2017年10月05日

NHKBS「激動の世界を行く カザフスタン」

NHKBS1「激動の世界を行く カザフスタン」

 不定期でやっている番組で、
 大越健介キャスターが世界を取材していく番組です。
 あんまり知らない国のことを紹介してくださるので勉強になります。

 今回はカザフスタンでした。
 私の友人の師匠(かなり遠い知り合いですが)がカザフスタンの研究者で、
 何回も行ってるとかいう話だったので、名前だけはやたら印象に残っていましたが
 正直、あんまりイメージがないですねぇ…。
 中央アジアの国、草原の国かなというくらい。

 実際見てみたら、
 核実験がたくさん行われていた過去だとか
 ドバイみたいな近未来的な建物が建てられている現在の様子など
 知らなかった顔がたくさん見られました。

 また、たまたま最近「スーホと白い馬」に関する本を読みましたけど、
 カザフ人もモンゴルと同じく遊牧民族。
 文化は多少違うとは思いますけど、
 本に書かれていたような、
 広ーい草原、馬など家畜と生きる生活などがビジュアルで見られて感激でした。
 (後で調べたら
  歴史的には一時期モンゴル帝国に支配されていたんですね。
  ざっくりいうとトルコ系民族とモンゴル人が交じり合った感じみたいです。
  http://www.y-history.net/appendix/wh1501-123_3.html
  (世界史の窓、というページ)には
  「モンゴル人が遊牧トルコ化した」とあります
  モンゴル帝国の時代にモンゴル人に支配され、
  その後トルコ系が入って遊牧トルコ化し、ハーンに反発した民族
  その後、ソ連の支配下に入る…
  けっこう、大国に翻弄された歴史があるみたいです)

 50分ずつの前半、後半には分かれており
 前半は「若き草原の国の歩み」
 カザフの歴史とそれを踏まえたこれからの姿、
 後半は「国づくり新たな挑戦」
 民族としてのアイデンティティを取り戻そうとする様子が映し出されていました。

前半「若き草原の歩み」
○核実験場に使われたカザフスタン
 カザフには、旧ソ連の核実験場だったという暗い過去がある
 1945年~1960年代まで、456回もの核実験が行われていたそうです

 最初に大越さんは、旧ソ連の核実験場を訪れていました
 リルチャトフという町ですが、実験が国家機密だったため、地図には載っていないらしい
 モスクワから遠いのでアメリカには見つからないのと、
 広いので周りが良く見渡せる、という理由で核実験場に選ばれていたようです

 国の責任者と核実験場を回っていましたが、結構本格的。
 30メートルの塔があり、そのてっぺんから核爆弾が発射された
 そこから円心状に広がる土地を14の区画に分けて、
 民家や家畜、戦闘機、戦闘基地などを配備して
 実際どんな影響が出るか確かめていたそうです

 また、無人観測基地もあちこちに置き、
 爆風の温度、風速、放射線量などを観測していたようです
 ほか、モスクワの地下鉄の駅を模した地下壕のようなものも作られていて
 避難シェルターとして使えるか確認していたようです

 大越さんは、爆心地の塔があった場所や、
 地下鉄の駅を模した地下壕を訪ねていて
 「こんな施設を作るために、どれだけの技術とお金がかけられたのか?
  冷戦とはそういう時代だったんでしょうけど、
  何が人をそんな風にさせたんでしょうね」
 とつぶやいていました
 
 ○大統領の陣頭指揮により開発が急激に進む首都
  次に大越さんは、首都アスタナを訪ねていました

  カザフは人口の7割がカザフ人、イスラム教徒が多いそうですが、
  (イスラム教徒ってのは意外でしたが、
   もともとトルコ系民族みたいなので、おそらくその影響なのでしょう)
  市場に行くと他国の人もいるし
  イスラム教では禁じられている豚肉なども売られている
  多民族、他宗教にも寛容な国民なのだそう
  市場には色んな国からの食料があり
  見るだけでも楽しそうでした

  アスタナは私の予想以上に近代化が目覚ましく、
  ドバイとかシンガポールみたいなユニークな建物が多い。
  大統領官邸はホワイトハウスのよう、
  大きい円錐型?の建物はショッピングセンター
  球体のような建物もありました

  これらはナザルバーエフ大統領が指揮して建てさせたものらしい
  この大統領は、旧ソ連の共産党の重要ポストにいた人物で、
  1991年の独立以来ずっとトップの座にいるそうです

  中でも、木の上に金の卵が乗っているような建物
  (聖なる木から何かを宿す卵の象徴らしい)
  では、屋上が展望台になっていて
  さらにそこには大統領の手形があって、そこに手を置けるようになっている
  ここに手を置いて、大統領官邸に向かって願い事をするとかなう、という人もいるとか
  実際列になってその手形に触るのを待っている人たちがいて
  「みんな大統領を尊敬している」と話していました
  大越さんは
  「ここまで来るとカリスマですねえ…」

  ここの市長は大統領に
  「中東のドバイ、東南アジアのシンガポールのように、
   アスタナをユーラシアの国際都市にする」
  という命を受けているらしい
  国際機関、投資家、企業なども呼び込み
  政治や経済の重要な国際都市にする目標があるのだそう

 (しかし、http://www.huffingtonpost.jp/foresight/kazakhstan-asia_b_7002058.html
  (「中央アジアの優等生「カザフスタン」の憂鬱」という記事)
  では、この大統領も70を超え、高齢になっていて、
  彼が引退した後どうなるか、というのは一つのカントリーリスクといえる、
  とあります。
  モンゴル帝国もそうだったけど、民主主義で代表を選ぶというより、
  偉大な指導者がいた方が治まる国民性なんでしょうね。
  カリスマな人がいなくなると大変かもしれないですね…)

 ○資源も豊富なカザフスタン
  カザフスタンは豊かな資源もあるそうです
  カスピ海に臨む町アティラウでは、
  大統領が欧米の石油メジャーを呼び込み、
  油田の開発を進めているそうです
  
  ここで働いている方がインタビューに答えていましたが
  夏は45℃、冬は-25℃の過酷な自然条件の中、
  一日12時間、二週間休みなしで働くのだとか
  
  父親も同じ仕事をしていたそうで
  二人で「国の発展に尽くしたい」
  というような話をしていました

 ○地の利を生かし、経済発展を目指すカザフ
  カザフスタンは、歴史的に交易の中心だったそうです
  北はソ連、東は中国、西はカスピ海に挟まれていて
  シルクロードの交差点でもある

  最近、中国が「一帯一路」構想を掲げており
  その要としてカザフスタンを支援しているそうです

  ホルゴスという中国国境の町では
  中国からくる貨物を中継する貨物基地がありました。
  列車のレールが両国で違うので、ここで載せ替えるのだそうです。
  日本ではありえないくらいのデカさでした。

  また、最近この町では経済特区ができ
  どちらの国の人も自由に行き来でき、関税なしで買い物できるそうです
  このため、中国からカザフの品物を求めてやってくる人たちがいました
  (しかし撮影中、中国の警察がやってきて
   「中国側は撮影するな」と注意してきた
   大越さんは「特区だからいいじゃん、って思うんですけど、中国はそうはいかないんでしょうね」
   と言っていました)

  案内してくれたホルゴス側の担当者は
  「ホルゴスはシルクロードの交差点であり、
   これからは貨物だけでなく、人の行き来もさせたい
   商品だけではなく、人と人との交流も生まれてほしい」
  と話していました

  ちなみにナザルバーエフ大学の学長は勝茂夫さんという日本人だそうですが
  (世銀の元副総裁で、カザフの政策承認にも関わっていた
   大統領に請われてここの学長になったそうです)
  「日本人から見たら分からないようなチャンスが、ここにはある」
  と話していました

  カザフは大国に挟まれているため外交上手、
  交易の要の位置なので商売も慣れているみたいで
  そこに面白さがあるみたいです
  どの国ともうまくやりつつ経済的に発展していく大統領の方針がいいのではないか、
  とのことでした

 〇平和国家としてのカザフスタン
  核実験国だった、という暗い過去から、
  今度は平和国家として踏み出そう、という動きもあるそうです

  首都アスタナでは、核実験の悲惨さを伝える絵画展が開かれていました
  核実験場を閉鎖した記念日なのだそうです

  この絵画を描いた画家さんは、自分自身も被爆者で、
  両親が被ばくした影響で両腕が生まれつきない方でした

  彼女は核実験場から100キロ離れた町で生まれ育ったが、
  物資がなく不便なところなので、今は違う町に住んでいる

  彼女は、両親から核実験の話を何度も聞かされて育ったそうです
  衝撃が村まで届き、
  まぶしい閃光が光ったと思うと昼が急に夜のように真っ暗になり
  黒い雨が降ってきた、とのこと

