘つき兄弟は、詐欺を繰り返す(利己主義)集団で育ったので
  人間とはそんなものだ、と思うようになってしまった
  「共感能力」が欠落しているために、
  他人をだましたら悲しむだろう、という気持ちが起きにくい

  こういう人たちはストレス反応システムが弱いのだそう。
  他人に何かをされても、もともと信用していないので平気になってしまう
  罰を与えられてもあまり辛さを感じないので、
  更生するのは難しいらしいです

○集団の力
 人は、共感能力ゆえ、集団に同調してしまう傾向がある、という話でした。
 ・仲間はずれが怖くて暴行事件を起こした少女
  この章で出てきた少女は、親が転勤族で、そのたびに周りに合わせていたそうです。
  しかし不良集団と付き合ったため、
  暴行事件を起こして捕まってしまった

 ・人が集団になりたがる心理
  先の章で、利他主義は戦争が起きて発達した、という説があったが
  「利他主義は子育てのため発達した」説もあるらしい

  チンパンジーなど他の種では、
  自分以外の子供は食われたり殺されることが多い
 
  しかし人間ではそれがなく、
  むしろ近親者などに協同養育してもらう方がプラス
  協同保育される子は
   感情面、学業、知能などの発達がよい
   母親のストレスも軽減される
  (そういえば昔NHKスペシャルで、
   産後うつは、あるホルモン分泌が原因だが
   母親が他人に育児の助けを求めるために、
   体がそのように進化した、というようなことを言っていました)
    
  母親以外の他人に面倒を見てもらうため
  赤ちゃんは可愛らしさ、助けを求める能力を取得した
  「人は協同保育をするため、
   社会的能力が有利になるように、遺伝子を進化させた」
  とも言えるらしい

  10代の女の子が群れたがるのは
  子育て期に保育を手伝ってもらうためではないか?とのこと

 ・集団の圧力
  ほか、人は集団からの圧力を受けやすい傾向にあるらしい(追従行動)

   これについてはいくつか研究が紹介されていました
    ・7、8人のサクラに被験者を一人だけ混ぜ
     サクラみんなが間違えると、被験者もそれに従ってしまう
    ・ミルグラムの服従実験
     教師役(被験者)、生徒役(サクラ)とわけ、
     生徒が問題を間違えたら、教師は電気ショックを与えなくてはいけない
     命令されてしまうと、致死程度と言われていても、
     ほとんどの人は高い電気ショックを与えてしまう
     
 ・集団内の共感
  集団内の共感は、自分と同質な人に生まれやすい
  これは脳の「前帯状回」というところが関与しているらしい
   (中国人とアメリカ人を針で刺す画像を見せる実験では、
    中国人の被験者は、中国人が刺されている方が前帯状回が活発になる
    アメリカ人も同じ結果)
  逆に言えば、同質と思わない人に対しては、人は残虐になってしまう
  兵士の訓練ではこれを逆手に取り、
  遠くから撃ったり、「敵を人間と思うな」というらしい

  いじめ、差別などは、いじめる相手を自分と同じ人間だと思わないから起きる。
  なので、相手も自分と同じ人間なんだよ、と思わせることが
  差別やいじめをなくすことにつながるようです。
 
 ・ティーンエイジャーは集団の影響を受けやすい
  さらに、10代の若い子は、脳の発達が未熟なので、集団の影響を受けやすい
  このため友人などの影響を受けやすい

  しかし、この年代では「群れる子」の方が
  それだけ社会能力や協調性があり、健全なのだそう。
  なので、この年代ではそれを逆手にとり
  「モラルを守るのはカッコイイ」「モラルを守る人が大多数」
  と思わせるといいのだそうだ。

  例で出てきた少女は、集団の影響を受ける傾向が強い子だったようです。

  群れる、集団になりたがるのは、人間の習性なので仕方がないようです。
  どんな集団に同調するかが問題だ、と言えそうです。
 
 ほかの章では、ギャングで育った子がいて、こちらはもっと悲惨な例でした。
○ギャングで育った子
 詳しくは省きますが、
 母親は麻薬中毒、父親は不明
 里親にも恵まれず、あちこちの家を転々としていた
 母親が時々連れ戻すが、麻薬に負けてほったらかしにされ、また保護される
 …という繰り返しだったらしい

 他人を狙撃してつかまりましたが、
 刑務所の方がいい、と話していたそうです。

 ・社会の安定
  前の章の少女は、両親や友人の助けで更生に向かったそうですが、
  ここの少年は、家庭も地域も不安定だったため、このような結果になった

  しかしこれは誰にでも起こりうることだそうです。
  不況や戦争などで、社会も家庭もずたずたにされることは誰にでもありうる

 ・再生への取り組み
  しかし、地域によっては再生への取り組みもあり、
  それが紹介されていました。

  侵略されたアメリカ先住民の中には
  踊りや歌などの伝統文化を若者に教え、
  祭りなどで披露し、更正させるプログラムなどもあるそうです。
  踊りや歌自体も、荒んだ心を癒す効果があるらしい

