2017年10月17日

Eテレ「100分de名著 歎異抄 第2回「悪人こそが救われる」第3回「迷いと救いの間で」」

Eテレ「100分de名著 歎異抄 第2回「悪人こそが救われる」第3回「迷いと救いの間で」」

前々から興味があった親鸞の「歎異抄」。
一年半前見逃したので、再放送していただいているのがありがたい。
今回は2回目、3回目をまとめて見ました。
(先週は2回目見てる暇がなかったので…)
解説の釈徹宋さんの話し方が心地よくて、すっと胸に入ります。
なるほど~、人間の複雑さみたいなものを感じてしまいました。

ところで恥ずかしながら、私「たんいしょう」かと思っていたのですが
「たんにしょう」だったんですね、知りませんでした…(今更知った(汗))

進行は磯野佑子アナと伊集院光さん、
解説は前回と同じく、文学者で僧侶の釈徹宗さん。

第2回「悪人こそが救われる」
前回は、「自力と他力」の話でしたが
この回は「悪人と善人」の話。
釈氏は、
「悪人こそが救われる、悪人正機説ともいわれますが
 親鸞の言葉のなかで一番有名かもしれませんね」

たしかにこの言葉、よく聞かれるけど
なんで悪人「こそ」が救われねばならんの?という気になりますね…

〇悪人こそが救われる、の本意
 この言葉は「歎異抄」の第三条にあるそうです

 原文を訳した解説によりますと
 
  「善人すら浄土に行ける、ましてや悪人はなおさらだ」

  世の中の人は普通、
  「悪人すら浄土に行ける、ましてや善人はなおさら」という。
  これは一見もっともだが、本願他力の心に反している。

  なぜなら、
  善人、つまり自力の善で往生しようとする人は、
  阿弥陀様の願いに沿っていない。
  しかし善人でも、自力にとらわれた心を翻し、
  本願の力にお任せすれば、成仏できる。

  なぜなら、どんな厳しい修行をしても迷いの世界から逃れられない、
  そんな我々を見て阿弥陀様は立ち上がったのである。
  阿弥陀様の願いは、
  我々のような悪人を救い、浄土に往生させて仏にすることなのである、
  その本願の心にお任せする悪人の心を持つ人こそが、往生できる

 …とかいう内容でした
  
 磯野アナは
 「なにか、私たちのいう善人、悪人とは何か違うみたいですね」

 釈氏によると
 親鸞の言う善人、悪人は少し我々とはニュアンスが違う。
  ・善人とは、自分で修行して煩悩を消し去り、悟りを開ける人
  ・悪人とはそれができない人

 伊集院さんは
 「なるほど、今の言葉で言えば、
  落ちこぼれを救うための教えなんだから、ということですね」

 釈氏はキャッチャーのストライクゾーンの例えを出していました
 普通は、仏が救うストライクゾーンに善人がいて、
 悪人はもうちょい頑張れよ見たいな感じなイメージがある。

 しかし、親鸞の場合、ストライクゾーンにこそ悪人がいる。
 この人たちは本来の救いの対象で、正機というのだそうです
 悪人正機、というのはこのためらしい。
 そして善人は傍機(ついでに助ける人)、という扱い
 「ですから、泳げない人をまず救う船みたいなものなんですね」

 釈氏はさらに、
 「もう少し深く読むと、
  親鸞は「善人の危うさ」みたいなのも言っているんです」
 つまり、自分たちで修行した、救われた、という人たちは本当に救われているのか?
 幾ら修行をしても、内面を見たら煩悩は完全に消えていないはずで、
 そう考えるとすべての人は悪人ともいえる、
 悪人の自覚を持ちなさいよ、とも親鸞は言っているのだそう

 伊集院さんは
 「さらに言うと、俺たちは善人だ、って言ってる人は
  実は善人じゃない場合が多いですよね」
 そして
 「ネット上の炎上とか最近ありますよね。
  批判する側は、最初は自分が正義の気持ちで批判しているんですけど、
  だんだんエスカレートしてきて、バカヤローとか死ねとかいう言葉になる、
  外から見ていたらどちらが正義なのか分からない…」

 釈氏は
 「善人の暴走が始まることを戒めているんですね」
 「それから仏教は面白い宗教で、
  どんな考え方も偏っちゃダメ、っていうんです。(中庸)
  これ現代人が考えないといけないことだと思います、
  自己点検が必要だ、と言っている」

「デキない人」をまず救ってあげよう、というのが仏のやさしさ。
また、「デキる人」の、自分たちは頑張って勝ち組になった、というおごりがよくない
ということなのですね。

〇いくら念仏を唱えても悟れない…
 次は第九条の話です。
 これは、唯円がある日思い切って親鸞に悩みを打ち明ける、という場面です
 唯円
 「念仏をいくら唱えても、躍り上がる喜びが感じられない。
  浄土に行きたいとも思えない、
  この気持ちをどうしたらいいのか」

 それに対して親鸞はどう答えたか。
 「この親鸞もなぜだと思っていましたが、唯円、あなたもですか」
 なんと親鸞も、自分も同じだ、という。

 そして、
 「浄土に早く往生したいとも思わないし、
  ちょっと病気になったら死にたくないと思う、それは煩悩の力。
  果てしなく遠い昔から、生まれ変わり出てきたこの迷いに満ちた世界が恋しい、
  浄土に行きたいとも思えないのは、煩悩のなすわざ」
 さらに
 「だからこそ、我々は往生できる」と続けたそうです。

 釈氏の解説によると
 「僕の勝手な想像なんですけど、
  たぶんこのとき、唯円は師匠と二人きりになって、
  この際だから思い切って聞いちゃおう、と告白したんだと思います」
 当時唯円30代、親鸞は80代。
 「唯円は、僕はいくら念仏を唱えてもちっともうれしくない、
  浄土に行きたくもない、と打ち明けるんですよ。
  そして親鸞は、わしもそうなんや、という。
  80代でそんな言葉はふつう出てこないですよ。
  それから唯円、よくぞ聞いてくれた、と思いますね」
 この第九条は、これがないと親鸞の人柄はよくわからなかった、
 と言われるものなのだそうです
  「よくぞ聞いてくれた、そしてよくぞ書き留めてくれた、と思いますね」
 磯野アナは
 「でも「ワシもや」といった親鸞もすごいですよね…」

 たしかに、この立場にして「ぶっちゃけ、いくら念仏してもなんも変わらなくね?」
 と言った二人はスゴいですね(笑)

 釈氏は
 「親鸞は、自分もいくら救われると言われても喜べない、という気持ちを吐露する
  でも喜べないような人を救うために仏はこの世にいるんだから、
  いつかは救われるんだ、と親鸞は言うんですね」
 伊集院さん
 「俺らできないけど、できないやつを救うために仏さまはいるんだから、
  俺ら救われるぞ良かったな、って言ってるんですね、
  でも救われると思っちゃったら救われない、から仏さまは救ってくれる…」

 釈氏は
 「親鸞は、悟ってしまったら、煩悩はないのか俺は?と自分に聞くんです。
  原文を読むと、しびれるような語感のある箇所がいくつもあるんですよ…
  「苦悩の旧里は捨てがたく、いまだ産まれざる案養生度は恋しからず候」」
   いかに迷いの世界にいるとしても離れたくない、
   ちょっとの病で死ぬのが心配になる、
   浄土はちっとも恋しくない、
   でも「いたしかたなく」浄土に行かねばならない、と親鸞は言うんです」
 
 また、
 「仏教は今まで、私が修行して仏の所に自分で行く、というものだったが、
  親鸞は、仏が私のところに救いに来る、という形にしたんです。
  そして、仏は私を救いに来るが、私はそこから逃げようとしている、と。
  これ、どこにも着地させてくれない、光と影の緊張感がありますでしょう?」
 
 「キルケゴール、という哲学者がいるんですけど、
  彼も「私は穴の開いた船に乗っている、
     降りることもできず、いつまでも水をかき出しつづけなけらばならない」
  と言っていて、親鸞の世界と通じるものがあると思います」