  彼女はその様子を、口で絵筆をくわえて描いていました
  絵の具のチューブを足で出している
  彼女が一番大切にしている絵があって
  それは遠くにキノコ雲が見え
  近くで両腕のない赤ん坊をベッドに寝かせているお母さんがいる
  自分自身を描いた絵のだそうです

  彼女は「核兵器を無くしていかないと子供たちが苦しむことになる」と、
  ソ連時代から核兵器廃絶を訴えていた
  彼女のような市民運動の結果、
  カザフスタンは、独立当時は世界で4位の核保有国だったが
  今は平和国家として核兵器を放棄しているそうです

  それを認められ、去年には国連の非常任理事国となった
  アジアでは日本とカザフだけなのだそうです
  当時国連大使を勤め、今は外務大臣の方は
  「カザフは歴史的に交易の十字路、文明の十字路だった
   だからこそ平和と安定を徹底する努力をしていかねばならない」
  と話していました

  先の画家さんは
  「カザフには、「平和がほしいならその準備をしなさい」という詩がある」と話していました
   寛容の心を次の世代にも受け継いでいくことが大事だ、と。
  「私の一番の願いは、核兵器の最後の犠牲者になること」

  日本もですが、被ばく国だからこそ、平和の象徴となっていかねばならないのだろう
  と思います。

後半「新しい国づくり」
 後半は、戦争などで世界に散らばったカザフ人を国に呼び戻し、
「カザフ人としての誇り」を取り戻そうとする取り組みが紹介されていました

 ○カザフ人のルーツ
  そもそもカザフ人とはどんな人たちか?
  大越さんはカザフの伝統的な暮らしを続ける民族を訪ねていました

  場所はキルギス(中国付近の町)
  草原の中、車で5時間近く走った場所にテントがありました
  (テントっていうか、ゲルですね。多角形のとんがり屋根の真っ白な外観です)

  たどり着いたのは夜で、暗いのであんまり周りは見えない
  家族みんなで出迎えてくれましたが
  毎朝5時に起きて仕事するということで、
  そのままテントでみんなで寝ていました

  次の日起きてみると
  テントの中は広くて、テーブルや長椅子などもある
  居間と寝室が一体化したような感じでした
  テントの中は見事な刺繍で内装されていました
  テントは昔ながらの作り方で、枠組みも刺繍も全て手作りなのだそう
  とても美しくて見事な刺繍でした

  家の外は、広ーい壮大な草原。
  標高2400メートルの山の中だそうです

  みな5時に起きて乳絞りをすることから1日が始まる
  所有する家畜は1000頭だそうで、
  朝から晩までみんな忙しい
  「大変じゃないですか?」との質問にも
  「慣れてるから難しくない」とのこと

  子供たちも動物が好きで、
  3歳の子も器用に馬乗りしていました
  「我々は先祖代々この仕事をしてきた、
   子供も誰か引き継いでくれるだろう」と家の主は話していました

  彼らは伝統的な儀式?訓練?の「コクパル」を見せてくれました
  家畜からヤギを捕まえてきて
  まず「神様、私たちに災害が降りかからないようにお守りください」と祈る
  と殺するため、まず命に敬意を表するのだそうです
  (命をあやめるってのは、災害が降りかるほどのことなんですね…)

  そのあと、ヤギを真ん中に置く
  そのあと馬に乗った男たちが我先にとヤギに向かい、拾った人からヤギを奪い合う
  ヤギを所定の場所に最初に置いた人が勝ち

  参加していた人たちは
  「血が騒ぐ」
  「馬乗りの技術と強い腕、強いハートが必要」と話していました

  彼らは自分の手足のように馬を乗りこなす。
  その動きを見ていると、馬と一体化しているかのようです
  「馬は我々の大事なパートナーだ」と話していました
  「スーホの白い馬」の世界ですねぇ。(白馬はいなかったけど)

  そのあとみんな馬乳酒を飲み干していました
  大越さんもググッと飲み干し
  「いい飲みっぷり」と言われていました
  この馬乳酒を作るのは女性の仕事なんだそう
  お酒といっても酸っぱい飲み物みたいで、
  (アルコール度は1%とか、かなり低いらしい) 
  なんか体に良さそうです

  その日の夜、彼らはヤギを1頭丸ゆでしてくださいました
  お客さんをもてなす伝統料理だそうで、食べ方にも決まりがある
  頭の耳は最も幼い子にあげる
  「年長者の話をよく聞きなさい」
  という意味らしい

  そしてお客さんに一口食べてもらい、みんなに分ける
  大盛りのお肉でしたが、出されたものは全て食べるのが礼儀
  犠牲になってくれた命に感謝を示すのだそうです

  家族の長は伝統楽器ドングラを演奏し、歌を歌ってくれました
  ドングラは二本の弦だけからなるシンプルな楽器ですが、
  芯が強いというのか、胸にトーンと響きます。

 「また来てください」
 「お世話になりました、みなさんはよく働く人たちですね」
 というような会話をしてお別れしていました

 ○帰還民=オラルマンを呼び寄せる政策
  近年、カザフスタンは外国にいるカザフ人たちを呼び寄せる政策を取っているそうです

  中国から渡り、2000キロを旅してロシア国境に近い町に移動する人たちがいました。
  彼らが目指すのはオリギリ村という小さい村だそうです

  途中、迎えの車が来ないというトラブルもありつつ
  みんなで饅頭を食べお茶を飲み、不平も言わずのんびり構えていました

  たどり着くと、村人みんなで歓迎してくれ、村長自ら案内してくれました
  オリギリ村は過疎化が進んでいるので、移住者は大歓迎なのだそう

  帰還民はオラルマンと呼ばれ、
  政府も手厚く支援している
  4人家族なら30万円、平均の月収の7倍支給してくれるのだそう

  バストイレ付きで広い家など
  空き家らしき物件の案内もあり、
  オラルマンの家族たちは早速すみかを探していました

 ○アルマトイに抑留された日本人兵
  私も知らなかったのですが、
  第二次対戦時、日本人兵がアルマトイに抑留された歴史があるんだそうです
  シベリアだけでなく、アルマトイにも1500人が抑留され、亡くなっている
  ちなみに、アルマトイはカザフスタンの昔の首都だそうです

  彼らの仕事は今も残っている
  旧国会議事堂の基礎を建てたそうです
  国の重要文化財となっており
  今は大学のキャンパスとして使われているそうです
  大越さんは、
  「私も恥ずかしながら知りませんでした」と話していました

 ○民族の精神を呼び起こす国営放送
  カザフはソ連時代、ロシア系に支配されていましたが
  近年ではカザフ人のアイデンティティを呼び起こそう、という動きがあるそうです
  
  その手段の一つとして大統領が力を入れているのが
  国営放送を通じた民族教育、ともいえるもの。
  国営放送の会長は大統領から抜擢された方なんだそうです

  見るからに若くエネルギッシュな方で
  大越さんは「いくつですか?」
  「41です」
  「私が41のときは中間管理職なりたてでしたねぇ(笑)彼はもう会長ですよ」

  この会長は、大統領の意を受け、
  カザフ人の民族意識を高めるため、改革を行っている

  例えばキリル文字(ロシア語の表記)をローマ字表記に変える
  国際化のため、ローマ字を使って世界に発信しているのだそう
  また、放送局のロゴも変えたそうです
  カザフの頭文字KがQになっている
  カザフ人の言葉の発音に近いのだそうです

  もちろん、番組内容も刷新している
  会長はほとんどすべての番組をチェックしているそうです
 
  この日、番組の仕上げの会議に出席していました
  会長は「エンディングがヨーロッパの番組みたいだ、カザフらしい色にしないと」
  と変更を迫る
  現場の人たちは
  「そんなのみんな知らないよ」
  「でも私たちは知ってる」
  と譲らず反論
  長い議論になっていました

  会長の肝いりで作られた番組があるそうで、
  大越さんはその撮影現場にも同行していました
  この番組は伝統楽器ドンブラの演奏と歌を競う番組で
  その名も「我こそカザフ人」

  演奏者はステージで演奏をし、
  3人くらいの審査員が審査する

  結構ガチで審査しているのがビックリでした
  「最近の若い人はこの歌の意味を分かっていない、
   ドンブラの演奏も中途半端だ」
  などとかなり評価も辛らつ。

  しかし、その中で伸びのある、哀愁漂う声で歌う若者がいました
  審査員たちは彼の演奏と歌にうっとりと聞き惚れ、
  「声もきれい、曲の意味も理解している
   心を込めた演奏で心に響いた」と大絶賛。
  なんと最後に審査員からのアンコールをもらっていました

  大越さんは、
  「ドンブラって2本しか弦がないから難しくないですか」
  と会長に聞いていましたが
  「本物のカザフ人はドンブラ、ということわざがあるんですよ」という謎の言葉。

