2017年10月12日

NHKBS世界のドキュメンタリー「私の周りはサイボーグ」

NHKBS世界のドキュメンタリー「私の周りはサイボーグ」

 フランス・スペイン制作の2017年ドキュメンタリー。
 義肢、脳チップなど、体の中に端末を埋め込む人たちの話です。
 これらの人工物は、今までは病気や怪我などで失った機能を補うためのものだったが、
 最近は人間を超えた機能を追加するためのものも出てきているそうで、
 倫理面など、これから議論が必要な分野になりそうだとのことでした。

 技術がスゴいというより、それらを本気で応用しようとしている人たちにビックリな内容でした。

 ただ番組としては、いろんな話がゴチャゴチャして見にくかったかなぁ…
 海外のドキュメンタリーにありがちなんですが
 いくつもの話を同時並行的に進めるので混乱してしまいました。
 NHKのドキュメンタリーみたいに1個1個順番に紹介してくれる方が分かりやすいなぁ
 (これは好みの問題だろうけど)

 なので整理しながら内容を少し紹介したいと思います

○義手をつけるトラック運転手
 最初に紹介されたのはスウェーデン、
 義手を着けたトラック運転手マグナスさん。

 彼は13年前腫瘍が見つかり、右腕を失ったそうです
 そこで彼は骨と金属を接合する最新のインプラントを着けた
 3つの接触点があり、その接触点が触れた場所に応じて感覚を伝えるため、
 触感も感じることができるそうです

 彼は研究対象にもなっているみたいで
 電球をつかむことを試したり
 チューリヒ(スイス)で開かれた「サイバスロン」という大会に出ていたりしました

 この「サイバスロン」は、
 平たく言うと「サイボーグのオリンピック」
 障害者の生活を支援する装置、技術などを競い、磨き合うもので
 2016年の10月に第1回が開かれたそうです
 部門がいくつかあり、
 ロボットスーツ、義手、義足、車イスレース、
 脳とコンピューターをつなげたインターフェイスでのテレビゲーム
 などだそうです
 (サイバスロンについては
  http://www.sensors.jp/post/cybathlon.html
  http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/091200067/101100004/
  などに少し説明がありました
 (「世界が注目する"人機一体"テクノロジーの祭典「サイバスロン」とは?」
  「サイバスロン」を知っていますか?」
  などの記事)

  この大会は、リハビリロボットを研究するロバート・リエナー氏
  (スイス工科大学チューリッヒ校)
  の呼びかけによって始まったそうです。
  「サイバー義体」技術を前進させるためで、
  パラリンピックは、障害のあるアスリートが中心ですが、
  サイバスロンは、テクノロジー自体が注目されるのだそうです。

  一応正式種目を書いておくと
  「ブレイン-マシンインターフェース」「機能的電気刺激自転車」「パワード義手」「パワード義足」「パワード外骨格」「電動車いす」
  2020年に開催が予定されている第二回大会の候補地には、日本の名前も挙がっているのだとか…。オリンピックあるからそんな余裕無さそうだけど)

 これらの技術は最近発達してきて、
 足りない機能を補うだけではなく、
 人間にない能力を付加するもの、という意味合いのものも出てきているそうです
 例えば、手首が360度回るという義手など
 また、マグナスさんの義手は力が強いので、
 危険防止のために自分の手は握れない設定になっているそうです

 ただ、マグナスの使う義手を作った研究者は
 「今は失った機能を補うのが精いっぱい」と話していました

○人工内耳
 次はベルリン、人工内耳を着けるプログラマー、エノさん。
 彼は20歳で聴覚を失ったが、
 人工内耳により音のある世界を取り戻したそうです

 この人工内耳は30万人が使用、一般的になっているみたいです
 2つのパーツからなり、
 1つは脳に埋め込み、もう1つは耳の後ろに補聴器みたいな感じで着ける
 補聴器パーツが捉えた音の情報を、
 頭の中のパーツに電気信号として送る
 その信号で聴覚神経を刺激し、
 音を聞いたときと同じ効果を出すのだそう

 この装置は脳手術が必要なのでリスクはあるし、
 周波数の問題、電池交換の手間などデメリットはあるそうです

 しかし彼によると便利な面もあるらしい
 補聴器パーツは音響機器や携帯電話などに差し込んで、直接接続できる
 そのまま信号が脳に伝わるのでクリアに聞こえる

 また、音をオフにもできるので
 うるさい音を聞かなくても済むらしい

 それから、周りがうるさいときモードもあるので
 人混みなどでは健常者より人の会話が聞こえやすいらしい

 彼はプログラマーなので、
 自分でもこの装置をプログラミングして色々試したいそうです
 ただ、悪用される恐れがあるので、
 現段階では個人ではプログラムをいじれないようですが…

○アンテナを脳に埋め込んだアーティスト
 次はイギリスのニールさんというアーティスト。
 彼は11歳のときに色覚障害と診断されたそうですが、
 色には興味を持ったそうです

 白黒の世界は嫌ではないが、
 ほかの人には色が分かるのに自分には分からないから、
 世界から取り残された気分になるらしい
 そこで彼は脳にセンサーを埋め込み、
 色を音として認識できるようにしたそうです

 具体的には、アンテナの光を波長としてとらえ、
 脳に埋め込んだチップに伝える
 それを振動として耳に伝え、音として認識するみたいです。

 彼によれば黄色のポストはソ、緑色の木はラ、
 白いビルはCメジャーやAフラットとかに聞こえるそうです
 彼は音も色も同じように認識するので
 電話の音は緑色だし
 人の肌の色はいろいろ言われるが
 彼はどの人も濃さが違うオレンジだと言っています

 彼の頭からは、センサーとなる曲がった棒が頭から出ていて、
 「私はサイボーグです」と自分で言っていますが、
 時代によって呼ばれ方が変わるらしい
 最初のころは「読書灯?」と聞かれ、
 そのうち、マイク、携帯電話、小型カメラ
 最近はウェアラブル端末、
 この前子供には「自撮り棒?」と聞かれたんだそうです(笑)

 しかし本気で馬鹿にしたり反対したりする人もいるそうで
 エイリアンとかテレタビーズ
 (イギリスの子供向け番組で、電波をとらえてお腹の画面に映す謎のキャラクター。私はあのシュールさがけっこう好きですが)
 とか言われたこともあるし
 神の教えに背いていると批判されることもあるらしい

 彼はこのアンテナをつけるために手術を4回したそうで、
 結構大変だったと話しています
 1回目は色の波長を振動に変える装置、
 その次2回はシステム全体を制御する装置、
 最後の1回はインターネットと接続するための装置
 を脳に埋め込んだ

 手術を引き受けてくれる医師も少なく、
 匿名でなら、という方により実現できたのだそう

 周りの理解も少なく、
 映画館では「撮影されるかもしれないから」と入場を断られることも多い
 また、パスポートの写真を作るとき、
 イギリス当局からアンテナ付きの写真が許可されなかったそうですが
 交渉で認められたそうです
 「これは私の一部、取り外しできるデバイスとは違う」と話していました

○内蔵チップ
 次に紹介されたのは、アメリカの体の中にチップを埋め込むティムさん
 彼はピッツバーグの生まれで、
 鉄鋼やハイテク産業が停滞していくのを見て育つ
 「人間がロボットに乗っ取られる」という人もいたそうですが
 彼自身は「人間も機能を追加し、ロボットになっちゃえばいい」と考えたそうです

