2017年08月13日

歯の変化は心境の変化?

歯の変化は心境の変化?

 先日、ブログを休んでいた理由について書きましたが
 ちょっとした心境の変化も最近ありました。

というわけで今回はこの話について。

 お盆前に、治した歯がまた欠けました。
 埋めたものが取れたのは1ヶ月で3回目。
 (毎回同じ、右上の奥から2番目の歯)
 またかよ~と思ったけど、
 歯医者さんに電話して行ったらすぐ埋めて下さいました。

 さすがに
 「なんでこんな取れちゃうんでしょうかねぇ」
 と聞いてみたんですが
 「ここが一番噛むとき当たるとこだから」
 という明快なお答え。
 「でも噛まないのも良くないし、噛まないといけないから仕方ないですねぇ」
 だそうです。

 多分樹脂製の安価な素材なのかな、治療費はかかりませんでした。
 日本の素晴らしい医療保険制度に感謝ですね~

 しかし、何だろう、最近この歯の変化と共に、少しずつ自分の中でなにかが変わった気がします。

挙げてみると

●食べたいものが変わってきた。

 なんか、少し前までは狂ったように酸っぱいもの甘いもの食べてたんですが
 それが収まってきました。

 歯には酸が良くない
 (甘いもの、糖分が酸化して酸になるから歯を溶かす)
 らしいのですが
 ちょっと前までは酸っぱいものとか甘いもの大好きだったのに
 最近はあんまりそうでもなくなってきた。
 なんか美味しくないのよね。
 甘いものも、特に食べなくてもいいかなぁと思うようになってきた。
 ただし目が欲しくて買ってしまいそうになるので気を付けないと(笑)
 
●噛むのが慎重になってきた
 まぁこれは当たり前っちゃそうですけど、。

 今まではスティックにんじんとかバリバリ食べてたけど
 固いの噛むのに慎重になりました。
 隙間掃除もマメにするようになりました。
 いかに自分が歯を粗末にしてきたかが分かります…

●肩凝りに気を付けるようになった
 どなたのブログか忘れましたが
 食い縛りとか歯並び矯正にマウスピース、とよくいうが
 「あんなの高価なだけ、ムダムダ」
 とおっしゃった医者さんがいるそうです。
 それより姿勢の歪みが原因なので、姿勢を治した方がいいと。

 私も、お盆前はなんだか疲れていて
 寝てる間も気づかないうちに食い縛っていたようです。
 (起きたら顎が痛い)

 たまたまそのとき肩凝り治し体操、
 というのをテレビなどでやっていて
 試しつつ、ブログ書くのもセーブするようにしていたらましになってきました。

 ちなみに体操とは、
 肩甲骨を伸ばす、というもの。
 色んなバージョンがあったのですが
 私が一番効いたのは
 1腕をL字に曲げて
  息を吐きつつ、胸の前にゆっくり持っていき
  両方の肘をくっ付ける
  (肩甲骨が伸びるのを感じつつ行う)

 2息を吐きつつ、L字に曲げ  た腕を背中側に動かす
  (胸がぐーっと伸びて、両方の肩甲骨がくっつくのをイメージ)

 3そのまま両方の腕をゆっくり上に伸ばし、両方の甲を合わせる

 ここに絵つきで解説してあります
 https://clear33.com/frozen-shoulder

 あわせて、スポーツもやりたいなぁ、
 ヨガもやりたいなぁ、と思ったけど
 「こんな田舎にそんなハイソな教室はございません」
 とだんなに言われました(笑)
 私の母親がヨガとか体操好きで、
 本読みながらやってたので私もなんちゃってストレッチですね。体が伸びて気持ちいいです。

●心のなかの怒りに目が行くようになった
 歯や歯茎の痛みはネガティブ感情がたまっているから…
 という意見も目にしますが
 私も最近やたらイライラしていました。

 なんやろな、やたら一人になりたい…と思ってしまう。
 独身に戻りたい、とまでは思わないけど、自由が欲しい。

 私のイライラを列挙してみると
 まず
 「他の家族にスケジュールを合わせないといけないストレス」

 主婦って、1日の過ごし方を他の家族に合わせないといけない。それがストレスです。

 例えば朝は子供が早く起きるし
 私も朝型なので
 洗濯とか風呂掃除はその勢いで早く終わるのに、
 部屋の掃除やトイレ掃除は
 義父母さんが朝御飯やら終わるまで待ってないといけない。
 (食べてる最中に掃除するわけにはいかないので)

 年取ったら早く目が覚める、
 ていう人が多いはずなんですが
 うちは二人とも宵寝で遅起きなんです。

 しかも食後にコーヒー、
 それも豆から挽いてのんびり飲んでるので
 その間かなりの時間になります。

 さらに、休みの日になると
 子供らはじーさんばーさんと食べる、
 とかいって起きてくるまで待ってるのよね。

 私はその間ブログ書いてることが多いけど、
 誰にもブログ書いてるって言ってないから
 ずーっとスマホ見てるように思われてるんだろな。

 まぁ端からから見たら、義父母さんお二人は定年後の理想的な姿なのかもしれないが
 こっちとしては何でそんな生活に合わせないといかんのだ、と思ってしまう。
 基本的にやること後回しにするの嫌いなので
 掃除なら掃除でさっさと終わらせたいのに。

