2018年02月25日

Eテレ欲望の経済史 戦後日本編「第2回奇跡の高度成長の裏で 60s」

Eテレ欲望の経済史 戦後日本編「第2回奇跡の高度成長の裏で 60s」

戦後日本の経済史の栄光と陰を振り返る番組です。
「強い光がある所には、濃い影が付きまとう」というゲーテの言葉がキーワードみたいです。
出演は二人の経済学者、野口悠紀雄氏と坂井豊貴氏。

今回は1960年代の話でした。
個人的にはこの年代と言うと、
東京オリンピック、安保闘争、フォークソングなどのイメージですね…
映画「コクリコ坂から」「ALWAYS三丁目の夕日」などがこの辺の時代を描いています。

○今の日本を形作った1960年代
 最初に野口氏は
 「60年代は、この年代を経験していない人でも懐かしさを感じる時代」
 と話していました

 というのは、それまであんまり日本人の暮らしは変わりなかったが、1960年代で急激に変わった。
 今の日本人の生活の原点がこの年代にあるそうです
 坂井氏も
 「「ALWAYS三丁目の夕日」が流行りましたけど、僕らの年代が見ても懐かしかった」と同意していました

○政治の時代から経済の時代へ
 ではこの時代、何が変わったのか。
 1960年、池田内閣が
 「日本所得倍増計画」を発表
日本のGNPや所得を2倍にする、という宣言をした

 野口氏はこの宣言を機に
 「日本が政治の時代から経済の時代に変わった」
 と表現していました

 池田内閣以前の岸内閣では安全保障条約改定があり、安保闘争が起きた
 それで岸内閣は退陣し、池田内閣で所得倍増計画が発表

 この宣言で、国民は
 これから日本は豊かになるんだと感じ、
 関心が政治から経済に移った、とのことです

 「新3種の神器」として
 カラーテレビ、クーラー、自家用車が3Cと言われた
 さらに、テレビコマーシャルが人々の欲望を煽った
 テレビコマーシャルの広告費は、この年代でほぼゼロ円から1500億円にまで膨らんだそうです

 当時大手お菓子メーカー
 (NHKなんで企業名出してないけど森永製菓です)
 でコマーシャル担当していた70代の男性が取材を受けていました

 彼は「大きいことは良いことだ♪」 というチョコレートのCMソングを作ったそうです
 安くて量が多いのが売りだったが
 「安い、じゃなくて大きい、を全面に出した」

 彼の入社は1964年、東京オリンピックの年ですが、
 話を聞いていると、給料の上がり方がハンパない。
 「入社して5月に組合のストに参加して、6月には15%上がった、
  それからボーナスは年4回、4月、6月、10月、12月。
  さらに12月には越年資金、というのも出ましてね…」
 なんとも羨ましい話です。
 「それでどんどん使って、という感じですかねぇ」

○戦中体験をした人々が高度経済成長の原動力となった
 この経済成長を支えたのが、戦中の貧しい生活を体験した人々だった
 先の男性の会社はチョコレートを売っていましたが
 彼にとってはチョコと言えば進駐軍のくれたハーシーのチョコだそうです
 「ギブミーチョコレート、ですよ。
  あれより美味しいものはない、自分の世代はみんなそうですよ。芋は大嫌いですね」

 「会社の中にも戦争体験者が多くいた、
  それに対するアンチテーゼまみたいなのがあった。
  それが給料が上がったんで、先のことを考えずに使って、
  今の楽しさを享受していました」

 大量生産大量消費社会、
 新卒一括採用、年功序列制など
 今の日本の雇用、経済のシステムはこのとき確立された

 1962年の植木等「ニッポン無責任時代」では、お気楽サラリーマンがトントン拍子で出世する様子が描かれている
 (「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ♪」の歌が有名ですね)

○総サラリーマン化への懸念、急激な開発への批判の声も
 しかしこの時代に懸念を抱く人もいた
 盛田昭夫(当時のソニー社長)は
 「日本では勤務評定は反対され、組合は首を切るなという。
  大きな間違いさえおかさなければ年功で上がっていく仕組みだから、
  営利団体の形は取っているが社会保障団体である。
  温情や家族主義が強調され過ぎるために
  勤労意欲や怠惰の習慣を強めているような気がしてならない」

 また、先ほどの70代男性は当時の節操のない建設ラッシュに批判的でした
 「日本橋の上に首都高ができたのはショックだった」
 「先見性、長期的視野がないのが日本の特性」だそうです

 開高健も
 「ここには空も水もない、
  広大さも無ければ流転も無い、
  あるのはよどんだ真っ黒の廃液と、鉄骨むき出しの高速道路。
  心を閉じ、固めたくなる」
 と書いていたそうです