  大越さんの解釈によれば
  カザフ人はドンブラに似ているのではないか、とのこと
  弦が2本しかないぶん、
  自由な弾き方ができるし音色はシンプル
  この音色、演奏スタイルが、
  広い草原を馬に乗って自由に行き来する彼らの生き方に通ずるのかなと思いました

  会長は
  「人々に伝統文化を見せることで、カザフ人の精神を呼び覚ましたい」
  と話していました
  カザフ、という言葉は自由とか独立という意味があるそうです
  カザフは独立以来、制度や通貨など、国の枠組みは出来てきた。
  今度は精神、カザフ人のアイデンティティを育てていく段階、
  新しいステージに入った、という話をしていました

 ○安定を捨て、祖国に帰ってきた若者
  大越さんは最後に、キルギス村に移住してきたオラルマンの若者を取材していました

  彼は中国で公務員をしていたが、
  母親とこの村に移り住んで来たそうです
  収入はそこそこあり安定していたのに、その生活を捨ててやってきた
  「なぜそんな決心を?」
  という質問に
  「どうしても子孫をカザフ人として育てたかった、それが理由です」
  彼はまだ独身だが、こちらで結婚して子供も欲しいそうです

  彼はキルギス村に来て
  「なぜこんなに土地があるのに何もないのか、と思った
   ここにはチャンスがある」
  と話し、牛を飼い、野菜や果物を育てて商売したい、と話していました

  母親も
  「息子がいて心強い」
  「ここで孫が見られたら幸せ」
  と話していました
  父、妹、姉を中国に残しており、いずれ呼び寄せたいとのこと

  また、キルギス村には、いったん都市部に移住した人も様子を見に来ていました
  気に入ったら引っ越そうと思って来るのだそうです
  彼らは「広い土地がある方がいい」と話していました
  (せせこましいところでは生きにくいんでしょうかね…)

  政府もオラルマンを支援しており
  キルギスにももっとたくさんの人たちがやってきそうです。
  「今日も5、6軒の家族が来る
   3日後にはまた5軒来るよ」
  「自分達が頑張れば、必ず明るい未来がやってくる
   自分の能力を国のために生かしたい」
  と、オラルマンの彼は話していました

 番組のまとめとして、
 「自分たちの未来は自分で切り開く、という自由、
  それがカザフ人の精神なのかもしれない」
 というような話で終わっていました

〇感想など
 カザフスタンってあんまりイメージなかったんですけど
 今後がかなり面白そうな国ではあるなと思いました

 http://www.procrasist.com/entry/kazakhstan
 「今年はカザフスタンが熱い!日本人だからこそ行くべき『超近未来都市』」
 なんて記事もありまして、読んでいて楽しい。
 いいね~カザフスタン。
 今年は万博が開かれるようですね。

 ただ、行くのは結構お金と時間がかかるみたいです(10万~15万)
 乗り継ぎもあるので、ほぼ1日かかるみたいです。
 それこそ「こんなところに日本人」の世界になりそうだけど、
 まあ、ほぼロシアというかヨーロッパに近いからしょうがないのですが。

 資源もあり、中国、ロシア、ヨーロッパにも近い、しかも平和、
 さらには若い人たちが希望に満ちている、
 とくれば、商売的にも次に来そうな印象を受けますね(笑)

 しかし、何よりも勤勉で素直な国民性には好感を持ちました。
 というか日本人に近そうで親近感を覚える。
 こういう国民性って、競争社会には向かないんかな?
 でも応援したくなります。
 日本との交流ももう少し増えるといいなと思いました。

 第二次大戦での日本人抑留、冷戦での核実験など
 負の歴史についても知ることができました(私も恥ずかしながら知りませんでした)
 でもそれを恨むこともなく、かといって忘れることもなく、
 より良い未来を作ろうと真っすぐに進む彼らの姿は、見ていて美しいと思いました。
 これもドンブラの精神、カザフ人(遊牧民たち)の精神なのかな。

 いろいろ勉強になりました。
 というわけで今回はこの辺で。

 
 
 
 
 
  
 
posted by Amago at 11:59| Comment(0) | テレビ | 更新情報をチェックする

2017年09月01日

NHKBSプレミアム「アーススキャナー~“空白地帯”の謎に迫る~」

BSプレミアム「アーススキャナー~“空白地帯”の謎に迫る~」

世界の地図上で空白になっている所を調べに行く
という番組でした。

地理好き、地図好き向けのマニアックな番組かなぁと思っていたのですが
意外とそこには深い話があり、予想より面白かったです

進行は鈴木浩介さんと池澤あやかさん(IT女子らしい)
AIの「アーススキャナー」のオペレーションルームにいる、
という設定でした

 番組では3ヶ所取り上げられていました
 1地図にない水上都市(ナイジェリア)
 2海にそびえる謎の巨大構造物(イギリス)
 3ソ連時代にタイムスリップしたかのような町(モルドバ共和国)

というわけで内容。

1地図にない水上都市(ナイジェリア)
 ここではゲストにナイジェリア出身のボビー・オロゴンさんを招いていました

 地図を見るとナイジェリア、ラゴスという街の一角に空白地帯があり、
 「Makoko」と書かれている

 ボビーさんに聞いても
 「あんまり行かない」
 「あんまり知らない」
 ナイジェリアの人にとっても謎らしい

 地図を見るとここだけ真っ白だが、
 衛星画像では家がびっしり並んでいます。
 てことは人が住んでるんですね。

 現地のナイジェリア人リポーターの方が取材に行った映像がありました

 ・マココ地区
  ナイジェリアのラゴスは賑やかな街で
  アフリカでは、エジプトのカイロに次ぐ第2の都市なんだそうです

  マココに行ってみると、普通に露店のような商店が並ぶフツーの町。
  リポーターの女性も、キャッサバ(イモみたいなの)をあげたものを食べてました。

  しかし、この地区はほとんどが水上なのだそうだ
  現地の案内者とボートに乗っていくと
  水上には、簡素な家があちこちに浮かんでいる
  彼らは水の上で暮らしているらしい

 ・水上での暮らし
  水上のわりと広いところでは
  小さいボートが行き交っていて
  物を売る人もいました

  服を売るボート、
  パンを売るボート、
  ジュースを売るボートも。

  ジュースはビニール袋に入れて
  ストローを刺して飲むんですけど、
  リポーターも「これ美味しいのよ~」と飲んでました(笑)

  中には銀行屋さんもいました
  手帳を持ち、手数料をもらってお金を管理しているらしい

  水上学校もありました
  現地の人と外国の支援団体が作っていて
  先生はボランティアの方がしているそうです

  つまり水上でも物資には困らないらしい

 ・インフラなど
  インフラはどうかというと、
  水は陸からパイプを引いて手に入れる。
  土を入れて埋め立て地を作る人もいたし、
  電線を自分で引いている人もいました

 ・家屋
  電線を引く人の家にお邪魔すると、
  家屋は木造、わざと隙間のある造りになっている
  蒸し暑いからだそうです

  建物は二階建て、
  一階に台所、二階でご飯を食べるらしい

  電気は通るが、状態が悪く1日2、3時間くらいしか使えない
  しかも電気代は高いのだそう

 ・生計
  彼らは商売人もいますが
  伝統的に漁師さんが多いそうです
  この家の方も伝統的な漁で、
  9歳の息子さんと、船で10分ほど行ったラグーンで投網漁をしていました

  ここは海水と淡水が交わるところで魚がよく採れるのだそう
  1日でナイジェリアの平均労働者の1週間分稼ぐ日もあるそうです

 ・日本人調査員の話
  日本大使館の方が、彼らの生活を5年調査しているそうです。
  テレビ電話でインタビューしていましたが

 「なぜ5年も調査を?」
  という質問には、支援に向けて、謎だった彼らの生活を把握するためだ、とのこと
  「物資はあるが、衛生状態はいいとは言えない、
   医薬品や医療関係者が不足している」
  と問題点を指摘していました

 ・なぜ彼らは水上で暮らすのか
  ではそもそもなぜ彼らはわざわざ水上で暮らすのか?