 これが仕事に出かける身分なら
 掃除できないからよろしくねー、
 て感じで脱走できるのにー…
 と思ってしまいます。

 まぁでも仕事行く人は行く人で
 今日は台風で行きたくねーなー、
 と思っても行かねばならない、
 という辛さはあるのかもしれないが。

 それから、
 「一人でほっとできる空間がないストレス」

 これはうまいこと言えないのですが
 専業主婦って、
 メリハリのないぶん、ずーっと子供と一蓮托生にさせられている気分です。

 仕事してる友達なんかは、
 仕事してる間は子供のことを忘れられる、
 ずっと子供と一緒なんて耐えられない、
 と言っているのを聞いて羨ましく思った記憶があります。
 有休取って子供預けて一人で買い物、という強者もいてええなぁそれ、と思ってしまった。

 子供が学校に行きだしたら、
 もう少し心配しなくてもいいのかもしれんけど
 なんかあったら
 「家にいるのになにしてんねん」
 て言われるんだろうなと思うと何となく気が抜けない。
 (うちは監視の目が3倍だからね…)

 あと、だんなに子供のことについて
 「家にいないから分からん」
とか言われると、責任を押し付けられた気がして、
 私もそんなセリフ吐いてみたいよ!と言いたくなります。

 さらに私の場合、家にいても、基本だんなの家なので、
 「自分の家」感がないですね。
 しんどくたってゴロンと横になれないし、何年すんでもなんとなくアウェイ感が抜けず、くつろぐ空間ではない。

 それから、
 「家事は感謝されないストレス」

 なんか、こんだけ毎日黙々と洗濯掃除料理片付け6人分、全部やってんのに
 それが当たり前のようにされていることが辛いなぁと思う。

 正月なんか、こっちは普通の家事のプラスお節作ったり忙しいのに
 みんなはテレビ見て談笑…
 てのがなんかむなしくなっていました。奴隷になった気分。

 実はだんなは単身赴任してたときがあるんですが
 帰ってきてから
 「家はエエなぁ」
 としきりに言ってました。
 何で?と聞いたら、
 お酒飲んでたせいもあるかもしれないが
 「おつまみちょっと欲しいなーってときに出してもらえる」
 「家帰ってすぐにご飯食べられるのがいい」
 だそうです。
 私は家政婦か!って突っ込みたくなりました(笑)
 まぁでもそれだけ主婦業のありがたみが分かってくれていればいいのだが。
 (だんなに関しては、前よりは協力的になった気はする)

 そして最後に
 「家族は一緒が一番、という価値観のストレス」

 何だかんだいって何が一番辛いって、
 一人の時間、自由がない辛さを分かってもらえないことですかね。
 私はもともと人よりも一人の時間が大事な人間なのかもしれません。

 だんなは単身赴任で帰ってきて、
 「家族がいるといいなぁ。
  だって一人だったら、家帰ったってがらーんとしてるでしょう?
  やっぱ人の声があるのがいいわぁ」
 と言っていました

 まぁ多分、これって普通の感覚なんでしょうね。
 でも私はこれにあんまり共感できないのです。
 むしろ一人でのんびりできてるだんなが、ぶっちゃけ羨ましかった。
 (単身赴任の方には分かってない、と怒られそうですが)

 なんかな、義父母さんもそうなんですけど、
 「家族が一緒なのが一番」という思想の持ち主なのです。

 例えば義父さんは一人なのが嫌だから、
 どこへいくにも義母さんを連れていく。
 お前子供か、と正直言いたくなるときあります(笑)
 義母さんも家族が少ないと寂しい、という。

 しかし私は、家族がいるとしんどいなー、と思うときもけっこうある。
 人が多いとその分イザコザも増えるから、
 一人の方が楽っていう考え方もあるのよね。
 独身の頃一人で暮らしてる時間が長かったけど
 あの頃は気楽で良かったな~と今でも思います。
 いつ寝ても起きても何にも言われないし。
 まぁたしかに、ずーっと誰とも話をしないとなるとしんどいのかもしれないけど、
 一人でぼーっとする時間が好きでした。
 今はそれが全くないのが辛い。

 もちろん、家庭があるのが嫌、てわけではないのです
 家族があるというのはそれなりに面白いこともあるし、良いこともあるんだけど
 そこばかりこの家で強調され、家族が一番という価値観を押し付けられているのが辛い。

 (そう言えば結婚したとき私はだんなに
 「一人でぼーっとする空間が欲しい」
 と言ったことがあったけど
 「そんなとこで何すんの?いらんでしょ」
 と全く理解されなかった記憶がある。今思うと悲しい。)


…まぁでも、こんな不満を持つのは私だけなんだろうか、
と思っていたんですけど

https://kurashinista.jp/column/detail/3102
に、主婦が「独身に戻りたいと思う瞬間」アンケート結果が書かれていまして
私だけでもないのねと安心?しました