○1940年体制が高度経済成長に寄与した
 1962年、東京は1000万人都市となる
 1964年にはIMF総会で「8条国」になった
 「国際社会のメンバーに入れられた」そうです

 (IMF8条国が分からないので調べましたが
 辞書的にはIMF加盟国の義務を果たしている国、だそうです
 その義務はIMF協定の第8条に定められていて
 ・経常的支払いに対する制限の撤廃
 ・複数為替相場制度のような差別的通貨措置の回避
 ・他の加盟国保有の自国通貨に対する交換性の付与
 …があるんだそうです

 要するに、8条国に対しては
 その国の国際収支が悪いとか、その国の通貨が弱いのを理由にして特別措置を取ることは無いですよ、
 その国の通貨は他の国の通貨と対等に交換しますよ、
 ということらしい

 経済力が弱いためにこれらができない国は、第14条で免除されており
 そういう国は「14条国」と呼ばれるらしい。
 日本も1964年に14条国から8条国になったということです)

 しかし野口氏によると
 「実は経済はそこまでいっていなかった」
 というのは、日本のインフラ整備、例えば新幹線なんかはIMFなど国際機関からの借金で造られた
 普通国際社会のメンバーになるような国なら貿易額が黒字で他国に貸し付けするくらいの経済力があるはずなのに、
 日本は逆に借金をしていた。
 債務保証があったから借りられたのだそうです

 それから、野口氏の説によれば
 「政治的には、1940年の体制が高度経済成長に寄与した」のだそう
 彼によれば
 戦前では、企業が自分で銀行に資金調達する「直接金融」だった
 しかし戦中は銀行が資金を配分し、国がそれを統制する「間接金融」となった
 このため、重化学工業に重点的に資金が配分されるようになった

 (https://www.nomura.co.jp/terms/japan/ka/k_kinyu.html
 などによりますと
 間接金融とは、お金の借り手と貸し手の間に仲介者が存在する取引のこと、だそうです
 例えば企業が銀行から融資を受けて資金調達するなど。
 企業が直接借りないので、リスクは銀行が負ってくれるというメリットがあるそうです

 一方直接金融とは、企業が債権や株を発行して直接投資者からお金を調達する仕組み

 つまり企業にメインバンクがあって、そこからお金を借りる…という、
 日本では割と一般的な資金調達のやり方はここから来ているんですね。

 日本にはアメリカなどのように個人の株などへの投資の文化があんまりないですけど、
 それはこの時代に一般化した間接金融のシステムのせいなんですね)

 坂井氏は
 「この体制が産業構造を転換させたんですね」
 野口氏は
 「結果的に言えばそうです。
  ただ、摩擦は起きた」
 安価の石油を使うようになり、石炭は斜陽産業になったそうです

○雇用の流動化、産業構造の変化
 そこで政府は雇用の流動化を図り、格差を是正しようとした
 「雇用の流動化で明るい希望と誇りをもたらす」と大臣も線説していました

 かつて北九州の炭鉱で働いていた80代の男性が取材を受けていました
 彼は22歳で迷わず上京する
 「行き先は東京しか考えなかった、日本の文化は東京だった」
 行ってみると
 「日本にもこんな素晴らしい場所があったのかと思った」
 「どこへ行っても雇ってくれた」

 彼は大手建設会社の下請けの仕事に就いたそうですが
 当時は同じように各地方から労働者が集まってきていた
 (前回の朝ドラ「ひよっこ」の主人公のお父さんがそういう労働者の一人でした)
 「言葉(方言)が分からなくて通訳が要った」なんて話もあるらしい

 しかしその暮らしぶりは大変で
 「炭鉱でも貧乏暮らしだったが、それよりも環境が悪かった」
 プレハブに大人数が押し込められた生活だったそうです
 それでも「収入はあった」

○豊かさの陰で生まれた格差
 5年後、九州の兄から手紙が来た。
 そこには「筑豊のことを考えたことがあるのか、ここは今日本一の失業の数だ」とあったそうです

 都市部に労働者が集まる一方、地方は衰退し格差が生まれていた

 各地の炭鉱では失業者が増加
 東北の農村などでも、出稼ぎに都市へ出ていく人が多かった
 大黒柱は出稼ぎで不在のため、
 家を捨てて出ていく家族も多く、廃屋と化す農家も増加していたそうです

 神奈川県知事にもなった経済学者、長洲一二は
 「産業間格差、企業間格差、個人間格差」があることを指摘し
 「大きな企業は伸びるが小さい会社は潰れる、
  東京一のキャバレーで一晩楽しむ人がいれば、ドヤ街で一夜を過ごす人もいる」
 と書いていたそうです

