2017年08月31日

冬瓜のわたは、苦味があれば避けましょう

冬瓜のわたは、苦味があれば避けましょう

親戚からお盆の時冬瓜をいただいていました。
しかし、冬瓜って下茹でしなくてはいけない…
暑いので放置してました。
(冬までもつから冬瓜、ていうし)

しかし、以前テレビで
薬膳的には秋口には白い食べ物を食べるといい
(夏の疲れが取れるんだそうです、
白いのは大根とか冬瓜、山芋など)
と言っていたんです。
最近涼しいから食べたくなり
調理してみることに。

私はいつも、わたと皮を取り除き、
小さく切って下茹で、
そのあとだしで煮る。
これを冷蔵庫で冷やすとより食べやすいのだが
そんな暇はないのでそのまま晩御飯のおかずにしました。

いつもはわたを捨てるんですが
わたも食べられると聞いたので、
次の日に味噌汁にしてみることにした。

しかし調理してみると…

苦い。
しかもヤバそうな苦味だ。
吐き気が出てくる系のやつ。
以前、マクワウリの皮の近くを食べたとき
同じような苦味がして
そのあと吐き気が止まらず半日ほど寝ていたことがありましたが
それと同じ系の苦味でした。

仕方ないので残りは捨てました。
冬瓜のわたってヤバいのか?
と思って調べたところ

ウリ系のものにはたまにそういうハズレのものがあるらしい。

http://www.pref.okayama.jp/page/394935.html

https://news.cookpad.com/articles/2724

などによりますと
「ククルビシン」
という苦みで
わたなどに含まれているそうです。

普通はそんなにたくさん入ってないらしいんですが
たまに含有量の多いものがあり
渋味や苦味がして、食中毒も起こすことがあるらしい。

過去には岡山ではズッキーニを食べて食中毒を起こした方々がいたそうです。

ちなみにゴーヤの苦味成分は
「モモルビシン」といい
こちらは害はないそうです。

ククルビシンの害を防ぐには、
ちょっと食べてみて、
ヤバそうな苦味、渋味、ぴりぴりなどがあったら止めることだそうです。
ウリ科にはキュウリ、ズッキーニ、カボチャ、メロン、スイカなどがありますが
食べるときに苦味がするようなら、注意した方がいいようです。

見た目でも分からないし
加熱しても無くならないらしい。
普通はわたに多いが、
実もそういう味がするなら
もったいなくても捨てる方が得策。

私の経験上ですが
このククルビシン?の苦味、
たしかに明らかにゴーヤの苦味とは違います。
食べたら飲み込むのが嫌になるような、
吐き気のあるヤバそうな苦味です。
しかも食べたらほんとにヤバい、
お腹も壊すので止めるべきだと思います。

…味覚って良くできてますね。
自分の感覚を信じましょう。

ちなみに昨日食べた普通の実の部分は問題なしでした。

それにしてもこの冬瓜、
申し訳ないが調理法に困る。
ひき肉と炊いてもなんかイマイチ、
(肉とは合わない気がする)
味噌汁にもなんか合わない。
下茹でしてから浅漬けの素に浸けたらまぁまぁだったかなぁ。

だしで煮て冷やす以外、
一番ましだったのは焼き肉のタレで炒めたやつだったかな。

もう1個倍ぐらいでかいのがあるので
どうしたものかと思案しております(笑)

しばらく吐き気残りそう…
みなさんも気を付けてください。

というわけで今回はこの辺で。

posted by Amago at 09:14| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

Eテレ「世界の哲学者に人生相談」

Eテレ「世界の哲学者に人生相談」

数日前にやってた番組でした。
人生の悩みに哲学者の言葉で答える、という趣旨の番組です

しかし見る前、キャストがどーなの?と思いました(笑)
司会が高田純次さん、
そしてゲストが西川貴教さん、磯野貴理子さん、池田美優さん、
というビミョーな取り合わせ…

これで収集つくんかなと思ったが、
予想してたのとは少し違い、
なんだろ、いい具合に化学反応が起きてるような仕上がりになっていました。
入門的なのでそんなに難しくもなかったです。

解説は山口大学の小川仁志氏。
こちらはちゃんとした学者さんなので
暴走しがちな?司会をきちんと押さえていました(笑)

○哲学で救われた子育てママ
 最初に哲学者の言葉で救われた方の経験談です

 この女性は現在3人のお子さんのママ。
 子育てについて悩んでいたとき、ニーチェの言葉に救われたそうです

 彼女は1人めの子供を授かったとき、
 「やっと来てくれた」
 とすごく嬉しかったそうです。
 アルバムも手作りで
 「いいママにならなきゃ!」
 という決意が書かれていました。