  それは、彼らの歴史と生活に関係するそうです

  彼らの多くはエグン族という民族で
  伝統的に漁業をしてきた人たち。
  ボビーさんの属するヨルバ族とは違うのだそう
  (ナイジェリアの多くはヨルバ族らしい)

  エグン族は土地を持たず
  魚が採れる漁場があればそこに移動し、
  魚が高く売れる所で生活してきた

  この地区の近くにはラゴス環礁があり
  淡水と海水が交わる所なので、
  魚がたくさん採れる
  都市も近いので高く売れるのだそう

  先の電気を引いていた家族も
  ナイジェリア国内の違う漁師町に住んでいたそうですが
  魚がたくさんとれるのでこちらに越してきたそうです、

  他にも、隣国ベナンから来た人たちもいました

  よほどいい漁業なのか
  2000年と2017年の衛星画像を比べると、居住地は拡大しているそうです

  リーダーの一人によれば
  彼らは18世紀から、
  ベナンやナイジェリアの海辺で暮らしていて
  移動しながら漁をして暮らしてきた、とのこと

 ・国境の問題
  しかし、国境の問題がある。
  先の調査員の方に話を聞くと
  「20世紀に入ってこの地に列強が進出してきて、
  この土地に後から国境を引いてしまった
  そしてベナンはフランス、ナイジェリアはイギリスが支配した」

  「しかし、彼らは何百年も、移動して生活してきた背景がある
   だから、パスポートを持たずに移動する人もいる
   国際法的には、そういう人は、不法移民ということになってしまう」

  「国際法違反だ、と簡単に言うことは出来るが
   彼らの歴史を考えれば、もう少し柔軟になる必要はあると思う」
  とのことでした

  アフリカでは、国境、てのは欧米の都合だけの話なんだな、と改めて実感させられました。
  住んでる当人たちにはあんまりピンと来ないのかもしれないですね。
  ボビーさんも、民族が同じ人は言葉も同じなので、国が違っても別の国には思えない、
みたいな話をしていました。
  最近ベナン出身のタレントさんが同じ民族だと分かったとか。

 ・彼らを認めない政府
  2012年、ラゴス州の政府は
  環境保護や治安維持の名目で
  彼らの家を強制撤去したそうです

  家を壊されたため野ざらしになり
  弱い子供など、亡くなった方も多かったそうです

  しかし彼らはたくましい。
  半年後には、新しい家屋を建てていました。
  近くに木材の集積地があり、製材所もあるため
  魚を売ったお金でそこから木材を調達し、新しい家や簡易ボートを建てられたのだそう

  なぜそこまでしてここに住むのか?
  という問いに対しては
  「私たちは魚が採れる所に住んで暮らしてきた民族、
   それ以外生きる道がない」
  と答えていました

 彼らは、政府に認められていないために地図に載っていないようです。
 しかし、確かに彼らは力強く生きている。
 ボビーさんは
 「生きる力だと思いますよ、
  だって僕らがあそこに行ったって多分生き延びられないよ」
 池澤さんは
 「私泳げるからあそこに住んでも大丈夫そう~」
 と言ってましたが
 鈴木さんは
 「強気ですね、僕泳げるけど無理、て思っちゃった」(笑)

さて次のお話に入ります
2海にそびえる謎の巨大構造物(イギリス)
 ここでのゲストはイギリス出身のピーター・バラカンさん、DJをされているそうです
 (何でDJの人?と思ったけど、
 後で疑問が解けました)

 最初に、この「シーランド公国」発行の切手が…
 国の存在を主張して発行したらしいんですが
 切手収集家の間では
 「シンデレラ切手」
 と呼ばれているらしい
 (未公認国家のなので、いつ消えるか分からない、という意味らしい)

 さてこの「シーランド公国」、地図上で見たらどうなるか?
 最新の衛星画像では、海に浮かぶポツンとした点みたいなので、何だか分からない。
 ピーターさんは
 「ロンドンのちょっと東ですね」

 そこで、スタッフが実際に訪ねたそうです

 ・シーランド公国訪問
  まず訪ねたのはハリッジという港町。
  ここから船で行くのだそうです
  「皇太子」と称する方が迎えに来てくれました

  しばらくいくと何か見える。
  しかし島かと思ってたら
  見えるのは鳥居のような形をしたコンクリートの建造物で、
 「SEA LAND」と書いてありました。

 どうやって上陸するかというと
 てっぺんからクレーンみたいなので引き上げるのだそう。
 クレーンの先にはブランコがあり
 そこに座って引き上げてもらう

 スタッフが「大丈夫?」と不安そうに聞くが
 「失敗したことはないから大丈夫」
 無事上陸していました

 さて上陸すると
 数人の「国民」が待っていました
 いつもは一人ずつ、2週間交代で守っているらしい

 ・シーランド公国の生活
  実は、ここは英国海軍の要塞だった建物をリサイクルして使っているそうです

  生活はできるそうで
  食料は、イギリス本土から調達
  ただし2週間に1度しか補給されないので缶詰などが多い

  水は雨水を貯めて使い、トイレ、シャワーもある

  電気は風力発電で賄う
  海の上なので風はビュービュー吹くらしい

  唯一問題なのが冷蔵庫で
  電気を食うので小さいのしかないそうです

  建物の構造としては
  鳥居の上の平らな部分はメインのところで
  ダイニング、キッチン、リビングルームがある

  柱部分は階層構造になっていて
  地下6階まで部屋があるらしい
  地下1階は発電所、ディーゼル発電機がある
  地下2階はビリヤード台とトレーニングマシーン
  地下3階はゲスト用の寝室
  地下4階は礼拝堂、
  地下5階は会議室
  地下6階は刑務所があるんだそうだ

  一応、5階で議会を開き、
  国民は187人いる、とか言ってたけど
  会議室の椅子5脚しかないし、どこまで本気なのか(笑)

  元々は海軍の要塞なので
  ダーツの跡とか大砲を保管していた名残などが残っていました

  イギリスには、ドイツからの攻撃に備えて海上にこういう要塞が多くたてられ、残っているものも多いのだそうです

  ここにすむ「国民」の方によれば
  機械など老朽化が進んでいて
  それを直すのに忙しいらしい
  でもうるさいボスがいないから最高、と話していました

 ・シーランド公国の歴史は「自由」への戦いの歴史
  最近、この国への問い合わせが多いのだそう
  イギリスがEU離脱を決めてから、
  市民になりたいという人が増えているのだとか
  「自由を求める人にとっては最後の砦」なんだそう

  自由の砦とはどういう意味か?
  それは、この国の成り立ちと関係しているらしい

  この国はロイ・ベーツさんという方が1967年に建国されたそうです

  彼はスペイン内戦に義勇兵として参加、
  自由を信念として持っていた

  彼は戦後「海賊ラジオ」を開局
  「民間ラジオがないからこうするしかなかった」
  というのは、当時ラジオ局はBBCしかなく
  かけられる音楽も限られていた
  ビートルズなど、流行っていた音楽も1時間に1回など、かなり少なかったそうです

  このため、自由にレコード盤で音楽を聴きたい人が、
  無許可で海上からラジオを放送していたため「海賊ラジオ」と呼ばれた
  現在DJしている人なんかは
  この海賊ラジオを聞きまくっていたのだとか

  ロイ・ベーツも1965年、ラジオ・エセックスを開設
  しかし政府は違法者として1日100ポンドの罰金を課した

  そこで彼は領海外の場所に脱出を試みる
  当時沖合3㎞までが領海だったので
  その外からなら違法ではないと考え、移転の準備を始めたそうです

  しかし、政府は新しい法律「海洋放送犯罪法」を制定し
  「領海外からの海賊ラジオも違法」としてしまった

  彼らは新しい国を作ることを決意
  1967年、領海外にシーランド公国を作ったそうです

  国はそれに対して違法だ、と裁判を起こしたが
  裁判所は、シーランド公国は領海外なので問題ない、
  となんと政府の訴えをしりぞけたのだそう

  今のシーランド公国の国旗は赤、白、黒の三色ですが
  赤はロイ・ベーツ、
  黒は海賊ラジオ、
  白は純粋な道を示しているそうです
  今でもこの国は自由の象徴と取る人もいるんだそうです

  ロイ・ベーツは国のお金を稼ぐため
  独自の切手、記念コイン、爵位状などを作り、売っていたそうです。

 ・ピーターさんの解説
  ピーターさんも、
  「海賊ラジオは僕らの青春、
   法律で無くなると聞いたときは涙して聞いてました」
  だそうです。熱烈なファンが多かったらしい
  「僕もいつか自分のラジオを持ちたいと思いましたね」

  ピーターさんによれば、
  禁止令を出した翌年、
  BBCはチャンネルが増え、音楽を流す若者向けのチャンネルを開設したそうです
  そして、放送禁止令により職を失った海賊ラジオDJを抜擢したのだそう

  鈴木さん
  「そこは仲良くなったんですね」
  ピーターさん
  「彼のやってたことはエキセントリックですけど、
   イギリスはエキセントリックな人が好きなんですよね、
   今でもそういう人たちを応援するような所があります」

  「それからイギリスは個人の自由を求めますね。
   現実には階級とかは未だにあるけど、
   個人主義が深く根付いている」

  鈴木さん
  「それから裁判所も認めちゃったんですね」
  ピーターさん
  「国際海域でやってるから違法じゃない、そこはイギリスの裁判所もフェアにやってる。
  イギリス、民主主義のあるところは政府の圧力も裁判所には及ばないんです」

  ただし、現在は沖合12㎞が領海となってしまったのと、
  国際法では人工的な建造物は国にすることが出来ないそうで
  やはり違法ではあるらしい。

  一応イギリス政府にも取材を申し込んだそうですが
  「コメントは一切しない」
とのことです

  でも、黙認はしているのよね。
  何となくイギリスの懐の深さを感じます

  ピーターさんは
  「まぁ、認められなくても、彼らは自由にやってたらいいんじゃないですかね」だそうです(笑)