 伊集院さん
 「なるほど、私は救われないかもしれない、と思うから救われる、
  でも救われると思っちゃうと救われない…」
 釈氏
 「なかなか着地させてもらえないんですね」
 磯野アナ
 「唯円はこれが誤解されるのを危惧して歎異抄を書いたんですよね」
 釈氏
 「何をしても救われる、というのも違うし、
  救いの喜びがある、というのもまた違う…」

 ここのくだりは堂々巡りで分かりにくいんですが、
  念仏さえすれば何をしても救われる、というわけではなく
  念仏唱えたって煩悩まみれ、悩みだらけなのが我々の人生、
  でも煩悩だらけでどうしよう、悟れないかも、と悩んでいる人にこそ、
  仏は救いに来てくださる、
  でも救われるからと安心して悩みもしなかったら、やっぱり救われない…
  煩悩に煩わされ続けること、救われないかもと悩むことこそが救われる道、
  ということなんでしょうかね。
 
〇社会の中の「悪人」
 親鸞が歎異抄で悪人こそ救われる、と書いた真意は、実はほかにもあるそうです
 それは、社会通念として「悪人」とされてきた人たちを救うこと

 彼の肖像画にその気持ちが表れているそうです
 彼の肖像画には、猫の川の草履、シカの骨の杖、タヌキの川の敷物など
 獣たちから作られた小道具があえて描かれている

 当時は
 猟師さん(命を奪う仕事)や、 商人(お金を扱う人)は
 さげすまれ、「悪人」とされてきたそうです
 鎌倉時代の百科事典「塵袋」という本には
 「悪人」という欄に、こういう職業、
 社会的に抑圧された身分の人たちを指す言葉として書かれている

 しかし親鸞は、
 「彼らもいし、かわらのごとくの私たちと同じ」で
 「仏さまが黄金に変えてくださる」
 と言っていたそうです

 当時は仏教の価値観が世の中にあって、
 殺生やお金を扱うことはタブーとされてきた
 伊集院さん
 「それは、生活のために必要でも、ということですか?」
 釈氏
 「そうですね、幾ら生活に必要でも、彼らはさげすまれていた
  そういう宗教の価値観に縛られていた人たちに対して
  親鸞は道を開いたんですね」
 磯野アナ
 「パイオニアですね」
 伊集院さん
 「絵の中に動物から作られた道具を描いたのも、
  お前ら使うだろ、必要なんだろ、それを私は否定しないよ、って言ってるんですね」

 釈氏
 「親鸞にとっては、これがきれい、汚いというのはない、
  私はこんな仕事をしているから救われない、という人に対して、
  そんなことないよ、あなたこそ救われる、といったんですね。
  「いしかわら、礫のごとくわれらなり、そこにこそ仏の救いがある」と」

 釈氏は
 これは社会の通念と真逆の発想で、
 これこそが宗教の役割ではないか、とも言っています。
 宗教は社会と逆の価値観を提示してこそ存在意義がある、
 みんなからダメだと言われている人を、あえて救うことに宗教の存在価値がある、
 とのことです。

 伊集院さんは
 「今の言葉で言うと、
  例えばお金がないとダメだとか、負け組だとか言われますけど
  そういう人こそ救われるんだよと言っているんですね」
 でもだからこそ、敵視されたり誤解されたりするのかな…
 
 という感じで終わっていました。

「第3回 迷いと救いの間で」
 3回目は、「歎異抄」後半のことで
 唯円が親鸞の教えを間違って解釈されている例を取り上げ、
 それを一つ一つ論破していく箇所の話でした。
 釈氏によると、この後半がこの本の本題なのだそうです

〇第十一条~第十八条の構成
 後半は、第十一条から第十八条からなり
 それぞれ漢字4文字の題がついていますが、
 これは唯円ではなく、後世の人が理解しやすくするために後からつけたものだそう

 それぞれ、「間違った解釈」を取り上げ、一つ一つ違う、と言っています。
 …色々見ていくと、なかなかややこしい。

 ざっと見ていくと
 第十一条「誓名別信」
 「あなたは阿弥陀さまの本願を信じているのか、
  それとも念仏の不思議な力を信じているのか?」これは×。

  阿弥陀さまの本願の力と、念仏の力は分けて考えてはいけないらしい。

  (これは分かりにくかったしあんまり解説もなかったのですが
   私の勝手な想像でいうと
   念仏だけ唱えて、
   阿弥陀さまのことをあんまり理解していない民衆、を批判する僧侶を戒めたもの?

   しかし親鸞に言わせれば、
   念仏を信じる=阿弥陀さまの本願に頼ること、だから、
   念仏を信じるだけの人でもそれでOK、
   そういう人は阿弥陀さまの本願も分かってる、ということかな??)

 第十二条「学解往生」
 「教典を学ばねば往生できない」
  これも×。
  難しい経典など学べない人でも阿弥陀さまは救ってくれる、とのこと

 第十三条「専修賢善」
 「何をしても阿弥陀様が救ってくれるなら、悪いことしたっていいじゃん」
 「…なんていう人間は成仏できない」
  これも×。
  阿弥陀さまの本願に甘えて悪を犯した人も、阿弥陀様は救ってくれるのだそう

 第十四条「念仏滅罪」
 「念仏を唱えれば罪はチャラになるんだって、レッツ念仏!」
  これも×。
  念仏を唱えて罪を消す、というのは自力の考え方になる

 第十五条「即身成仏」
 「私はもう悟りました」
  これも×。
  煩悩を抱えて生きる人間が、この世で悟れることはあり得ない

 第十六条「回心滅罪」
 「悪いことをしても、心を改めたら救われるんだ」
  これも×。
  心を改めれば救われる、というのは自力の考えにつながる

 第十七条「辺地堕獄」
 「自力で成仏する、なんてやつは地獄に行くぞ」
  これも×。
  自力の人も、仏は救ってくださる

 第十八条「施量別報」
 「お布施の額次第で浄土のランクが変わります」
  これも×。
  お布施の量で功徳の優劣は変わらない。

 釈氏によると
 唯円がこの本で「その解釈違います」と言っている内容は、
 大きく分けると
 ・専修賢善
 ・造悪無碍
 の二つになるそうです。

 「専修賢善」とは、
 「良いことをしないと往生できないよ」
 という考え方
 十三、十四、十六、十八条がこれに当たる

 「造悪無碍」とは、
 「悪をしてもOK」
 という考え方
 (十一、十二、十五、十七条)

 いずれも極端で、
 どちらにも偏ってはいけない、と教えている。
 これらをバランスよく配置、批判しているところに
 唯円の優れた構成力がある、と釈氏は話していました

〇第十三条 専修賢善
 磯野アナ
 「伊集院さん、このうち気になるものは?」
 伊集院さん
 「うーんと、何やってもいいんだぜ、ていう人に「×!」ていう人がいいのかと思ったら
  それが「×!」だった、ってやつ何だっけ?」
 釈氏
 「十三条の「専修賢善」ですね、
  これは一番行ったり来たりさせられます」

  阿弥陀さまの本願に頼り、悪をしてもいいんだ、むしろ悪をしちゃえという人を
  「本願ぼこり」というそうですが
  本願ぼこりは成仏できない、
  と批判する人も親鸞は批判しているんだ
  と唯円は書いています。
 
 親鸞がそう教えている、という根拠に
 唯円は親鸞との対話を書いています

 親鸞「唯円、私のことを信じるか」
 唯円が「親鸞さまの言うことは謹んでお受けいたします」 というと
 親鸞
 「それでは、人を1000人殺してくれ、
  そうすればあなたの往生は確かなものになるだろう」
 そこで唯円は
 「私のような器では一人として人を殺せません」
 と答える

 親鸞は
 「それでは、どうしてこの親鸞の言うことに背かない、と言ったのか?」

 そして、
 「何でもできるなら誰でも1000人殺せるが、
  世の中は思い通りにならない、だからみんな1000人殺さないのだ、
  それは、その人の心が清いからではない。
  また、1000人殺すつもりは無かったのに殺してしまう人もいる。

  そのように、人間とは状況次第で何をするか分からないもの、
  そんな私たちを悲しんで、憐れんで阿弥陀仏は本願を立てたのだ、
  良いことをしないと浄土に往生できないというのは、
  阿弥陀さまの本願を疑っているということだ」