 しかしそのあと、いいお母さんになろうとするあまり、
 辛い日々が続いたそうです。

 おじいちゃんが子供を抱っこしてくれても
 「唾が飛んで虫歯菌がうつる」
 と苦々しく思ったり
 だんなが手伝ってくれてもやり方が悪いとイライラしたり…
 「周りのみんなが敵だった」
 「自分もなんでこんな辛いんだろうと思ってた」
 そうです。

 そんなとき、図書館でふと手にしたニーチェの名言集の中の一文が心を引いたそうです
 それは
 「あなたが思う最悪の敵はあなた自身である」
 という言葉。

 でもこのときは意味が分からず
 「なにいってんの?」
 て感じだったらしい
 ただ、気にはなっていた、とのこと。

  …この辺は私も気持ちわかりますねぇ。
  一人めが生まれたときは、
  なんか周りにイライラしてました。

  手伝ってくれても、
  やり方が違うとイラつき、

  手伝ってくれなかったら、
  何でみんなのんびりして私だけしんどいの?とイラつき、

  何か言われたら、
  全部自分に子育ての責任を押し付けられているように感じてイラつき…

  結局何されてもイライラするんですよね。

  だんなには「なんでお前そんな偉そうやねん」と切れられ、
  夜中に泣いて家飛び出したこともあります

 それはさておき、ママさんの話に戻ります。
 それから彼女は双子を授かり
一気に3人のママに…

 そして3人を連れて電車でお出掛けしたとき
 ある出来事が起きたそうです

 「電車から降りようと思ったら、下の二人が両方とも寝ちゃったんですよ」

 しかし、見知らぬ人が
 「私が抱っこしてあげる」
 と、家まで連れて帰ってくれたんだそうです

 「あのときは嬉しかったです」

 そしてそのときふと、ニーチェの言葉を思い出したのだそう。

 中でも心に響いたのは「敵」「あなた自身」という部分だったそうです
 「今までにも、助けてくださった方がたくさんいたはずなのに、
  そこに気づかずにみんな敵だと思っていた、
  敵を作っていたのは自分自身だったんだ」と。

 今ではみんなが味方、と思えるようになり
 自分にも笑顔が戻ったのだそう

○解説
 小川氏によればニーチェは
 「超人思想」
 というカテゴリーだそうで

 「自分の弱さを超えていく、
  そのために自分の中の敵を倒すんだ」
 という考え方なのだそう

 これには彼の人生が関わっているらしいです。

 彼は早熟で天才と呼ばれ、20代で大学教授にもなった
 しかし出した本が認められない、
 最愛の人にふられる、
 など、挫折も味わう

 このため、自分の弱さを乗り越えるために、
 自分に贈った言葉が「自分の敵は自分」なのだそう

 ゲストの方々の反応は
 貴理子さんは
 「私格言好きなんですよ」
 しかしみちょぱさんは
 「遠回しすぎる」
 ストレートに言ってよ、だそうです(笑)

 西川さんは
 人との関係だけでなく
 「何かを達成したいときなどに、
  頑張るのも自分、
  楽するのも自分てことかな、とも思った」そうです。

 人と争うときも、目標を達成するときも、
 真の敵は自分、自分が敵を作っている、てことなのかな?

 西川さんはそのあと高田さんに
 「ファンに名言を1つ」
 と無茶ぶりされて
 「今?いきなり?」
 と困っていましたが(笑)

 小川氏は
 「名言ってのは、
  聞いたときはよくわからないけど、
  後からそうか、てなるものなんですよ」と助け船(笑)

○視聴者からの相談その1
 NHKでは視聴者から哲学者への人生相談を募集したそうですが
 その中の1つを紹介しています

 「結婚して30年、夫が冷たくなってしまった、
  夫に昔のような笑顔になってほしい」

 こういう夫婦関係の悩みは多かったそうです

 貴理子さんも
 「だんなさんが結婚してから名前で呼んでくれなくなった」と共感。

 西川さんは
 「まぁ、でも人って変わりますからねぇ」
 高田さん
 「逆に全く変わらないのもこわいかもね」
 西川さん
 「もしかして、変わっているののは自分かもしれないですね」

 みちょぱさんは
 「私はまだ独身で、
  結婚したらいつまでもラブラブでいたいんですけど、
  そうじゃないのかなーって思っちゃった」
 と若い方ならではの感想。

 (外国だといつまでもラブラブ、てのはありますがね。
 日本の男性って照れ臭いのか、夫になるとそういうの無くなる人が多いですね)

 ・アランの幸福論
  これについてはアランの言葉

  「果物でも、世話することにより美味いものになる
   人と人との関わりにおいては尚更だ」

  貴理子さんは
  「要するに奥さん大事にしろってこと?」と言ってましたが
  西川さんは
  「お互い、なんじゃないですか」
  「言い方の問題なのかな」
  というご意見。
  妻の方も、
  ありがとう、とか
  やってくれたら嬉しいな、
  とか言われたら帰りたいなと思うけど、
  なんでこうなのとか、
  文句ばかり言われていたら帰りたくなくなる、
  という話をしていました