 彼はバイオハッカーという団体を立ち上げた
 自分から端末を体に埋め込み、違う感覚を身に着けるのだそうです

 彼はたくさんの端末を体に埋め込んでいます
 例えば手の甲の真ん中へんにはBluetooth接続したソフトウェア、
 これでネットの世界にもつながるらしい
 また、親指の付け根には電子チップが埋まっていて、自宅のデータがすべて入っている
 小指や耳には磁石が埋め込まれ、今までよりも感覚が鋭くなるのだそうです

 また、昔は肘の内側に四角い端末を埋め込む実験をした
 生体デバイスとして体温などを測定し、外部にデータを送る端末で、
 彼はこのプログラムのコードを公開し、
 個人が好きなように使えるようにしたそうです
 実験は成功し、彼は3か月してその端末を取り出した

 彼はなぜそんなことをしているかというと、
 埋め込み端末を科学者だけのものにしたくないからだそうです
 実験室の中だけではなく
 友達同士が路地裏とかに集まってみんなで変えていくテクノロジーを見たいのだそうだ

 彼に言わせると、パソコンはみんなに普及したからこそ発達した
 こういう技術も、研究機関の外で革新を起こしたい、
 人々の創造性を解き放ちたい、と話していました

○その他
 ほか、最近ではいろんなテクノロジーが進んでいて、例えば
 ・3Dプリンターで気軽に義手が作られる
 ・手にチップを埋め込み、かざすだけでロック解除や支払いができる
 ・脳の信号を送り、考えるだけで機械の手を動かす装置
 ・脳に刺激を与えて学習機能を挙げる機械
  (頭に電極のついたベルトみたいなものを巻くもの)

 ・専門機関で行われているものとしては「脳深部刺激療法」
  これは、パーキンソン病の治療法として1990年代から行われているもので、
  脳に電極を埋め込み、電気刺激を与えることで 
  異常な働きをしてる部位を正常に直すもの
 
  これは「フランケンシュタインの誘惑」でも紹介されていましたが

  パーキンソン病は進行性の病で、
  手足のこわばり、震えなどが起きるが
  これが劇的に改善するのだそうです

  この治療法はうつ病など、ほかの病気の治療に応用するための臨床研究がまだ行われていて、
  40か所以上の部位が試されているそうです
 
  しかしこの方法にも問題があり
  装置がかさばること、
  数年たつと効果が薄れ再発すること、などがあるそうです

 ・脳に電子チップを埋め込むインプラント
  ほかには、電子チップを埋め込み
  病気で体の筋肉が動かせない人が体を動かす、ということもされているそうです
  ピッツバーグ大学では、患者さんがチョコレートを食べることに成功していました
  ただし、これは頭のチップとコンピューターをつなげるケーブルを
  頭につなげないといけない問題がある

  しかし、カリフォルニア大バークレー校の研究者は
  1ミリ以下のケーブル不要なチップを開発していて、
  5年、10年先に臨床研究を行う予定だそうです
  
  チップは脳の信号を機械に送って動かすだけではなく、他にも応用できる
  内臓器官や神経の動きがモニターできるチップも将来的には埋め込めるかもしれない、
  とのことです

  ただ、脳はまだ研究途中、謎が多い。
  脳に刺激を与えて、新しい機能を追加してもそれに対応できるのか、制御できるのか?
  脳に影響はないのか?

  マサチューセッツ工科大学の研究者や、
  スペインのポンペウ・ファブラ大学の研究者は
  そんなに影響はないのでは、と話しています 
  (マウスによる実験ではそういう結果だそう)

  ポンペウ・ファブラ大学の方は、
  アルツハイマー病の人が記憶が衰えてしまう問題を
  この技術で解決する方法を探っているそうです
  具体的には、アルツハイマーの方の記憶を外部デバイスにコピーして
  記憶のバックアップを取る研究だそうです
  
後半は新たな課題として、倫理面、安全面に関する議論についての話でした
 
〇ピッツバーグのティムさんの団体の場合
 例えばピッツバーグのティムさんの団体では
 メンバーは電子チップなどを埋め込む手術をするが
 それを頼むのは医療機関ではなく、タトゥーを彫る人たちなんだそうです

 普通体に穴をあける行為は医師免許を持つ人に限られ
 彼らのやっていることは違法スレスレのことらしい

 しかし彼らは、これは医療行為とは思っていないようです
 ティムさんの仲間たちは
 「知り合いの形成外科が、我々の装置を政府に認可するよう働きかけてくれる、
  と言っている」
 「でも医療装置と思われると厄介だ、
  規制なんてごめんだ」
 「我々は権力嫌いの天才だ、力を見せてやる」
 というような話をしていました

 彼らは、どちらかというと規制されるくらいなら認可は要らない、
 という感じですね…
 しかし体に穴をあけるのは間違いないし、
 どこまで自由を許すべきか、危なくないのか、という問題がある。

〇アンテナ人間、ニールさんの場合
 ニールさんは、アンテナをつけるとき、医師の倫理委員会の許可が下りなかったそうです
 理由としては
 ・治療目的ではない
 ・安全性が確保できない
 ・病院側のイメージダウン(アンテナ付けた人間を作る病院はよろしくない)
 などがあった

 パスポートや映画館を断られるなど、
 昔は理解されないこと、批判されること、笑われたりすることが多かったが、
 それでも世の中はだんだんと変わってきたようです

 彼には手術などで新しい感覚や能力を身につけたい、という問い合わせは多かったそうで
 彼は2010年、「サイボーグ財団」を設立
 専門機関や医師を紹介しているそうです

○人工内耳のプログラマー、エノさんの場合
 また、ベルリンのプログラマー、エノさんは
 定期的に主治医の所に通い、
 主治医は彼の話を聞きつつ内耳の端末を調整している
 エノさんは主治医に、人工内耳のプログラミングを自分で変えたいと申し出ましたが
 「脳神経に作用するものだから、
  メーカーはプログラムのコードを公開しないだろう」
  と主治医はやんわり断っていました

 エノさんも
 「私の医者も私の望みには気づいているけど、
  悪用などの恐れがあるので個人でプログラムを変えることには同意しないだろう」
  みたいなことを言っていました

  彼はEU議会の公聴会で
  (人体と機械を結びつける装置についての倫理観について話し合う会)
 「患者も自分で設定を変えられる権利をもつべき」を主張していました

 しかし技術をどこまで制限し、
 どこまで個人の自由を認めるかは難しい

 ハッカーに乗っ取られたらどうするのか、
 警察はデバイスを押収できるのか
 などの問題も出てくる

 EUでは専門のプロジェクトを立ち上げ、
 これらの技術が社会に及ぼす影響や、
 倫理面の問題などについて議論し始めているそうです

 ニノさんはベルリンで、サイボーグを推進する団体を設立したそうです
 サイボーグの文化や技術について話し合う機会をもうけたり
 技術者、医療者向けの紹介サイトなどを作っている
 心臓のポンプの力で発電するシステム?とかいうのも話していました

ニールさんやニノさんは、
個人の権利として、サイボーグを自由に選択できる世の中を願っているようです。
ピッツバーグのティムさんもそうですけど、
彼の場合はどっちかというとテクノロジー自体に興味がある、という感じですね。

○サイボーグ技術の是非を話し合うイベント
 デンマークの高校では、
 これらの抱える問題を扱うイベントが開かれたそうです
 脳に刺激を与え、能力を高めるという機械はすでにネットで販売されているそうで
 手に入る前に、それらの機械を手に入れるメリット、デメリットを考える必要がある、
 とイベント関係者は話していました