さて次の話です
3ソ連時代にタイムスリップしたかのような町(モルドバ共和国)
 ここのゲストは元大関の把瑠都さんでした。
 彼はエストニア出身で国は違いますが、
 どちらも旧ソ連の国です。

 最初に、プラスチックのおもちゃみたいなコインが出てきました。
 このコインは実際にこの共和国で流通しているそうです
 ロシア語なので把瑠都さんに読んでもらうと
 「プリドネストロスキー共和国」と書いてあるとか
 把瑠都さんはコインコレクターらしいですが、
 「見たことない」
 と話していました

 この「プリドネストロスキー共和国」は、モルドバのドニエストル川近くの地域。
 モルドバの人たちにこの共和国のことを聞くと、
 「沿ドニエストル地方のことね、
  この地域のことはあまり話したくない」と訳ありな感じ。

  地図にないので、スタッフが訪ねたそうです

 ・まるで旧ソ連のような街
  この街に入るには、通行ゲートを通るのだそう
  ゲートをいく人はパスポートを持っていて
  そこには「Migration Card」と書いてある紙が挟んである

  沿ドニエストルに行くと
  ハンマーと鎌(旧ソ連国旗の左上にあるマーク)
  の周りに、小麦と果物などの絵が書かれた独特の旗が、あちこちに掲げられている

  中心都市のチラスボリという所は人口10万以上のにぎやかな街ですが
  レーニンの像があり、
  役所には「ソビエト会館」と書かれており
  昔のソ連の名残が残っている

  ここは住民の3割がロシア系で
  経済的にもロシアと結び付いているそうです

  例えばコインは例のプラスチック製の独自通貨を流通させているが
  紙幣もこのコインも、ロシアの支援で発行されている

  また、石油のパイプラインがロシアから引いてあり、実質無料
  年金もロシアから1割支給されているそうです

 ・沿ドニエストル地方の歴史
  モルドバ共和国はルーマニア語圏らしいのですが、なぜここだけロシアの世界なのか?

  もともと、この地にはロシアが人を送り込んできた背景があるそうです
  オスマン帝国の時代、この地はトルコに支配されていたが
  ロシア帝国が対抗上、この地域にロシア人を送り込み、移住させていた
  ソ連の時代でも、
  労働者や農業生産者がモスクワなどから送り込まれていたそうです

  そして1990年には、ロシア系住民を中心に、
  ここの地方はモルドバからの分離を宣言した
  しかし、国際社会からは受け入れられなかった

  1991年にソ連が崩壊し
  モルドバ共和国が独立すると
  モルドバは西側諸国に近付く

  このため、沿ドニエストルの人たちは反発し、1992年に内戦が起きる
  1992年7月に沿ドニエストルが一方的に独立を宣言したそうですが
  国際社会からは未だに認められていないそうです

  彼らは独立したつもりなので
  警察も軍隊も議会も、モルドバとは違うものを持っているそうです

  車のナンバープレートの国旗も違うもの、
  言語もキシニョフ(モルドバの首都)はルーマニア語なのに対して、
  沿ドニエストルはロシア語なのだそう

  学校では、国の成り立ちについての教育に力を入れているそうです

  把瑠都さんによれば
  「ソ連崩壊で、色んな国家がソ連から独立したとき、
   まず最初にレーニン像は撤去されたんです。撤去はロシアからの独立の象徴だった」
  「沿ドニエストルはそこをあえて残しているんですね」

 ・国際的には認められていない国家
  沿ドニエストルのような国際社会から認められていないため国家は
  「非承認国家」と呼ばれている

  モルドバ政府にこの地方について聞いたところ
  「モルドバ共和国も沿ドニエストルも
   国際社会に認められた1つの国境の中にあると認識しています、
   今後は国の再統合に向けて取り組んでいきます」だそうです

  他国からは認められていないため
  輸出品には「沿ドニエストル産」ではなく
  「モルドバ産」と書かないと受け入れられない
  パスポートも、モルドバ共和国のでないと使えないらしい

 ・研究者の解説
  北大のスラブユーラシア地方研究センター研究員の方に、
  テレビ電話でこの地方についてインタビューしていました
  ロシアが年金支給など、経済的支援をしてきたことについて
  「ロシアにはなにかメリットあるんですか?」と聞くと
  「モルドバ共和国が、西側諸国に取り入れられないように
   ロシアが影響力を行使して
   何かあったときのカード、あるいはテコとして使う考えなんだと思います」

  しかし最近少し情勢が変わっている
  「2016年のモルドバの選挙で、
  大統領が親EUから親ロシアの人になったんです」
  モルドバの大統領は、ロシアとの関係改善を打ち出しており、
  ロシアはもう西側諸国に対抗する必要も無くなるので
  沿ドニエストルへの支援をこのままフェードアウトしていくつもりらしい

  研究者の方によれば
  「結局ロシアは支援はしてきたけど、
   ロシアにとっては財政負担になる、
   だからこれからはロシアは支援を減らして、
   沿ドニエストルをモルドバに再統合せざるを得ない方向に持っていくんだと思います」

  鈴木さんは
  「んー、負担になっちゃったから戻して下さい、てのも
   そこに住む人たちにとってはあんまりですね…」
  大国に翻弄される人々の悲哀が感じられました。

  市民の中には将来を悲観してロシア領事館に行き、
  ロシアの市民権を得ようとする人たちもいるんだそうです

  沿ドニエストルの人は
 「もう独立宣言して20年以上たつのに未だ認められていない、
  独立できそうにないのはもう慣れた。
  今は安定した生活が欲しい」
  と話していました

  ただこの方、「下を向いていても仕方ない」
  とギターをもって歌い、趣味の絵を描き
  孫娘は美容師になることを夢見ている
  厳しい現実は現実として、陽気に暮らしている姿もありました

●まとめ
 番組の最後には
 池澤さんは
 「何も無いところって空っぽなのかと思っていたけど、
  そうじゃなくて、書けない色んな事情があったんだなと思いました」

 鈴木さんは
 「歴史、状況、未来、過去とか、
  色んなものが見られたのが興味深かったです」

 さてこの空白地帯のスキャン、まだまだ続く、かも?
 という感じで終わっていました

○感想など
・最初のマココの話では
 以前読んだ「アフリカ 希望の大陸」(ダヨ・オロパデ)という本に、
 アフリカ人のたくましい「カンジュ」精神が描かれていたのを思い出しました

 カンジュとは彼らの言葉で
 「不便さを逆手にとってやりくりするたくましさ」
 みたいなのを示しているんですが
 (貨物コンテナを再利用して病院にしたり
 サッカーW杯で余ったブブセラで簡易洗濯機を作ったり、
 交通が整備されてないから自分たちで夜中の違法バスを走らせ、
 それでも客は多く、そこで物を売り歩く人もいる…など)

 マココ地帯でも、水上の不便さもものともせず、
 近くにある材木をうまく使って家を作ったり
 魚とりだけでなく、ボートで物を売り回って日々の糧にしていたり
 とにかくアフリカ人って図太い、素敵だなと改めて実感させられました。

 また、本には
 国境は実態を全く反映していないという問題点を指摘していました
 (そのため、国民に愛国精神がわかず、
 国の指導者はバラマキ政策、あるいは恐怖政治をして支持を集めるしかない)

 マココ地区に住む人にとっても、
 ベナンもナイジェリアもあんまり意味がない区切りなんでしょうね。

 先の本では、陸地でも移動をして生活している民族がいると指摘しており
 おそらくアフリカでは、EUのシェンゲン協定みたいな
 人の行き来が自由にできる制度にしてしまった方が
 生活も経済もうまく回るのかもしれません。
 あるいは、土地ではなく部族で国を決めるような
 全く新しい国のあり方も模索すべきなのかもしれません。

 …そんなことを考えさせられました。

・2番目の話では、イギリスの国民性の話が興味深かったです。

 昔エマニュエル・トッドさんが
 (彼はフランス人だが、イギリスに留学もしだそうです)
 イギリス人について
 「社会は階級社会だが、思想は個人主義」
 と書いていました
 イギリス人は個人の自由を尊重する、
 ブレグジットもその現れで、ドイツのEU支配から逃れるために国民が離脱を選んだ
 たいう見方をされていましたが、

 ピーターさんの
 「イギリスは個人の自由を尊重する」
 という言葉と重なりました。

 ロイ・ベーツさんの行動も、彼を支持した社会も
 今シーランドが再評価されているのも
 全て個人の自由を尊重する思想の現れなのね。

 またトッドさんは、イギリスについて
 「民主主義が徹底している」
 とも書いていました

 その証拠として、国民投票でのブレグジット選択後の政治家の動きを挙げ、称賛していたと思います
 当時のキャメロン首相は国民の意を受けいれ、速やかに辞任や後任選出の流れを作った、
 また次のメイ首相は、
 自身は元々残留派なのに、
 国民の意思を尊重して離脱手続きを行っている、と。