 そんな豊かさの歪みを皮肉ったり、反抗したりする文化も生まれた

 ゴールデンタイムに放送された「ウルトラQ」という特撮ものの番組では
 都市化への批判を示唆するようなエピソードの回や、
 「カネゴン」という拝金主義の権化みたいな敵キャラが登場する回があるそうです

 それから、若者の間でも
 ベトナム戦争への反対を歌う「フォークゲリラ」と呼ばれる人たち、
 社会秩序に組み込まれるのを嫌う「フーテン」や「ヒッピー」と呼ばれる人たちなどが生まれた
 1968年には新宿騒乱も起きる
 (新宿騒乱は知らなかったのですが
 https://www.dailyshincho.jp/article/2016/12280557/?all=1
 などによりますと
 左翼学生によるベトナム反戦運動、だったようです。

 この前年に、新宿駅で米軍のタンク車が爆発する事件が起きたのがきっかけだったらしいのですが
 このタンク車には、ベトナム戦争で使われる米軍の航空機用ジェット燃料を積んでいたようです。
 学生たちは、新宿駅を占拠することで米軍タンク車の走行を阻止しようと考えていたらしい。
 安保闘争の変形みたいな感じかな?)

○それでも労働と報酬がみあう時代だった
 いろいろ歪みは出てきたものの、1968年には日本のGNPが世界の2位になった

 坂井氏は
 「先生は60年代を体験してどうでしたか」
 野口氏は
 「恵まれていたと思いますね」
 当時は働けばそれに見あう報酬が得られたし、
 逆に報酬を得たければ働かなくてはいけない時代だった、
 その原則が働いていた、と。

 このあと、
 働かなくても豊かになる人、
 働いても豊かになれない人がいる時代がやってくる…

 「強い光がある所には、濃い影が付きまとう」
 というゲーテの言葉で終わっていました

○感想など
今まで、なんで日本って終身雇用、年功序列なんだろうと思っていました。
このシステムのせいで途中退職もできないし、新卒で就職できなかったら這い上がれない、
女性の社会進出も進まない…

でも、それは戦後の復興から立ち上がるため、
労働力を特定の産業や企業に大量投入する必要があったので60年代にこのスタイルが確立され、
それがそのまま続いているんですね。

終身雇用は、
企業にとっては同じ労働者を新卒から定年まで確保できるメリットがある。
その代わり労働者の生活を保障しますよというシステムなんですね。

それから、私は日本で投資文化がないのもなんでだろう、と思っていました。
そもそも株買うことがギャンブルみたいな扱いだし…

バブル崩壊後についても、
銀行と企業が持ちつ持たれつの日本特有のシステムのせいで立ち直りが遅かった、
とかいう話を聞いたけど、なんでそんなシステムになってるんだ?と思っていました。

しかし、今回なぞが解けました。
戦中に銀行と政府がどの企業へどれだけお金を投資するかを決めていたシステムが、
そのまま続いてただけなんですね。

でもこれは見方を変えれば、
労働者は企業に依存しているし
企業は銀行や政府に依存しているシステムとも言える。

でももう低成長期なので、
企業も労働者を生涯支えきれるほど強くはないし、
国も借金を抱え、銀行も先行きが厳しい。
つまり労働者も企業も自立しないといけない時期が大分前から来ている。

若い人はたぶん何となくそれに気づいていると思う。
会社も続くとは限らないとか、
社会保障制度も今のままなら将来破綻するだろう、と現実的に考える人は少なくない。
でも特に年配の人はそれに気づかず、
昔の感覚で物事を考える人が多い。
その上日本は年上の人の意見の方が尊重される文化なので、
今の問題は先送りになってなかなか解決しないのだろう。
シルバー民主主義のために若い人の意見が政治に反映されないのもあるのかもしれない。

でもまぁ、変わらないと嘆いていても仕方ない。
かつて戦後などは国が音頭取って方向性を示していたけど、
シルバー民主主義もあって国はあんまりあてにならない。
だから問題意識を持つ人たちが少しずつ変えていくしかないのかなと思います。

個人のレベルとしては自分のキャリアに自分で責任を持って、
将来に備えて新たなスキルや知識を身に付けたり、お金、投資についての勉強をしたりしていくのもその1つだろうし
自分が会社の上司なら、若い人の新しい働きかた(共働き、家庭重視、キャリアチェンジなど)に理解を示すのも1つ、
選挙にいって、若い人の意見を取り入れてくれそうな政治家を応援するのも1つだろう。

実際、だんだん色んな働きかたができてきているし
少しずつ変わっているんかなとは思います
(今の国会も、もうちょい働き方改革について本筋の建設的な議論をしてほしいなぁ…)

色々考えさせられました。
というわけで今回はこの辺で。
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2018年02月17日