 イベントでは、生徒たちが
 ・脳に刺激を与え、学習能力を高める機械を着けて、どの程度刺激があるか確かめる
 ・聴力アップの機械でどの程度強化されるかを確かめる
 ・ゴーグルをつけ、他人のスマホで撮影した画像が流される機械
 などを実際に体験できたのだそうです

 そのあと生徒たちはディスカッションしていて
 「私はこんな装置いらないわ」
 「私は賛成、みんな平等になると思う」
 「いつかはこれらは現実になると思う」
 「こういう装置は世の中を二分する、
  賛成する人は身に着けて能力を高めて、反対の人と対立するだろう」
 「もっとオープンな議論が必要」
 など、いろんな意見が出ていました

〇シリコンバレーの人たちの意見
 アメリカのシリコンバレーの人たちは
 テクノロジーが人間や社会の問題を解決する、
 と考える人は少なくないらしい

 テスラモータース、スペースXなどを起業したイーロンマスクは
  「人類はサイボーグになるかもしれない」
 フェイスブックを創業したザッカーバーグは
  「AI、テレパシー、仮想現実」
 投資家のピーター・ティール
  「死を免れることは使命」
 などの言葉を残している

 これらは簡単に実現できる、という人もいれば
 そんな簡単ではない、という科学者もいるのだそうです

〇トランスヒューマニスト党
 アメリカではゾルダン・イシュトヴァンという方が
 「トランスヒューマニスト党」
 なるものを立ち上げ、
 この前の大統領選に立候補していたらしい

 彼は人間の生物学的な能力には限界があるので、
 それをテクノロジーで解決すべき、
 強く完璧な人間になりたい人は応援すべき、
 と考えているそうです
 つまり、サイボーグ的な技術はどんどん推進すべきだと。

 彼は選挙運動期間中、
 棺の形をしたバスに乗り
 「25年以内に死なない社会は実現できる」
 と主張して回ったそうです

 このキャンペーンでは、途中で
 墓地や、永遠の命を信じる宗教団体、
 ロボット研究施設を訪れたり
 デバイスを埋め込む公開手術に挑んだりしたのだそう

 更にはホワイトハウスに
 「人体を改造する権利」
 をうたう条項を乗せる憲法案を書いた紙を貼ろうとして捕まりかけたらしい

 ちなみに、ゾルダンさんによれば
 この「改造の権利」は
 人だけでなく、AIみたいなのも対象にしているんだそうだ

 彼の支持者は
 「今のところ、ヒューマントラスト党は変人の集まり扱いになっているが、
  いずれは古い政治を塗り替える勢力になるだろう。
  今の政治は保守対革新だが、
 いずれは保守対トランスヒューマニストの戦いになる」
 と話していました

 アメリカとかイギリスってこういうぶっとんだ人、たまにいますねえ…
 
 (ちなみにゾルダンさんについては
 https://www.gizmodo.jp/2015/05/post_17193.html
 には本人の寄稿があります
 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/070700053/070700003/
 にはインタビューもありました
 (いずれも大統領立候補時のものです)

 それによると、
 トランスヒューマニスト、というのは
 「サイエンス、テクノロジーを生活や肉体に取り入れ、
  人類を肉体的に改善して死を免れよう、と社会に働きかける人たち」
 みたいです。
 具体的には
 「人工心臓、脳インプラント(脳チップ)、人工四肢、外骨格スーツを使ったり、
  無限の長寿を追求する」
 ということらしい
 
 ほかにも、宇宙への移住、海上の開発で人類が暮らせるようにしたり、
 人工知能などを開発してさらに文明を発達させること、
 そして、宗教とか思想の対立を超えた思想にし、
 戦争、疫病などをなくすことも目指しているそうです
 また、経済的にはベーシックインカムを配り、
 ロボットに仕事をやらせて人々は余暇を楽しむ、という世界にしたいらしい。。

 ただ、アメリカではキリスト教が主な宗教なので
 「神を冒涜している」と言われ、
 逆に争いの種にされるんだとか…

 あまりにユートピア的な思想で、
 一昔前の共産主義にも似てなくもないかなあと思いました。。
 人間の感情とかやりがいはどうなるんだろう、と思ったりするんですが…)

○まとめ
 これらの倫理面、安全面などの問題は、継続して議論が必要なようです。

 しかし最後にスペインの科学者が言っている言葉も含蓄がありました
 「このような装置を頭に埋め込むのが、本当に我々の未来なのか?
  今の教育システムは破綻していて、
  自分達の能力を活かしきれていない、そこをまず心配すべき。
  先にすることがあると思う」

 それからアンテナ人間のニールさんは、
 「できればサイボーグがもつ否定的なイメージを変えたい。
  笑い者やSFの世界だけのものにしたくない。
  でもみんなだんだん分かってきてると思う、
  これは現実の世界に役立つ技術、
  宇宙や地球で、私たちの活動に新たな地平線を開いてくれるものになるはず」
 と話して締めくくられていました

〇感想など
 うーん、個人的には外科手術さえやりたくないな、と思うので
 (若い時、ピアスしてたけどそれすらもう空けたくない)
 病気でもないのに積極的に体に穴をあけて、体に異物を埋め込む人たちにはびっくりでした。
 
 ましてや脳とか、障害が残ったらどうしよう…と思っちゃうのは
 私が小心者だからでしょうかね(笑)

 まあでもそういうことを積極的にしたい、という人にはさせてあげればいいんじゃないの、
 とも思います。

 もちろん自己責任で、危険とかめんどくささを覚悟でするのであれば、ですが。。
 そもそも科学って、そういう勇気とか好奇心のある人たちのおかげで進展してきたんじゃないかね、と思うし。
 (麻酔だって命がけだし、発酵食最初に食べたい人、すごいと思うよ)

 ただ怖いのは悪用されることかなぁ…
 脳とか心臓とか、生きるのに大事な機能を乗っ取られたら
 ほぼ奴隷状態になるだろう。

 まあでも、かといって政府とか大きな機関に任せたら安心か、と言われれば
 長い歴史を見たらそうでもないんじゃないかなと思います。
 だって政府が国民を支配する可能性だってなくはない。
 (特に、アメリカなどは国民が国家を信用していなさそうだ)

 安全性とか合理性などは、市場に任せた方が実は監視の目が多くていい、
 という場合もあるはずだと思うので
 みんなの目で監視できるシステムができたらいいのかもしれない、
 そういうシステムの方こそを先に作るべきなのかもしれない、
 とも思います。

 最後のスペインの科学者がおっしゃっていた言葉はそれに似ているのかもしれない。
 ロボットとかテクノロジーに頼る前に、
 人間が自分の頭で考えるべきことは考えるべきなのかな、と。
 それが人間の知性であり、テクノロジーを生み出した人間の責任なのかもしれません。
 
いろいろ考えさせられました。
というわけで、今回はこの辺で。

 
posted by Amago at 16:26| Comment(0) | テレビ(科学) | 更新情報をチェックする

Eテレオイコノミア「みんな満足!分け前のルール」

Eテレオイコノミア「みんな満足!分け前のルール」

今回は公平な分配を経済学で考える、というお話でした。
講師は坂井豊貴先生、ゲストは横澤夏子さん。

〇たこ焼きパーティー
 冒頭では又吉さんが寂しそうにご飯を一人で食べていました。
 「あーあ、後輩芸人とルームシェアしてたときは、
 みんなでたこ焼きパーティーしていて楽しかったなぁ…」

 そこへ坂井先生の声が。
 ドアを開けると、坂井先生と横澤さんがたこ焼きパーティーしていました(笑)

 すると匂いを嗅ぎ付けた後輩芸人3人がやってきて
 「たこ焼きパーティーするんなら呼んでくださいよ~」

 しかし坂井先生、
 「こ、これは、なんと、どうしたらいいんだぁ~」
 先生、リアクション大きすぎです(笑)(演劇部出身らしいので…)

 「先生、どうしたんですか」
 「たこ焼きが24個しかないんです」

 というわけで、今回は
 「足りないものをいかに効率的に配分するか、経済学から考える」とのことです

○たこ焼きの配分問題
 まず後輩芸人3人に、たこ焼きがどれだけ食べたいか希望を聞いていました
 一皿6個で
  赤嶺さんという女性は
   「私少食なんで一皿でいいです」
  兼近さんという男性は
   「僕は二皿で」
  鈴木もぐらさんという大柄の男性は
   「僕はダイエット中なので三皿(笑)」

 つまり、あわせたら36個必要。
 さてどう配分するか?