  貴理子さんは
  「そうかー」と反省していましたが…

  小川氏によればアランは幸福論の方で
  三大幸福論者
  (ラッセル、ヒルティ、アラン)
  の中でも一番ポジティブなんだそう
  自分で積極的に動いて幸せをつかんでいこう、
  という考え方なんだそう

  いいねぇ、こういう考え方私は一番好きです。

  アランは
  「うまくいっているから嬉しいのではなく
   自分が嬉しいからうまくいった、
   といつも考えねばならない」
  という言葉も残しているそうです

  貴理子さんは「??」という感じでしたが
  西川さんは
  「ライブとかでも、お客さん楽しませなきゃ、て思うより
   自分が先に楽しんじゃった方が結果的にうまくいくことがある」とのこと
  笑う門には福来る、同じことしてても楽しむ方がハッピー、ていう考え方かな?

  小川氏は
  「結婚生活も、自分がハッピーなら生活も回っていく
   ということなんじゃないですかね」とのことでした

  (三大幸福論については一番興味が湧いたので調べましたが、

  http://kame3jai.blog.fc2.com/blog-entry-78.html
によれば
  三大、というのは後世の勝手な呼び方で、
  日本での書物販促のためじゃないか
  という指摘もあります(笑)

  まぁそれはさておき、
  これらの幸福論は
  衣食住足りた後でも幸せになれないのはなぜ?
  という「精神的幸福」をテーマにしているので
  現代でも注目されているのかなと思います

  なので色んなサイトで紹介されていましたが

  http://wol.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/022600057/031700003/?ST=mobile
  では
  アランは「前向き」
  ラッセルは「のんびり」
  ヒルティは「素直」
  とまとめています

  ・アランは「前向き」
   怒りや絶望はまず克服せねばならない、
   希望を持ち、笑顔でいること、
   そしたら幸せになれる、
   というようなことを述べているらしい

  ・ラッセルは「あきらめ」
   あきらめは幸福には大事、
   避けられない不幸に時間と感情を浪費するな
   みたいなことを述べているらしい
   論理学者で冷静な現実主義者だからの発想らしい。

  ・ヒルティは「誠実さ」
   人間の最も悪い性質はうまれつきの不誠実、
   とのべているらしい
   彼は敬虔なクリスチャンなので、人には誠実であれとしているのだそう

  一方、
  http://dream.navi.ryukyu/happiness/
  ではもう少し詳しく、違う分析でした。

  アランは「行動力」
  ラッセルは「期待しない」「好奇心」
  ヒルティは「信念」
  がキーワードになっているみたいです

  ・アランは「行動力」
   「幸せだから笑うのではな い、笑うから幸せなのだ」
   「幸福には前向きに努力 し、行動することが何より大切だ」
   と述べていて

   幸せになるには自分で行動すること、
   また楽観主義とは生まれつきでなく、
   心がけで誰でもなれると説いているそうです

   彼は教師だったが、
   第一次対戦では志願して従軍した、とあります。
   そんな厳しい状況だからこそ
   幸せとは心がけ次第、と考えたかもしれない。

  ・ラッセルは「期待しない」「好奇心」
   彼は
   「被害妄想が不幸の原因」
   とし、その予防として
   ・自分を利他的と思ったり、過大評価したりしないこと、
   ・他人は自分が思うほど、自分のことをそんなに気にしていないと思うこと
   としています
   要するに、
   自分にも他人にも必要以上に期待しない、あきらめる
   てことことらしい

   さらにこの方、身内に統合失調症などの方が多かったそうで、そのせいか

   心を内に内に向けると不幸になる、
   外や他人へ「好奇心」を持って向かう方が幸福になれる、
   と述べているそうです
   (そうすれば、外の幸福にも気づくし、
   自分の問題にも冷静になれる、
とのこと)
   そしてその際は、敵対的でなく友好的であれ、としているそうです。

   彼は貴族の生まれだが、活動家として投獄されたとか。
   生涯に4回の離婚、2回の投獄を経験しているそうですが

   それでも幸福になれたのは
   他人へ好奇心、友好心を持って接していたからではないか、
   とのことです

  ・ヒルティは「信念」
   彼は敬虔なクリスチャンで
   「信念」や「勇気」という言葉がよく出てくるそうです

   「人生で幸福なのは困難がないことではなく、
    困難に打ち勝つこと」
   と述べ、信念と勇気で困難に立ち向かえ、と説いているそうです
   また、働くことの喜びについても言及しているとか。

  …こうしてみると、たしかにアランが一番行動的でポジティブ、
   ラッセルは他人などに必要以上に期待せず生きようみたいな感じ、
   ヒルティは信仰心がカギ、ですね)