Eテレ欲望の経済史 戦後日本編「第1回焼け跡に残った戦後体制 戦後~50s」

Eテレ欲望の経済史 戦後日本編「第1回焼け跡に残った戦後体制 戦後~50s」

BSの特番「欲望の資本主義」からスピンオフした経済史の番組、
前回までは世界の歴史でしたが、
今週からは戦後の日本の話だそうです

欲望の話からはだいぶ遠ざかっている感がありますが(笑)
戦後日本史ってあんまり勉強してなかったので参考にはなりました
(学校の勉強だと、たいがい近代史は時間が足りなくなる(笑))

今回の戦後日本シリーズは、
1940年生まれの経済学者、野口悠紀雄氏の話を
1975年生まれの経済学者、坂井豊貴氏がインタビューする
という形式でした

今回、戦後の経済制度の転機となったものとして
●傾斜生産方式
●農地改革、財閥解体
●ドッジ・ライン
が挙げられていました

○傾斜生産方式
 野口氏
 「戦後は1945年から始まったのが通説なんですが、
  私は1940年の戦中に転機があったと考えています」

 その象徴的な存在が「傾斜生産方式」だそうです
 これは戦中、足りない予算を石炭や鉄鋼、造船に集中的に割り当てるというもの

 野口氏によれば、この方式は戦後にも採用され
 復興の足掛かりになったそうです

 それを可能にしたのが「価格差補給金」
 これは、石炭の会社から国が石炭を高く書いとり、鉄鋼会社に安く売る
 この差額は国の財政から賄う、という政策

 これにより、各地の炭田にはお金や労働者が集まった

 北九州の筑豊地域で、当時労働者だった男性がいました

 当時は炭田の近くに長屋があり労働者とその家族が住んでいた
 彼は地元の生まれだが、四国、中国など各地から来ていた人も多かったそうです
 ただし炭坑の仕事は危険も伴う
 そのため、当時は政府も労働者集めを目的として
 炭坑の豊かな暮らしをアピールする映像も製作していたらしい

 炭坑の町は娯楽もあり、
 映画館、芝居小屋もあった
 バイク、服などの高価な贅沢品もあり、会社に立て替えてもらって給料から後から天引きで買えたそうです。

 こうした政策の結果、
 石炭産業が栄え、鉄鋼生産も急増
 1年間で32%の生産増を実現させたそうです

○インフレ
 しかしこの傾斜生産方式はインフレを引き起こした
 野口氏「500%を越えるインフレもあったんですよ」
 坂井氏「てことは今100円のものが一年で500円になるんですね」

 野口氏の解説によると、
 労働者は賃金のインフレもあったのでよかった
 インフレの一番の被害者は資産家だったそうです

 1945年から52年の財閥解体では、
 資産家の株式は、保有制限を越えた分は全て国債に変えられた
 インフレ時は国債の価値は下がるので、財閥は没落した

●農地改革
 坂井氏「インフレでは大地主も損をしたんですか?」
 野口氏「農地改革があって、それで大地主の土地の大部分が国債に変えられた」

 当時は日本の農地の45%が小作人に貸し出され、
 小作人は小作料を納めて生活していた

 戦後、GHQはこの封建的な農業の改革を求め、
 1946年に農地改革が行われた
 政府が地主から土地を安く買い上げ、
 小作人に安く売り渡し、土地は小作人のものとなった

 ちなみに作家の太宰治の生家も大地主だったそうで、
 庭園もあわせれば690坪もある大邸宅に住んでいたそうです
 部屋は11、豪華な洋間もあり
当時としては珍しい吹き抜けの作りもあったらしい

 彼は子供の頃、小作人が土間で
 「今年は出来が悪いんです」
 などと釈明する姿を目にして
 「こんな時代は無くならなければ」と考えていたらしい

 農地改革が行われると、彼の生家も売りに出され、一家は没落した
 「民主主義の時代になり、自分もたくさん小説が書けるようになる、
  と思う一方で、生家を失うことには多少のショックはあったのでは」
 と生家を案内してくれた方は言っていました

 野口氏は農地改革の意義について
 「小作人の制度は江戸時代から続いていた制度で
  それを廃止した農地改革は、戦後社会の基本型を作った」

 坂井氏は
 「そのモチベーションはどこから来ていたんでしょう?使命感というか…」

 野口氏
 「1930年40年頃は世界中にそういうものが広がっていたんですね」
 1917年にロシア革命が起き、
 世界中に社会主義的なユートピアが作れそうだという気運が高まっていた
 日本の農林水産省の官僚も左寄りの思想の人が多く、
 GHQの力を借りて社会主義的なユートピアを実現しようとしていたのでは、
 とのことです