 又吉さんは
 「みんな1個ずつ」
 「これはなぜ?」
 「教育です(笑)」
 自分達で納得できるように分けなさい、でなければ1個ずつにしろだそうだ(笑)
 先生は
 「余りが出ちゃいますよね。
  経済学的に考えると、非効率な配分は望ましくないんですね…」

 横澤さんは
 「もぐらさんは22個、あとは1個ずつ。もぐらに分けてもらう」
 もぐらさん
 「それなら僕全部食べちゃいますよ」
 横沢さん
 「分けてくれないの?」(笑)
 先生
 「それも非効率ですね、もぐらさんは18個でいいと言ってますから」

 先生によると、
 基本的には「等しく配分する」のが理想。
 しかし何を等しくするかが問題
 例えば平等に8個ずつ分けても、
 赤嶺さんはそんなに要らない
 それぞれの食べたい量があるのにそれを無視していることになる、とのことです

○街頭インタビュー(たこ焼きの配分をどうするか?)
 そこで街頭インタビューで聞くと
 もぐらさん、兼近さん、赤嶺さんの順番に
 「17、5、2」
  もぐらさんが欲が強いので多めに配分するが、1個くらいは我慢してもらう
 「9、9、6」
  6個の人は遠慮してるからあげて、ほかの二人はワガママだから残りを分ければいい
 「11、8、5」
  希望の量の半分づつ(9、6、3)あげて、残りは2個ずつ等分する

 …など理屈はそれぞれあるらしい

 先生によると
 アリストテレスの「ニコマコス倫理学」というのがあるらしく
 第1原則は「等しいものは等しく扱う」
 第2原則は「等しくないものは等しくなく扱う」
 …だそうです。

 ちょっと意味わかりませんが、この場合でいくと
 最初の人(もぐらさんに多めにあげる案)は
 第1原則の「不効用(がっかりさ)を等しくする」考えと思われるそうです
 つまり赤嶺さんは元々そんなに要らないからたくさん減らすが
 もぐらさんはたくさん食べたいから1個だけ減らす、
 ということらしい

 第2法則については
 「食べたい、食べたくない」の気持ちが等しくないので、
 そこは不平等にする、ということらしい
 横澤さん
 「昔お年玉が、姉が1万、妹5000円、弟3000円とかあったけど、
  あれもそうなんですかね」
 たくさん使う人、欲しい人にはたくさんあげる、ということらしい

○経済学的に分配方法を提案する
 先生は、考えられる案を一つ一つ検討していました

 その1「比例配分」
  これは一皿を4個にし、「12個、8個、4個」に配分する
  しかし先生によると
  「この方法はあまりよくない、イエローカードです」
  なぜ?の解説は後ほど。

 その2「イコールゲイン」
  次の方法は、みんなに1個ずつ配るが
  赤嶺さんは6個だけでいいのでそこでストップ。
  余りを残りの二人で等分する
  つまり街頭の「9、9、6」の人と同じ考え方です
  「少なくていい人には欲しいだけあげて、余りを等しく扱う」やり方らしい

  これだと少なくていい人が満足できるし、
  もぐらさん、兼近さんは自分は一番もらってるから、他の人をうらやましく思うこともない
  このため「無羨望」とも言うそうです

  「うらやましさ」を平等にする、という意味では第1原則、
  でも少なくていい赤嶺さんは少なめにする、という意味では第2原則ですね。

  又吉さん
  「イコールゲインのやり方してる例って、他にもあるんですかね」
  赤嶺さん
  「給食のお代わり?」
  ほかの人「あー、なるほど」
  なるほどー、とりあえずみんな食べられる分は配って、余った分を欲しい人だけに等しく分ける。
  あれもイコールゲインなんですね。

 その3「イコールロス」
  今度は逆に、幻のたこ焼きを取り合えず欲しいだけ配分し
  1個ずつ減らしていく
  するとみんな4個ずつ減り、「14、8、2」の配分

  赤嶺さんは少ないけど、同じだけ損するから不満はない
  もぐらさんは「僕はこんなにもらえて申し訳ない」と話していました

 さてどの方法がいいかを聞くと
 もぐらさんは「イコールロス」 いっぱいもらえるからね(笑)
 赤嶺さんは「イコールゲイン」

 又吉さんは
 「食べたい欲望って不確かな所がありますよね、
  健康のために食べ過ぎない方がいい場合もあるし…」
 ある程度から多い分は、そこそこ平等に分けるイコールゲインがいいかも、との意見でした

 先生によると
 「たこ焼きの場合はイコールゲインがいいですね」
 というのは、これは正直者が損しない方法だから、だそうです

 食べたい量は自己申告なので、
 多目に言ったらたくさんもらえるかも、
 と考えて、ほしいよりも多く言う人もいるかもしれない
 そうなると、イコールロスや比例配分にすると
 少なく言った人は取り分が減り、損してしまうのだそうです
 比例配分が「イエローカード」なのは「正直者が馬鹿を見るシステムだから」だそうだ。

 先生は
 「でも街頭の方々は、けっこうイコールゲインに気づいていたのが驚きでした」
 直感的に、1人で18個って食べすぎやろ、と思うんですかね(笑)
 学生さんに聞くと比例配分、と答える人が多いそうです
 (ちなみに、私も比例配分がいいのかなと最初思っていました)

 しかし、食べたいとか欲望など、主観的な情報に基づくものは
 イコールゲインが平等になるのだそうです
 てことは、給食のお代わり制、けっこう合理的だったんですね。

 他に公平の原則で当てはまるものありますか、
 という質問に横澤さんは
 「合コンを4回やるとして、
  可愛い子が最初の2回まではイケメンを選んでいいけど
  3回目くらいには可愛い子が最低な男を選ぶっていうルールにする(笑)」
 先生
 「それは、幸運の量を等しく扱う、という考え方になりますね」

 (ここの話からは脱線しますが
  合コンのルールはそういえば昔、坂井先生の回でやってましたね。
  「経済学でみんなハッピー くっつけ方の極意」の回、
  いったん相手を選んでも、
  自分が納得するまでその人を「キープ」状態にしといて別の相手も選べる、
  というルールがベスト、という話でした)

 又吉さんは
 「幸福だ、と考える気持ちを等しく扱いたいですね。
  例えば誕生日の人がいたら特別にしてあげたい」
  自分が誕生日なのに何もないと不満になるし、
  ほかの人はその人が誕生日なら、多少その人だけ特別でもああそうか、と納得できる
 先生は
 「それは第2原則に当たると思いますね」
  等しくないものは等しくしない。
  誕生日の人には高い優先順位をつける、ということらしい
 又吉さん
 「そういうのは黙っていたらしこりが残る、
  でもみんながそういう状況だよっていうのを共有したら、
  不満が無くなるのかもしれないですね」

○相続の配分
 さて場面は変わり、次は相続のドラマ。
 おじいさん役の又吉さんがベッドに寝ていて
 息子役の坂井先生、娘役の横澤さんに
 「あとは頼む」
 と言ってスマホを指し、目を閉じる

 スマホを見ると遺言がのこされていて
 「金庫の中に遺産がある、
  夏子は可愛いから100万、豊貴は50万を分けてくれ
  あとは仲良く頼む」

 しかし金庫を開けると100万…
 さてこの場合、どう分配すべきか?