それによりますと
「全てが家族のスケジュール中心、自分のことを優先できないとき」

「食後に食器洗いをしている私 をいたわりもせず、みんなでくつろいでいる家族の姿を見たとき」

「ときには友達と羽目をはずして夜遅くまで飲み歩きたいと思っても、夕食の準備や子どもの世話があって 時間通りに帰宅しないといけない」

「仕事や遊びを夜遅くまで思い切りやってみたい」

など、あー、分かる~、ていう内容が多かったです。

しかし、働きに出れば解消されるかと言えばそうでもないようで

働いてる人でも
「仕事が楽しい時。もう少しやりたいと思っても家事のことを考えると、ある程度諦めなければいけない」

「仕事で疲れて家に帰って、自分はお腹が減っていなくても家族のために献立を考え夕飯の支度をするとき」

これもなんとなくわかるなーと思います。

結局、働きに出ても全力で取り組めない
という辛さはあるんだろうな。

 まぁでもこういうストレス、どうしたらいいのかな。
 みんなそんなもんなんだ、と割りきって乗りきるか
 無理矢理でも自分の時間を作って息抜きしていくか…

 私としては、こうして自分の気持ちを客観的に書いていくだけでも、
 だいぶ落ち着けるようになるので
 自分の気持ちを振り返る時間は持っておきたいかなと思います。

 それから「感謝」の気持ちですね!
 結局、これってないものねだりしてぶーぶー不満を言ってるだけ、のような気がしてきた。
 仮に私に家族が無く、ずっとシングルだったとしても、同じようにないものねだりしてるかもしれんしね。

 だから、
 「家族、子供、だんなは今日こんなことをしてくれた」
 「今日はこれだけ息抜きさせてもらえた、一人の時間が持てた」
 というように
 良いことを探すこと、
 足元にある幸福に目を向けていくことで
 自分の心も豊かになっていくのかなと思います。
 ないもの追ってもしょうがない。あればラッキーくらいの気持ちでいればいいのかな、と。

 あとは、こういう不満の気持ちをもつ自分も責めすぎないことかな、とも思います。
 自分はよくやってるぞー、と労ってあげることかな。

「良い事があってこその笑顔じゃなくて
 笑顔でいりゃ 良い事あると思えたら
 それが良い事の 序章です」
 (Mr.Children「PADDLE」)

 イライラするときがあっても
 日々笑顔でいたいねぇ。
 無理矢理の笑顔じゃなくて、気楽に、気楽に。

 そう言えば、笑顔は歯にも良いらしいですよ。
 (全身、顔がリラックス→凝り、歪みが無くなるのだそうだ)

というわけで、だらだら書きましたが今回はこの辺で。
posted by Amago at 15:41| Comment(0) | 人生 | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

専業主婦もバケーションが欲しい…

専業主婦もバケーションが欲しい…

最近ブログをサボってました。
理由は、単に書きたくなかったからです。。

ネタが無いわけではなく
とにかく書く行為をしたくなかった。
なんか疲れていました。
首や目は痛いし、暑いし、子供家にいるから時間も取れないし…
(夏休み期間はスマホで書いてるからなおさら書きにくい)

ブログの書き方は人それぞれでしょうが、
私はけっこう書くとき自分を入れる方なので、
苦痛のまま書くのは嫌でした。

ブログ書かないとどうなるんかなぁと思ったけど、
一応調べたら
http://www.costcogogo.com/entry/10daysnoblog
の方の話によれば
10日休もうが1ヶ月休もうが、
過去記事ストックさえあれば大して影響ないらしい。
(ちなみに私も過去パソコン壊れてしばらく書いてなかったけど、
アクセスは大して影響なかった)
ちょっと書かずに罪悪感を感じて、やめちゃう人も多いんだそうです。

でもまぁ私の場合、
もともとアクセス数気にしてないし、
お金をもらってるわけでも仕事でもないし、
自己満足で書いたやつが人の役に立てればいいかなくらいの気持ちなので、
まぁいいか~と思ってお休みしてました。

加えて、ぼーっと見てたネットニュースに
フランス人のバケーションの記事があり
さらにやる気を無くしました(笑)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170810-00183631-toyo-bus_all

なんですけど、フランス人と日本人の休暇の取り方の違い、が書いてありました。

フランスは長い休み
(いわゆるバケーションてやつか?)
を取るのが当たり前らしい。

まぁ、私も長い休みを欧米の人は取るというイメージはあったんだけど
それはエグゼクティブクラスの人だけなんかなと思っていました。
そうではなかったのね。

フランスでは、9月の学校開始に合わせて、子供の休暇に合わせて8月に休む人が多く
独身でも強制的に休ませる企業が多いようです。
3週間くらいは仕事しないみたいですね。

それで何するかと言えば、
長期旅行に出掛けたり、
お金がなければ近くの田舎の面白い宿屋に行ったり…
そして、その旅行なども
観光地や名所などには全く行かず、
何もせずにビーチに寝そべって本を読んだりぼーっと過ごす、てのも珍しくないらしい。

もしくは、行き当たりばったりでキャンピングカーに乗り、
その日の気分でたどり着いたところで眠る、とか…

日本に来るにしても
忙しい観光地巡りなんかしたくないらしく
地元のその辺の道をブラブラ散歩するだけで満足、
むしろ日常的な生活を楽しみたいのだそうです。

(この記事の筆者は、
その辺日本の観光業者は分かってない、と嘆いておられる。
日本は数日で名所全てを回るツアー、とかを考えがちだが
長期間低価格でのんびり滞在プラン、
日常の日本を味わえるツアーがほとんどないとか)