 ・ボーヴォワール
  他、結婚については
  ボーヴォワールの言葉に

  「こんなにも長い間共鳴しあえたこと、
   それだけで素晴らしいことなのだ」

  小川氏の解説によると
  ボーヴォワールはサルトルと恋仲で
  20代の時にパリで出会い、50年連れ添う
  サルトルが亡くなったあと、ボーヴォワールは二人の関係を振り返り
  「別れの儀式」
  という本を書いているそうです

  この二人、恋仲といっても
  「契約結婚」
  という形態を取り、
  お互い違う人と自由恋愛してもOKという関係にしていたそうです
  自由を許すことで、お互いの絆を強めていたとのこと

  ただし、
  ボーヴォワールは美人なのでモテモテ、
  サルトルも性格がいいのでモテモテなので、
  お互い嫉妬もあったそうですが…

  嫉妬起こすくらいなら逆にめんどくさい気もしますが、
  ていうか元気だなーと思うけど(笑)、
  恋愛の国フランスならではの発想なんですかね?

  ボーヴォワールの言葉はよくわからんけど、
  結婚生活も、長く続いただけでも素晴らしいと考えてみては?ということなのかな?

○視聴者からの相談その2
 次の相談はもう少し深刻で
 「成功とは何ですか」
 というもの。

  相談によれば
  若い頃は仕事を頑張るぞと思っていたが
  同期には先に出世され窓際族、
  家族にも尊敬されない、
  最近は肩たたきに怯えている…
  いったい人生の成功とは何を指すのか?
  という悩みです

 ・サルトルの実存主義
  これに対してはサルトルの
  「人間はあとになって初めて人間になる、
   人間は自ら作ったところのものになる」

  …?ちょっと分かりにくいかな。
  小川氏によれば
  サルトルは「実存主義」
  自分で人生を切り開く、という哲学、
  周りの評価を考えることなく、
  自分で人生を変えていけばいい、と考えるそうです

  みちょぱさんは
  「えー意味わかんない」
  言い回しが分かりにくいみたい。
  「人間になるってなに?
   だって元から人間だし」

  小川氏は
  「それをみんな気づいてないんですよ」
  みちょぱさん
  「気づいてますよ」
  「じゃあ何ができたら人間?」
  「息してる」「歩ける、しゃべる」(笑)
  「そうですよね、
   だけどそれに気づいてない人が多いから
   自分は何もできないと思っちゃう」

  みちょぱさん、率直に分からんという素直さがいいね(笑)
  私なりに考えますと
  評価はどうであれ、自分なりに頑張ればその分自分の力になる、てことなのかな?

  (サルトルに関しては、
  調べだすとドツボにはまりそうなんですが(笑)

  元々プラトンなどの
  「生まれつき物事には性質が決まってる(それは神が決めている)」
  という考え方(本質論)に対するアンチテーゼとして
  「個人の意思、行動で物事が決まるんだ」
  という考え方がうまれたようです。
  「個人主義」「自由」がキーワードみたいです。
  身分とか制度、宗教に縛られていた時代ならではの発想なのかも。

  「自分で人生を決める」
て、現代的にはなんか当たり前すぎにも感じますが

  今の日本でも、
  会社での立場だとか、
  家族の視線だとか、
  社会的な体裁とかバッシングとか
  色んなものに縛られている
  と言えなくもないので
  注目されているのかもしれません)

  西川さんは
  「何をもって成功か、て話なら…
   僕らの仕事は他の方から見たら羨ましいところがあるのかもしれないけど
   なったらなったで悩みもあるし、
   何をもって幸せかは、人によって違うかな思うんですけど」
  貴理子さんは
  「んー。それぞれの人が悩んでる中で、
   何とか前向きに頑張っていけばいいってことですかね」
  小川氏は
  「そうですね」
  「まぁ、実際変えられるかどうかは別ですけどね」

  自分の基準で「これが成功」と思うところに向けて努力したらいい、ということですかね。

  高田さんにとっての成功は
  「昔「どれだけ長く生きたかじゃなくて、どう生きたかが人間だ」みたいなことを言った人がいたけど
   そこから、俺はとにかく長く生きようと思ってるのよ」だそうです。
  貴理子さんは
  「じゃあ高田さんは長く生きることが成功なの?」と聞くけど
  高田さん
  「そこはねー、成功かどうかは考えないのよ」

  ちなみに高田さんの名言を言ったのはルソーだそうだ

  ルソーが言ったのは
  「最上の生き方をした人というのは、
   最も長寿を保った人ではなく
   最もよく人生を味わった人だ」

  この言葉の背景には彼の生涯がある
  ルソーは母親を早くに亡くし、父親は家出、天涯孤独だったそうです
  また、危険人物と見なされ放浪生活を送っていた

  色んな地で、多くの人と交流する中で生まれた言葉だそう

  貴理子さんは
  「私から見たら、高田さんは成功者に見えますよ?」
  高田さんは
  「劇団時代は苦しかったからねー」とはぐらかす。
  小川氏は
  「たぶん高田さんは、人生を味わわれているんですね」
  高田さんは
  「んー、よくわかんないけど、最近は痔が心配でねぇ…」(笑)
  貴理子さん
  「お尻が痛いの?」
  西川さん
  「あの、それ別の番組でやってください」(笑)