 横澤さんの意見は
 「娘100万、息子0」

 「ええ?」という言葉には
 「だってお父さんは可愛いから100万、て最初に言ったでしょう。
  余ったら50万やってもいいかな」
 又吉さん
 「なるほど、あの動画をちゃんと解釈したらそうなるかもしれないですね」
 と納得していました。。
 先生の命名によると
 「可愛いを優先して適用した独裁制」(笑)

 しかしこのように優先順位をつける分配法、というのはあるらしく
 例えば企業の倒産のとき見られる分配法では
 不動産などを処分した資産は、まず従業員に配られる
 残りを銀行などの負債者に配るそうです

 又吉さんの案は「65万、35万」
 遺言通り90万を2対1で分け、残り10万を平等に分けるそうです
 先生
 「比例配分と平等配分の折衷案ですね」
 又吉さん
 「できれば10万でお父さんの葬式グレードアップしてあげて欲しいですね」
 「それはないですね(笑)」

 さて街頭で聞いてみると
 「50万、50万」
 という方々が何人か。
 「兄弟は平等に分配した方がいい」
 「遺言があるけど、足りないから子供はみんな同じで」

 ほか
 「66万、34万」(2対1で分ける)
 「75万、25万」(50、50だけど娘可愛さで多めに娘に配分)
 「40万、60万」
  この方はシニア男性で
  「男の方が物入りになるし、女性は嫁入りするからそんなに要らない。
   額が多ければもう少し考えたほうがいいけど、
   このくらいの額ならそんなもんでいいんじゃない」
  と現実的?
  この方
  「私も最近遺言書きましたよ、
   周りを見てると揉めるみたいですからね…」だそうです

 さて先生によると
 1500年前のバビロニア王国の「タルムード」(ユダヤ教の経典)に同じ話があったそうです

 それは、1枚の長い布を分けるにはどうするか、という問題
 一人の人は「全部欲しい」
 もう一人は「半分ずつにしよう」

 この場合、タルムードでは
 全部欲しい人に3/4、半分という人に1/4あげろ、
 という答えを出しているらしい
 つまり遺産の例でいえば、娘に75万、息子に25万

 しかしタルムードは答えだけで理論とか理由は書いていない
 そこで、後世の研究者が理由を探ってきたそうです

 そんな中、1985年に
 ロバート・オーマン
 マイケル・マシュラー
 という経済学者が、タルムードのやり方を数学的に式で示した

 ざっくりいうと
 「分けるものが少ない時はイコールゲイン、
  多いときはイコールロス」だそうです

 つまり、さっきの遺産の話で言えば、
 「娘に75万、息子に25万」はイコールロス。
 娘は100万、息子は50万希望なので
 両方から25万ずつ平等にひく、ということですね。

 また、この考えで行くと
 遺産が20万とか少ないときは10万ずつにするそうです
 横澤さんは不満そうでしたが
 又吉さん
 「遺産が飴2個なら、って話でしょ」
 という言葉に納得。
 とはいえ
 「でも書いてある額、間違えちゃだめだよ」(笑)
 たしかにそこが一番重要ですね(笑)

 先生によると
 タルムードでは誰かが極端に不満を持つことを避けているのではないか、
 と思われるそうです

○被災地の毛布1枚はどうするか
 次は「非分割財の配分問題」
 例えば被災地で支給された毛布一枚
 毛布を分割するわけにはいかず、これをどう配分するか?

 又吉さんの意見は
 「隙間の風避けに使う」
 なんか又吉さんらしい答えだなと思いました。
 みんなの利益になる、ということですね。

 横澤さんは
 「赤ちゃんなら20人くらい使えないかなぁ?」
 広く浅く使ってもらう、ということらしい

 ここで、先生から問題
 Aさんは
 「じゃんけんかくじで決めよう」
 Bさんは
 「優先順位で決めよう、その中で希望者が多ければくじにしたら」
 という提案があったが、さてどうするか?

 横澤さんは
 「誰かのサイン欲しい人、ならじゃんけんでもいいけど、
  毛布となると生きるか死ぬかの問題になるじゃないですか」
 又吉さんも
 「できれば話し合いがいいですね」

 となると優先順位が良さそうだが、
 優先順位の場合は、ルールを前もって決めておかないと揉めるそうです
 高齢者にするか、子供にするか、病人にするかなど
 「現場で決めようとすると、俺がルール、ていう状態になってしまいます」

 では、先生の案はというと
 「多分多くの方から賛同は得られないと思いますが、オークション制」
  ただし、一番値をつけた人がお金を払って毛布を買うが、
  そのお金は、競り落とせなかった人に平等に分配するそうです
 先生
 「これなら公平性を回復できるんじゃないかと」
 お金で平等性を補う、という考え方もアリではないか、とのことです
 横澤さん
 「なるほど、金持ち優先かと思っちゃったけど、そうじゃないんですね」(笑)
 っていうかお金を一つの尺度として使う、というのは経済学者っぽい考え方ですね~

○雑談など
 又吉さん
 「ポイントは、みんな等しくすることなんですね。
  何を等しくするかですね」
 坂井先生
 「そうですね。
  僕は、何を平等にするかはその時の状況とか、
  時代によっても代わるんだなと思いました」
 又吉さん
 「でもいろんな分け方を知っていたらいざというときに使えそうですね」

 又吉さんはさらに
 「それから公平性は難しいですね。
  うちはそんなに裕福ではなかったけど
  父親だけ夕食にイカのお刺身があって、
  それをトイレに立ったときとかにこっそり食べるんですけど、
  あれが美味しいんですよね。
  それはあの状況になったからおいしいのかなと。
  だから他人の幸せとか不公平って分かりにくいし、
  だからこそ得られる喜びもあるというか…」
 そこでアリストテレスの第2原則が生きてくるんでしょうね。

 坂井先生は
 「今回は、何を公平にするかで結果はずいぶん変わってくる、
  ということが分かっていただけたと思います」
 という話でしめくくっていました

〇感想など
・アリストテレスの第1原則、第2原則はやっぱりわかりにくかったです(笑)
 まあでも、
 第1原則にある「平等なもの」と
 第2原則にある「不平等なもの」てのは
 全体の量が少ないか多いかとか、分けられないものかとか
 人によっての好みとか、その時その人がほしいものとか、
 場合によってずいぶん変わるので
 あんまりしゃくし定規には決められないんだなということは分かりました。

 例えばうちの子供、お菓子は上の子は甘いのが好き、
 下の子はせんべいとかスナックが好き。
 なのでお菓子によっては100対0と分けることもあるけど、
 当然不平等感はどちらにも無いですね。
 なんでも比例配分とか、兄弟平等とかすればいいってもんでもないんですね。
 