フランス人の休暇の過ごし方は、
日本人からしたら
何もしないなんて勿体ない…
と思うかもしれない。

しかし彼らにとったら、仕事や日常を離れて、
タイムスケジュールもなく気ままに過ごす、
てことをしていく中でリフレッシュするのだそうだ。

そして、3週間もそんな生活をして
そろそろ休むの飽きたなー、
仕事しよっかー、
てなって仕事に戻る、
というスタイルなのだそうだ。

なるほど。
それも一理あるよなぁ。
なんであんな休んでるんだ、
と思ってたけど
逆に羨ましくなりました。
「休むの飽きたー」
とか言ってみたい。
だって旅行てことは主婦業もしなくていいんだよね。
家族が休みでも、主婦は365日休みはありません(涙)
専業主婦は毎日休んでる、という意見もあるが
このメリハリのなさはとても疲れる。

ちなみに他の国はどうなのよ?
と思ったんですが

http://idegene.com/mktg/summer-vacation-in-europe-and-americas

によりますと
欧州は有休が30日くらい、と法律で決まっているのだそうだ。
ただ国により休みの取り方は多少差があるそうで
連続休暇については
イギリスは好きなときに調整しつつ2週間くらい
ドイツは3週間くらい、フランスは1ヶ月くらい
バカンスをとる例が多いようです。
フランスに至っては、7月~9月に会議を入れたら怒られるとか(笑)

一方アメリカは法律で決まってないので企業、個人でそれぞれみたいで
長く休みをとる人もいれば、
ワーカホリックで休みなしで働く人もいるみたいです。
そういう人は、仕事が趣味の延長みたいなもんなんですかね。

カナダは1週間くらいらしいですが
もともとそんなに仕事を頑張るわけでも無さそうです。

なんで日本は長期休暇が浸透しないのかなぁ。
長く休んでも、やることないと落ち着かない国民性なのかなぁ…
と思ったのですが

https://www.madameriri.com/2015/02/28/%E3%81%AA%E3%81%9C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AF%E8%AA%B0%E3%82%82%E3%81%8C%E3%83%90%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%92%E3%81%BB%E3%81%97%E3%81%8C%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%AE/

によれば、もちろん
「休んだらみんなに悪い」
とか、
「仕事が進んでないのに休みづらい」
とかいう精神的な問題もあるけど
一番の理由は
「祝日が多すぎる」
ことらしいです。

そういえば先に紹介したフランス人の方の記事でも
「実は年間の休む日数はフランスよりも日本の方が多い」
みたいなことが書かれていたんですが
日本はちょこちょこ休みをとるので、
何となく休んだ気になっちゃうらしい。

あと、もともと祝日が多いので、
これにさらに長期休暇まで取っていたら
仕事がたまってみんなに迷惑になるし
自分も休み明けに仕事を片付けなきゃならない、
という問題があるみたいです。

たしかに私もあんまり日帰りで遠出すると、
帰ってきたときにたまっている洗濯物のことを考えるのが憂鬱。
一人で気晴らし、とかいって出掛けても
帰ってから家事が忙しくなるなーと思うとあんまりゆっくりできないですね。

ただしフランス人の方は
「日本人は短時間に休むのが上手」
と書いています。
マッサージ、温泉などはその現れではないか、と。

まぁ、日本人的にちょこちょこ休むのがいいのか
フランス人みたいにガッツリ休むのがいいのか
どっちがいいのか分かりませんが、
個人的には中途半端な山の日とか海の日、プレミアムフライデーなんかはいらんから、
そろそろガッツリ休む文化も容認されて欲しいなぁとか思います。
働き方改革、ていうけど
祝日要らないからこういうご褒美的な長期休暇を取る、
という働き方も出来てくるのかなぁ。
(それでも選ぶ人少ないかなぁ)

てなわけで私もしばらくは夏休みモードでいきたいなと思います。

今回はこの辺で。
posted by Amago at 20:31| Comment(0) | 人生 | 更新情報をチェックする

2017年08月07日

NHKBS世界のドキュメンタリー「メモリー・ハッカー~あなたの記憶が塗り替えられる~」

NHKBS世界のドキュメンタリー「メモリー・ハッカー~あなたの記憶が塗り替えられる~」

 アメリカ2016年製作のドキュメンタリー。
 記憶に関する研究についての話でした。
 記憶って海馬と大脳皮質の働きちゃうのん?
 と思っていましたが、記憶についてはまだまだ謎が多いのだそうです。
 記憶だけでなく、忘れる能力もなんなんだろう、と思わされる内容でした

○驚異的な記憶力の持ち主たち
 最初に出てきたのは11歳の少年。
 彼は一見普通の少年に見えるが
 実は過去の出来事を全て覚えていられる能力を持っているのだそうです。
 年月日を言えば、その日の出来事をすべて正確に答えられる

 このような人たちは
 HSAM
 (Highly Super Autobiographical Memory、高度に優れた自己再生記憶)
 と呼ばれ
 カリフォルニア大学のジム・マッガウ氏が15年前に発見したそうです
 彼は今まで数千人を調査、そのうち55人が見つかっている

 彼はHSAMたちの脳をスキャンして調べたそうですが
 鉤状束、と呼ばれる所が活発など、
 いくつかの特徴に分けられはするものの、
 共通するパターンは発見されていないそうです

 先の11歳の少年は7歳の頃からこの特異な記憶力を発揮しているそうですが、
 子供で見つかる例は珍しいそうで
 彼が記憶を呼び覚ますときの脳をスキャンし、詳しく研究しているそうです