 シーランドの件でも、
 裁判所の判断は世論とか政治に左右されず、独立しているところは
 民主主義が徹底しているなと思いました。

 また、「エキセントリックな人を愛でる文化」…(笑)
 アメリカもそうなんですが、
 芸能人のゴシップとかでも、
 けっこうぶっ飛んだことをしてたら、日本なら干されますよね。
 でもこういう国だと容認というか、むしろ支持されちゃったりしている…
 これは、変わった人から新しい何かが生まれることもある、
 だから応援する、みたいな
 アングロサクソン系の考え方があるんかなと思いました
 (先のトッドさんによれば
 変革はアングロサクソンから生まれるらしい)

・3番目の話は、ロシアのしたたかさというか冷徹さを感じました。

 ロシアについては
 「ザ・リアルボイス」とか
 プーチンさんのドキュメンタリーとかを見ていたので、
 なるほど~と思いました

 以前、問題にされたクリミア併合では
 「ロシア系住民を救うため」
 というロシアの名分があり、
 ロシア国民やその地域の人たちもそれを支持し、
 世界からの経済制裁も、一致団結して農業などの国内生産を増やし、乗りきっています

 沿ドニエストル地方の支配もそれと重なりました。
 プーチンさんは人の心をつかむのが上手だそうなので、
 たぶんロシア民族で団結しよう、
 ロシア人を助けよう、
 みたいな鼓舞の仕方が上手なんだろうぁと思う。

 しかし本当にロシア系住民のことを考えているかと言えば疑問符はつく。

 プーチンさんは結局自分の権力を守りたい人みたいなので、
 (色んな黒いことを既にしているので守らざるを得ない、
 というのが正しいかもしれない)

 沿ドニエストルみたいな複雑なところは
 西側諸国に対抗するための格好のカードに過ぎない。

 西側に対抗する必要が無くなったから
 沿ドニエストル地方の支援から露骨に手を引く、てのはその現れなんだろうけど、
 たぶんそこも彼のこと、
 徐々にフェイドアウトして、非難を受けないようにうまいことやるんだろうな、と思いました。

 翻弄される沿ドニエストルの人々…
 最後に取材されていた、沿ドニエストルの家族の楽観主義が何か救われる気がしました。

地図に載らない地帯にも色んな人がいて、ドラマがあるんだなぁと思わされました。
また続編あるんかな?
(視聴者の反応が良ければやるんかな)

というわけで、今回はこの辺で
posted by Amago at 15:33| Comment(0) | テレビ | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

Eテレ「世界の哲学者に人生相談」

Eテレ「世界の哲学者に人生相談」

数日前にやってた番組でした。
人生の悩みに哲学者の言葉で答える、という趣旨の番組です

しかし見る前、キャストがどーなの?と思いました(笑)
司会が高田純次さん、
そしてゲストが西川貴教さん、磯野貴理子さん、池田美優さん、
というビミョーな取り合わせ…

これで収集つくんかなと思ったが、
予想してたのとは少し違い、
なんだろ、いい具合に化学反応が起きてるような仕上がりになっていました。
入門的なのでそんなに難しくもなかったです。

解説は山口大学の小川仁志氏。
こちらはちゃんとした学者さんなので
暴走しがちな?司会をきちんと押さえていました(笑)

○哲学で救われた子育てママ
 最初に哲学者の言葉で救われた方の経験談です

 この女性は現在3人のお子さんのママ。
 子育てについて悩んでいたとき、ニーチェの言葉に救われたそうです

 彼女は1人めの子供を授かったとき、
 「やっと来てくれた」
 とすごく嬉しかったそうです。
 アルバムも手作りで
 「いいママにならなきゃ!」
 という決意が書かれていました。

 しかしそのあと、いいお母さんになろうとするあまり、
 辛い日々が続いたそうです。

 おじいちゃんが子供を抱っこしてくれても
 「唾が飛んで虫歯菌がうつる」
 と苦々しく思ったり
 だんなが手伝ってくれてもやり方が悪いとイライラしたり…
 「周りのみんなが敵だった」
 「自分もなんでこんな辛いんだろうと思ってた」
 そうです。

 そんなとき、図書館でふと手にしたニーチェの名言集の中の一文が心を引いたそうです
 それは
 「あなたが思う最悪の敵はあなた自身である」
 という言葉。

 でもこのときは意味が分からず
 「なにいってんの?」
 て感じだったらしい
 ただ、気にはなっていた、とのこと。

  …この辺は私も気持ちわかりますねぇ。
  一人めが生まれたときは、
  なんか周りにイライラしてました。

  手伝ってくれても、
  やり方が違うとイラつき、

  手伝ってくれなかったら、
  何でみんなのんびりして私だけしんどいの?とイラつき、

  何か言われたら、
  全部自分に子育ての責任を押し付けられているように感じてイラつき…

  結局何されてもイライラするんですよね。

  だんなには「なんでお前そんな偉そうやねん」と切れられ、
  夜中に泣いて家飛び出したこともあります

 それはさておき、ママさんの話に戻ります。
 それから彼女は双子を授かり
一気に3人のママに…

 そして3人を連れて電車でお出掛けしたとき
 ある出来事が起きたそうです

 「電車から降りようと思ったら、下の二人が両方とも寝ちゃったんですよ」

 しかし、見知らぬ人が
 「私が抱っこしてあげる」
 と、家まで連れて帰ってくれたんだそうです

 「あのときは嬉しかったです」

 そしてそのときふと、ニーチェの言葉を思い出したのだそう。

 中でも心に響いたのは「敵」「あなた自身」という部分だったそうです
 「今までにも、助けてくださった方がたくさんいたはずなのに、
  そこに気づかずにみんな敵だと思っていた、
  敵を作っていたのは自分自身だったんだ」と。

 今ではみんなが味方、と思えるようになり
 自分にも笑顔が戻ったのだそう

○解説
 小川氏によればニーチェは
 「超人思想」
 というカテゴリーだそうで

 「自分の弱さを超えていく、
  そのために自分の中の敵を倒すんだ」
 という考え方なのだそう

 これには彼の人生が関わっているらしいです。

 彼は早熟で天才と呼ばれ、20代で大学教授にもなった
 しかし出した本が認められない、
 最愛の人にふられる、
 など、挫折も味わう

 このため、自分の弱さを乗り越えるために、
 自分に贈った言葉が「自分の敵は自分」なのだそう

 ゲストの方々の反応は
 貴理子さんは
 「私格言好きなんですよ」
 しかしみちょぱさんは
 「遠回しすぎる」
 ストレートに言ってよ、だそうです(笑)

 西川さんは
 人との関係だけでなく
 「何かを達成したいときなどに、
  頑張るのも自分、
  楽するのも自分てことかな、とも思った」そうです。

 人と争うときも、目標を達成するときも、
 真の敵は自分、自分が敵を作っている、てことなのかな?

 西川さんはそのあと高田さんに
 「ファンに名言を1つ」
 と無茶ぶりされて
 「今?いきなり?」
 と困っていましたが(笑)

 小川氏は
 「名言ってのは、
  聞いたときはよくわからないけど、
  後からそうか、てなるものなんですよ」と助け船(笑)

○視聴者からの相談その1
 NHKでは視聴者から哲学者への人生相談を募集したそうですが
 その中の1つを紹介しています

 「結婚して30年、夫が冷たくなってしまった、
  夫に昔のような笑顔になってほしい」

 こういう夫婦関係の悩みは多かったそうです

 貴理子さんも
 「だんなさんが結婚してから名前で呼んでくれなくなった」と共感。

 西川さんは
 「まぁ、でも人って変わりますからねぇ」
 高田さん
 「逆に全く変わらないのもこわいかもね」
 西川さん
 「もしかして、変わっているののは自分かもしれないですね」

 みちょぱさんは
 「私はまだ独身で、
  結婚したらいつまでもラブラブでいたいんですけど、
  そうじゃないのかなーって思っちゃった」
 と若い方ならではの感想。

 (外国だといつまでもラブラブ、てのはありますがね。
 日本の男性って照れ臭いのか、夫になるとそういうの無くなる人が多いですね)

 ・アランの幸福論
  これについてはアランの言葉

  「果物でも、世話することにより美味いものになる
   人と人との関わりにおいては尚更だ」

  貴理子さんは
  「要するに奥さん大事にしろってこと?」と言ってましたが
  西川さんは
  「お互い、なんじゃないですか」
  「言い方の問題なのかな」
  というご意見。
  妻の方も、
  ありがとう、とか
  やってくれたら嬉しいな、
  とか言われたら帰りたいなと思うけど、
  なんでこうなのとか、
  文句ばかり言われていたら帰りたくなくなる、
  という話をしていました

  貴理子さんは
  「そうかー」と反省していましたが…

  小川氏によればアランは幸福論の方で
  三大幸福論者
  (ラッセル、ヒルティ、アラン)
  の中でも一番ポジティブなんだそう
  自分で積極的に動いて幸せをつかんでいこう、
  という考え方なんだそう

  いいねぇ、こういう考え方私は一番好きです。

  アランは
  「うまくいっているから嬉しいのではなく
   自分が嬉しいからうまくいった、
   といつも考えねばならない」
  という言葉も残しているそうです

  貴理子さんは「??」という感じでしたが
  西川さんは
  「ライブとかでも、お客さん楽しませなきゃ、て思うより
   自分が先に楽しんじゃった方が結果的にうまくいくことがある」とのこと
  笑う門には福来る、同じことしてても楽しむ方がハッピー、ていう考え方かな?