・「タルムード」で
 「分け前が多い時はイコールロス、分け前が少ない時はイコールゲイン」
 というのは何でだろうと少し考えてみました。

 遺産とかたこ焼きの例で考えてみると
 たくさんもらえる人にとっては、取り分が少々少なくなっても不満は少ない
 (たこ焼きなら、100個とかたくさん食べたい人にとっては2個減ったくらいどうということもない)
 少なくもらう人にとっては、取り分が少し減っただけでもだいぶ減ったように感じる
 (たこ焼きなら、6個ほしい人にとっては2個減ったら結構大きい)

 なので、
 みんなの分け前が多ければ、ロスは全体に対して割合で言えば少ないからイコールロスでも不満はない
 しかし分け前が少ない場合、
 イコールロスにしたらもらえるものが少ない人ほど、減り分が多いように感じてしまう
 という理由なのかなと思いました。

 これって経済学で言う「限界効用逓減の法則」とかいうのと同じなのかな?
 商品を沢山持っているほど、商品が1増えた時の満足度がどんどん減ってくとかいうもの。
 お金にまつわる感情、不満など、
 ユダヤ人は感覚的にわかっていたのかもしれないですね。
 さすがお金儲けが上手なユダヤ人…

・遺言の話も笑うに笑えない話だなと思いました。
 うちはもめるほど財産はありませんが、
 遺言状とかややこしいもの作らずに、
 法律どおりにやってもらうのが一番すんなりいくんじゃないかと
 個人的には思います。
 (遺言作っても、少なくした側の遺族が納得すればいいけど
 「遺留分」(一定配分を請求できる)ってのがあって、
  それを請求したり…となるとめんどくさいですよ。。
  https://asozoku.com/legally-reserved-portion
  「相続で争いがあっても主張できる遺産の持ち分「遺留分」」の記事)
 
まあなんにせよ、幸福は人次第。
もめないのが一番ですね。。

というわけで今回はこの辺で。
posted by Amago at 15:12| Comment(0) | テレビ(オイコノミア) | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

「アマゾノミクス データ・サイエンティストはこう考える 」アンドレアス・ワイガンド (著)

「アマゾノミクス データ・サイエンティストはこう考える 」アンドレアス・ワイガンド (著)

 最近読んだ本です。
 題からすると、アマゾンの成功本か?と思うのですが
 原題は
 「DATA FOR THE PEOPLE How to make our post-privacy economy work for you」
 こちらの方が内容に合っている気がする。
 社会や個人から集められるデータを、
 データ企業だけでなく、利用者にも役立つものにするためにどうすればいいか、
 という本です

 筆者はデータサイエンティスト、
 アマゾンの元チーフサイエンティストで
 「この本を買った人は次にこれを買ってます」などの推薦や
 読者のレビューなどのシステム
 などを作り上げたのはこの人なのだそう
 今は「ソーシャルデータラボ」というものを作って、
 データサイエンティストを育成したり
 スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレイ校、中国の復旦大学
 などで教えたりしているそうです

 筆者によれば、社会や個人から集められるデータは増えていく一方。
 そして、データ会社がそれらのデータを手に入れ、分析し、
 大きな商売の対象、道具にしている。
 この流れは止められず
 「もはやプライバシーは幻想」
 なのだそうだ。

 ならばそれらのデータを、
 データ提供者である個人や社会にとって利益となるようにしていくべきだ、
 というのが筆者の主張です

 具体的には、データ会社にもっと個人がモノを申すべきだと言っています
 提供したデータがどう使われているか、
 どんな利益をもたらしてくれるか知る権利があるし
 もっと有効にデータを使うよう要求すべきだし、
 個人でパラメーターを変えられる機能を加えるよう要求してもいい、
 ということを述べています。

 ざっくり言えばそんな感じの本なんですが
 例示が膨大な上、文章がとても読みにくい(汗)
 訳の問題もあるんかもしれないが
 元々の文章が、筆者の確たる意見なのか、つぶやきなのか、嘆きなのか、皮肉なのか、考えてくれということなのか、よくわからん箇所がいくつもありました。

 私が空気読むの苦手な人間なので、
 こういう回りくどい文章は疲れる…
 (アメリカ人の本にこういうの多いですね、スピーチ文化の影響なんでしょうか)

 さて本の構成としては
 前半はデータ社会の現状。
 ○データ会社がどうデータを分析しているのか
 ○デジタル痕跡で個人が特定される事実
 ○個人と個人との社会的なつながり(ソーシャルグラフ)の分析が社会に影響を与えている例
 ○センサー技術の発達で、知らず知らずにデータは集められているという事実
 …などがあります。

後半はそれらを踏まえて、筆者の提言です。
 こうした状況を利用するために、主張すべき権利についてです。
 〇透明性の確保
  ・データにアクセスする権利
  ・データ会社を調べる権利
 〇主体性の確保
  ・データを修正する権利
  ・データをぼかす権利
  ・データの設定を変える権利
  ・データを移し替える権利
 
前半は事例が多いので、私の印象に残った点を書いてみると、
○データ会社がどうデータを分析しているのか
 これは、データ会社が、
 データを分析し、個人に特化したお勧め広告などを利用者に送る仕組み、などの話が主でした

 例えば筆者はアマゾンで
 「この本を買った人はこれを買ってます」とか、
 「この本を買った人はこれを一緒に買ってます」
 というお勧めリストをデータ分析により導入した、という話をしています

 今まで、マーケティングではセグメント分析
 (性別、年齢、収入などの階層ごとの分析)
 だったのにたいし、
 このパーソナライズ広告は、
 個人ごとのデータを分析したのがミソなのだそう。
 個人それぞれの検索履歴、購入履歴、クリックの仕方などのデータと
 ビッグデータの分析(過去同じようなものを買った人たちのデータなど)
 を比較することで導き出されるそうで、
 この方がより個人個人の好みに合ったお勧めができるんだそうです。

 フェイスブック(私は使ったことないから分からんけど)
 の広告とかも同じような感じで、
 訪れたサイトとか、いいね!したところなどで分析され、
 個人に特化したお勧め広告などが流れているみたいです。
 その他、グーグルが検索表示をどう決めているか、という話も大まかにしていました。

 さて筆者によれば、ビッグデータ分析によりもたらされるものとして
  ・過去の記述
   (過去の交通渋滞時の車の動き方とか、過去の売り上げの分析など)
  ・顧客の行動や売り上げの予測
   (次のクリスマスにはいつ顧客が入るかとか、運送会社の配車をどうすればいいかなど)
  ・緊急事態のときなどの行動指示
   (非常事態のパイロットへの指示、NASAの宇宙飛行士の着地場所など)
  があるそうです

  また、データ企業が分析のために、顧客を使って実験することもあるそうです
  (A、Bグループに分け、違う広告を表示して、選挙行動が変わるかを見る実験など
   あるいは、たまたま何かの障害でページを見られなかった人の影響を見る、
   などの偶発的な実験もあるらしい)

 筆者は、我々がデータ企業の分析や実験の対象であることは止められない、
 それを受け入れ、より効果的なデータの使い方をするよう企業に働きかけるべき、としています

○デジタル痕跡で個人が特定される事実
 個人のデジタル痕跡
  (フェイスブックにいいね!する場所、タグをつける写真、
   訪れるサイト、あるサイトの滞在時間(留まるか、すぐ他のサイトに変えるか)、
   さらにはクリックが速いか遅いか、なども含める)
 などを分析することで、
 その人の好み、嗜好、属性などが分かる、という話。
 フェイスブックの「いいね!」だけで、男性が同性愛者か異性愛者かを8割以上の確率で当てられる、
 などという実験結果もあるらしい。