 ・西田幾多郎哲学
  ほかには西田幾多郎が

  「善とは一言にて言えば人格の実現だ」

  西田哲学は、西洋哲学と日本の思想の融合、と言われているそうで
  彼は「善の研究」という本を出しているそうです

  彼の言う善、人格の実現とは
  周囲に惑わされず、自分の価値観を確立させていくこと、
  人と競争とか比較をしないことらしい

  人の評価は関係ない、という意味では、先ほどのサルトル実存主義と少し似てるのかな?

  小川氏
  「みちょぱさんはこれ分かりますか?けっこう競争激しい世界におられると思うんですけど」
  みちょぱさん
  「んー、でも私競争しないですね」
  「でもモデルさんなら他人には比較されるでしょう?」
  「されるけど、めんどくさーって気にしない」
  「だから成功してるんですね」
  「うん、私成功してると思いますよ」(笑)
  「西田幾多郎もそれを言ってるんです」
  「そういうことかー♪」(笑)

  西川さんは
  「でも人と負けたくない、て思う気持ちが
  自分を磨いていく、てのもありますよね」
  高田さん
  「まぁたしかにね。
   でも「うちの子負けず嫌いなんです」とは行っても
   「うちの子負け好きなんです」とは言わないですよね(笑)
   多かれ少なかれ、みんな負けず嫌いなんでしょうね」

○思考実験
 さてここでブレークタイム。
 思考実験という名のトレーニング、だそうです。

 これは昔のギリシャ哲学者の議論などから続いているもので
 例えば「アキレスの亀」
 どんなにのろい亀でも、俊足のアキレスが追い越せない理由は?など、
 あり得ない設定を作ってあーだこーだ議論するのだそうだ

 今回の思考実験はけっこう過激ですが
 「あなたは無人島にほかの二人と残されてしまった
  食べるものも尽き、あとは餓死するのみ…
  Aさんは衰弱しており
  Bさんが「Aさんを殺して食べよう」と誘ってきた
  あなたはどうする?

  A Aさんを殺して生き延びる
  B 全員死ぬ」

 どっちかだけで、魚とるとかもダメみたいです。

 西川さん、貴理子さんはA
 理由を聞くと
 「生きたいから」とシンプル。

 高田さんとみちょぱさんはB
 高田さんは
 「それが一番幸せな気がする」
 みちょぱさんは
 「生き延びても人食べたってのが頭に残るし、
  それなら死んだ方がまし」
 小川氏によれば
 Aの考え方は「功利主義」
  少しでも多くの人が幸福になる方がいいとする考え方
 Bの考え方は「カント倫理学」
  いかなるときでも人間を手段にしてはいけない、とする考え方なのだそう

 さらにヘビーな質問は続きます
 貴理子さん、西川さんには
 「Aさんが家族なら?」
 これには二人とも悩んでいました

 みちょぱさんたちには
 「なぜ人間を犠牲にしちゃいけないのか?」
 「本人が別にいいよっていったら?」

 みちょぱさんは
 「んー、人殺すのがめんどくさい」

 「じゃあ元々死んでたらいいってこと?」
 みちょぱさん
 「死んじゃってたらいいんじゃないですか」
 「じゃあ食べる?」
 「んー。そもそも人間を食べることに抵抗がありますけど」

 ほかには
 「臓器移植と何が違うの?」てのがありました

 これって有識者に聞けば?と高田さんは言いましたが

 「哲学ってのは、みんなが考えるもの、
  何があっても大丈夫なようにトレーニングしておくこと」
 なんだそうです

 (ちなみに私なら、人食べるのやだから死ぬ方がまし、
 というみちょぱさんに賛成だが
 めっちゃお腹すいて死にそうな状況なら分からんなぁと思う)

○西川さんの悩み
 さて次は西川さんの悩み
 「こんなの人前で言うことか分からないんですけど」
 と言いつつ

 「僕らはゆくゆく死に近づいていきますよね、
  でも僕死ぬことがまだ受け入れられてないんですよ」
 彼は4歳かそこらからそのことを考えていたそうです

 ここで高田さんからの思考実験。
 「じゃあ、全員が永久に生きられるとしたらどう?」
 「全員ですか?」
 「全員だよ」
 「みんな?自分だけかと思ってたけど、全員ずーっと生きるとしたら…」
 と答えに詰まってました