●ドッジ・ライン
 1940年代後半、日本は傾斜生産方式によるインフレで物が値上がりし、国民の生活が苦しくなった
 そこで経済規律を建て直すため、アメリカの銀行家ジョゼフ・ドッジが招かれた
 彼の指導で日本は緊縮財政を取り、インフレは終息したそうです

 しかし野口氏は
 「教科書的には「ドッジによってインフレは終息した」とありますけど、
  私は黒子は大蔵省だと考えています」

 野口氏によると、
 ドッジは当時の日本経済を「竹馬経済」と呼んでいた
 アメリカからの援助と、価格差補給金の2本の足で辛うじて立っている様子を例えたもの
 野口氏は「なんでドッジが竹馬知ってるんでしょうねぇ」と突っ込んでましたけど(笑)
 「宮澤喜一(当時の大蔵官僚)がドッジに色々教えたんだと思います」だそうです

 そしてこんなエピソードを話していました
「宮澤はインフレが終息したとき、ドッジにニュース記事を見せたんです」
 それは、泥棒が現金を盗んだ、というもの
 これは良いことだ、と話したのだそうです。

 坂井氏
 「悪いことじゃないんですか?」
 野口氏
 「インフレの時だとお金を持っていても価値がない、だから物を盗んでいたんです。
  現金を盗るということは、
  それだけお金の価値が高くなったということ」
 宮澤氏はドッジ氏に、あなたのお陰で良くなりました、という意味でこの記事を見せたらしい

 坂井氏は
 「ハイパーインフレは押さえ込んだんですが、
  緊縮財政は普通あんまり歓迎されない政策ですよね」
 野口氏
 「だから大蔵省は自分でやらなかったんじゃないですかね」

 国が表だって緊縮財政をすると国民から反発を受けるので、
 ドッジさんに外圧をかけてもらう形にして、悪者になってもらった、てことですかね?

 しかし野口氏は
 「てことは、次にインフレ起きたときはコントロールするのは不可能ということでもあるんですよね」
 悪者になってくれる人がいないんですね。

●戦争特需
 インフレからデフレへと経済が激しく揺れ動く中、1953年に朝鮮戦争が勃発

 日本では戦争特需にわき、
 鉄鉱業は更に復興、
 繊維業界など他産業にも特需が波及する

 神武景気(54~57)
 岩戸景気(58~61)
 の2度の好景気もあり、
 55年には経済成長が戦前の最高水準をこえ
 翌年の経済白書では
 「もはや戦後ではない」
 と言われたそうです

 一方、GHQはこのとき、
 アメリカの豊かな生活をアピールする映像を流しており
 郊外の一戸建て、自動車や電化製品、核家族の理想モデルが人々に浸透したそうです
 当時3種の神器と言われたのは白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫

 人々はこれらへの憧れや物欲を持ち始めたようです

 坂井氏
 「野口先生はこの時期は中学生?高校生ですか?」
 野口氏
 「高校生くらいのときですね。
  東京タワーが伸びていくのが見えたのをよく覚えています
 (1958年に完成)」
 成長する東京タワーは、戦後の日本を象徴している感じだったそうです

 それからこのとき、野口氏の一生を変えた出来事も起きたそうです
 それはソ連のスプートニク一号の打ち上げ(1957年)
 彼が高校2年のときで、
 このとき、科学技術で未来が変わるんだ、と思ったんだそうです

○感想など
戦後の日本って、アメリカに教育されて復興したのかと思っていましたが、
実は官僚たちがGHQの権力を隠れ蓑にして改革を実現させた、
という説は興味深い話でした。

ということは、明治維新もそうだったんですけど、
日本人ってよっぽど大きい外的な変化がないと、
なかなか改革が国民に受け入れられないのかもしれないですね…

最近、戦後からうまれた体制も改革が必要になってきているものがある。
例えば終身雇用とか新卒採用などの雇用体制や
家族に介護や育児を任せる社会保障制度は、
女性が社会進出しようとするときの足かせになっている感があります。

こういう昔からある制度は、
小作人システムもそうですけど、
それなりにうまくいってたからなかなか変えられないんでしょうね。
音頭をとる人がいてもみんなで足を引っ張ってしまうのが日本人なのかも。

雇用や社会保障のシステムも、
外的な変化がないと変わらないのかなぁ。
なんか外圧来ないかなぁ…
などと考えてしまいました
(他力本願なのが弱いですが(笑))

今回は気軽に日本史の勉強をしたいと思います。
というわけで今回はこの辺で。
posted by Amago at 11:10| Comment(0) | テレビ(お金) | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