 色んな評価サイトと個人情報を組み合わせることで
 誰がその評価を書いたかも特定できる可能性もある、という話も書かれていました

 もちろん痕跡を知られたくないなら、匿名や偽名を使うこともできるが
 偽名は無責任な発言や、不正を働くことにもなる
 そこで、偽名やニックネームの場合
 その人の発言や評価の重み付けを小さくし、表示の下の方に追いやったり
 不快な発言をする人を発見するアルゴリズム、
 なども考え出されているそうです

 筆者は、デジタル痕跡というものは個人を予想以上に写し出すもので、
 プライバシーというのはもはや幻想だとしています。

 そして、それを守るよりも、
 他人と自分の情報を共有するメリットデメリットを評価した方がいい、
 ということ、

 また、自分の行動がネット上に漏れる可能性はある
 (裁判などで削除命令を出され、削除されたとしてもすべてを消すのは難しい)
 なので、今まで以上に責任ある振る舞いをした方がいい、
 ということを書いています

○個人と個人との社会的なつながり(ソーシャルグラフ)の分析が社会に影響を与えている例
 個人と個人との交流を分析して図に示したものを
 「ソーシャルグラフ」
 というそうですが
 ネット上のソーシャルグラフ分析で分かるものもあるそうです

 例えば企業の問題の原因分析、
 (どこで情報が停滞しているか、キーマンは誰か、など)
 フェイスブック上のやり取りから見られる二人の関係、
 (親密か、疎遠か、一方的か)
 フェイスブックの友達関係から分かるその人の信用度…などなど

 この分析を利用して
 例えば仕事上で、分野は違うけどコラボできそうな相手のマッチングができるかもしれない。
 (昔は研究者のメール履歴を分析することで、研究者同士をつなげる試みも実験的にされたとか)
 またAT&Tでは、新商品の紹介を、
 すでにその商品を購入している人の親しい友人(通話が多い相手)に送ったところ
 契約が5倍になった、という結果があるそうです
 つまり、親しい人が買っているものは買われることが多いみたいです。
 また、フェイスブックでどんな友達がいるかによって保険や借金の信用度をはかる仕組み、
 なども考えられているらしい

 ただ筆者は、こういうソーシャルグラフの分析は、
 企業側に使われているだけで、
 利用者に有益な形ではまだまだ使われていない、と感じているようです。

 例えばフェイスブックなど、つながりを作るようなサイトでは
 自分が「いいね!」を押す相手は分かるが、押される相手は誰だか分からない。
 誰が自分のサイトを見ているか分からない。
 これらが分かるようになれば、もっと利用者にとって有意義なつながりができるのでは、とのこと

 例えば仕事上のコネを作る「リンクトイン」というサイトでは
 自分が実名を開示すれば、自分のサイトを見ている人のプロフィールが見られる仕組み
 自分の仕事とつながりある人の近況に変化があればお知らせしてくれる仕組み、
 誰かのスキル推薦をすればポイントが得られる仕組み、
 など、つながりを積極的に作る仕組みを備えたら、利用者が飛躍的にアップしたらしい
 
 また、データ会社の仕様や設定の違いにより
 ソーシャルグラフの形態に差が出る可能性がある、
 ということも述べています

 例えばフェイスブックに似た中国の「微信」というものがあるそうですが 
 他人の友達リストを見られないなど
 (中国はコネ社会なので、他人に人間関係を知られるのが嫌らしい)
 中国に特化した仕様になっていて、
 中国国内ではフェイスブックより使われているらしい

 つまり同じ「つながりをつくる」サイトでも
 設定や仕様が少しずつ違うものが多種多様出ることで、
 ユーザーの選択肢が増え、競争が生まれ、
 より良いもの、自分にぴったりのものが生み出されるかもしれないですね。

 そしてこれらのサイトによりつながった友達どうしで、
 新しい企業ができたり、面白いものが生まれるのかもしれない。
 社会を変えるのかもしれない。

○センサー技術の発達、知らず知らずデータは集められているという事実
 さらに最近は、センサー技術の発達で
 我々が自覚していないうちにデータが集められ、使われているかもしれないという話をしています
 ウェアラブル端末、
 音声ガイドに話しかけた声、
 カメラで撮影された顔、
 虹彩(目の瞳)認識、
 テレビ電話で撮影された声、
 タッチ操作の物理的な痕跡など
 色んな所からデータが集められているらしい

 最近では、顔の表情認識、心拍数、汗などにより感情を読み取る試み
 それを自動運転制御に応用する試み
 眼の動きでどんなサイトに興味があるか、集中力や学習の度合いなども調べる試み
 脳内のfMRIのスキャンで意思決定を調べる試み、
 なんてこともされているそうです。

 脳みそまでのぞかれたらどうしようもないですね…

 …さて、ここまで読んできて、
 ここまで技術が進んできたのか~、と感心すると同時に
 データを取る人たちにちょっと反発の心も覚えてしまいました。

 要するに、プライバシー保護なんかもうあきらめろ、ということか?
 個人のデータを提供する方が、プライバシーを守るより得ということか?
 もうそういう流れで、もはや止められないのか、と。

 筆者はこのあと、
 だからこそ、データが企業に不利に使われないように個人の権利を主張すべき
 という展開に話を進めていくのですが

 私はそこまでして恩恵を得たいとも思わんな~、と思ってしまった。
 だって正直、私はアマゾンのお勧めシステム、ありがたいというより、鬱陶しい…
 「この本を買った人は…」というリストを見るたび
 ほしけりゃ自分で探すよ、勝手に推測するな、て毎回突っ込んでますよ(笑)

 フェイスブックも使ったことないけど、
 別につながりたくもないから今後使おうとも思わない。

 そんな恩恵のために権利を主張せねばならんのなら
 主張するのもめんどくさいし、恩恵無くてもいいかなと(笑)

 それからもう1つ思ったのは
 「今はプライバシーよりも、フェイスブックでプライバシーを自ら公開する人の方が実は多い」
 とあったが、これってある意味コミュニティへの回帰かな、ということでした。
 
 日本でも、昔は近所のおせっかいなおばさんがいて…という世界で、
 まあ田舎は今でもそうですが、うっとうしいと同時に役立つこともある。
 不審者がいたら教えてもらえたりとかね。

 都会などではそれが途切れていって、
 その孤立化に疲れてつながりを求めるようになってきたのかな、とか思いました。
 生の付き合いの場がネット上に移り変わっただけなのかなと。

 そういう、生の付き合いができない人のために
 ネット上で個人が詮索される時代になったのかなあ…
 そのためにデータが勝手に取られるんかなあ…とか…
 (ひねくれた見方ですけど)

 しかし、よくよく読むと筆者の言いたいことは別なんだなと分かってきた。

 筆者の主張を色々拾ってみますと
 「今必要なのは、個人がデータを共有、統合することのリスク、リターンを評価できるようにし、
  企業にそれに伴う責任を課すためのルールである。
  (中略)私は「透明性」「主体性」が鍵であると信じるようになった」(P21)

 「(情報リテラシーとは)データ精製企業がどのような仕組みで動いているか、
  パラメーターのうち変更できるもの、できないものはどれかを理解する力である」(P33)

 「本書で学んでいただきたいメッセージを一つだけ挙げるとすれば、
  ソーシャルデータは「あなたが」よりよい意思決定をするのに役立つものである、ということだ」(P46)

 「データリテラシーを身に付けるというのは、
  データ社会による推奨はあくまで確率論であり、
  あらゆる意思決定はリスクとリターンのトレードオフがつきものだと理解することだ」(P54)