 小川氏は
 「どう生きたらいいか考えていけば
  死は段々受け入れられる、とソクラテスは言ってます」

 ソクラテスによれば
 「正しく哲学している人々は
  死ぬことを練習しているのだ」

 ソクラテスはどう生きるか、どう死ぬかについて考え尽くした哲学者だそうで
 実際死刑宣告を受けたが、それを淡々と受け入れ、死刑を受けたそうです

 小川氏は
 「どう生きるかを考えて、
  自分のペースで生きられたら、
  死ぬことを受け入れられるのかもしれないですね」

 しかし西川さんは
 「んー、多分死ぬことが未知だからこわいんでしょうね。
  実際死んで見られるのは死んだ後だから」

 しかしみちょぱさんは
 「えー、結局いつ死んでもいいように楽しく生きればいいんじゃないですか」
 とバッサリ(笑)

 貴理子さんに
 「それはまだあなた若いからよ」と言われても
 「だって死んじゃったら自分も無になるだけだし、
  後悔もなくないですか?」
 (笑)たしかにそうよね。私もそう思う。

 西川さんは
 「んー、やりたいことが有りすぎて時間が足りないのかもしれないですね」

…この議論は結論がないですが
小川氏は
 「今スゴいこと議論してると思うんですよ、
  ソクラテスの時代の議論そのままなんですよね」

 貴理子さん
 「じゃあ私たちソクラテスレベル?」(笑)

 高田さんは
 「んー、僕の今の悩みは
  24、5歳の子をどうつかまえようかとかですけどねー」
 結局、ゆるーく終わってました(笑)

 (「死について考え尽くした」というソクラテスは、結局どう死を受け入れたか?
 が気になったので調べましたが、

 http://www.fruits.ne.jp/~k-style/sub3.html
に「ソクラテスの弁明」
 という本からの引用が載っていました。

 (なんか聞いたことある本だなーと思ったら、
  この本、私が高校の時の読書感想文の推薦図書だったような。結局読まなかったけど(笑))

 そこにはソクラテス自身の死についての考え方がありました。

 長いので私なりに要約しますと

 ソクラテス曰く
  みんな死が恐いのは、
  みんな死を知らないから、
  最悪なものと決めつけているから。
 彼はこれこそ無知だ、としています

 死は良きものかもしれない、と彼はいう。

 そしてその根拠として
 死は次のうちどちらかなはずだ。
 ・何も感じない虚無か
 ・あの世へ行くか

 そして、前者なら熟睡状態と変わらないから幸せだろう

 後者だとしてもたくさん死者がいるところへ行けるから、それも幸せだろう

 と述べているそうです

 私もこれには共感する。
 今は死にたくないが
 死んだ後辛いのは、むしろ残された人なんだろうな、
 死ぬ人自身は大したこと無いんじゃ?と思う。

 自分が死んだら意識無くなるんだから、痛みとかは無いだろうし
 あったとしても一瞬だろうし
 別の世界に行くなら、それはそれで新しい経験なのかなと思う。

 ただ今の世界でしか経験できないこともあるから、
 まだまだ死にたくはない。。)

全体的に、高田さんのいい加減な(笑)司会と
みちょぱさんがズバズバ斬ってくれるのが面白かったです。

哲学もこれくらい気楽に考えたらいいのかなーと思いました。
見る時々により、色んな解釈ができそうです。
「幸福論」のほか「不幸論」を書いてる方もいるみたいなので、
機会があれば読んでみよう。

というわけで今回はこの辺で。


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2017年08月27日

NHKBS世界のドキュメンタリー「最高の組み合わせ~ユダヤ教徒の結婚事情~」

NHKBS世界のドキュメンタリー「最高の組み合わせ~ユダヤ教徒の結婚事情~」

数日前にやってたもの。
イスラエル2014年製作のドキュメンタリー、
2016年5月に放送されたものの再放送らしいです。

ユダヤ教の中には超正統派と呼ばれる方々がいるそうで、
彼らは男性は全身黒ずくめ、口の回りには長い髭。
女性も長いスカートをはいた独特ないでたち。

そう言えば「地球タクシー」のニューヨークの回で、ブルックリン地区に同じいでたちの方々がいました。
彼らはテレビもネットも使わない、ある意味文明から遮断された生活を送っているとか。

そして彼らの結婚のしかたも独特で、
わずか3回ほどのお見合いで決めるのだそうです。
そんなお見合いに初めて密着したドキュメンタリーでした。

何となくぼーっと見てましたけど、
こういう世界の人たちもいるんだ~とけっこうびっくりでした(笑)

この番組は、3つのケースのお見合いが交互に進行する構成になっていました。
分かりにくいので整理して書いてみます

○厳格な男性信者
 最初は超正統派を学んでいる20代の男性イェヘスゲルでした

 ・いとこからの紹介デート
  最初はいとこから「美人よ」と紹介された女性とお見合いしているところでした

  彼の持論によれば、
  「アドリア海と地中海のどちらが好きか」
  という質問で性格が分かるらしい。
  アドリア海がいいと言う人は穏やか、
  地中海がいいという人は奔放な人なんだそうだ