 ほかの人と何が違うのか、
 人よりを記憶力が優れているのか
 それとも全てを記憶する力は誰にでもあるが、それを取り出す力が特異的なのか…

○てんかん患者の研究
 記憶の研究は、あるてんかん患者により大きく進歩した

 これはあまりにも有名な話ですが、ブレンダ・ミルナー氏によるてんかん患者ヘンリー・モレゾン氏(HM)の研究

 モレゾン氏は子供時代に自転車事故にあい、
 それ以来てんかんに悩まされた
 そこで医者は、てんかんを起こす脳の部位を切除する手術を行う
 ほとんどの海馬を取り除いたそうです

 その後、てんかんの発作は無くなったが
 副作用として、モレゾン氏は新しいことを全く覚えられなくなってしまった

 このことから、長期記憶には海馬の働きが必要と考えられるようになった。

 ミルナー氏がこのときの話をしていました
 「彼は実験には協力的でした、特にパズルが好きでした」
 その一つに手を鏡越しにだけ見えるようにして
 星などの図形をたどってもらう実験があったそうです

 普通の人は何回かやれば学習できるが
 モレゾン氏は新しいことを覚えられないため、学習はできないのではないか
 と予想されていたそうです

 しかし彼は練習するごとに上手になった
 ミルナー氏はとても嬉しかったそうです
 「それが突破口でした、運動機能は学習できることがわかった」

 ここから、記憶にはいくつか種類があると考えられるようになった
 運動、意味など、違う種類の記憶は
 別々の脳の部位に保管されているようだ、と分かった

 それ以来、記憶の研究はさらに進んだそうです
○記憶を脳の変化として捉えた研究
 ノーベル生物学賞を受賞したコロンビア大学のエリック・カンデル氏は
 記憶についての画期的な研究をしたそうです

 彼の研究の原点は子供の時の記憶だった
 彼は誕生日に、オモチャの車を買ってもらったそうです
 しかし、その二日後、
 「クリスタル・ナハト」と呼ばれる
 ナチス兵によるユダヤ人地区の襲撃が行われた

 彼らはアパートを追われ、
 一週間後に帰ってきたときは金目のものは全て奪われ、
 オモチャの車も無くなっていた
 子供心にとても辛かったのだそうです

 彼は「ホロコースト体験者はその経験を一生忘れられない」
 と述べている
 ではなぜ忘れられないのか?
 それを知りたくて精神分析や心理学を学んだそうですが
 記憶の研究が最も大事だと感じたそうです

 記憶が海馬に関係しているのは分かっていたが、
 では意識がどうやって海馬にたどり着くのか?

 彼が研究対象に選んだのはジャンボアメフラシだそうです
 「同僚にはキャリアを捨てるのかと思われた」そうですが
 アメフラシが単純な刺激を記憶するときの脳細胞の変化を見ることにしたそうです
 
 彼はアメフラシの水管という水を吐き出す管に注目した
 アメフラシはここを刺激すると、嫌がってえらを引っ込めるそうです
 そこでここをつつき、電気刺激を与えるとえらを引っ込める
 次第につつくだけでえらを引っ込めるようになった

 つまりつつかれる→電気刺激
 という学習をしたそうです

 このときの細胞レベルの変化を見るため
 神経細胞を取り出して培養した

 これは当時としては画期的だったそうで
 「記憶を生物学上の変化として捉えた最初の研究」だそうです

 培養したのは2つの細胞
 1つは水管近くの神経細胞、
 もう1つは運動神経の細胞で
 それぞれの細胞は樹状突起、と呼ばれる部分の突起をのばしていき
 端っこのシナプスと呼ばれる接合部でつながっている

 記憶を学習させたアメフラシでは、
 この2つの細胞の間に、
 新たなシナプス結合が生まれたことがわかった
 リンクが一本の線だったのが、
 たくさんの線でつながっている様子がビジュアルでわかったそうです

 「最初見たときは仰天しましたよ」

 この実験は、記憶が脳の物理的な変化で起きている
 ということを初めて明らかにしたそうです

 カンデル氏によれば
 2つの細胞の中には細胞核
あるが、それを染めると
 記憶を学習した細胞では、
 そこからメッセンジャー(m)RNAが放出されるのが観察される
 観察を続けていくと、
 このmRNAが細胞末端のシナプスに移動、
 新しい細胞を作るように指令を出し、新たなネットワークを作っていた
 
 学習をするとき、脳にはこのような変化が起きているそうです

 アメフラシは細胞の数が少ないが
 人間でも基本的な変化は同じで、
 もっとたくさんのネットワークが出来ているのだろう、とのこと

 しかし、ネットワークはできても
 記憶はそのネットワークのどこに保存されているのか?

 記憶のありかを示す研究は最近なされているそうです

○記憶のありか
 ニューヨーク大学の研究者によれば
 記憶は1まとまりではなく、符号化されていくつかの場所に保存されている

 例えば
 ・視覚的な記憶は視覚野(頭の後ろ)
 ・臭いは嗅覚野(鼻の上)
 ・運動記憶は運動野(頭頂)
 ・感情は扁桃体(脳の奥)
 そしてこれらを統合して、
 1つの記憶として思い出せるようにしているのが海馬なのだそう

 しかし、記憶が脳に物理的に刻み込まれているとしたら、
 なぜ正確に思い出せないのか?
 どうして記憶は変わってしまうのか?