Eテレ 欲望の経済史 ルールが変わるとき「最終回 欲望が欲望を生む~金融工学の果てに~」

Eテレ欲望の経済史 ルールが変わるとき「最終回 欲望が欲望を生む~金融工学の果てに~」

人々の欲望が資本主義のルールを変えてきた
という視点から経済史を振り返る番組。
最終回の今回は、今までのおさらいと、今後の展望についてでした

○新しい経済学の必要性を訴える学生たち
 最初に、マンチェスター大学で議論している学生たちがいました
 彼らはDCESポスト危機研究会、という団体の人たち
 21か国に48グループあるそうです

 彼らは大学で学ぶ経済学への批判を口にしていました
 「大学で学ぶことは、資本主義の社会問題を無視している。
  本当に必要なことは教えず、卒業する頃にはレールにしかれた就職をするだけ」
 「なぜ大学は今の現実的な問題を扱わないのか」
 「危機に過剰に反応するのは、歴史を俯瞰していないからだ」

 ある学生はこの会の目標として
 「私たちは教育改革や経済の問題を、一般の人を巻き込んで解決していけたらいい」
 と話していました

 さてここからは、前回までの復習です

○時間が富を生む利子
 第1回目で取り上げた「利子」
 これは中世のイタリアでは既に始まっていた

 昔の借用書には、商人どうしのお金の貸し借りが書かれているそうです
 しかし別の記録を見ると、
 借り手は、借りた額プラス利子をつけて返している
 「偽の借用書を書かせて、実際は利子を得ていた」

 なぜこっそり利子をつけていたかというと、
 当時キリスト教で利子は禁じられており
 「利子は地獄に落ちる」
 と言われていたから

 しかし貸し手の商人が半年の借金につけた利子は
 当時の半年分の給料に相当するほどの額
 「利子への欲望は、神も怖れないほど強かった」

 欲望は、キリスト教のルールも書き換えた
 16世紀、カルヴァンが行った宗教改革の結果、プロテスタントでは5%の利子を認めた
 カトリックも、1745年ベネディクト14世が利子を認めたそうです

○空間が富を生む
 第2回目は「貿易」の話
 海洋国家イギリスでは1600年東インド会社が生まれた
 東インド会社は、一時期は植民地経営も行っていた半官半民の企業

 現会長によると
 「東インド会社は世界初のグローバル企業」
 東インド会社は7つの海を支配した
 英語が現在世界共通言語なのも東インド会社のおかげで、
 東インド会社は、世界の人々と感情的に結び付き、意識に染み込んでいると言ってもいい、
 と話していました

 貿易では安いところで買い、高いところで売る
 空間の差異で富を生む仕組み

 貿易で蓄積された富が大きくなると
 やがて国家を富ませるほどになる
 こうして重商主義が始まる

 オックスフォード大学のケビン・オウローク氏は
 「重商主義の重要なポイントは、富を増やすこと、軍事主義の2点」
 重商主義では、植民地や交易ルートを制したものが有利
 各国はそれらを他国から奪い取るため、軍事力を増強した
 「富のためにには軍事力が必要とされ、
  軍事力のためには富が必要だった」

 自国の利益を追求するうちに、
 国民には「愛国心」が芽生えた
 グローバル競争の中で、ナショナリズムが生まれた。これは今起きている状況と似ている

 ロンドン・スクール・オブエコノミクスのジェイムズ・モリソン氏は
 「重商主義は危険な経済システム」
 と話していました
 重商主義は中世で完全に無くなったのではなく、
 無くなったと思ったらまた甦っている、とも。
 今のアメリカと中国の覇権争いもそれなのか?

○勤勉が富を生む
 第3回は宗教心も経済のルールを変えた、という話。
 プロテスタントの教えでは、
 「職業は天職」とし
 「神に与えられた勤労の使命が自らの魂を救う」と説いている
 これにより、勤勉、職業倫理の考え方が人々の中に浸透した

 プロテスタントの職業倫理が実を結んだ例が、スイスの時計産業
 人々は、アルプスに囲まれた土地で黙々と細かい作業に従事した

 勤勉により富を蓄えると、
 その蓄えた富を投資し、増やすことも美徳とされるようになった
 ジュネーブ大学のフランソワ・デルマンジュ氏は
 「カトリックではお金持ちは不誠実とされたが
  この時代、人々は富は恥ではなくむしろ誇りだ、
  という考え方に変わり始めた」

 一方、18世紀後半、アダム・スミスは重商主義を痛烈に批判した
 彼は東インド会社について
 「国家並みの鈍重さと、
  私企業並みの強欲さを兼ね備えた最低の企業」
 と書いているそうです

 ジェイムズ・モリソン氏は
 「アダム・スミスは重商主義の批判者であり、資本主義の産みの親でもあった」

 アダム・スミスは重商主義が国家どうしの争いを招く、
 と懸念していたそうです
 その代わり、労働に価値を見いだすシステムを提唱した
 「土地の改良や分業を進め、
  生産性を上げて国内の産業を育て、
  価値ある商品を売買し、富を得るシステム」
 この考え方は、産業革命の始まるイギリスの精神となった

