2018年02月20日

Eテレ ダイアモンド博士のヒトの秘密「第4回~第6回」

Eテレ ダイアモンド博士の人間の秘密「第4回~第6回」

カリフォルニア大学のジャレド・ダイアモンド博士が、
高校生に人間の進化の歴史を教えつつ、
これからの人間の未来について考える番組。
野外授業形式になっていて、きっと参加する高校生にも刺激になるんだろうなぁと思います。

ダイジェストになっていて1回1回がコンパクトなので
数回分まとめて内容をメモっておきます。

第4回「性と出会いの不思議」
この回はパートナー選び、要するに恋の話でした
この恋の相手選びが、人間に人種という多様性を持たせたのだそうです
●自然淘汰と性淘汰
 進化論のダーウィンは
 有名な「自然淘汰」のほか、
 「性淘汰」も唱えていたそうです

 性淘汰は、自然淘汰に反するようなパートナー選びを説明する

 例えば孔雀は派手な羽のオスの方がモテるが、
 自然淘汰からすると目立つ方が殺されやすい
 そこで性淘汰が働く、と考えられている

 性淘汰と自然淘汰との関係については3つの説がある
 1実は自然淘汰と連動している説
  例えば、派手な羽の遺伝子が、実は別の生存にかかわる未知の遺伝子と関係している…など
 2自然淘汰とは無関係説
 3ハンディキャップ説
  自然淘汰的には不利なのに生き残れるんだから、
  とても強い生存力があることを示していることになる、という説

 動物の世界では性淘汰が自然淘汰を上回る場合もある
 たとえばコウホウジャクは、オスが長い尻尾を持つ
 繁殖のとき伸びるので繁殖に関わると考えられるが

 この尻尾を長くしたり短くしたりした研究がなされたそうです
 すると尻尾が長いほど有利に生き残ったらしい

 「性淘汰が自然界に多様性を産み出しているのかもしれない」そうです

●互いに似ているけど似すぎないパートナーを選ぶ
 1962年の研究では、
 結婚10年以上経過したカップルを調べたところ
 中指の長さ、耳たぶの大きさ、背の高さなどは似ているカップルが多かったそうです

 一方博士の経験談では、
 自分の妻とは目の間の広さなど、似ていない所もあるが、
 考え方や趣味は合うので結婚できたのでは、と。

 つまり人はパートナーに容姿が似ている人を選ぶ傾向にあるが、
 最終的なパートナーを決めるものではないとも言える

 また、似すぎている相手もパートナーにならないらしい
 例えばニッポンウズラについてのケンブリッジ大学の研究では
 雛を家族から離して育て、再び家族に戻してパートナーを選ばせたところ
 教えてないのに兄弟は選ばず、
 従兄弟など血縁が遠い鳥を選んだ

 つまり似すぎないパートナーを選ぶことで、近親相姦を避けているらしい

●人種の起源
 博士によれば、パートナー選びは人種の起源にもつながったらしい

 ヒトの祖先はみなアフリカ生まれ、
 6万年ごろから各地に移住し、様々な人種に別れた

 同じ祖先なのに、肌や目の色が人種ごとで多様なのはなぜか?

 肌の色は「自然淘汰説」と考えられている
 赤道に近い国は強い紫外線を防ぐため、メラニンを増やして色を濃くした
 一方極に近い国は太陽光が弱いため、ビタミンD不足にならないよう肌の透過度を高めた

 しかし博士によれば例外もあり、
 例えば南極に近いはずのオーストラリアのタスマニア原住民は肌の色が比較的濃い
 また、赤道付近のアマゾンにも比較的色白の民族がいる
 いずれも1万5千年前から問題なく暮らしている
 この理由は分かっていない

 一方髪の毛や目の色の理由は、いまだ分からないそうです

 博士が注目しているのは「性淘汰」と「創始者効果」

 創始者効果、とは
 ある民族が移住したとき、
 最初に移り住んだ人間の特徴がそのまま優勢になってしまう効果
 また、似た人を選ぶ性淘汰も、優勢な特徴を維持させる後押しになる
 欧米で金髪、青い目がモテるのも創始者効果、性淘汰かもしれないらしい

 ただし、
 「人種の起源は繊細な問題を含むので、注意を払う必要がある」とも話していました

 生物は、似ているけど似すぎない人を選ぶらしい。
 あなたも誰か好きになったとき、少し科学的に考えてみるといいかも…だそうです

第5回「夫婦の起源 性の不思議」
 この回は生殖の話。
 なぜ人間は一夫一妻制か、なぜ浮気するのか、なぜ年中行為ができるか、などの話でした
●動物の夫婦の形は様々
 生物の世界では、一夫一妻制とは限らない
 例えば霊長類だけでも、
 ゴリラはオス1匹にメス数頭のハーレム状態
 チンパンジーはグループ内で自由に交尾する

 また、ほ乳類はほとんどメスが子育てするが、ヒトは夫婦で行う

 ちなみに、一夫一妻制かどうかを見分ける方法として、体の大きさがあるそうです
 例えばハーレム状態のゴリラはオスの方が体が大きい(強いオスが選ばれるので)
 一夫一妻制のオスとメスはだいたい同じ傾向にある

●なぜヒトは一夫一妻か
 ヒトは子育てに20年など時間がかかるため、夫のサポートも必要
 しかし夫にとっては、自分の子でなければ割に合わない
 このため夫婦のペアをはっきりさせておく必要があると考えられている