 ということを言われたそうです

 我々が何をしでかすかは過去の縁次第、
 そんな全ての人を救おうと阿弥陀さまは立ち上がれた、
 悪をしたら救われない、というのは阿弥陀さまの本願を疑っていることだ、と。

 「じゃあわざと悪ばっかりしてるあいつはどうなのよ?」
 という人に、唯円は
 「親鸞も、「薬があるからといってわざと毒を飲む必要はない」
  とは言っている」
  もちろん悪はよくない、という。
 
 しかし
 「だからと言って、悪は往生の妨げにはならないのです。
  それにあなたも、阿弥陀さまの本願に甘えているではないか、
  どんな悪を本願ぼこりといい、何をそうでないというのか?
  線引きするのは大人げない」
 とたしなめていました

 釈氏によれば
 「何をしてもいいんだという本願ぼこりは往生できない、というのは×。
  なら本願ぼこりはいいか、悪をしてもいいかと言ったらそれも×。
  じゃあ悪を犯してはいけないのかといえば、
  「悪をすることも往生の妨げにはならない」
  と言ってるんですね」
 …堂々巡りですね。

 伊集院さんは
 「前回、この時代では、
  今からしたら悪ではない狩りなどの仕事も悪とされていた。
  でもその人たちも救う、と親鸞は言ったけど、
  それだけじゃなくて、人殺しとか、明らかな悪も救ってしまうんですね…」

 磯野アナは
 「それにしても1000人殺してくれ、にはビックリしました」
 伊集院さん
 「仏教は殺生ダメ、て言ってるのに、仏教の師匠が1000人殺せ、てのはショッキングですね」
 釈氏は
 「唯円も驚いたんじゃないかと…」

 しかし、
 「親鸞が言いたいのは、
  今私が人を殺さないのは、善人だからか?ということですね。

  我々も一歩間違うと誤って人を殺してしまうかもしれない、
  それをしないのは縁がないからに過ぎないと言っている。
  でも縁があれば人を殺すこともしてしまうかもしれない、
  それが人間の本性なんだと。

  だからある意味、我々が善人か悪人かというのは
  自分の都合で考えているのかもしれない」

 伊集院さんは
 「前にNHKのドキュメンタリーで、
  人を殴っている様子を見て脳を測る、というのをやっていたんです。
  すると殴られるのは誰しも嫌だから、嫌悪する脳の部分が反応していたけど
  これを、家族を守るためにこの人に罰を与えている、という情報を入れると
  同じ映像を見ていても快感に変わってしまうんだそうです。
  ものすごいものを見ていると思った」
 悪も状況次第で快感に変わるんですね。

 釈氏によると
  我々は、善悪について知性や理性、社会の倫理、などをもとに判断しがちだが、
  親鸞はその危うさを指摘している、とのことです
  「悪を批判している人は、
   何が善で何が悪か、それを真剣に考えて言っているのか、と」

 伊集院さん
 「でもそうなると、何をどうすりゃいいのとなりますよね…」
 釈氏
 「しんどくなってきますよね、だからこれを知らなければ良かったと思うこともあります」

 まあでも戦争の時代になれば
 良かれと思って人をじゃんじゃん殺す人も出てくるわけで
 自分も生まれた時代が違ってたらそうなっていたかもしれないわけで…

 それに人を殺すまでしなくても、
 知らず知らずに良かれと思って誰かを傷つけている、というのは誰しもあるはず。
 だから善悪ってのは線引きできないし、
 誰でも善人、悪人になりうる。

 仏さまはそれをまとめて救ってくださるとおっしゃっている。
 我々ができるのは、
 自分の善も悪も、つくろわずにそれが自分だと認めること、
 そしてあとは仏さまに謙虚にお任せすることだ、ということなのかな…
 
〇第十四条「念仏滅罪」
 十四条では
 「念仏すれば罪が消せる」
 という問題を扱っている
 この考えはなぜ誤っているのか?

 唯円の解説によると
 たしかに念仏を唱えれば罪が消える、と書いてある仏教の書はあるが
 これは仏教が禁じている罪が、どれだけ重いのかを示しているのだ、
 とのことです

 そして、
 「念仏を唱えれば罪が消える、と信じるのは
  それこそ、「自力」で罪を消し去って往生しようとする心に他ならない。

  一生の間、我々が心に思う煩悩は、
  自分をこの迷いだらけの世界に繋ぎ止めるためのもの。
  それに向き合い、命が尽きるまで念仏を唱え続けることで、
  初めて浄土に往生できる

  しかし人生は思いがけない出来事があったり、
  病気などで心安らかに死ねない人もいる、
  そういう人は念仏を唱えられないまま死ぬかもしれないが、
  そういう人は、念仏で罪は消せないから往生できないのか?
  いやそんなことはない。

  すべてを決して捨てない、
  という阿弥陀さまの本願を信じてお任せすれば
  たとえ念仏できないまま命が尽きるとしても、
  速やかに往生できる」

 釈氏の解説によると
 「罪を消すための念仏は、
  自分の都合の念仏だ、と言ってるんですね」
 「本物の念仏は、他力に基づいた念仏。
  そして、私たちは罪や煩悩を抱えたまま、浄土にいくんだと」
 伊集院さん
 「念仏で罪が消えたというよりは、罪を抱えていくということですか…」
 釈氏は
 「念仏は、自分の罪がありありと見えてくるものだと言っているんですね」

 念仏を唱えたって罪は消えることはなく、
 むしろ罪を実感させられる。
 でもそれを消そうともせず素直に抱えている人をこそ、
 仏様が浄土に連れて行ってくださる、と言うことですね。

〇信心を持てば念仏すら要らない、といった唯円オリジナルの解釈
 磯野アナ
 「唯円は念仏すら唱えなくていい、みたいなこともいってますけど…」
 釈氏は
 「実はこれ、親鸞は言っていないんです。
  親鸞は
  「本物の信心には必ず念仏が備わっている、
   信心と念仏は裏表になっている」と言っている

  でも唯円は信心1つで救われると言っているんです。
  この、信心に特化した考え方は唯円オリジナルで、
  もしかしたらそう言わざるを得ない至る事情があったのかもしれない」

 伊集院さん
 「おそらく勝手に想像するに、
  唯円が現場を見ていくうちにそうなったのかも。
  例えば、言葉を発することもできない病で、でもものすごい信心がある、
  そういう人が亡くなる現場を見たりして、
  そういう人も見送りたい、ということを考えた唯円の優しさがあるのかもしれないですね」

 釈氏
 「この「信心重視」と
  「罪を無くさずとも救われる」
  この二つを強調しているは唯円の特徴ですね」
 伊集院さん
 「面白いですね。
  名著としてみると、
  「親鸞の言葉」を「唯円が書いた」というのに、違う所があるのが面白い」

 親鸞の言う「他力」をさらに拡大解釈して、
 阿弥陀仏さまの心の広さを強調したのが、唯円かもしれないですね。

〇親鸞の念仏に対する考え方
 では、親鸞は念仏についてどう言っていたのか?についても言及されていました
 親鸞は
 「念仏は、無義をもって義とする、
  不可称不可説不可思議のゆえに」 
  と書いているそうです。

  最初の無義の「義」は自分の思慮分別、計らい、計算など
  次の「義」は本来の意味、原則という意味で、
  要するに
  「念仏には、自己の計らいや思慮分別を入れないのが本来の姿、
   なぜなら念仏というものは、唱えたり、説明したり、考えたりすることができないから」
  知性で把握できるものではないから、
  自分の計らいを捨てていかないと本来の念仏にならない
  ということらしい。

 磯野アナ
 「計らいとは計算ですかね?」
 釈氏
 「そうですね、計算して念仏して罪を無くそう、というような念仏は計らいの念仏。
  そういうものを超えて阿弥陀仏に任せるんだということですね」

 磯野アナ
 「任せるっていうと、何もしなくていいのかな、と思っちゃってやっぱり誤解されやすいですね」
 釈氏は
 「そうなんですよね、でも任せるというのが我々現代人には難しい。
  近代知性、理性に囚われている我々には、
  「南無阿弥陀仏…」に抵抗があるようなところがありますでしょう?」
  我々は知性で生活している、逆に理性に頼らないと生活が成り立たない。
 伊集院さん
 「宗教的なことじゃなくても、お任せ、お手上げとはなかなか言えないですね」

 釈氏は
 「我々は常に計らって暮らしている、人生は計らいだらけです。
  敵か味方か、役に立つか立たないか…
  どこかで「おかえり」ってっきゅっと抱いてもらえる場所がないと
  あまりに我々の人生は過酷じゃないですか。

  でも例えば子供でも、子供の世界って過酷ですけど、
  家に帰ってきゅっと「おかえり」って抱いてもらえたら安心できる、というところがあるでしょう?