 つまりは
 「プライバシーを諦める」「個人のデータが勝手に取られる」「勝手に分析される」
 という感覚自体をもうやめようよ、という話なのだなと。

 プライバシーを勝手に侵食されないためにも、
  どの情報なら開示していい、どの情報なら開示できない、
  どういう利益があるなら開示してもいい、
 などを自分が「主体的に」選べる社会にしよう、ということなのだなと。
 
 データ企業に自分のデータを「利用される」必要はない。
 データ企業の検索結果をそのままうのみにする必要もない。
 自分がデータ企業の分析能力を「利用してやろう」という社会にしよう、ということなのだなと。

 というのは、筆者によると
 「社会の中には、ソーシャルデータを操作することで、
  他者より優位に立とうとする勢力があり
  彼らはセンサーデータを使って我々の身元、居場所、状態などを把握しようとするはず」(P213)
 うかうかしていると、
 データ企業やそれらを利用する勢力が自分のデータを悪用するかもしれないのだそうです

 それを防ぐにはどうすればいいか。
 「データが不利な形で使われるリスクが無くなるわけではない、
  (中略)ソーシャルデータについていくつかの権利を要求することで
  透明性、主体性を実現することはできる」(P215)

 筆者はここに書かれているような
 「透明性」と「主体性」の確保を所々で強調しています。

 そして、
 「透明性や主体性を向上させるようなツールを提供する会社を選別することを通じて、
  ユーザーとして影響力を行使できる」
 とのべています。

 では、要求すべきいくつかの権利とは何か?
 〇透明性の確保
  ・データにアクセスする権利
  ・データ会社を調べる権利
 〇主体性の確保
  ・データを修正する権利
  ・データをぼかす権利
  ・データの設定を変える権利
  ・データを移し替える権利
 この6つだそうです。

 〇透明性の確保 とは
 ・我々のどんなデータを
 ・データ企業はどのように集めたのか
 ・データ企業は何のために使っているか、我々提供者は何の利益が得られるのか
 などを監視できるようにすることらしい

 この中で「データにアクセスする権利」は分かるが、
 「データ会社を調べる権利」てのが分かりにくい
 これは
 「データ会社が我々にもたらすプラスの影響、マイナスの影響」
 「その影響は想定内のことか」
 の2つの軸で分けて、
 「想定できるマイナスの影響」として「データ会社が我々のプライバシーをどれだけ侵食するか」
 「想定できるプラスの影響」として「データ会社から受ける恩恵」
 「想定外のマイナスの影響」として「データ漏洩などに対するセキュリティ管理能力」
 の3点を挙げています。
 (「想定外のプラスの影響」は予測できないし、害はないからいいだろうということらしい)

 筆者によれば、これらは数値化できるらしい
 もちろん、データ会社からの恩恵、とかは、満足度など主観的なものなので
 客観的な測定は難しいかもしれないが、それでも数値化はできる
 そして、数値をもとに評価基準を作れば、優良なデータ企業を選別できる、ということらしい

 また、〇主体性の確保 とは、
 アクセスしたデータについて、我々がいじることができる権利、だそうです
 具体的には
 ・データを修正する権利
  これは「忘れられる権利」より大事なんだそう
  間違ったデータはいくら削除したとしても、
  データはそこかしらに拡散するのでどうしようもない
  それよりも、それについて自分の手で釈明する機会を与えられる方が
  (そして、できればその釈明を目立つように、大きく表示できるようにすれば)
  よっぽど有益だと。

 ・データをぼかす権利
  これは、自分の情報をどこまで開示するか選べること、だそうです
  地図情報を知りたいから、自分の家の正確な位置を開示する、という人はそうすればいい、
  ざっくり分かればいい、それよりプライバシーを守りたいという人は年齢性別だけ明かせばいい、など
  開示するものを利用者側で選べたらいいのではないか、ということらしい

 ・データの設定を変える権利
  例えば何かの検索結果を表示するとき、
  何を優先事項にして順位付けするか、など
  自分で設定をころころ変えられたら、
  意思決定の在り方も変わるのではないか、と筆者は述べています

 ・データをソートできる権利
  あるデータ企業に提供したデータをそのままソートして分析できれば、
  記入の二度手間が省けるということらしい

 この権利が行使できれば、
 健康、金融、教育などいろんな面で、データを有効に使えるそうです
 投資判断、生活習慣の改善、自分の能力を生かせる進路の決定などもできるのでは、とのことです

 筆者は最後に
 「我々は今、難しい判断を伴うトレードオフを定量化する能力
  自らの価値観を明確に示す能力
  結果を測定する能力を手に入れた」
 「そうなった以上は、何が公正か、公正でないか選択しなければならない、
  もはや無知を決め込むことはできない。
  成り行き任せにする必要もない
  (中略)
  データを精製していくなかで、我々の、我々によるデータは、我々のためのものになる」(P338)
 と締めくくっていました。

〇感想など
 私、途中で
 「別にデータの恩恵なんか受けんでもいい、権利を主張するのもめんどくさい」
 って書いてましたけど、最後の言葉はそれに対するお叱りのような言葉だな~と思いました…(笑)

 筆者によると、利用者の権利の主張というのは
 主張する人が一人ではだめで、「われわれ」が自覚して立ち上がり
 「革命を起こす」ことが必要なんだそうです
 データ企業にプライバシーを保護してちょうだい、と「頼む」態度から改めねばならんのだな~
 と最後には思いました。

 また、中国の「微信」と「フェイスブック」の比較の話は興味深かった。
 日本人に特化した交流サイトなどもできたら面白いなと思いました。

 検索結果の表示をカスタマイズできる仕組み、
 というのも部分的にはあるけど、
 これができたら面白いですね。
 グーグルなど、検索サイトの検索アルゴリズムも自分で設定をいろいろ変えられたら面白いかも。

 今のネットから情報を得ることの問題として
 「自分の聞きたいこと、見たいことばかり見る」ようになってしまう傾向がある、
 というのがあると思うのですが
  (例えば、銃規制でも性差別でもなんでもいいんだけど
  「賛成」の人は賛成の人の意見ばっかり見る、とか)

 検索のアルゴリズムを変えることで
 自分とは全く違う考え方の意見も見られるようになったら、
 それはそれで面白いのかなと思います。
 (逆に、あえて反対意見を排除するアルゴリズムを選ぶ危険性も出てきそうですけど…)

 また、本題からは少しずれるのですが
 匿名性の問題、という部分には少し考えさせられるものがありました
 匿名だと気楽に書けるけど、
 その気になれば無責任な発言ができてしまうのが怖いなあと…

 私自身は、匿名でも文章は文章なので責任もって書いているつもりで
 無責任発言をしようと思って匿名で書いているわけではないが、
 だったら実名にすればもっとつながり持てるんじゃないの、と言われても
 家族になんかあったらどうしようとか考えちゃって、
 実名で文章を書く気にはなれない。

 作家さんとか評論家さんとか、顔出してるブロガーとか
 自分を他人にさらけ出してるわけですよね。。
 勇気がある人達だな~、と改めて尊敬の念を感じてしまいました。。
 
私がメモで書いているこの本の内容はほんの一部で、
本当に事例が膨大、かつ新しいので興味深いです。
何回か読んだら新しい発見がありそうな本でした。
これからのビッグデータ社会を考えるにはいい本かなと思います。。
(ただし、個人的にはとても読みにくい本でしたが…)

というわけで、今回はこの辺で。
 
 

 
posted by Amago at 12:35| Comment(0) | 本(科学) | 更新情報をチェックする