 ちなみにチンパンジーはグループ内でペアがはっきりしないが、
 グループみんなで子育てするためサポートは受けられるらしい

●なぜヒトは浮気をするのか
 浮気の生物学的なメリットは
 ・男性側の浮気は、自分由来の遺伝子をたくさん残せる
 ・女性側の浮気は、夫を騙して他の男との子を育てさせられる

 デメリットは
 ・パートナーと別れるリスク
 ・男側の浮気では、妻が他の男とに取られ、自分の子かわからない子供ができる危険がある

 (浮気に関する生徒からの質問)
 ・ヒト以外にも浮気はあるか?
 →あるらしい。
  一夫一妻制のスズメの研究では、
  ヒナのDNAの5%が夫以外由来だったそうです

 ・避妊が浮気に与えた影響は?
  →婚前交渉も可能になり、影響を与えたと思う

 ・避妊したら遺伝子を残す本来の目的と違うのに、浮気するのはなぜか
  →潜在意識に残るのではないか
   我々は自分の行動について、心理的な現象しか説明できないものである
   それと進化的なふるまいとは別物と考えられる

●なぜヒトの排卵時期は分からないのか
 動物の中で、排卵時期つまり妊娠可能時期がわからないのはヒトくらいらしい

 他の動物では、チンパンジーはお尻が赤くなる、など変化が起きる
 このためこの時期だけ交尾すればいいようになっている

 しかしヒトは年中行為が可能。
 これはなぜなのか?謎ではあるが4つの説があるらしい
 主に妻側の戦略と考えられ、
 1性行為と引き換えに、男性に育児参加させるため
 2排卵時期が分からないと男性は常に一緒にいるしかなくなる、つまり一夫一妻を維持させるため
 3できた子供が誰の子かわからないようにし、子供の命を守るため(動物では、オスが自分の子でない子供を殺す行為がある)
 4女性が妊娠を回避し、体への負担を減らすため

 ヒトの男女関係は、
 他の動物と違い、子育てを共同で行う目的があるそうです
 子育てへのサポートが必要なので、他のカップルとも仲良くやっていく必要もあるようです

●モラル
 モラルは、進化生物学者にとっては不可思議なものらしい
  進化論で考えれば浮気は合理的なはずだし
 女性も権力のある金持ちと浮気すればいい
 殺しあいで資源を奪い合うのも合理的になる

 しかしヒトは道徳を持つ
 博士によれば、道徳は遺伝子を超える存在なのかもしれない、とのこと

 罪悪感は後天的なものか?
 遺伝や自然な環境で生まれたのか?
 殺すのは進化に反しているから止めろということか、
 倫理に反しているから止めろということか?

 道徳観を持つのは人間だけで、これはなぞらしい

第6回「不思議いっぱいヒトの寿命」
 この回はなぜ寿命があるのか、なぜヒトは途中で子作りを引退するのか?という話でした
 不老不死は幸せなのか?と考えさせられました
●寿命はなぜ決まっているのか ヒトの寿命はだいたい120歳、
 亀は170年以上、ネズミは2年など寿命は動物により異なる

 なぜ寿命が決まっているのか
 博士によれば、
 生物学者は染色体のテロメアの長さで決まるというが
 進化生物学的に見れば違うと感じるそうです

 博士の説では自分の体の再生に費やすカロリーと、
 生殖に費やすカロリーとのバランスで決まるのではないか、とのこと

 例えば動物には死ぬまで交尾し続けるマウスがいる
 この種類の死ぬ前は食べるのもやめて子供を作り続けるらしい
 このマウスは一年しか生きない
 つまり再生より生殖を優先する

 また、再生するかどうかも、生物はコスト対効果を考えているらしい
 人間の体は骨や皮膚などはある程度は再生するが、
 トカゲのように体の一部は再生しない
 これはヒトは腕を失ったら死ぬ確率の方が高いためで、
 壊れたところを再生させるかは、再生にかけるコストが見あうかで決めている

●ヒトにはなぜ閉経があるか
 ヒトの女性には閉経があるが、他の動物にはないらしい
 これはなぜかと言えば
 子育て、出産にかかるコストやリスクが高いからと考えられる
 このため子供をたくさん生むより、
 生んだ子の面倒を見るようになった

 また、フィンランドとカナダの研究によれば
 祖母が長生きする家ほど、孫の数が多い傾向にあるらしい
 お祖母ちゃんの助けが子供を作りやすくしているのかもしれない

 つまり閉経は
 女性が自分の体を守り、同時に
 子供の養育にエネルギーを注げる働きがある
 お年寄りの知恵が社会全体を良くする効果もあるのだろう、とのこと

●老化の原因
 最後に老化について。
 生物学者はホルモンバランスや免疫力の低下が老化の原因というが、
 博士によればそんな単純なものではなく、
 老いは体の各パーツで同時進行する

 これは落ち込むことではあるが、進化生物学的に考えると
 ある程度年を取ったら人間の体が再生をやめるよう、プログラムされているために起こるもの。
 それは我々が能力を最大限発揮できるよう、
 進化の過程で備えられた知恵と見るべきだ、
 と博士は述べていました

 博士は老いや寿命は受け入れるべき、としています
 老いや寿命とは、何をどのくらい修復すべきか、進化の過程で定まった結果で、
 そういった、進化で培われた生老死の仕組みを受け入れるべきだ、と。

 生理学的な分析では、全てを理解することはできない、とも話していました

○感想など
・恋愛、パートナー選びでは、
なぜ似ている相手を選ぶのだろうと思いました。
遺伝子の多様性を保つなら、全然違う相手を選べばいいと思うのですが…

とはいえ、友人の写真つき年賀状など見ていると、夫婦で似ている人もいますね。
一緒にいたら似てくるのかなと思っていたのだが、本当に似ている相手にひかれるのかな?