 最近では、思い出す過程でも脳の構造が変化する、
 と考えられているそうです

○記憶の再固定化
 カリーム・ネイダー氏は
 カンデル氏の講演を聞いて研究の着想を得たそうです
 「カンデル氏は、シナプスのできる美しい映像を見せてくれた」
 彼は、記憶が生まれるときこのような変化が起きるのなら
 思い出すときはどうだろうか、と考えたそうです

 記憶は図書館の本のように例えられる
 思い出すとは、頭の図書館に保存された本を取り出し、また元に戻すようなもの、
 その記録は永遠に存在し、取り出しても変わらない、
 というイメージを持たれがち
 これは「記憶の固定化」という概念だそうです

 しかしネイダーはそうではないと証明したそうです

 彼はラットにある特定の音をきかせ、そのあと電気刺激を与えることを繰り返した
 するとラットは次第に、
 音を聞いただけで怯えるようになった
 つまり音→電気刺激、という恐怖の記憶を学習した

 このラットにその音を聞かせて、
 そのあとアニソマイシン
という、
 タンパク質の合成を阻害する物質を投与したそうです

 「もし記憶が固定化されるものなら、薬物投与によっても変化がないはずです」

 しかし、アニソマイシン投与後は、ラットは普通に歩き始めたそうです
 何も恐怖記憶のないラットと同じになった

 「最初見たときは信じられなかった」

 つまり、記憶を思い出すときにも神経は作られるのだそうです
 思い出すたびに記憶は変えられる、という可能性が示された
 他の研究者の解説によれば
 「記憶とはしまいこんだ本ではなく
  ファイルを呼び出して修正を加え、上書き保存するようなもの」
 脳が新たな記憶を呼び出したとき、新しいタンパク質ができ、過去の記憶と新たな結合ができる
 記憶は再固定化される、と考えられているそうです

○クモ恐怖症の克服
 この結果を治療に応用した方がいるそうです

 アムステルダム大学のメレル・キント氏
 彼女はクモ恐怖症の治療を行っている

 実際のやり方を見ていると
 最初はクモに怯える男性に、虫かごに入っているタランチュラに敢えて触ってもらう
 「毒はありますか?」
 「毒グモだからありますよ」

 男性は触ることができない。
 「…口の中がカラカラです、体が震えます」
 「対象を見ることが大事です」
 クモに触れるまでではないが
手を近づけてもらう

 キント氏によれば、
 こうすることで恐怖記憶を引き出すそうです
 そしてそのあと、プロプラノールを飲んでもらう

 この薬は元々高血圧の薬で
 ノルアドレナリン分泌を阻害するそうです
 ノルアドレナリンは、ストレスに反応して分泌される
 これにより、記憶の再固定化を防ぐのだそうです

 「大事なのは、これは忘れさせる薬ではない、ということです」
 恐怖記憶をまず再活性化させないと効かないのだそうです

 さてこの男性は、
 次に訪れたとき、クモを触れるようになっていました
 最初はピッと触るだけだったが
 次第になでなでするようになり
 「ハムスターのようです」

 キント氏はこの方法で、30人のクモ恐怖症を治療したそうです
 「こんなに効果が出るなんて、私も信じられなかった」

 この効果は1年後も継続していたそうです
 先の男性は
 「怖がっていたときの自分の感じと今の感じは全然違う、
  まるで別人になったみたいだ」
 と話していました

 キント氏は
 「これが元々あった記憶を消した、という証拠にはならない。
  しかし恐怖が甦らないという事実はあるので、
  記憶が消えたという仮説は立てられる」
 これらは、PTSDの治療などにも応用されているそうです

 (ネイダー氏はタンパク質阻害剤、
 キント氏はホルモン阻害剤、
と使う薬が違うので、
 最初「?」と思ったのですが、

 私の理解で書きますと

 何かの記憶を思い出すには
 新しい神経細胞により
 昔の記憶の情報を、
 今の情報(再体験してまた口が渇く、体が震えるなど)
 と結びつけないといけないのだろう。

 タンパク質合成阻害剤は、
 その2つの情報が結びつけられず、結果的に思い出せなくなる。

 一方ホルモン阻害剤は、
 思い出したときの身体状態を変えてしまうことで、
 「思い出しても怖くない」という新しい情報に上書きさせてしまう、
 ということなのかなと思いました)

○間違った記憶を植え付ける
 次に、記憶の再固定化の話から
 「人の記憶はいかにあてにならないか」
 を研究する心理学者がいました

 この心理学者は、記憶過誤(間違った記憶)の実験をしています

 やり方としては
 子供の頃の記憶テストをする、という名目で被験者を集める
 そして被験者に話を聞いていく
 「12歳のとき△△から○○に引っ越してきました、とても嫌でした」

 話をしていくうち
 「ご両親にうかがったんですが、
  あなたは14歳のとき、友人と喧嘩をして警察が来たそうですが…」
 この中には実際の話とウソを混ぜるそうです
 本当なのは、友人の名前と当時住んでいた都市の名前だけ

 偽の話ですので、もちろん被験者は
 「何のことかよくわからないのですけど。覚えていません…」

 ここでテクニックとして
 「目を閉じてください。深呼吸して。
  この記憶を思い出すように集中するのです」
 そして
 「14歳の自分を思い浮かべてください
  場所は○○、季節は秋、あなたは友人と一緒にいた…」
 と誘導していく

 すると、被験者に一週間後に同じ質問をすると
 「私は彼女を押したかもしれない」
 などと言い出したのだそうです

 他の研究者の解説によれば
 「こんなことがあったかもしれない、
  と思いながらイメージしていくと、
  偽の記憶が作られてしまいやすい」
 「こうかもしれない、が、
  こうだろう、
  こうだ、と変わっていく」
 のだそうです