  それと同じなんですね。
  阿弥陀仏さまにどこかで抱き締めてもらえる、そう思えるからこそ、
  凡人、愚者である我々が苦難の人生を歩める、というところがある…」

 天命を尽くして人事を待つ、じゃないですけど、
 煩悩は煩悩として悩み、
 あとは流れに任せなさいということなんでしょうか。

 さてここまでで、
 磯野アナ
 「伊集院さん、今まででどうですか?」
 伊集院さん
 「うーん、まだ宙づりのままなんですけど、
  最初は理屈で読んでみて、
  あれはダメ、と言われ、かといってこれもダメ…って宙づりにされていたんですけど。
  でもだんだん読んでいくうちに、
  宙づりっていうとひもにがんじがらめに縛られて、というイメージだったけど、
  ちょっとふわっと浮かせてもらえるような、気持ちいい方向になってきました。
  まだ不安ですけどね」

 それから
 「これから何かの縁で何かしてしまって、
  謝罪会見を開くことになって「今のお気持ちは?」と聞かれたら
  「南無阿弥陀仏」っていいたい」(笑)
 その心は、
 「だって理屈をこねようとして、人って炎上していくでしょ?
  行動は理屈がないといけないって言われがちで、
  だから理屈をこねていくんだけど、
  それがまた批判を浴びるわけでしょう、
  だから阿弥陀仏に委ねて南無阿弥陀仏もありかな、と…」
 磯野アナは
 「いやでもその前に何もない方が…」(笑)と言っていましたが
 伊集院さんは
 「でも縁ですからね、良かれと思って何かあるかもしれません」
 とまじめな顔で答えて終わっていました。
 なるほど、悪を犯すのも縁ですからね。伊集院さん、飲み込み早いな~

〇感想など
 歎異抄は解釈が難しい、なかなか着地させてもらえない、
 ということが強調されていましたけれど
 個人的には、仏様の懐の大きさというか、
 何か大きなものに抱かれているような安らぎを感じました。

 私はもう少し若いころ、
 仕事も何もかも面白くなくて、自分は何がしたいんだろう
 何をするのが自分の天職なのか、みたいなことを考えて
 自己啓発系の本を読んだり、そういうセミナーに行くこともありました
 
 でもそういう自己啓発って、
 やり方が願望達成型というのか、
 何か目標を立ててそこに向かって頑張るぞみたいなものが多くて、
 行ったときはパワーをもらえるような気がするんですけど
 なんかしんどくなってくるんですよね。

 そこで読んだ本だったかなんだか忘れましたが
 「目標達成型のものは、自分ではない何者かになろうとしている、
  いうなれば今の自分を否定している。
  それよりも今の自分で十分、と認めることの方が大事」
 という考え方を知ってなるほど、と思いました。

 それは、
 「こんな悪いとこあるからしょうがないじゃん」って開き直る、というのとは違う。
 「私はこんな悪いとこがあるから直さなきゃいけない」って頑張るのも違う。
 「今の私は悪いとこもいいとこもある、それはそれで認めよう。
  じゃあ、今の私は何をしたいんだろう、何ができるんだろう」
 と考えてやれることをやって、
 あとの結果は天にお任せ、という生き方をしていくことなのかなと。

 そんな風に生きていたら
 欠点もそのうち気にならなくなるかもしれないし、
 もしくは欠点が実は、誰かの役に立つのかもしれない。。
 あるいはどちらでもないのかもしれないけど、
 それすらも天にお任せしてしまえばいいのかな、と。

 歎異抄で
 「なかなか落ちつかせてもらえない」
 「悪をしていいの、悪いの、どっちなの?」
 というのもそれと似ているのかな…と思いました。
 「私の悪いところを直せばいいの、直さなくていいの、どっちなの?」と。
 
 仏教で修行とか念仏唱えて頑張って悟るぞー、ってのは
 自分でない何者かに「なろうとしている」状態なのかなと思います。
 この世にいる限り悟れない自分が、
 悟っている自分に「なろうとする」のはどこか無理がある。

 だから、悟れない自分、煩悩まみれの自分を認めてしまって、
 じゃあそこで何をしたらいいんだろう、と考えて、
 みんなと一緒に苦しんで、その時ベストの選択だと思うことをする、
 いうなれば「自分なりに生きる」
 そしてあとは「仏さまにお任せする」という生き方をすること…
 そんな私たちの姿を、仏さまは陰ながら見守ってくださっている、
 ということなのかな、と…

 お任せする、というと、なんか責任放棄にも感じるんですけど、
 「結果にとらわれない」
 ということなのかなと思います。
 いい人になろう、とかこうなろう、とこだわらないこと、
 それが仏教の言う「中庸の道」にもつながるのかな、と。
 
 キリスト教などは「裁きの宗教」ですよね。
 善悪があって、強い神がいて、それを裁く…
 なんかこういう裁き系の宗教だと苦しいな、と思ってしまいます。
 もちろん貧しい人、苦しい人こそ救われる、んでしょうけど
 なんか極端だな~というか…

 歎異抄で書かれているものを見ると
 もっと普段の生活の中で、
 善も悪もしていいんだよ、と言われているような優しさを感じます。
 悩んでもいい、怒っても泣いても苦しんでもいい、
 でも行き過ぎないようにしなさい、
 中庸にまた戻って来たらいいんだよ、と…
 そうやって、悩んだり苦しんだり悪を犯したりする私たちに対して、
 陰ながら、一緒に泣きながら見てくれている神さまがいるのかな、と思います。
 (キリスト教の神だと、悪をしている人は見捨てられそうなイメージがあります)

 さて来週はどんな内容なのかな…
 また勉強させていただきます。
 
 というわけで今回はこの辺で。
 
 
 
 
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2017年10月05日

NHKBS「激動の世界を行く カザフスタン」

NHKBS1「激動の世界を行く カザフスタン」

 不定期でやっている番組で、
 大越健介キャスターが世界を取材していく番組です。
 あんまり知らない国のことを紹介してくださるので勉強になります。

 今回はカザフスタンでした。
 私の友人の師匠(かなり遠い知り合いですが)がカザフスタンの研究者で、
 何回も行ってるとかいう話だったので、名前だけはやたら印象に残っていましたが
 正直、あんまりイメージがないですねぇ…。
 中央アジアの国、草原の国かなというくらい。

 実際見てみたら、
 核実験がたくさん行われていた過去だとか
 ドバイみたいな近未来的な建物が建てられている現在の様子など
 知らなかった顔がたくさん見られました。

 また、たまたま最近「スーホと白い馬」に関する本を読みましたけど、
 カザフ人もモンゴルと同じく遊牧民族。
 文化は多少違うとは思いますけど、
 本に書かれていたような、
 広ーい草原、馬など家畜と生きる生活などがビジュアルで見られて感激でした。
 (後で調べたら
  歴史的には一時期モンゴル帝国に支配されていたんですね。
  ざっくりいうとトルコ系民族とモンゴル人が交じり合った感じみたいです。
  http://www.y-history.net/appendix/wh1501-123_3.html
  (世界史の窓、というページ)には
  「モンゴル人が遊牧トルコ化した」とあります
  モンゴル帝国の時代にモンゴル人に支配され、
  その後トルコ系が入って遊牧トルコ化し、ハーンに反発した民族
  その後、ソ連の支配下に入る…
  けっこう、大国に翻弄された歴史があるみたいです)