ちなみに私の場合、だんなと私とはあんまり似ていないです。
もしかして選び方にも多様性があって、
似ている相手を選ぶカップルもいれば、
全く正反対の相手を選ぶカップルもいるのかもしれないですね。

ほか、フェロモンとか臭いでパートナーを選ぶ説も聞いたことがありますが、
ホルモンとか目に見えないものも、似てる似てないの手がかりになっているのかな。

・性についての話も興味深かったです。
人間だけ排卵期が分からない、てのは知りませんでした。

排卵期が分からない理由のうち、
「妊娠を避ける」説については、発展途上国では子沢山の人が多いので疑問に感じましたが

その他の説は、みんなで子育てする「共同保育」のため、
という点では方向性がだいたい同じなのかなと思います。

他の番組や本などを見ていても、
人間はみんなで子育てするように進化してきたし、
そのために(その結果?)共感力とか社会性を身に付けるようになって、
それがさらに人間という種を生き残らせてきたのかなと思います。

例えば昔NHKスペシャル「ママたちが非常事態?」という番組では、
産後うつの原因が紹介されていました

それによると、産後うつは、
母親が他の大人に子育てを手伝ってもらうため、
わざと気分が不安定になるようなホルモンを出しているために起きるもの、なんだそうです

産後うつになるホルモンは、子育てを手伝ってもらうため
進化の過程で産み出されたものだ、と解説されていました

また、共感力についての本では、
思春期の子(特に女の子)が群れたがるのは
その子たちが出産期に共同保育するための準備のためという説がある、
と書かれていました

つまり人間は、子育てのヘルプを得るためや、
人と協力しあえるようになるために
進化のなかで色々体を変化させてきたわけで、
女性が排卵のサインを隠すようになったのも、その一環なのかなと思いました。

・寿命、老いについての話は一番面白かったです。
最近ではAIと人間をハイブリッドさせ、不老不死の体を得ようとする人もいるというのに
「老いは進化の過程で培われた仕組みなのだから、受け入れるべき」
という真逆の意見は新鮮でした。

私自身も、不老不死は反対です
(そりゃ、本能的には死にたくはないけど)
同じ個体が生き続けるのは進歩がないと思うからです。
ですので、同じ個体の再生より生殖し子孫へ受け継ぐ方が合理的、
と判断した進化のメカニズムはしっくりきました。

だとすれば、AIとの融合で不老不死の体を得る試みはあんまりうまくいかないのかも?
いくらAIで補充しても、ほかの所が壊れてくるんかなと思います。
全部AIになるのかな?そしたら人間の定義はどうなるんだろう?
…なんてことを考えてしまいました。

進化論や生物史、地球の歴史っていうと、
何万年、何億年の単位なので扱ピンとこないなというイメージだったんですが
たまにはそれくらい長期的な視点で人類を見るのも大事なのかな、と思わせてくれる番組でした。

posted by Amago at 22:25| Comment(0) | テレビ(科学) | 更新情報をチェックする

Eテレ「ダイアモンド博士のヒトの秘密」 第1回~第3回

Eテレ「ダイアモンド博士のヒトの秘密」 第1回~第3回

カリフォルニア大学のジャレド・ダイアモンド博士が高校生への講義形式で進行する番組。
ヒトの進化、ヒトの謎に迫り、
そこから現在人類が抱える問題を考えていくそうです

12回に分けて行われ、
前半6回は人類の進化、後半6回は人類の問題についての話だそうです

私実は進化論とか生物史って、身近ではなさすぎてあんまり興味無かったんですけど、
「欲望の経済史」の前枠でやっていたのでついでに見てみました。
そしたら初めて知ることも多く、
高校生向けなので話も分かりやすかった。

3回目までのおさらいをメモとして書いておきます

○エピローグ
 ダイアモンド博士は元々生物学の方みたいですが
 子供の頃からバードウォッチングに興味があり
 鳥の調査のためパプアニューギニアに行ったのが人生の転機になったそうです

 パプアニューギニアで触れた現地文化、気さくな人々たちとの会話から、専門外の文化人類学にも興味を持ち、
 そこから学問のジャンルを越えた研究をするようになったそうです

 人類の進化と文化についての著書も書かれており
 この番組シリーズでは彼の本「第3のチンパンジー」を元にしているらしい。
 地元の高校生を対象にした特別授業という形式を取っています。
 ダイアモンド博士はかなり好奇心旺盛だそうで、
 若い子達と人類の進化を振り返り、今後人類はどうしていくべきかを共に語り合いたい、
ということらしい

○第1回「第3のチンパンジー ヒトはどこまで動物なのか」
 この回は、動物からヒトへの進化の歴史全般を振り返っていました

●動物から人への進化
 歴史的に見ると
 ・45億年前に地球が誕生
 ・35億年前に生命が誕生
 ・2億2500万年前、は虫類が誕生
 ・3000万年前、類人猿が誕生
 ・500万年前、ヒトが誕生

 また、霊長類の枝分かれを進化的に分類すると
 1つの共通の祖先から
 ・テナガザル
 ・オランウータン
 ・ゴリラ
 ・類人猿類
 などに枝分かれし
 類人猿類はさらにボノボ、チンパンジー、ヒトに枝分かれした