 この心理学者も
 「記憶を取り出すことに集中しなさい、
  というと、大概の人には効果がある」と話していました

 この方法で、7割以上の人が
 していない罪を犯したことを認めてしまうのだそうです。

 もしこれが犯罪の尋問のときに使われたら…
 間違った自白、間違った裁判に導く可能性がある。コワイですね。
 実際、冤罪事件の3/4は、間違った目撃証言に基づく事実の作り替えなのだそうです

 (これは、キント氏が行ったような新しい記憶の上書きを
 イメージングでさせた、ということかなと思いました)

○光で記憶をオンオフにする
 記憶の研究者は
 「トータル・リコール」
 「エターナル・サンシャイン」
 「インセプション」
 などの世界は実現する、
 と話しています

 (私自身は「トータル・リコール」だけ見たことがあります。
  火星にいた記憶を消された主人公(たしかシュワちゃん)
 が出てくる話なんですが、
 どれが本当でどれが嘘の記憶なのかわからなくなってくる話でした。

 「エターナル・サンシャイン」は記憶除去手術、
 「インセンプション」は夢のなかに入り込むスパイ
 の話だそうです)

 コロンビア大学のクリスティン・デュー氏は
 記憶のオンオフを光で操る研究をしている。
 これは光遺伝学と呼ばれる

 マウスを使い、
 楽しい記憶を光で呼び起こす実験を見せてくれました

 彼女は、このマウスの脳のDNAに、
 藻から取り出した光に反応するDNAを組み込んである

 このマウスにある薬品を投与し、その後楽しい経験をさせる
 薬品を投与すると、
 その後1時間以内の間に興奮している細胞と、光を発するタンパク質が結び付くよう指令が出されるそうです

 このように操作したマウスを
 新しいゲージにいれる
 新しいゲージは未知の世界なのでマウスは怯えて動かない

 マウスの脳を光ファイバーでつなぎ、体内の光をオンにすると
 楽しい記憶が思い出され、活発に動き出すようになるらしい
 しかし光をオフにすると楽しい記憶は無くなり、動かなくなる

 つまり彼女は、光をオンオフにすることで
 マウスを操っていることになる。

 記憶のコントロールは将来的に行われるだろう、
 問題はいつかだ、とほかの研究者は話していました

○まとめ
 最後は、色んな研究者のコメントによる、問題提起でした

 ・「記憶の操作は、進化の道を過ったことの証なのか」
  映画のように記憶の消去やコントロールができることは、
  果たして幸せなのか?と問うています。

 ・「どうして我々の体は、
   記憶の変更や修正を受け入れているのか」
  もしかして、記憶の変更、修正は生物として必要があるのかも、と…

 ・「HSAMの人たちの存在は、
  人の脳には、人生の全てを記憶する能力があることを示した。
  しかし、なぜ全員にこのような能力が備わっていないのか」
  ヒントとして、HSAMの少年は
  「良いことばかりじゃない。嫌な出来事も忘れることができない」
  と話しています。
  忘却も必要な能力なのかもしれない。

  ある研究者は
  「忘れるのは重要な働きの1つと考えられる。
   進化は、大事なものだけを保存するシステムを作っているのだ」
  と話していました

 「記憶の究極的な目的はおそらく正確無比な記憶ではない、
  過去の膨大な記憶から、必要なものを見つけるのは至難の技でしょう?」
  と話す研究者もいました

 ・最後に、記憶の意義とはなにか?についての話がありました
 「記憶とは、過去の記録を正確に思い出すためだけのものではなく、
  過去の記録を1つにまとめるクリエイティブなプロセスなのです」

 ナレーションでは
 「細胞は、我々の人知を超えたシステムで記憶を作っている。
 記憶により、我々は過去や未来に、思いをはせることができる。
 記憶は人生の物語をつむぐ、手助けをしてくれている」
 と締め括っていました

○感想など
・光遺伝学の研究は、昔サイエンスZEROとかモーガンさんの番組でも見かけましたが、
 最近はもっと進んでいるのだなぁと思いました。

 光を当てると神経細胞を活性化させるタンパク質は
 チャンネルロドプシン、という藻の遺伝子から作られる
 この遺伝子を特定の脳の部位にだけ発現させて、
 光をオンオフにすれば、狙った細胞(例えば恐怖を感じるとき働く細胞)のスイッチを好きなときにオンオフさせることができる…
 という話は聞いていましたが

 チャンネルロドプシンの発現を薬剤で調節する、
 というシステムがあるのは知りませんでした。

 この方法なら、例えばマウスが楽しんでいるとき、
 脳のどこが活性化しているか正確に知らなくても、
 薬剤を入れて、そのあと1時間以内に楽しませさえすれば
 そのとき活発だった細胞で、自動的にチャンネルロドプシンの発現がされている。
 便利なシステムですね。

 調べたらどうやらClontech社に、
 Tet-Off Advanced / Tet-On Advancedシステム、という商品があるみたいです。

 このシステムでは、ドキシサイクリンという薬剤存在下に限り、
 標的遺伝子の発現を誘導させるシステムがあるらしい
 (逆に、誘導させないシステムもあるらしい)

 これと、神経細胞が活発なときに発現する遺伝子
 (他には影響しないが、その細胞が活発であることの指標になるらしい)
 の調節領域を利用することで
 望みの時間内に活発な細胞にだけ、
 チャンネルロドプシンを発現させられるらしいです。