 50分ずつの前半、後半には分かれており
 前半は「若き草原の国の歩み」
 カザフの歴史とそれを踏まえたこれからの姿、
 後半は「国づくり新たな挑戦」
 民族としてのアイデンティティを取り戻そうとする様子が映し出されていました。

前半「若き草原の歩み」
○核実験場に使われたカザフスタン
 カザフには、旧ソ連の核実験場だったという暗い過去がある
 1945年~1960年代まで、456回もの核実験が行われていたそうです

 最初に大越さんは、旧ソ連の核実験場を訪れていました
 リルチャトフという町ですが、実験が国家機密だったため、地図には載っていないらしい
 モスクワから遠いのでアメリカには見つからないのと、
 広いので周りが良く見渡せる、という理由で核実験場に選ばれていたようです

 国の責任者と核実験場を回っていましたが、結構本格的。
 30メートルの塔があり、そのてっぺんから核爆弾が発射された
 そこから円心状に広がる土地を14の区画に分けて、
 民家や家畜、戦闘機、戦闘基地などを配備して
 実際どんな影響が出るか確かめていたそうです

 また、無人観測基地もあちこちに置き、
 爆風の温度、風速、放射線量などを観測していたようです
 ほか、モスクワの地下鉄の駅を模した地下壕のようなものも作られていて
 避難シェルターとして使えるか確認していたようです

 大越さんは、爆心地の塔があった場所や、
 地下鉄の駅を模した地下壕を訪ねていて
 「こんな施設を作るために、どれだけの技術とお金がかけられたのか?
  冷戦とはそういう時代だったんでしょうけど、
  何が人をそんな風にさせたんでしょうね」
 とつぶやいていました
 
 ○大統領の陣頭指揮により開発が急激に進む首都
  次に大越さんは、首都アスタナを訪ねていました

  カザフは人口の7割がカザフ人、イスラム教徒が多いそうですが、
  (イスラム教徒ってのは意外でしたが、
   もともとトルコ系民族みたいなので、おそらくその影響なのでしょう)
  市場に行くと他国の人もいるし
  イスラム教では禁じられている豚肉なども売られている
  多民族、他宗教にも寛容な国民なのだそう
  市場には色んな国からの食料があり
  見るだけでも楽しそうでした

  アスタナは私の予想以上に近代化が目覚ましく、
  ドバイとかシンガポールみたいなユニークな建物が多い。
  大統領官邸はホワイトハウスのよう、
  大きい円錐型?の建物はショッピングセンター
  球体のような建物もありました

  これらはナザルバーエフ大統領が指揮して建てさせたものらしい
  この大統領は、旧ソ連の共産党の重要ポストにいた人物で、
  1991年の独立以来ずっとトップの座にいるそうです

  中でも、木の上に金の卵が乗っているような建物
  (聖なる木から何かを宿す卵の象徴らしい)
  では、屋上が展望台になっていて
  さらにそこには大統領の手形があって、そこに手を置けるようになっている
  ここに手を置いて、大統領官邸に向かって願い事をするとかなう、という人もいるとか
  実際列になってその手形に触るのを待っている人たちがいて
  「みんな大統領を尊敬している」と話していました
  大越さんは
  「ここまで来るとカリスマですねえ…」

  ここの市長は大統領に
  「中東のドバイ、東南アジアのシンガポールのように、
   アスタナをユーラシアの国際都市にする」
  という命を受けているらしい
  国際機関、投資家、企業なども呼び込み
  政治や経済の重要な国際都市にする目標があるのだそう

 (しかし、http://www.huffingtonpost.jp/foresight/kazakhstan-asia_b_7002058.html
  (「中央アジアの優等生「カザフスタン」の憂鬱」という記事)
  では、この大統領も70を超え、高齢になっていて、
  彼が引退した後どうなるか、というのは一つのカントリーリスクといえる、
  とあります。
  モンゴル帝国もそうだったけど、民主主義で代表を選ぶというより、
  偉大な指導者がいた方が治まる国民性なんでしょうね。
  カリスマな人がいなくなると大変かもしれないですね…)

 ○資源も豊富なカザフスタン
  カザフスタンは豊かな資源もあるそうです
  カスピ海に臨む町アティラウでは、
  大統領が欧米の石油メジャーを呼び込み、
  油田の開発を進めているそうです
  
  ここで働いている方がインタビューに答えていましたが
  夏は45℃、冬は-25℃の過酷な自然条件の中、
  一日12時間、二週間休みなしで働くのだとか
  
  父親も同じ仕事をしていたそうで
  二人で「国の発展に尽くしたい」
  というような話をしていました

 ○地の利を生かし、経済発展を目指すカザフ
  カザフスタンは、歴史的に交易の中心だったそうです
  北はソ連、東は中国、西はカスピ海に挟まれていて
  シルクロードの交差点でもある

  最近、中国が「一帯一路」構想を掲げており
  その要としてカザフスタンを支援しているそうです

  ホルゴスという中国国境の町では
  中国からくる貨物を中継する貨物基地がありました。
  列車のレールが両国で違うので、ここで載せ替えるのだそうです。
  日本ではありえないくらいのデカさでした。

  また、最近この町では経済特区ができ
  どちらの国の人も自由に行き来でき、関税なしで買い物できるそうです
  このため、中国からカザフの品物を求めてやってくる人たちがいました
  (しかし撮影中、中国の警察がやってきて
   「中国側は撮影するな」と注意してきた
   大越さんは「特区だからいいじゃん、って思うんですけど、中国はそうはいかないんでしょうね」
   と言っていました)

  案内してくれたホルゴス側の担当者は
  「ホルゴスはシルクロードの交差点であり、
   これからは貨物だけでなく、人の行き来もさせたい
   商品だけではなく、人と人との交流も生まれてほしい」
  と話していました

  ちなみにナザルバーエフ大学の学長は勝茂夫さんという日本人だそうですが
  (世銀の元副総裁で、カザフの政策承認にも関わっていた
   大統領に請われてここの学長になったそうです)
  「日本人から見たら分からないようなチャンスが、ここにはある」
  と話していました

  カザフは大国に挟まれているため外交上手、
  交易の要の位置なので商売も慣れているみたいで
  そこに面白さがあるみたいです
  どの国ともうまくやりつつ経済的に発展していく大統領の方針がいいのではないか、
  とのことでした

 〇平和国家としてのカザフスタン
  核実験国だった、という暗い過去から、
  今度は平和国家として踏み出そう、という動きもあるそうです

  首都アスタナでは、核実験の悲惨さを伝える絵画展が開かれていました
  核実験場を閉鎖した記念日なのだそうです

  この絵画を描いた画家さんは、自分自身も被爆者で、
  両親が被ばくした影響で両腕が生まれつきない方でした

  彼女は核実験場から100キロ離れた町で生まれ育ったが、
  物資がなく不便なところなので、今は違う町に住んでいる

  彼女は、両親から核実験の話を何度も聞かされて育ったそうです
  衝撃が村まで届き、
  まぶしい閃光が光ったと思うと昼が急に夜のように真っ暗になり
  黒い雨が降ってきた、とのこと

  彼女はその様子を、口で絵筆をくわえて描いていました
  絵の具のチューブを足で出している
  彼女が一番大切にしている絵があって
  それは遠くにキノコ雲が見え
  近くで両腕のない赤ん坊をベッドに寝かせているお母さんがいる
  自分自身を描いた絵のだそうです

  彼女は「核兵器を無くしていかないと子供たちが苦しむことになる」と、
  ソ連時代から核兵器廃絶を訴えていた
  彼女のような市民運動の結果、
  カザフスタンは、独立当時は世界で4位の核保有国だったが
  今は平和国家として核兵器を放棄しているそうです

  それを認められ、去年には国連の非常任理事国となった
  アジアでは日本とカザフだけなのだそうです
  当時国連大使を勤め、今は外務大臣の方は
  「カザフは歴史的に交易の十字路、文明の十字路だった
   だからこそ平和と安定を徹底する努力をしていかねばならない」
  と話していました

  先の画家さんは
  「カザフには、「平和がほしいならその準備をしなさい」という詩がある」と話していました
   寛容の心を次の世代にも受け継いでいくことが大事だ、と。
  「私の一番の願いは、核兵器の最後の犠牲者になること」