●ヒトと他の類人猿とのDNAの違い
 1984年、ヒトとヒト以外の類人猿のDNAを調べた研究では、98.4%が一致していた。
 つまり違いは1.6%しかない

 他の動物と比較すると
 見た目よく似たアカメモズモドキとシロメモズモドキでは、DNA的には2.9%の違い。
 ヒトとチンパンジーはそれより近い

 「ヒトとチンパンジーはほとんど変わらない。 
  人類は第3のチンパンジー」だそうです

●500万年前のヒトへの進化

 骨盤の形から推定すると、ヒトの祖先は300~200万年前に二足歩行を始めた

 進化的にヒトに近い類人猿は20種類くらいあるが
 代表的なのは
 ・アウストラロピテクス(猿人)
 ・ネアンデルタール人、
 ・ヒトの直系の祖先であるホモ・サピエンス

 アウストラロピテクスは脳が小さく、ヒトの3分の1
 ネアンデルタール人の脳はホモ・サピエンスよりは少し小さい

 7万年になるとホモ・サピエンスの大躍進が起きる
 ホモ・サピエンスはアフリカが起源だが、
 7万5千年前くらいの遺跡には、アート、宗教、言語など
 人間に特徴的な文化の痕跡が見られる

 例えば貝殻、ダチョウの卵などに穴を開けたもの(首飾り)
 航海技術も進歩、大陸間で移動した
 死者の埋葬、アートも見られる

 移動の結果、他の類人猿との交流もおきる
 5万年前くらいには中近東には移動、
 その頃すでに存在していたネアンデルタール人
 (40万年前くらいからヨーロッパ~中近東で生存、3万2千年前に絶滅)
 との交配もあったようだ
 アフリカ以外のヒトのDNAのうち3%ほどはネアンデルタール人由来らしい

 (生徒からの質問)
 ・ボノボにも同性愛があるのか
 →あると思う
 ・ネアンデルタール人にも言語は発達していたのか
 →名詞だけの言語はあった(第2回の内容)
 ・人はこれからも進化するか
 →可能性はあるが、問題は100万年後にヒトが生存しているかだ
 これはこの番組のテーマにも通ずる話です

○第2回「動物のコトバ、ヒトの言語」
 この回はヒトのみが持つとされる言語の発達についてでした

 ヒトの言語の進化は
 ・400年前くらい前
  アウストラロピテクスの時代、名詞だけのやり取り
 ・20万年前
  ネアンデルタール人の時代、名詞、動詞を使う
 ・4万年前
  クロマニヨン人の時代、今のヒトに近い言語になった

 動物のコミュニケーション方法と
 人間の初期の単純な言語との比較をしていました

●動物のコミュニケーション
 ・ベルベットモンキー
  敵により鳴き声を変えて仲間に知らせている
  ワシ、ニシキヘビ、ヒョウなどでそれぞれ鳴き声が違うらしい

  そして、仲間もそれぞれの鳴き声の違いを聞き分けて行動を変えている
  ワシ用の鳴き声を聞くと空を見上げる
  ニシキヘビ用の鳴き声を聞くと立ち上がって下を見下ろす
  ヒョウ用の鳴き声では木上にジャンプする、など

 ・プレーリードッグ
  これも敵により鳴き声を変えるらしい
  実験によると、人間の服の色によっても鳴き声を変えるのだそう

 これらの鳴き声でシグナルを変える、というやり方は、
 人間の言語初期の、名詞だけを使ったやり取りと似たようなものと考えられるらしい

●人間のシンプルな言語
 ・ピジン語
  商人同士の言語
  交易の際、違う国の人どうしが、売り買いの交渉するために使われた単純な言語
  これは色々あるが
  例えば「ルセノルスク」は
 19世紀、ロシアとノルウェーどうしで使われた
  300の単語の組み合わせからできているらしい
  語順は決まっておらず、
  複雑なことは伝えられない

 ピジン語の進化形が
 ・クレオール語
  これは、ピジン語を使う親たちから生まれた子供が、
  より複雑なコミュニケーションをするために産み出した言語

  例えば、イギリス人がハワイに移住、サトウキビ栽培をしていた時代、
  交易に来ていた日本やフィリピン人とのコミュニケーション手段にピジン語を使った

  これらの人たちがそこで結婚すると子供が生まれる
  彼らはピジン語で育つが、
  ピジン語では複雑な感情は伝えられない
  このため彼らは独自の言語、クレオール語を編み出した

  ほかには、
  ハイチのトク・ピシン
  インドネシアのバハサなどがある

  これらのクレオール語は、名詞、動詞、形容詞、副詞、助詞など共通の構造を持つそうです
  これはトム・チョムスキー氏が「普遍文法」と呼ぶもの

  このことから、言語とは、
  人の脳の構造由来のもの、
  生まれつき遺伝子に備わったプログラムから自然発生的に生まれたものではないか、とのことです

 まとめると
 ・動物には鳴き声でのコミュニケーション手段があり、
  それはヒトの初期の言語、名詞だけのコミュニケーションと似ている
 ・ヒトの言語は、複雑な感情などを伝えるため、
  名詞プラス動詞、
  さらに副詞、助詞も使う複雑な体系に次第に進化している
  これは、遺伝子にプログラムされた、脳の構造から自然発生している可能性がある

 「自分の気持ちを伝えたい」
 という思いがこれらの言語を進化させたのだろう、と博士は話していました

○第3回「芸術(アート)のジョーシキを疑え!」
 この回は、言語と共に人間の特徴となる文化、アートについてでした
●アートの定義
 最初に「アートの定義とは」と博士は聞いていました
 美しい夕日はアートなのか?
 形のきれいなワイシャツはアートなのか?
 どこからどこまでがアートなのか?