○テレビに育てられて
 現代的な話として、テレビなどの影響の話もありました。
 ・テレビに育てられた子
  ここの例では、母親がうつ病のため、テレビにお守りをさせられていた
  彼は言葉はしゃべるが、テレビを真似するだけで会話にならない

  ボキャブラリーは豊富だが、
  それを意味や経験と結び付けられていないのだそう。

 ・テレビに育てられる影響
  テレビは、笑いかけても相手から反応がない、という問題がある
  赤ちゃんがこれを続けられると、相手されるのを諦めてしまう

 ・暴力的なテレビの影響
  暴力的なテレビを見た後、暴力行為が増える結果はあるらしい
  暴力的な子が、暴力的なテレビ番組を選ぶ傾向がある
  また、ふつうは暴力や流血を見ると共感力が働き、嫌悪感を覚えるが
  何度見ていると麻痺してしまう
  (例えば研修医でも、研修を重ねて血や病気をたくさん見ると、
   共感力が低下する結果があるらしい)

  最近はネットなどで新しい交流の在り方もできているが、
  基本的にテレビやネットは実体験や交流の機会を奪ってしまうのではないか、
  と筆者は述べていました。

  ちなみに例で出ていた親子は、
  母親のうつ病を治療させ、それから子供との触れ合いを持たせたそうです。
  (アメリカは皆保険制度ではないので、自分で保険を申請しないといけないなどが
   治療のハードルになる、という話も書いてありました)
  
○まとめなど
 これらを踏まえて筆者は、
 ・幼少期の触れ合い、コミュニケーションを増やすこと
 ・暖かい会話を家庭内で心がける
 ・親に、育児についての知識を与える取り組みも必要
 ・地域でも、困っている人、貧困の人に手を差しのべる
 ・差別、いじめを許さない
 ・実体験、人との繋がりを増やす
 などの提言をしていました。

感想など
・親子のやり取り、触れ合いが脳や体に与える、
 というのは最近研究が進んでいるようなので、
 これらの知識を大人が持つのは重要だな、と思いました。
 理由がわかる方が、子育てもやりやすいし、
 子供がいない人にも、育児の大変さ、重要さが理解されると思う。

・この本では「親子の絆、触れ合い」が強調されている印象を受けました。
 アメリカだとベビーシッターが普通とか、ちょっと文化が違うからかな?
 日本だと、むしろべったりすぎて疲れてるお母さんが多いような…

 あと、日本の本だと
 「もっと子供のいいところを言ってあげて、子供に自分への自信を持たせてあげましょう」
 みたいなことも書いてあるけど
 (自分を認められると、他人も認められるようになる、という意味で)
 あんまりそれはないですね…
 アメリカだとそれは当たり前すぎるというか、
 むしろ自己主張しすぎ、他人のことを考えられない問題があるのかな、と思ったりしました。
 
・発達障害については、ちょっと単純化しすぎている気がしましたが
 (ほかにも空間把握能力とか、順序立てて考えることが苦手、などがあり、
  それは脳の配線の問題のため、ということなので)
 機会の不足の問題、というのは希望が持てる話だと思いました。
 訓練さえすれば、誰でも社会的能力をアップできるのね。

 その子の行動や考え方のくせを知って、
 その子に合った方法を考えてあげるのが大事なのかな、
 と思いました。
 
・「ヒトは共同養育するように進化してきた」
 「共感能力は、家庭だけでなく集団でも育まれる」
 という話は考えさせられるものがありました。

 Nスぺの「ママたちが非常事態」
 という番組でも同じようなことを言っていたが
 子育てを社会で助け合う、
 というのがヒト本来の子育ての在り方なのかな。日本もそうあってほしい。

・「自分を同質と思う人に共感を感じる」という話も印象に残りました。
 今分断の時代だとか、テロだとか言ってるけど、
 結局のところ「あの人は自分とは違う」
 と思ってしまうところから分断が始まっていると思う。
 嫌いと思う人、敵だと思う相手こそ、理解しあわないといけないと思いました。
 
最近ドキュメンタリーで
「普通の家庭のイギリス人男性がテロリストになった」
話を見ましたが
彼は親の離婚、失恋など、他人との絆を失い
それを求めて過激思想集団に行きついてしまったようです。
しかし、その過激集団に入った彼は、
他宗教の人を人間と思わず、残虐な行為をしていました…

こちらも
ヒトは、他人との絆が必要な生き物なんだな、
だのに相手を人間と思わなくなると、共感できなくなるんだなぁ
と考えさせられる内容でした。


せめて自分の子供には、愛情や絆を実感してもらえる子育てをしよう。

というわけで、長くなりましたが今回はこの辺で。



posted by Amago at 11:49| Comment(0) | 本(子育て) | 更新情報をチェックする