  日本もですが、被ばく国だからこそ、平和の象徴となっていかねばならないのだろう
  と思います。

後半「新しい国づくり」
 後半は、戦争などで世界に散らばったカザフ人を国に呼び戻し、
「カザフ人としての誇り」を取り戻そうとする取り組みが紹介されていました

 ○カザフ人のルーツ
  そもそもカザフ人とはどんな人たちか?
  大越さんはカザフの伝統的な暮らしを続ける民族を訪ねていました

  場所はキルギス(中国付近の町)
  草原の中、車で5時間近く走った場所にテントがありました
  (テントっていうか、ゲルですね。多角形のとんがり屋根の真っ白な外観です)

  たどり着いたのは夜で、暗いのであんまり周りは見えない
  家族みんなで出迎えてくれましたが
  毎朝5時に起きて仕事するということで、
  そのままテントでみんなで寝ていました

  次の日起きてみると
  テントの中は広くて、テーブルや長椅子などもある
  居間と寝室が一体化したような感じでした
  テントの中は見事な刺繍で内装されていました
  テントは昔ながらの作り方で、枠組みも刺繍も全て手作りなのだそう
  とても美しくて見事な刺繍でした

  家の外は、広ーい壮大な草原。
  標高2400メートルの山の中だそうです

  みな5時に起きて乳絞りをすることから1日が始まる
  所有する家畜は1000頭だそうで、
  朝から晩までみんな忙しい
  「大変じゃないですか?」との質問にも
  「慣れてるから難しくない」とのこと

  子供たちも動物が好きで、
  3歳の子も器用に馬乗りしていました
  「我々は先祖代々この仕事をしてきた、
   子供も誰か引き継いでくれるだろう」と家の主は話していました

  彼らは伝統的な儀式?訓練?の「コクパル」を見せてくれました
  家畜からヤギを捕まえてきて
  まず「神様、私たちに災害が降りかからないようにお守りください」と祈る
  と殺するため、まず命に敬意を表するのだそうです
  (命をあやめるってのは、災害が降りかるほどのことなんですね…)

  そのあと、ヤギを真ん中に置く
  そのあと馬に乗った男たちが我先にとヤギに向かい、拾った人からヤギを奪い合う
  ヤギを所定の場所に最初に置いた人が勝ち

  参加していた人たちは
  「血が騒ぐ」
  「馬乗りの技術と強い腕、強いハートが必要」と話していました

  彼らは自分の手足のように馬を乗りこなす。
  その動きを見ていると、馬と一体化しているかのようです
  「馬は我々の大事なパートナーだ」と話していました
  「スーホの白い馬」の世界ですねぇ。(白馬はいなかったけど)

  そのあとみんな馬乳酒を飲み干していました
  大越さんもググッと飲み干し
  「いい飲みっぷり」と言われていました
  この馬乳酒を作るのは女性の仕事なんだそう
  お酒といっても酸っぱい飲み物みたいで、
  (アルコール度は1%とか、かなり低いらしい) 
  なんか体に良さそうです

  その日の夜、彼らはヤギを1頭丸ゆでしてくださいました
  お客さんをもてなす伝統料理だそうで、食べ方にも決まりがある
  頭の耳は最も幼い子にあげる
  「年長者の話をよく聞きなさい」
  という意味らしい

  そしてお客さんに一口食べてもらい、みんなに分ける
  大盛りのお肉でしたが、出されたものは全て食べるのが礼儀
  犠牲になってくれた命に感謝を示すのだそうです

  家族の長は伝統楽器ドングラを演奏し、歌を歌ってくれました
  ドングラは二本の弦だけからなるシンプルな楽器ですが、
  芯が強いというのか、胸にトーンと響きます。

 「また来てください」
 「お世話になりました、みなさんはよく働く人たちですね」
 というような会話をしてお別れしていました

 ○帰還民=オラルマンを呼び寄せる政策
  近年、カザフスタンは外国にいるカザフ人たちを呼び寄せる政策を取っているそうです

  中国から渡り、2000キロを旅してロシア国境に近い町に移動する人たちがいました。
  彼らが目指すのはオリギリ村という小さい村だそうです

  途中、迎えの車が来ないというトラブルもありつつ
  みんなで饅頭を食べお茶を飲み、不平も言わずのんびり構えていました

  たどり着くと、村人みんなで歓迎してくれ、村長自ら案内してくれました
  オリギリ村は過疎化が進んでいるので、移住者は大歓迎なのだそう

  帰還民はオラルマンと呼ばれ、
  政府も手厚く支援している
  4人家族なら30万円、平均の月収の7倍支給してくれるのだそう

  バストイレ付きで広い家など
  空き家らしき物件の案内もあり、
  オラルマンの家族たちは早速すみかを探していました

 ○アルマトイに抑留された日本人兵
  私も知らなかったのですが、
  第二次対戦時、日本人兵がアルマトイに抑留された歴史があるんだそうです
  シベリアだけでなく、アルマトイにも1500人が抑留され、亡くなっている
  ちなみに、アルマトイはカザフスタンの昔の首都だそうです

  彼らの仕事は今も残っている
  旧国会議事堂の基礎を建てたそうです
  国の重要文化財となっており
  今は大学のキャンパスとして使われているそうです
  大越さんは、
  「私も恥ずかしながら知りませんでした」と話していました

 ○民族の精神を呼び起こす国営放送
  カザフはソ連時代、ロシア系に支配されていましたが
  近年ではカザフ人のアイデンティティを呼び起こそう、という動きがあるそうです
  
  その手段の一つとして大統領が力を入れているのが
  国営放送を通じた民族教育、ともいえるもの。
  国営放送の会長は大統領から抜擢された方なんだそうです

  見るからに若くエネルギッシュな方で
  大越さんは「いくつですか?」
  「41です」
  「私が41のときは中間管理職なりたてでしたねぇ(笑)彼はもう会長ですよ」

  この会長は、大統領の意を受け、
  カザフ人の民族意識を高めるため、改革を行っている

  例えばキリル文字(ロシア語の表記)をローマ字表記に変える
  国際化のため、ローマ字を使って世界に発信しているのだそう
  また、放送局のロゴも変えたそうです
  カザフの頭文字KがQになっている
  カザフ人の言葉の発音に近いのだそうです

  もちろん、番組内容も刷新している
  会長はほとんどすべての番組をチェックしているそうです
 
  この日、番組の仕上げの会議に出席していました
  会長は「エンディングがヨーロッパの番組みたいだ、カザフらしい色にしないと」
  と変更を迫る
  現場の人たちは
  「そんなのみんな知らないよ」
  「でも私たちは知ってる」
  と譲らず反論
  長い議論になっていました

  会長の肝いりで作られた番組があるそうで、
  大越さんはその撮影現場にも同行していました
  この番組は伝統楽器ドンブラの演奏と歌を競う番組で
  その名も「我こそカザフ人」

  演奏者はステージで演奏をし、
  3人くらいの審査員が審査する

  結構ガチで審査しているのがビックリでした
  「最近の若い人はこの歌の意味を分かっていない、
   ドンブラの演奏も中途半端だ」
  などとかなり評価も辛らつ。

  しかし、その中で伸びのある、哀愁漂う声で歌う若者がいました
  審査員たちは彼の演奏と歌にうっとりと聞き惚れ、
  「声もきれい、曲の意味も理解している
   心を込めた演奏で心に響いた」と大絶賛。
  なんと最後に審査員からのアンコールをもらっていました

  大越さんは、
  「ドンブラって2本しか弦がないから難しくないですか」
  と会長に聞いていましたが
  「本物のカザフ人はドンブラ、ということわざがあるんですよ」という謎の言葉。

  大越さんの解釈によれば
  カザフ人はドンブラに似ているのではないか、とのこと
  弦が2本しかないぶん、
  自由な弾き方ができるし音色はシンプル
  この音色、演奏スタイルが、
  広い草原を馬に乗って自由に行き来する彼らの生き方に通ずるのかなと思いました