 博士の定義だと
 ・生きていくのに必要な機能は持たないもの
 (実用的なものはアートと言わない)
 ・美的欲求を満たすもの、感情を刺激するもの
 ・生まれてから後天的に取得するもの
 (鳥の鳴き声などは美しいが、アートとは言わない)

 しかし生きていくのに必要ではあるが、意図的に美しく加工されたものもある
 それがグレーゾーン的なアートになるかもしれない、とのことです

 言語と同じく、動物のアートと人間のアートとの比較により
 アートの誕生を探っていました

 ●動物のアート
  普通、動物はアートは作らないと考えられているが
  どう見ても芸術作品だ、と思うものを作る動物もいるそうです

 ・アマミホシゾラフグ
  これは奄美大島の近くに住むフグだそうですが
  このフグのオスは、メスを誘い出すために、同心円状に広がるミステリーサークルみたいな模様をヒレで描く

  メスはこの模様に誘われてやって来て、
  交尾したあとサークルの中心に卵を産み付けるそうです
  このサークル模様は、卵を潮の流れから守るためのもの、
  と考えられているらしい

  また、このサークル模様は、フグにとっては
  オスは、「自分は優秀なオスだぞ」とアピールし
  メスは、「これだけきれいな模様を作るのはイケてるオスね」と判断するシグナルになっている

 ・アオアズマヤドリ
  この鳥は、メスを誘い出すため、
  小枝を集めてあずまやを作り、
  その周囲に青いものを並べる

  しかしこのアズマヤは住むためには使われない
  オスの能力アピール手段のためのもの、と考えられているらしい
  
  つまり、オスがたくさんの小枝を集めて持ってくる能力、
  ものを計画して組み立てる能力、
  色のセンス、などをアピールするもの

  このように、動物にとってアートとは
  優秀なDNAを見分け、なるべく優秀な子孫を残すための基準となるもの

 ●ヒトの初期の芸術
  一方、ヒトの初期のアートはどうか?
  世界史の教科書的には
  14000年前のラスコーの壁画や
  4万年前のホーレ・フェレスのビーナス、と呼ばれるつぼみたいなもの
  なとが世界最古の芸術、と言われる

  しかし博士によれば、30万年前の石器がアートの起源だ、とのこと

  この「アート」の石器とは
  左右対象で形は美しく、
  しかも大きいので実用には向かない
  一方実用的な普通の石器は石を割っただけで、
  片方だけ鋭利で美しくもない

  このアート石器は、作った人の技術の高さを示すもので
  その人のステイタス、能力を示すものだったのだろう、とのこと

  つまりこの初期のヒトの「アート」は
  動物のアートと役割がよく似ている、ということだそうです

 つまりまとめると
 ・動物のアート的な作品は、生殖のためのアピール、という実用的な目的がある
 ・初期のヒトのアートも、自分の技術をアピールする目的から始まっている

○感想など
1回から3回までの内容では、
人間って動物と根っこは同じなんだと改めて気づかされました。

言語やアートなどは、人間特有とされてきたことなので、
脳科学的に言えば、大脳新皮質などの知性的な部分が担う、と私は今まで思っていました。

しかし言語は「餌をさがす」「敵から身を守る」「仲間に危険を知らせる」、
アートは「より良いパートナーを探す、生殖」
など、いずれも本能に根差したものだったのですね。

人工知能でもアートや文章を創る試みがありますけど
やはり欲求、感覚、行動など、
本能に関わるものも伴わないと、
本当に人の心を動かすものはできないのかもしれない、と思いました。

posted by Amago at 22:23| Comment(0) | テレビ(科学) | 更新情報をチェックする

2018年02月18日

「おそろしいビッグデータ 超類型化AI 社会のリスク」(山本龍彦)

「おそろしいビッグデータ 超類型化AI 社会のリスク」(山本龍彦)

少し前、警察でビッグデータを活用した犯行予測技術、その危険性についてのドキュメンタリーがありましたが、
同じようなジャンルの本です。

この本では、ビッグデータが個人の権利を侵害する可能性、その対策法を論じています。
同じような本は以前に「アマゾノミクス」「インターネットは自由を奪う」など読んだのですが、これらはアメリカの方の本。

今回は日本の法学者さんの書いた本で、
しかも日本の法律という切り口だったのが新鮮でした。

題名からして煽り本かなと思っていたが、
最後の章で、日本人の人権意識、憲法との関わりなどの根深い所から
「なぜ日本では議論が深まらないのか」
の原因を探っていて、
新書ながら意外と読みごたえありました。

さて内容ですが
最初の章では、
ビッグデータ社会がもたらすかもしれない、
おそろしいシナリオをいくつかあげています

○おそろしいシナリオ
 挙げられていたのは
 シナリオ1「バーチャルスラム」
  ビッグデータ解析による人物評価が一般的になった近未来のシナリオ。
  いったんAIから低評価の烙印を押された人が、
  永久に就職もできず、
  融資も受けられないから起業もできなくなる、というもの。