○技術が富を生む
 第4回では産業革命、技術が富を増やす話でした

 カリフォルニア大学デービス校のグレゴリー・クラーク氏によると
 「産業革命は歴史上の岐路だった」
 そこには2つの分かれ道があって、
 1つは生産性の向上で享受した富でモノを買う道
 もう1つは、労働時間を減らす道
 このとき以来、人々はモノを買う方を選んでいる
 「働かない道を選ぶ道はもはや閉ざされ、
  人々の本性は忙しく働くこと、と決まったかのようだ」

 しかし、この忙しさは労働者に富をもたらした、
 とも彼は話していました
 「産業革命は労働者を犠牲にしたという人が多いが、
  競争により価格は下がり、最終的に利益を得たのは労働者。
  つまり産業革命は、民主的な革命だった」
 機械化で雇用が奪われる、とラッダイト運動も起きたが
 そこまでの事態にはならなかった、と。

 また、生産性の向上や労働時間の増加は急激に起きたわけではないそうです
 最近のいくつかの学説では、この時期のGDPの上昇は緩やかだった、としているそうです

 イギリスで産業革命が始まってから1世紀くらい経つと、
 アメリカやドイツがその後を追うようになった

 この時期は技術革新が更に進み、
 重工業を基盤とした発展が起きた

 この時代、人々の労働や経済を大きく変えた経営者がヘンリー・フォード
 経済ジャーナリストのウルリケ・ヘルマン氏は
 「フォードはベルトコンベアー作業を導入し、低コストの大量生産を実現させた。
  同時にフォード車を購入できるよう、労働者に高い賃金を支払った」
 効率化で大量生産を実現し、
 高賃金で消費者の購買力を高める
 これは現代資本主義の「大量生産、大量消費」の基本となっていく

 アメリカで拡大した富は、株式や土地に投資された
 元々は生産効率を高めるための投資は、
 次第にお金を増やすための投機へと変化していく

○繰り返すバブル
 第5回目はバブルの話。

 拡大は永久には続かず、世界大恐慌で急に終わりを迎える
 1週間で当時の国家予算の10倍が失われたそうです

 人々が混乱するなか、大衆心理の本質を言い当てたのがジョン・メイナード・ケインズ
 彼は投資を美人投票に例えた
 それも「一番になった女性に投票した人に賞金を与える」ルール

 チェコの経済学者トーマス・セドラチェク氏は
 「これは株式市場の本質を言い当てている」
 この美人投票で選ばれるのは、
 本当の美人ではなく、たくさんの人が入れるであろう女性
 有利な戦略は、女性ではなく投票者の動きを見ること、
 その結果、誰の好みでもない女性が選ばれても、もう誰も止められない

 投資の世界でも、最良の企業が選ばれるとは限らない
 「株式市場は、企業の本物の価値をはかれないシステムとも言える」
 他人の欲望を真似するのが市場の本質なのか。

 ケインズはこの投機ゲームの行く末について
 「投機は企業活動の健全な流れに浮かぶ泡なら無害だが、
  投機の渦に翻弄されるなら重大な局面を迎える」
 と予言していたそうです

 ケビン・オウローク氏は
 「バブルは生まれては崩壊する、
  なぜなら人々の欲望は消えることがないから」と話しています
 バブルはまた繰り返されるのか?

○これからの資本主義
 欲望に突き動かされた人々はルールを変えてきた
 利子、重商主義、職業倫理、産業革命、それから今回は話には出てないが新自由主義。
 それらによる欲望の拡大の果てのバブル…

 AI、金融工学の発展で
 人々の欲望は自動化され、さらに加速されている
 今後の資本主義はどうなるのか?
 各界の方々に今後の資本主義についてたずねていました

 ・資本主義の本質とは
  グレゴリー・クラーク氏は
  「資本主義の本質とは?」ときかれ、
  「資本主義の定義は人により異なる」
  としながらも
  「私が思うには
   人々が交流し、ビジネスを行い、よりよい結果を生もうとする方法」
  これは昔から、産業革命以前にも存在していた、
  と考えているそうです

  資本主義は、人によって
   搾取のシステム
   権力とコネを持つ人が勝利するシステム
   能力主義、開かれた社会、家柄に左右されない世界
   国家から逃れられるシステム、
  …など見方は色々なので定義は困難、と話していました

 ・文化、芸術への投資が必要
  南カリフォルニア大学のジェイコブ・ツール氏は
  アダム・スミスの
  「お金を稼ぐのは、教養を学ぶため」という言葉を引き合いに出し、
  「今後の資本主義の発展のためには、文化や芸術へ投資すべき」
  と話していました