  会長は
  「人々に伝統文化を見せることで、カザフ人の精神を呼び覚ましたい」
  と話していました
  カザフ、という言葉は自由とか独立という意味があるそうです
  カザフは独立以来、制度や通貨など、国の枠組みは出来てきた。
  今度は精神、カザフ人のアイデンティティを育てていく段階、
  新しいステージに入った、という話をしていました

 ○安定を捨て、祖国に帰ってきた若者
  大越さんは最後に、キルギス村に移住してきたオラルマンの若者を取材していました

  彼は中国で公務員をしていたが、
  母親とこの村に移り住んで来たそうです
  収入はそこそこあり安定していたのに、その生活を捨ててやってきた
  「なぜそんな決心を?」
  という質問に
  「どうしても子孫をカザフ人として育てたかった、それが理由です」
  彼はまだ独身だが、こちらで結婚して子供も欲しいそうです

  彼はキルギス村に来て
  「なぜこんなに土地があるのに何もないのか、と思った
   ここにはチャンスがある」
  と話し、牛を飼い、野菜や果物を育てて商売したい、と話していました

  母親も
  「息子がいて心強い」
  「ここで孫が見られたら幸せ」
  と話していました
  父、妹、姉を中国に残しており、いずれ呼び寄せたいとのこと

  また、キルギス村には、いったん都市部に移住した人も様子を見に来ていました
  気に入ったら引っ越そうと思って来るのだそうです
  彼らは「広い土地がある方がいい」と話していました
  (せせこましいところでは生きにくいんでしょうかね…)

  政府もオラルマンを支援しており
  キルギスにももっとたくさんの人たちがやってきそうです。
  「今日も5、6軒の家族が来る
   3日後にはまた5軒来るよ」
  「自分達が頑張れば、必ず明るい未来がやってくる
   自分の能力を国のために生かしたい」
  と、オラルマンの彼は話していました

 番組のまとめとして、
 「自分たちの未来は自分で切り開く、という自由、
  それがカザフ人の精神なのかもしれない」
 というような話で終わっていました

〇感想など
 カザフスタンってあんまりイメージなかったんですけど
 今後がかなり面白そうな国ではあるなと思いました

 http://www.procrasist.com/entry/kazakhstan
 「今年はカザフスタンが熱い!日本人だからこそ行くべき『超近未来都市』」
 なんて記事もありまして、読んでいて楽しい。
 いいね~カザフスタン。
 今年は万博が開かれるようですね。

 ただ、行くのは結構お金と時間がかかるみたいです(10万~15万)
 乗り継ぎもあるので、ほぼ1日かかるみたいです。
 それこそ「こんなところに日本人」の世界になりそうだけど、
 まあ、ほぼロシアというかヨーロッパに近いからしょうがないのですが。

 資源もあり、中国、ロシア、ヨーロッパにも近い、しかも平和、
 さらには若い人たちが希望に満ちている、
 とくれば、商売的にも次に来そうな印象を受けますね(笑)

 しかし、何よりも勤勉で素直な国民性には好感を持ちました。
 というか日本人に近そうで親近感を覚える。
 こういう国民性って、競争社会には向かないんかな?
 でも応援したくなります。
 日本との交流ももう少し増えるといいなと思いました。

 第二次大戦での日本人抑留、冷戦での核実験など
 負の歴史についても知ることができました(私も恥ずかしながら知りませんでした)
 でもそれを恨むこともなく、かといって忘れることもなく、
 より良い未来を作ろうと真っすぐに進む彼らの姿は、見ていて美しいと思いました。
 これもドンブラの精神、カザフ人(遊牧民たち)の精神なのかな。

 いろいろ勉強になりました。
 というわけで今回はこの辺で。

 
 
 
 
 
  
 
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2017年10月03日

Eテレ 100分de名著「嘆異抄 第1回 人間の影を見つめて」

Eテレ 100分de名著「嘆異抄 第1回 人間の影を見つめて」

 100分de名著の「嘆異抄」は2年ほど前にやっていた気がするのですが
 (調べたら、2016年の4月だったそうです。1年半前でした)
 私が気づいたのは最終週で、見逃していました。
 再放送してくださりありがたい。

 「嘆異抄」については、五木寛之さんを始め多数の本が出されていますが、
 私はどれも少ししか読んだことがないです(スミマセン)

 でも親鸞の言う
 「悪人こそ救われるべき」
 「自力より他力」
 という教えは前々から気になっていました。

 なんですかね、こういう考え方は好きなんです。
 陰陽の考え方なのかな?
 「光があるから闇がある、闇があるから光がある」
 いい人も悪い人もいるから世界が成り立つんだと思う。

 自分の心に闇があるから他人にも優しくなれるし、
 悪事をしちゃう心を理解できるし、
 そうしないようにしようと思うこともできる。
 どれも大事な世界のパーツで、そこには裁きは存在しないのではないか、と。

 それに、「他力」で言えば
 我々はみんな本質的に他力で生きている気がする。
 自分でなにもかも成し遂げている、てのは傲慢だなと思うのです。

 他人や大きな力により生かされている、成功させてもらえてる、
 と自覚するからこそ
 自分の限界も分かるし、
 他人を尊敬できるし、
 自然などにも感謝もできるのではないか、と。

 …まぁこれらは私の考えですが
 親鸞自身は何を考えていたんかな?てのが知りたくて、
 親鸞の本は読んだことが無いのですが見てみました。

 司会は伊集院光さんと礒野佑子アナです。
 解説は僧侶で人文学者の釈徹宗氏。
 彼によると
 「この本は仏教の常識をひっくり返す」
 「むやみに人に読ませてはいけない」
 それだけ誤解を受けやすい本なのだそうだ。

 今回は第一回であるせいか、
 本が書かれた背景、動機、親鸞の本当に伝えたかったこと、
 などについてでした

○そもそも嘆異抄とは
 この本は親鸞の書ではなく
 弟子の唯円によるもので
 唯円さんが、親鸞の教えが世間に本意とは異なって理解されていることを嘆いたもの、だそうです

 構成としては
 ・親鸞の教え(第一条~第十条)
 ・教えに対する異議・批判(第十一条~第十八条)
 から成り立つのだそう

○「易行」と「他力」
 最初に紹介されたのは執筆の動機の所。
 親鸞や師匠の法然の教えである「易行」と「他力」が誤解されている、ということらしい

 「易行」と「他力」については
  仏の教えを導いてくれる先人なしに、「易行」の道には入れない、
  「他力」を自分勝手に解釈してはならない
 …てな感じのことが書いてあるみたいです。

 VTRの解説によれば
 「易行」は「苦行」に対比させた言葉みたいです。
 それまでの仏教では
 俗世間から離れ、苦しい修行や勉強をして悟りを開く、とされていた(苦行)
 しかし親鸞の師匠の法然はこのやり方に疑問を持ち、
 誰もが救われるべき、と考えたそうです

 そこで中国の
 「阿弥陀仏を唱えれば救われる」
 「仏教は悟りを開くものではなく、阿弥陀様が救ってくれるもの」
 という考え方に惹かれ、それを広めた
 親鸞はそれに共感を感じたのだそうです

 釈氏の解説によれば、
 苦行=自力…聖道門
 易行=他力…浄土門
 今までの仏教は苦行の道が主だったが、
 法然はその主従を入れ替えた、という話をしていました

 そして、他力っていうと他人任せ、と思われがちだが
 もともとの意味は、阿弥陀様の願いの力だ、とのこと

 伊集院さんは
 「ありがたい気はするけど、ピンとこないですね」
 磯野アナも
 「それでいいのかな、って思っちゃいますね」

 釈氏によれば
 「法然は従来の仏教の枠組みからこぼれ落ちた人たちに目を向けて、
  いったん仏教を解体しちゃったんですね」
 「キリスト教徒かイスラム教は救済型(神様が最後に救ってくれる)
  仏教は自己変容型(悟りなどで自分を変える)
  だったが、仏教を救済型にした」
 とのことです