  シナリオ2「決めさせられる私」
  検索履歴や購買履歴などをもとに、ある人の属性や嗜好が予測され、
  例えばメタボが心配な人には、
  メタボへの不安を煽りそうな情報が個別に送りつけられる。
  その上で健康食品の広告を送りつけて、
  購買行動を操作される…というシナリオ。

  3「民主主義の崩壊」
   ある人の情報から、その人の政治的信条が推定され
   その信条に合う記事が上位表示される
   するとどんどん考え方が凝り固まり、過激になり、
   違う考え方の人と相容れなくなってしまうシナリオ。

 そして以下の章で、それぞれのシナリオについて
 憲法(というか個人の権利)から見た問題点を論じています

○ビッグデータ利用のもたらす問題点
 1「バーチャルスラム…ビッグデータ解析による人物評価の問題」については、

  筆者は、
  AI、ビッグデータ解析による人物評価はたしかに感情的なバイアスは入らないが、
  この評価が正しいとは限らない点で問題がある、としている

  例えば
  ・サンプリングやアルゴリズムによっては結果に偏りや間違いが生じる
  ・解析の結果は、あくまでもその人を「こういう傾向の人」と分類化するだけで、
   その人本来の姿を示す訳ではない

  しかし、我々は
  「ビッグデータからAIが計算して出した結果です」
  と言われると信じてしまう。

  その結果、「なんか違う」と思っても具体的に反論できない、
  と筆者は述べています

  そのほか、ビッグデータの人物評価への利用は
  ・いったん評価されたら、過去のことは取り消せない
  ・アルゴリズムが公表されないと、意図的なアルゴリズムがあっても見抜けない
  ・かといってアルゴリズムを公開すれば、
  好評価につながるネット上の行動をわざとする人が出てくるかもしれない
  …などの問題もある、としています

  筆者によれば、これらは個人の権利に対して
  ・過去をやり直せなくなる
  ・遺伝的な要因が個人を拘束する
  ・差別を助長する
   (アメリカでは、警察の犯罪予測アルゴリズムで、
   黒人の犯罪確率が白人の2倍にされた事例があるそうです)
  ・新たな差別が産み出される
などの不利益をもたらす恐れがある。

  これは憲法で保障されている「個人の尊重」に関わるのだそうです
  筆者によれば個人の尊重は4層構造で、
  1人格への尊重
  2生まれや身分などで人生を左右されないこと
   誰もが人生の白いキャンバスをもって生まれてくる権利がある、ということ
  3自分の人生をデザインできる自由
   誰もがキャンバスに自由に絵を描ける権利があるということ
  4これらの結果産み出される多様性への尊重
   描いた絵は全て尊重されること
 があるが、

  「過去をやり直せなくなる」のは3に関わり、
  「差別」「遺伝的要因に拘束される」ことは2、3に関わる

  これは身分制度があった時代に逆行している、と筆者は述べています

 2次のシナリオ「決めさせられる私…購買行動の操作」について
  筆者の挙げた問題点は以下の2つ。
  ・個人の認知、判断への介入
   ビッグデータ解析によるマーケティングでは、
   おすすめ商品を決めるために、
   事業者が個人の購買履歴や検索履歴を見ることになる
   これは従来のマーケティングに比べて侵襲性が高い。
   これは憲法でいう「内心の自由」を侵害することにつながる

  ・消費者の得る情報が非中立的になりがち
   ビッグデータ解析によるマーケティングは、
   筆者の好みそうな記事や広告を事業者が選んで送るので
   消費者が得られる情報は中立ではない

   普通の買い物の場合、
   このように消費者が事業者に比べて極端に情報が少ない状態で契約した場合、
   商品の購入を取り消す権利は
   「消費者契約法」で保障されているそうです

  筆者は以上のことより、
  「購買行動の操作」を防ぐために
  ・ネット広告の影響をきちんと検証した上で、消費者法を改正すること
  ・事業者には中立な広告を要請すること
  ・消費者としては、簡単にクリックしないこと

  などを提案しています

 3「民主主義の崩壊…選挙行動の操作」について
  筆者は、ビッグデータ解析により個人の政治的信条を推測された場合、
  次の2つが起こりうるとしています
  ・意見が固定化、過激化する
   個人の検索履歴から、好みに合いそうな記事を選んで上位表示するネットサービスは、
   本人にとっては心地いいかもしれない

   しかしこれは政治的信条に合う記事ばかり見ることになる恐れもあり、
   この場合、多様な意見を見る機会がなくなり、ますます自分の思想が固まってしまう

   同じ信条の人だけのネットコミュニティが生まれれば、
   その集団の思想が過激化し、
   他の集団と相容れないほどになってしまう場合もある

   これは社会学者の研究で明らかになっていることらしい
   (ネット上では顕著に起きるそうです、今のアメリカでも起きていますね)

  ・個別広告により選挙行動が左右される
   Facebookの実験では、
   投票を促す広告をFacebookの個別広告で出されたグループは、そうでないグループよりも投票率が上がったらしい

   これは事実ならば、
特定の政治的信条の団体のメンバーだけにFacebookの個別広告で投票を促せば
   選挙結果を変えられる可能性がある

  筆者は
  これらは憲法の定める選挙の公正に関わり、民主主義の崩壊を招くとしています

  対策としては
  ・政治的信条に関するプロファイリングに関しては、規制を強化する
  ・公職選挙法の改正により、恣意的な投票誘導を防ぐ
  ・政治的信条に関するサイトでは反対意見のリンクも張るよう定める
   新聞やテレビ討論のように、色んな人の考え方が目に入るような工夫をする