  小川氏は
  「結婚生活も、自分がハッピーなら生活も回っていく
   ということなんじゃないですかね」とのことでした

  (三大幸福論については一番興味が湧いたので調べましたが、

  http://kame3jai.blog.fc2.com/blog-entry-78.html
によれば
  三大、というのは後世の勝手な呼び方で、
  日本での書物販促のためじゃないか
  という指摘もあります(笑)

  まぁそれはさておき、
  これらの幸福論は
  衣食住足りた後でも幸せになれないのはなぜ?
  という「精神的幸福」をテーマにしているので
  現代でも注目されているのかなと思います

  なので色んなサイトで紹介されていましたが

  http://wol.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/022600057/031700003/?ST=mobile
  では
  アランは「前向き」
  ラッセルは「のんびり」
  ヒルティは「素直」
  とまとめています

  ・アランは「前向き」
   怒りや絶望はまず克服せねばならない、
   希望を持ち、笑顔でいること、
   そしたら幸せになれる、
   というようなことを述べているらしい

  ・ラッセルは「あきらめ」
   あきらめは幸福には大事、
   避けられない不幸に時間と感情を浪費するな
   みたいなことを述べているらしい
   論理学者で冷静な現実主義者だからの発想らしい。

  ・ヒルティは「誠実さ」
   人間の最も悪い性質はうまれつきの不誠実、
   とのべているらしい
   彼は敬虔なクリスチャンなので、人には誠実であれとしているのだそう

  一方、
  http://dream.navi.ryukyu/happiness/
  ではもう少し詳しく、違う分析でした。

  アランは「行動力」
  ラッセルは「期待しない」「好奇心」
  ヒルティは「信念」
  がキーワードになっているみたいです

  ・アランは「行動力」
   「幸せだから笑うのではな い、笑うから幸せなのだ」
   「幸福には前向きに努力 し、行動することが何より大切だ」
   と述べていて

   幸せになるには自分で行動すること、
   また楽観主義とは生まれつきでなく、
   心がけで誰でもなれると説いているそうです

   彼は教師だったが、
   第一次対戦では志願して従軍した、とあります。
   そんな厳しい状況だからこそ
   幸せとは心がけ次第、と考えたかもしれない。

  ・ラッセルは「期待しない」「好奇心」
   彼は
   「被害妄想が不幸の原因」
   とし、その予防として
   ・自分を利他的と思ったり、過大評価したりしないこと、
   ・他人は自分が思うほど、自分のことをそんなに気にしていないと思うこと
   としています
   要するに、
   自分にも他人にも必要以上に期待しない、あきらめる
   てことことらしい

   さらにこの方、身内に統合失調症などの方が多かったそうで、そのせいか

   心を内に内に向けると不幸になる、
   外や他人へ「好奇心」を持って向かう方が幸福になれる、
   と述べているそうです
   (そうすれば、外の幸福にも気づくし、
   自分の問題にも冷静になれる、
とのこと)
   そしてその際は、敵対的でなく友好的であれ、としているそうです。

   彼は貴族の生まれだが、活動家として投獄されたとか。
   生涯に4回の離婚、2回の投獄を経験しているそうですが

   それでも幸福になれたのは
   他人へ好奇心、友好心を持って接していたからではないか、
   とのことです

  ・ヒルティは「信念」
   彼は敬虔なクリスチャンで
   「信念」や「勇気」という言葉がよく出てくるそうです

   「人生で幸福なのは困難がないことではなく、
    困難に打ち勝つこと」
   と述べ、信念と勇気で困難に立ち向かえ、と説いているそうです
   また、働くことの喜びについても言及しているとか。

  …こうしてみると、たしかにアランが一番行動的でポジティブ、
   ラッセルは他人などに必要以上に期待せず生きようみたいな感じ、
   ヒルティは信仰心がカギ、ですね)

 ・ボーヴォワール
  他、結婚については
  ボーヴォワールの言葉に

  「こんなにも長い間共鳴しあえたこと、
   それだけで素晴らしいことなのだ」

  小川氏の解説によると
  ボーヴォワールはサルトルと恋仲で
  20代の時にパリで出会い、50年連れ添う
  サルトルが亡くなったあと、ボーヴォワールは二人の関係を振り返り
  「別れの儀式」
  という本を書いているそうです

  この二人、恋仲といっても
  「契約結婚」
  という形態を取り、
  お互い違う人と自由恋愛してもOKという関係にしていたそうです
  自由を許すことで、お互いの絆を強めていたとのこと

  ただし、
  ボーヴォワールは美人なのでモテモテ、
  サルトルも性格がいいのでモテモテなので、
  お互い嫉妬もあったそうですが…

  嫉妬起こすくらいなら逆にめんどくさい気もしますが、
  ていうか元気だなーと思うけど(笑)、
  恋愛の国フランスならではの発想なんですかね?

  ボーヴォワールの言葉はよくわからんけど、
  結婚生活も、長く続いただけでも素晴らしいと考えてみては?ということなのかな?

○視聴者からの相談その2
 次の相談はもう少し深刻で
 「成功とは何ですか」
 というもの。

  相談によれば
  若い頃は仕事を頑張るぞと思っていたが
  同期には先に出世され窓際族、
  家族にも尊敬されない、
  最近は肩たたきに怯えている…
  いったい人生の成功とは何を指すのか?
  という悩みです

 ・サルトルの実存主義
  これに対してはサルトルの
  「人間はあとになって初めて人間になる、
   人間は自ら作ったところのものになる」

  …?ちょっと分かりにくいかな。
  小川氏によれば
  サルトルは「実存主義」
  自分で人生を切り開く、という哲学、
  周りの評価を考えることなく、
  自分で人生を変えていけばいい、と考えるそうです

  みちょぱさんは
  「えー意味わかんない」
  言い回しが分かりにくいみたい。
  「人間になるってなに?
   だって元から人間だし」

  小川氏は
  「それをみんな気づいてないんですよ」
  みちょぱさん
  「気づいてますよ」
  「じゃあ何ができたら人間?」
  「息してる」「歩ける、しゃべる」(笑)
  「そうですよね、
   だけどそれに気づいてない人が多いから
   自分は何もできないと思っちゃう」

  みちょぱさん、率直に分からんという素直さがいいね(笑)
  私なりに考えますと
  評価はどうであれ、自分なりに頑張ればその分自分の力になる、てことなのかな?

  (サルトルに関しては、
  調べだすとドツボにはまりそうなんですが(笑)

  元々プラトンなどの
  「生まれつき物事には性質が決まってる(それは神が決めている)」
  という考え方(本質論)に対するアンチテーゼとして
  「個人の意思、行動で物事が決まるんだ」
  という考え方がうまれたようです。
  「個人主義」「自由」がキーワードみたいです。
  身分とか制度、宗教に縛られていた時代ならではの発想なのかも。

  「自分で人生を決める」
て、現代的にはなんか当たり前すぎにも感じますが

  今の日本でも、
  会社での立場だとか、
  家族の視線だとか、
  社会的な体裁とかバッシングとか
  色んなものに縛られている
  と言えなくもないので
  注目されているのかもしれません)

  西川さんは
  「何をもって成功か、て話なら…
   僕らの仕事は他の方から見たら羨ましいところがあるのかもしれないけど
   なったらなったで悩みもあるし、
   何をもって幸せかは、人によって違うかな思うんですけど」
  貴理子さんは
  「んー。それぞれの人が悩んでる中で、
   何とか前向きに頑張っていけばいいってことですかね」
  小川氏は
  「そうですね」
  「まぁ、実際変えられるかどうかは別ですけどね」

  自分の基準で「これが成功」と思うところに向けて努力したらいい、ということですかね。

  高田さんにとっての成功は
  「昔「どれだけ長く生きたかじゃなくて、どう生きたかが人間だ」みたいなことを言った人がいたけど
   そこから、俺はとにかく長く生きようと思ってるのよ」だそうです。
  貴理子さんは
  「じゃあ高田さんは長く生きることが成功なの?」と聞くけど
  高田さん
  「そこはねー、成功かどうかは考えないのよ」