 このシステムを利用した研究は理科研でも行われているようで
 http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150618_1/
 などには、
 うつ状態のマウスに
 楽しい記憶を光で呼び起こすことに成功しています。

 また光遺伝学では、光をオンオフにするときは光ファイバー(つまりケーブル)を脳につなげていましたが
 http://www.amed.go.jp/news/release_20161011-01.html
 によれば、弱い光、あるいは遠隔の光でもOK、なシステムも
 東大とコロンビア大学との共同研究グループで考え出されているようです。技術の進歩はすごいですね。

・ネイダー氏の研究では
 恐怖記憶を持ったマウスでも、
 タンパク質合成阻害剤を投与されると恐怖記憶を忘れてしまう、という話でしたが

 http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150529_2/
 (これも理科研の研究)によれば、このとき記憶は消えたわけではないようです。

 この実験は、詳しくいうと
 このマウスにあらかじめ、
 恐怖体験(箱の中で電気ショックを与える)時に活発になる細胞にだけ、
 チャンネルロドプシンを発現させておく

 そのあと同じ箱に入れて恐怖を思い出させ、
 タンパク質合成阻害剤を投与すると恐怖は感じなくなる
 (ここはネイダー氏の実験と同じ)

 しかしそのあと、別の箱にこのマウスを入れて、
 光をオンにすると恐怖の反応が甦るのだそうです。

 つまり、思い出すときはシナプス増強は必要だが、
 このシナプス増強を阻害しても、恐怖記憶自体は消えていない、ということになる
 研究者によれば、認知症などの健忘症でも同様のことが起きているのかもしれない、とのことです。

 そう言えば最近、大山のぶ代さんと砂川啓介さんの話をテレビで見ましたが、
 砂川さんが亡くなったとき、
 のぶ代さんは認知症で記憶が無いはずなのに
 最後のお別れの時に
 「お父さん…」
 と言って涙を流した、というエピソードが紹介されていました。

 つまり彼女の中でご主人の記憶はやはり消えていなかった、ということなのでしょう。

 ちなみに他にも理科研では光遺伝子を使った長期記憶のメカニズムの研究、
 などもされているようで
 (http://www.riken.jp/pr/press/2017/20170407_1/)
 今後も記憶について色々分かってくるのかもと思います

・キント氏のクモ恐怖症治療でも
 彼女は記憶が消えたという仮説を立てていましたが、
 恐怖を感じた、という記憶は脳の中で消えていないのかもしれないですね。

 ただ、過去の自分が感じたことと、今の自分はもう違うものとして記憶し直すのかもしれない。
 子供のとき怖かったお墓が、大人になって全然怖くなくなるのと同じなのかも。

 このクモ治療方法では、
 思い出しているときの体の反応を変えることで脳の記憶を変えてしまう、
 つまり体から感情を変化させるという意味でも面白いなと思いました。

・記憶と言えば「脳が認める勉強法」という本を思い出しました。
 この中でキーとなっていた理論として、
 UCLAの心理学者、ロバート・ビヨーク氏の
 「覚えるために忘れる理論」が紹介されていました。

 彼によれば、人間の記憶容量は無限大だそうで
 覚えたものは忘れることはない、としている
 しかしその情報の洪水に飲み込まれないために、我々は忘れるのだそうだ。

 そして、思い出しにくいものを頑張って思い出したとき、
 記憶はより強く残される、という説を唱えています。

 このため、間隔を空け、忘れた頃に再学習すると効果がある
 勉強するときに場所を変えるなど、手がかりを増やすと覚えられる
 などの方法を提唱しています。

 この方は心理学者ですが、
 「記憶は消えない」てのは先の理科研の研究で証明されつつあるし
 「上書きするときにネットワークがたくさん作られるほど記憶は強く残る」
 というのが、神経細胞の染色などでビジュアル的に示される。
 物理現象として現れている内容とリンクしているのが興味深いと思いました。

・記憶の忘却、上書き、変更も素晴らしいシステムだなと思いました。
 ビヨーク氏は、人が記憶を忘れるのはたくさんの情報から必要なものだけ取り出すため、
 としているけど、
 危険に立ち向かえるようにするため、というのもあるんだろうなと思います。
 嫌な経験、怖い経験をある程度忘れられなければ、次のチャレンジには向かえないですし。

 そう言えばお年寄りほど、辛い経験は感じにくくなり
 幸せなことだけ覚えている、と聞いたこともあります。
 (詐欺に遭いやすいのはそのためだとか…)

 私も若いときより忘れやすくなったんですが
 それはそれで幸せなのかも。うまいことできているのかも。

 将来、これが進んで、もっと年を取って大切な人の記憶が無くなったら辛いな、とも思うんだけど
 「思い出せなくても、記憶は消えずに残っている」
 のが本当だとすれば救われる気持ちもします。

 (そう言えばミスチルさんの歌の
 「あんまり覚えてないや」
て歌も似たような内容だったな。
 おばあちゃん、おじいちゃんになってもちゃんと覚えてるんだ、
 ていう感じの三番の歌詞が好きです。
 地味だけどけっこう名曲かなと…)

色々考えてしまいました。
というわけで長くなりましたが、今回はこの辺で。
posted by Amago at 21:16| Comment(0) | テレビ(科学) | 更新情報をチェックする