  …などを提案しています

  筆者はこれらの例を通じて、
  ビッグデータの危険から個人を守るのは憲法だ、
  と主張しています。
  しかし、筆者によれば日本ではその意識が薄く、
  経済が憲法より上に見られているんだそうです。

  筆者はこの点について、最後の章で論じています。

○日本人の憲法意識
 筆者は最後の章で
 日本人は、憲法っていうと国家権力を縛る文章というイメージがあるが、
 企業などの民間活動も憲法に縛られるんですよ、
 ということを強調していました

 私は最初意味がいまいちわからなかったんですが
 あとの方で
 「(日本では)個人情報を取り扱う事業者のほとんどが、
  なぜ技術革新や経済合理性を犠牲にしてまで個人情報を守らねばならないのかよく理解されていない。
  お上が言うから、あるいはEUの保護水準に合わせる必要があるから守っているのだ、
  と考えておられる方が多い」
 という記述を見てなるほどと思いました

 要するに日本は憲法にたいし
 「基本的人権をうたう最高法規」という意識は薄く、
 その代わりに経済とも別の、
なんかわけわからん堅苦しい文章というイメージがある、ということらしい

 筆者に言わせると、その理由は
 (一冊では語り尽くせないほどあるそうですが)
 大きくは歴史的な経緯があるようです

 1つは、憲法成立後、まもなく朝鮮戦争が勃発し、
 駐日米軍が朝鮮に出動し、自衛隊を作る必要に迫られたことが関係しているらしい

 自衛隊は軍隊放棄の9条に関わるので、このとき憲法論議が起きたが、
 この結果、国民に憲法の大事さが認識される前に、
 憲法は単なるイデオロギー的文書、政争の具、というイメージが広まってしまった

 もう1つはそのあとの高度経済成長で、
 経済こそが国家の基盤、となり、
 憲法の権威が相対的に下にされてしまった

 つまり憲法とは何ぞや、という認識が国民の中で固まる前に
 憲法って政治家が議論するよくわからないもの、
 それより経済効率性が大事、
 という認識がされてしまったということらしい

 他にも、
 ・日本の場合、憲法は言わばGHQからの押し付け的に作られたものだった
 ・天皇制との政教分離の議論がある、
なども関係しているのかもしれないそうです。

○日本人の個人情報保護への意識
 こうした日本人の経済合理性優先の兆しは
 「個人情報保護法」の扱いにも見られるそうです

 個人情報保護法のそもそもの目的は
 ・個人が人生をデザインする自由、
 ・人生をやり直す自由、
 ・個人が、その属性で能力を評価されない自由、
 ・健全な民主主義を維持する
 …など、基本的人権の実現のためにある

 しかし日本では憲法の存在が弱いためか、
 個人情報自体を守ればいいと思ってしまう人が多いらしい

 そのためこの法律を巡る議論は
 情報漏洩、セキュリティ管理に関することだけになり、
 プロファイリングによる個人の侵害、差別の助長などについては議論がなにもされない状況なのだそうです

 一方ヨーロッパでは、
 憲法の秩序の中に経済秩序があるという考え方で、
 データの保護についても人間の尊厳、個人の尊重と結び付いて議論されているそうです

 例えばEUのGDPR(一般データ保護規則)では
 ・プロファイリングに異議を唱える権利
 ・コンピューターの自動処理のみで重要な決定を下されない権利
 ・事業者への公正と透明性の要請
 (どんなロジックが使われているか、使ったらどんな結果や影響が出るかを利用者に知らせなさいよ、ということらしい)

 …などが定められているそうです

 またアメリカの場合も、
 差別の歴史があるせいなのか、
 ビッグデータの利用が差別や排除につながる懸念を示す報告書が政府から出され、
 議論が進んでいるそうです

 筆者に言わせると、
 それと比べると日本は経済合理性、効率性が優先され
 憲法上のリスクは語る雰囲気にない、
 あるいはSF世界のような極端な危険を想定して、
 根拠もなく楽観視されることが多いそうです

○自己情報コントロール権の強化をすべき
 この状況に対し、筆者は
 「自己情報コントロール権」の強化を訴えています。

 今のところ、個人がコントロール権を持つ情報とは、
 事実に関する個人情報だけが想定されているが

 筆者は個人がコントロールできる情報の範囲を拡大し、
 権限自体もを強化していくことを提案しています

 「拡大させる範囲」については4つ挙げています
 ・個人情報のプロファイリングにより産み出されるセンシティブ情報
 例えばプロファイリングから分かる、病状から鬱だろうとか、政治的信条はこうだろう、という推測など

 ・過去に関する情報

 ・ネットワークシステムを選択する権利
  ネットワークシステム業者を選んで繋がり直す権利、
  情報管理業者を選ぶ権利、などだそうです

 ・情報管理システムへのコントロール権
  データに加えるノイズとか
  データに入れてもいい情報を選ぶなどして、
  個人を特定されないような状態を個人が選ぶ、など

 また、「権限の強化」については以下の二つを挙げています
 ・情報の利用、プロファイリングの方法、流れを理解する方法を業者に要求する

 ・サービスを受けるために同意せざるを得ない状態を無くす
これは事実上の同意の強制なので、
 サービスの本質に必要ない情報の提供をしなくてもサービスが受けられるようにすべきだ、としています

 そして筆者が何より大切だとするのは個人の意識を変えること、だそうです
 1つは
 ・ビッグデータの恐ろしさを認識すること
 その一方で、
 ・AIの評価を絶対的なものと見なさないこと
だそうです