  ちなみに高田さんの名言を言ったのはルソーだそうだ

  ルソーが言ったのは
  「最上の生き方をした人というのは、
   最も長寿を保った人ではなく
   最もよく人生を味わった人だ」

  この言葉の背景には彼の生涯がある
  ルソーは母親を早くに亡くし、父親は家出、天涯孤独だったそうです
  また、危険人物と見なされ放浪生活を送っていた

  色んな地で、多くの人と交流する中で生まれた言葉だそう

  貴理子さんは
  「私から見たら、高田さんは成功者に見えますよ?」
  高田さんは
  「劇団時代は苦しかったからねー」とはぐらかす。
  小川氏は
  「たぶん高田さんは、人生を味わわれているんですね」
  高田さんは
  「んー、よくわかんないけど、最近は痔が心配でねぇ…」(笑)
  貴理子さん
  「お尻が痛いの?」
  西川さん
  「あの、それ別の番組でやってください」(笑)

 ・西田幾多郎哲学
  ほかには西田幾多郎が

  「善とは一言にて言えば人格の実現だ」

  西田哲学は、西洋哲学と日本の思想の融合、と言われているそうで
  彼は「善の研究」という本を出しているそうです

  彼の言う善、人格の実現とは
  周囲に惑わされず、自分の価値観を確立させていくこと、
  人と競争とか比較をしないことらしい

  人の評価は関係ない、という意味では、先ほどのサルトル実存主義と少し似てるのかな?

  小川氏
  「みちょぱさんはこれ分かりますか?けっこう競争激しい世界におられると思うんですけど」
  みちょぱさん
  「んー、でも私競争しないですね」
  「でもモデルさんなら他人には比較されるでしょう?」
  「されるけど、めんどくさーって気にしない」
  「だから成功してるんですね」
  「うん、私成功してると思いますよ」(笑)
  「西田幾多郎もそれを言ってるんです」
  「そういうことかー♪」(笑)

  西川さんは
  「でも人と負けたくない、て思う気持ちが
  自分を磨いていく、てのもありますよね」
  高田さん
  「まぁたしかにね。
   でも「うちの子負けず嫌いなんです」とは行っても
   「うちの子負け好きなんです」とは言わないですよね(笑)
   多かれ少なかれ、みんな負けず嫌いなんでしょうね」

○思考実験
 さてここでブレークタイム。
 思考実験という名のトレーニング、だそうです。

 これは昔のギリシャ哲学者の議論などから続いているもので
 例えば「アキレスの亀」
 どんなにのろい亀でも、俊足のアキレスが追い越せない理由は?など、
 あり得ない設定を作ってあーだこーだ議論するのだそうだ

 今回の思考実験はけっこう過激ですが
 「あなたは無人島にほかの二人と残されてしまった
  食べるものも尽き、あとは餓死するのみ…
  Aさんは衰弱しており
  Bさんが「Aさんを殺して食べよう」と誘ってきた
  あなたはどうする?

  A Aさんを殺して生き延びる
  B 全員死ぬ」

 どっちかだけで、魚とるとかもダメみたいです。

 西川さん、貴理子さんはA
 理由を聞くと
 「生きたいから」とシンプル。

 高田さんとみちょぱさんはB
 高田さんは
 「それが一番幸せな気がする」
 みちょぱさんは
 「生き延びても人食べたってのが頭に残るし、
  それなら死んだ方がまし」
 小川氏によれば
 Aの考え方は「功利主義」
  少しでも多くの人が幸福になる方がいいとする考え方
 Bの考え方は「カント倫理学」
  いかなるときでも人間を手段にしてはいけない、とする考え方なのだそう

 さらにヘビーな質問は続きます
 貴理子さん、西川さんには
 「Aさんが家族なら?」
 これには二人とも悩んでいました

 みちょぱさんたちには
 「なぜ人間を犠牲にしちゃいけないのか?」
 「本人が別にいいよっていったら?」

 みちょぱさんは
 「んー、人殺すのがめんどくさい」

 「じゃあ元々死んでたらいいってこと?」
 みちょぱさん
 「死んじゃってたらいいんじゃないですか」
 「じゃあ食べる?」
 「んー。そもそも人間を食べることに抵抗がありますけど」

 ほかには
 「臓器移植と何が違うの?」てのがありました

 これって有識者に聞けば?と高田さんは言いましたが

 「哲学ってのは、みんなが考えるもの、
  何があっても大丈夫なようにトレーニングしておくこと」
 なんだそうです

 (ちなみに私なら、人食べるのやだから死ぬ方がまし、
 というみちょぱさんに賛成だが
 めっちゃお腹すいて死にそうな状況なら分からんなぁと思う)

○西川さんの悩み
 さて次は西川さんの悩み
 「こんなの人前で言うことか分からないんですけど」
 と言いつつ

 「僕らはゆくゆく死に近づいていきますよね、
  でも僕死ぬことがまだ受け入れられてないんですよ」
 彼は4歳かそこらからそのことを考えていたそうです

 ここで高田さんからの思考実験。
 「じゃあ、全員が永久に生きられるとしたらどう?」
 「全員ですか?」
 「全員だよ」
 「みんな?自分だけかと思ってたけど、全員ずーっと生きるとしたら…」
 と答えに詰まってました

 小川氏は
 「どう生きたらいいか考えていけば
  死は段々受け入れられる、とソクラテスは言ってます」

 ソクラテスによれば
 「正しく哲学している人々は
  死ぬことを練習しているのだ」

 ソクラテスはどう生きるか、どう死ぬかについて考え尽くした哲学者だそうで
 実際死刑宣告を受けたが、それを淡々と受け入れ、死刑を受けたそうです

 小川氏は
 「どう生きるかを考えて、
  自分のペースで生きられたら、
  死ぬことを受け入れられるのかもしれないですね」

 しかし西川さんは
 「んー、多分死ぬことが未知だからこわいんでしょうね。
  実際死んで見られるのは死んだ後だから」

 しかしみちょぱさんは
 「えー、結局いつ死んでもいいように楽しく生きればいいんじゃないですか」
 とバッサリ(笑)

 貴理子さんに
 「それはまだあなた若いからよ」と言われても
 「だって死んじゃったら自分も無になるだけだし、
  後悔もなくないですか?」
 (笑)たしかにそうよね。私もそう思う。

 西川さんは
 「んー、やりたいことが有りすぎて時間が足りないのかもしれないですね」

…この議論は結論がないですが
小川氏は
 「今スゴいこと議論してると思うんですよ、
  ソクラテスの時代の議論そのままなんですよね」

 貴理子さん
 「じゃあ私たちソクラテスレベル?」(笑)

 高田さんは
 「んー、僕の今の悩みは
  24、5歳の子をどうつかまえようかとかですけどねー」
 結局、ゆるーく終わってました(笑)

 (「死について考え尽くした」というソクラテスは、結局どう死を受け入れたか?
 が気になったので調べましたが、

 http://www.fruits.ne.jp/~k-style/sub3.html
に「ソクラテスの弁明」
 という本からの引用が載っていました。

 (なんか聞いたことある本だなーと思ったら、
  この本、私が高校の時の読書感想文の推薦図書だったような。結局読まなかったけど(笑))

 そこにはソクラテス自身の死についての考え方がありました。

 長いので私なりに要約しますと

 ソクラテス曰く
  みんな死が恐いのは、
  みんな死を知らないから、
  最悪なものと決めつけているから。
 彼はこれこそ無知だ、としています

 死は良きものかもしれない、と彼はいう。

 そしてその根拠として
 死は次のうちどちらかなはずだ。
 ・何も感じない虚無か
 ・あの世へ行くか

 そして、前者なら熟睡状態と変わらないから幸せだろう

 後者だとしてもたくさん死者がいるところへ行けるから、それも幸せだろう

 と述べているそうです

 私もこれには共感する。
 今は死にたくないが
 死んだ後辛いのは、むしろ残された人なんだろうな、
 死ぬ人自身は大したこと無いんじゃ?と思う。

 自分が死んだら意識無くなるんだから、痛みとかは無いだろうし
 あったとしても一瞬だろうし
 別の世界に行くなら、それはそれで新しい経験なのかなと思う。

 ただ今の世界でしか経験できないこともあるから、
 まだまだ死にたくはない。。)

全体的に、高田さんのいい加減な(笑)司会と
みちょぱさんがズバズバ斬ってくれるのが面白かったです。

哲学もこれくらい気楽に考えたらいいのかなーと思いました。
見る時々により、色んな解釈ができそうです。
「幸福論」のほか「不幸論」を書いてる方もいるみたいなので、
機会があれば読んでみよう。

というわけで今回はこの辺で。


posted by Amago at 09:33| Comment(0) | テレビ | 更新情報をチェックする