  安定した継続可能な社会システムを作るには、
  哲学、宗教、歴史、文学などの人文系の教養が必要だ、と。
  歴史的にも、自国の文化を理解している国は財政も統制できているそうです
  それから
  「資本主義では、トリクルダウンは存在しない」
  とも話していました

 ・資源の枯渇と環境汚染への対応が必要
  ウルリケ・ヘルマン氏は
  「資本主義は人類初の、経済を成長させるシステム」
  と話していました

  しかし永久の成長はあり得ない。
  今の資本主義には終焉が見える、とも。

  彼女によると、
  今の資本主義には資源と環境の2つの限界があるそうです
  成長する社会と、エコで循環する社会、
  この2つのつながりが研究されていないのが問題だ、
  と話していました

 ・大学が学び直しや交流の機会を提供すべき
  フランスの経済学者ダニエル・コーエン氏は
  「これからの資本主義ではルーティンワークでは通用しなくなる。
   今よりも効率化を求める企業のあり方が、人々に競争を強いる」

  それゆえ、失業の危機から人々を守る社会が必要、
  大学が生涯学習の場を提供することも大事だ、
  と話していました

  「人々は工場が閉鎖され、コミュニティがなくなり、途方に暮れる。
   だからこそ、大学で色んな世代の人と交流したり再会したりできるシステムが必要だ」

  これは、フランスや日本のようなヒエラルキー社会では特に必要なのだそうです

 「寛大になることです。
  困難な状況におかれた人たちを、私たちは理解せねばなりません」

 ・まだ先は見えない
  ケインズ研究者のロバート・スキデルスキー氏は
  「進歩とは、歴史を繰り返すことではなく、歴史を乗り越えること」と話していました
 
  しかしどう乗り越えるのか、その先には何があるのか?
  スキデルスキー氏にも答えは見つかっていないようです

  「資本主義が無くなると言う人もいるが、
   無くなった後どうなるかはまだ見えていない」
  
  例えばの話として、
  「資本を蓄積することが重要でなくなり、儲けるモチベーションがなくなる社会では
   既存のシステムは必要なくなる。
  人は、物質的な要求が満たされたら、よりよい生き方はなにか、など別のことを考える」

 とはいえ今はまだ、
 資本主義後の「ポスト資本主義」の中身が分かる段階ではない、と話していました

「私たちの将来は、進歩か安定か、後戻りか。

 記憶と忘却、ルールは今も書き換えられる」

というナレーションで終わっていました

○感想など
資本主義はそもそも
「人やモノに投資し、育ててみんなを豊かにするための仕組み」で、
経済学も
「みんなを豊かにして幸せにするための学問」
が原点だったはず。

最後の各方面の学者さんたちの言葉はみんな、
その原点に戻ろうよと言っているように聞こえました。

「欲望の資本主義2017」でセドラチェク氏は最初に、
「今や成長が目的になっている」
と指摘していました。
我々は、元々豊かになるために成長を目指していたのに、
今は豊かになっている国でも、無理矢理成長を目指している、と。

何のための成長か?
もう十分豊かなんだからもう儲ける必要もないんじゃないか?
それよりも、
世界のまだ豊かでないけど意欲ある人に投資して、その成長を応援したり
あるいは地球環境を守るプロジェクトをしたり、
そういう仕事の方がやりがいがあるんじゃないか?
…てなことを金持ちが考え始めるのが、ポスト資本主義なのかなと思いました。

ただ、現実社会はまだまだ格差が大きい。
コーエン氏が言うように
誰もが学び直し、キャリアをやり直せる社会になるといいと思います。
特に日本では、キャリアを中断すると険しい道が待っていることが多いので…

いつぞやの回では、
「産業革命時、投資家は私欲を貪るどころか、
 公共教育などに投資し、社会貢献した」
とありましたが
同様に現代の富裕層も、公的な教育にもっと投資するようになればいいと思います。

ただ、今は富裕層にそうしたいと思わせるものがない…
産業革命時は、宗教にからむ倫理観が資本家を動かしたようですが
宗教は今はあんまり力を持っていないですし。

資本主義が行き着いて、金持ちがもうそんな儲けなくてもいいかなと思い始めたら世界が変わるのかも。
(これが、ポスト資本主義の倫理観?)
あるいは
「お金を独り占めせずみんなに回した方がみんな豊かになるよ」みたいな理論が科学的に確立したら変わるのかも。

しかし、未来は予測できない。
今の資本主義は心地いいから、結局マネーゲームし続ける可能性もある。
それでも個人的には、未来には楽観的でありたい。楽しみに待とうと思います。

というわけで今回はこの辺で。


posted by Amago at 20:31| Comment(0) | テレビ(お金) | 更新情報をチェックする