 ビッグデータ解析の結果を恐れすぎず、甘くも見ず、精神的に優位に立つこと。
 「AIはこんな評価してるんか、本当の私は違うけどね」
 と笑ってやればいい、と。

 予測結果と距離を取り、
 利用できるものは利用し
 無視できるものは無視する。
 そういう態度で臨めば、分析結果も有意義なものになるのでは、としています。

 筆者は、自分の考え方は古いね、と言われるかもしれないが
 「ならば憲法を倒してから行け」
 という勇ましい言葉で結んでいました

○感想など
前半のビッグデータ利用に関する危険性についての話は、
色んな本やテレビで見ていたので既視感がありましたが、

日本人の憲法、権利に対する認識についての話は新鮮でした。
自分でも自覚していなかったことでした。

たしかに私自身、憲法というと、お上が書いた小難しい文章、弁護士が覚えるもの、というイメージで、
経済の決まりほど切実には感じない。

その理由として筆者が挙げていた、
朝鮮戦争、高度経済成長などの歴史的経緯については
あまり知らなかったのでなるほどと思いました。

しかし私は、真の理由は
筆者がちょっとだけ触れていた
「憲法が言わばGHQからの押し付け的なものだった」
という点にあるのではと思います。

欧米では憲法や、そこにのせられている自由や個人の権利などは
専制君主から市民が革命を起こして勝ち取ったもの。
だから彼らの血となり肉となり、意識に染み付いているのだろうと思う。

しかし日本では、個人の権利とかいうのは欧米からの輸入の思想、言わば押し付けのもの。
実際は日本では、
上に従い、周りに合わせるのが良しとされ、
個人の権利を主張するのはむしろはばかられるような文化ではないか、と思います。

だって普通に生活してても、
例えば仕事で自分の権利が多少侵害されたところで、
それで楯突いて訴える人はあんまりいない。
上司や会社がそれでうまく回るならその方がいいや、と考える人が多いと思う。

それからもう1つの理由として私が考えたのは、
憲法はお上が書いた文章、しもじもの者が議論して変えるようなものではない…
みたいな認識が日本人のどこかにあること。

というのは、今でも憲法改正の論議があるけど、
日本は憲法改正には慎重で、
海外では日本よりも今まで改正されている国が多いと聞いたことがあります。

これは、欧米は憲法の「精神」が守られることが大事で、
そのためなら表現は時代に合わせて書き換えればいいと考えているのだろう。
一方日本は、お上が決めた文章や決まりは守らねばならないもの、変えてはいけないもの、
しもじもとは別次元のもの、という意識があるのではないかと。

だから朝鮮戦争や経済成長が無かったとしても、
憲法の精神や位置付けに関する議論が進んだかどうかは怪しいと私は思います。

…ということを考えていくと、
筆者の考え方は少しだけ異論を感じました

個人情報コントロール権の強化は賛成です。
日本人は決まりは守るので、決まりがあれば守ると思う。

しかし、日本人に、欧米のような個人の権利に対する高い意識を求めるとすれば、
それは理想的過ぎかなぁと思います。

筆者は憲法学者さんなので、
憲法の理念などを知った上で、なぜ日本人はこんなに無自覚なのか、と思っているのかもしれない。

しかし先程も書いたように、
日本人は(建前上は知っているが)そもそも個人の権利、という意識が薄い。
これは文化的なもので、家族制度や社会制度に根差す深いものだろうから、
恐らく今後も変わらない。
というか自分より周りを大事にするところは、むしろ日本人の長所でもあるので変えられないだろう。

いや、筆者も、個人の権利とか憲法を考えてほしいとまでは思ってなくて、
ただ日本人に、ビッグデータ利用の怖さと不完全さに自覚的であれ、と願っているだけかもしれない。

しかしこれについても意識改革は難しいと思う。
なぜなら日本人は自分で個人の身を守る意識が薄く、
お上任せ、上司や組織に任せておけば個人は守られる、
と思っているところがあるから。

その証拠に、最近仮想通貨流出事件があったけど、
流出被害に遭った会社はホットウォレットという危険の高い管理方法をとっていたのに
疑問を持たず預けていた利用者が多い。
これは組織を信頼しきってしまったために起きたことだと思う。
そして、これも恐らく家族制度や社会制度、文化からの影響だろう。

だから意識改革は正論なんだけど、なかなか難しいと思う。

それよりも、
日本人の文化や精神に合わせたやり方を考えるほうが現実的なのかなと思います。

日本人特有の「周りと調和するのを良しとする文化」とか
日本人にとって分かりやすい「経済効率」に、
個人情報保護のシステムを埋め込んでしまった方がいいのではないか、と。
例えば個人情報保護を守らない企業は村八分にされるとか
政府がペナルティを課してお金を取るとか…

まぁでも
「日本人って自分で自分の身を守る意識が薄いよね」
「日本人って組織とかお上を信頼しすぎだよね」
という自覚を持ちつつ、
やっぱり大事なことについては他人を当てにしたらいかんな、と、
自分で自分の身を守っていくのはありかなと思います。

また、自己管理が求められる分散管理型のシステム、
例えばブロックチェーンシステムや仮想通貨の利用については、
日本人は特に慎重になった方がいいのかなと思います。

そういう意味で啓蒙的なこの本は読んでみて良かったです。

色々勉強になりました。
というわけで今回はこの辺で。


posted by Amago at 09:21| Comment(0) | 本(科学) | 更新情報をチェックする