  最初のデートでは、女性に
  「君はどんな人」と聞いていて
  「海が好き、出掛けるのが好き、活発で社交的」
  そこで彼は
  「アドリア海と地中海どっちか好き?」
  「地中海ね、荒い波がわくわくするわ」
  どうやら奔放な女性らしい。

  彼はこの女性からは
  「どんな生活してるの」と聞かれ
  「半分勉強して半分働いてる」と答えていました。
  別にこれは珍しくはなく、
  超正統派では、1日中トーラーというユダヤ教の法を勉強して、働かない男性もいるそうです

  彼女は
  「1日中勉強している人は   ちょっと…
   質素な生活は想像できないわ」
  それなりに働いてほしい、とのことでした

  彼は
  「19歳からお見合いしてるけど、今まで理想の人に出会ったことがないんだ。
   恋愛は感情に惑わされたくない、
   良縁だと判断する前に感情に振り回されるのは良くない」
  と結婚への考え方を話していました

  お見合いのあと、紹介してくれたいとこに
  「どうだった?」と聞かれ
  「彼女は自己主張が強い、僕たちは合わない」
  と気乗りでは無さそう。
  「一回会っただけなのに?彼女はいい印象だった、って言ってるわ」
  といとこは言うが
  「彼女は快楽主義、好きになるかは分からない」

 ・友人に相談
  そのあと友人にも相談していて
  「迷ってるんだ、彼女は美人だけど、どうしたらいいんだろう」
  3回で決めなきゃいけないから、
  安易に次のデートの誘いができない、
  と話していました

  友人には
  「急いで決めることはない」と言われてました。

  彼は
  「自分は焦りとか、義務感とか、親にすすめられたとかで結婚を急ぎたくない」とのこと

  彼の妹が、3回のお見合いで結婚を決めたが
  3回目のお見合いのとき、既に祝宴が用意されていて、
  自分の意思もなにもなく、
  デートが終わったら親戚がすでに集まっていて、おめでとうと言われたそうです。
  「妹は泣いていた、既に結婚が決められていたと分かったんだ、
まるで芝居だ」
  彼はそんな結婚の仕方はしたくない、納得して選びたいと話していました

  友人は
  「君は育った家よりも自由な考え方なんだね」
  「君が納得できないなら、まだ結婚を決める時期じゃないのかも」
  と話していました。
  雨が降ってきたから話は中断になってましたが…

 ・友人の妻のアドバイス
  そのあとイェヘスゲルは、友人宅を訪れていました。

  「理想の相手って何か分かる?
   自分の中の何かがこれ、と示してくれる。
   それはなんの前触れもなく突然感じる」
  「神の思し召しで相応しい相手は必ず現れる、それも相応しい時期がある」
  とかいう話をしていました
  (私からしたらそんなんあるわけ無いわと突っ込みたくなりますが(笑)、、
  白馬の王子さまの逆バージョンですかねー…)

  友人は
  「僕の妻が君に紹介したい人がいるらしいんだ、
   相手の女性も君に興味を持つかも」
  と話していました

  友人の妻は
  「あなたは結婚に何を求めているの?」
  「120年でも話せる相手」
  友人の妻は
  「愛情ってのは相手と親しくならないと生まれないのよ、
   結婚するまでの姿はお芝居、
   結婚して最初の1ヶ月たって見せかけの期間が終わる、
   そこでやっと愛情が生まれるの。
   私たちが結婚したときもそんなものよ」
  と現実的な話。

  イェヘスゲルは
  「君たちは結婚までに何回デートしたの?」
  「8回だ、君は多いと思うだろうけど、
   離婚経験者なら普通だ」

  「結婚経験のない僕にとっては3回でも多すぎる」
  「彼のような正統派ユダヤ教徒なら3回は多すぎるね、30分以内のデートで決める」

  イェヘスゲルは
  「君たちは十分相手を分かったの?」
  「いいえ、ある意味賭けだった」
  イェヘスゲルは
  「なんでそんな風に決められるんだ?」
  と聞いてましたが
  友人妻は
  「結局24時間一緒になってからじゃないと、相手の本当の姿は分からないわよ」
  そこは割りきらないと、という話でした

  そして話題はイェヘスゲルの見合いに移ります。
  「私はよく分からないんだけど、私の友達に興味があるの?」
  「いくつの人?」
  「19か20よ」
  「美人なの?」
  「かわいいわよ」
  うーん。美人で若い子くらいしか判断基準がないんでしょうね。

 ・友人の奥さんの紹介した女性
  さて新しい相手とのデート。
  今度は彼は、相手の女性にはピンと来たんだそうです

  彼は
  「彼女は完全に打ち解けてくれた、なんでもきちんと話してくれたんだ」
  友人
  「彼女は君の結婚相手だと思う?
   もしそうなら、次のデートでもう少し真剣に話し合ってみたらどう」
  「そんなに早く?でもそうすべきかもしれない、3回しかない大事なデートだからね」