〇阿弥陀さまはみんなを救ってくれる
 親鸞が私たちに直接伝えたかった言葉が第一条にあるそうです

  阿弥陀仏の不思議な力に助けられて、必ず浄土に行けることを信じて
  念仏を唱えようとする人たちについては、
  阿弥陀様は老いも若きも善人も悪人も選ばない、
  信心があればみんな救う
  なぜなら、
  阿弥陀様は潔く煩悩を断たれて
  人々を救うことを決意したからだ

 つまり、阿弥陀様は、浄土に行けると信じて念仏を唱える人みんなを救ってくださる
 ということだそうです

 ちなみに阿弥陀様の名前は
 サンスクリット語の「アミダーユス」「アミターバ」が合わさった言葉と言われているそうです
 「アミタ」は否定語、アーヌスは命なので、「アミダーユス」は無限の命
 「ターバ」は光なので、「アミターバ」は無限の光
 つまり、阿弥陀を日本語に訳すと、
 「限りない命、限りない光の働き」という意味なのだそうです

 南無阿弥陀仏、というのは「ナマス」がお任せします、という意味なので
 「この世に満ち満ちた、限りない命、限りない光の働きにお任せいたします」
 という意味なのだそうです

 伊集院さんは
 「なんか腑に落ちてきた」とのこと
 「この競争社会で、競争に勝てる人もいれば負ける人もいて、
  でも負けた人は努力していないかといえばそうでもない。
  勝った人てのはある意味、俺たちは苦しい修行に耐えて救われたんだぞ、って言ってるけど、
  本当に救われるべきは、努力したけど負けた人ではないか、ということかな」

 釈氏は
 「ある意味、悟りを開いたという人たちの自慢や傲慢を鋭く突いたのですね。 
  その枠からこぼれた人たちのための道筋を示した」

 伊集院さんは
 「でも、負けた人の中には、努力した人もいるだろうけど、
  はなから諦めた人もいて、
  そういう人もまとめて救ってしまっていいのかっていうのはあるけど…」
 と、まだ納得いっていない様子でした。これは来週以降の課題なのかな。

 とりあえず、阿弥陀様は信じる人はみんな救いましょうとおっしゃっている、
 と親鸞は言いたかったのだと理解するのが今回のポイントみたいです。

 (これを聞いて、資本主義の勝ち組、負け組の話をなんとなく思い出しました。
  資本主義は頑張った人が儲かるはずという発想だけど、
  運だけで勝つ人もいるし
  どんなに頑張っても負けちゃう人もいる
  それは本人のせいではなく、運とか環境のせいもある
  そこを金持ちが
  「貧乏人は頑張ってないから貧乏なんだ、俺たちは頑張ったから儲かった」
  って考えるのは傲慢というか。
  所得の再分配で、頑張ったけどダメだった人を救ってあげよう、
  というのはそういう発想なんだろう。
 
  まあでも悟りの場合、お金みたいに客観的に分かるわけじゃなくて
  「自分が悟った」「悟ってない」という自己判断によるものなので
  「悟った」って思っちゃうこと自体が傲慢なのかもしれない)

〇「地獄にしか住処はない」
 これも親鸞が言った、誤解されそうな言葉なのだそうです

 「念仏を唱えれば救われる」と親鸞は説いていたが、
 京都にいる親鸞に、救いを求めて関東からやってきた人たちがいた
 関東では当時、法然の教えに批判的な人たちがいて
 「念仏なんか唱えてたら地獄に落ちる」
 ということを言っていたそうです
 
 そこで関東から来た人たちは親鸞に
 「念仏唱えたら地獄に落ちますか」と聞きに来たそうです
 
 それで親鸞は何と答えたか。
 「私は念仏を唱えて地獄に落ちるかどうか、そんなのは知らない。
  でも私は、法然の教えに従い、念仏を唱え続けて地獄に落ちたとしても後悔しない
  苦しい思いをして修行したり勉強したりしても、満足できる悟りが開けなかった私にとっては、
  念仏を唱えたら地獄に行くと人がいうのであれば、地獄しか住処はない」
 と答えたそうです

 伊集院さんは
 「当時関東から京都って、新幹線に乗るのとは全然違いますよね」
 釈氏
 「そうですね、二か月以上かかって、命がけで来た人もいます。
  でもそういう人たちに彼はそんなの知らん、って言ったんですね。
  難しいことは学者に聞けと。
  そこは親鸞は厳しいですね」とのこと
 救われるかどうか、そんなの自分にも分からない。
 でも自分はこの道しかないんだ、と言い放ったということらしい。

 伊集院さんは
 「「俺なんか地獄に落ちるしかない」っていうのってすごくないですか?」
 釈氏
 「親鸞自身、比叡山で20年こもって修行したんです。
  でも煩悩を断ち切れたとは思えなかった、
  そこを彼はごまかさなかったんですね。
  煩悩に一生向き合い続けたんです」
 つまり、苦行しても悟れない無念さを知っているからこそ、そこまで厳しいことを言えたんですね。
 
〇煩悩や世の中の不合理に向き合った親鸞
 親鸞の生涯をたどると
 彼は下級貴族の生まれで、9歳に出家し、比叡山にこもって厳しい修行をした
 しかしいくら苦しい修行をしても、煩悩を断ち切ることはできない。
 悩む彼は、法然の教えを聞いた
 「念仏を唱えれば救われる」
 彼はその考え方に惹かれ、弟子になる
 法然の教えは分かりやすく、庶民や武士の信仰を受けていた
 しかし仏教の主流はからは批判を受け、法然や弟子は四国や新潟に島流しにされ
 僧侶の資格も奪われた

 釈氏によれば
 親鸞は4年間関東にいたこともあり、
 僧侶でも庶民でもない「非僧非俗」の立場で教えを説いていたそうです
 出家せず在家のまま、肉や魚も食べ、妻も子供もいた
 彼は仏教の戒律にとらわれず、自分の道を歩んでいたそうです

 このため彼は自分を「愚禿」(ぐとく)
 つまり一人の愚かな人間、と名乗っていたそうです

 伊集院さんは
 「僕が20年も修行したら、こんだけ苦労したんだからもう悟れてる、
  とごまかすことができたと思う、でもそれはしなかったんですね」
 釈氏は
 「そうですね、彼は90歳まで生きましたけど、
  一度も悟ったとは言っていない」
 真っ黒な中に放り込まれた自分に、
 仏教の光が当たり、どこにいるか教えてくれ、進んでいく道も教えてくれる。
 しかし彼は、光があれば影ができる、ということを知っていた、
 光が強ければ強いほど影が浮かび上がる
 彼はそこをごまかさなかった、とのこと。
 どこまでも光と影の緊張が続いていった、
 だからこそ生まれた思想があるのだそうです。

 その一つ、第四条には
 「今生にどれほど愛しい、不憫だと思う人がいても思い通り助けられない。
  慈悲というものは不完全だ」
 と書いているそうです
 慈悲の行いというのは不完全である、ということらしい
 釈氏は
 「2011年の震災でも、波にのまれてこの手を離さない、と思っていても
  離してしまって、一生会えなくなった人もいたと思うんです。 
  思い通りにならないということが、生きるということである、と」

 伊集院さんは
 「この考え方が劇薬だなと思うのは、
  それを聞いて諦めちゃう人と、だからこそ頑張れる人がいる」

 釈氏も
 「私もNPOで活動をしていて、認知症の方や障害者の方と接することもあるんですけど、
  時々四条がささやいてくるんですよね」
  「お前いいことしていると思っているだろ、
   でもそれは、自分の都合が混じっているだけだ」
  とささやいてくるそうです
 何事も思い通りにならないことばかり、そのときじゃあどうするの?
 という課題を親鸞は突き付けてくるのだそうです
 
 不条理な世の中、
 煩悩だらけの自分、
 自分勝手な自分…
 それらの「闇の部分」を認めたうえで、
 どこに向かえばいい、と親鸞は言っているのか?
 それとも、親鸞は答えを提示していないのか?
 
 それが来週以降の課題になりそうです。
 個人的な意見としては、
 闇は闇として認めて、
 自分の闇にも他人の闇にも世界の闇にも寛容になることかな、と思うのですが…
 まあ、これがなかなか難しいんですけどね。。

 というわけで、今回はこの辺で。
posted by Amago at 15:38| Comment(0) | テレビ | 更新情報をチェックする