  あせる彼に、友人は
  「これは始まりに過ぎないよ」と笑い、
  「婚約したらもっと話し合いを重ねないといけないからね」

  イェヘスゲルはしみじみと
  「こんなに確信を持てるなんて思わなかった
   でも天からの声が聞こえたんだ、彼女は僕の結婚相手だと」

 ・友人妻の紹介女性と3回目のデート
  イェヘスゲルは思いきって
  「君のお父さんと話したい」と思いをぶつける。 
  「3回会っただけだけど、僕は結婚したいと思ってる」
  とストレートに求婚。

  彼女は
  「なんと言えばいいのか…」

  「君も同じ気持ちでいてほしい」
  「私はゆっくりと着実に物事を勧めるのが好きなの」
  「君は確信が持ててないんだね、僕は確信がある、君と絆を感じる」
  「私も少しは感じるけど、自分の選択肢が正しいと信じたい」
  二人には少し温度差があるようです

  「多分君はそういう気持ちになってないんだ、
   もしそうならそういう風にはならない」
  「そうかもしれないわね」
  「あと2回くらいはデートできる、
   もし君の気持ちを変えるための手助けができるなら
   今すぐにでもラビの承認をもらいたいくらいだ」
  「あなたは確信があるのね」
  「そうだ、僕は感じる、君は僕のもの、僕は君のものなんだ、て」

 イェヘスゲルくん、最初
 「感情に振り回されたくない」
 って言ってたけど
 今の状態が感情に振り回されてるんじゃ…
 という突っ込みはさておき(笑)
 彼の恋やいかに?

○離婚歴のある女性
 次に出てきたのは、結婚相談所みたいな所を訪れる女性2人。

 一人は未婚の24歳、もう一人は離婚歴のある25歳のメラヴという女性。

 後で分かったけど、
 この宗派の人たちは、
 仲人と呼ばれるオバサンたちが結婚の斡旋をするらしい。
 仲人さんたちが、色んな未婚男女について、どこの生まれとか仕事、身長、性格、美人かどうかなど、
  情報を集めて経歴を紹介しているそうです
 3回のお見合いで済むのは、仲人さんたちの情報ゆえらしい。
 仲人のおばさんたちは、
 成立したら謝礼をもらい、
 それで生計を立てているらしい。

 ・仲人との面談
  メラヴは大学在学中に結婚し、半年で離婚したそうです
  今は大学院に通い、メディアと起業について勉強しているそうです
  「離婚歴があると、いい条件のお見合いは持ってきてもらえなくなる」
  と話していました

  「なぜ離婚したのか」と仲人に聞かれ、
  「性格の不一致」
  「結婚までにデートは何回?」
  「8回した、最初に出会った人だった」
  でもいい経験になったそうです

  ただ、そのときの仲人については
  「相手の男は何て言ってたかたか、しつこく聞いてくる」
  「年齢や身長のサバを読んでた、相手は28歳って言ってたけど33だった」
  「離謝礼は2000ドル払った、
   次結婚するときの仲人にも払わなきゃいけない」
  と若干不満そう。
  それでも、
  「離婚したのは仲人のせいじゃないからしょうがない」
  のだそうだ。

  彼女は
  「相手に望む条件は」
  と聞かれ、
  賢い人、東欧系のユダヤ人、
  相手に離婚歴があってもいいけど子供はいない方がいい、
  と話していました。

 ・既婚者女性の経験談
  別の日に、
  メラヴは別の結婚間近の友人と話していました
  その友人は離婚歴があるそうです
  「子持ちの人は嫌」
  と言う彼女に対して
  「私は離婚歴があるけど、子供は一人いる、
   婚約者も二人子供がいる。
   でも子供にこだわる必要はない、と悟ったの。
   問題は相手との相性よ」
  と話していました

  しかしメラヴは
  「30歳まではこの条件にこだわると思う」とのこと
  「30歳になったら年齢的なプレッシャーがあるし
   家庭を持ちたい思いが強くなれば考えは変わるかも」
  とのことです

  この友人はまた、
  「例えば24歳の人が結婚するなら相手は25、6よね、
   その年頃の男性は世間なれしている。
   彼らは24歳より19歳の子の方がいいと思うはず」
  という話をしていました

  若い女の子の方が受け身で、男性の思うようにしやすいし、
  子供をたくさん作るなら若い方がいい、と考える人が大部分だ、と。

  メラヴも
  「24くらいになると女性も自分の生き方を自分で何とかしようとする、
   それに男性は怖じ気づくのよ」
  友人は
  「同じスタート地点にすら立ててないのよ、
   私達は高校で勉強するから未来を考えられる
   男の人は宗教しか勉強してない」
  と話していました。

  そのあとは結婚間近の女性の式の段取りの話などして、
  それによれば、
  正統派では結婚式をしたら、
  新婚夫婦はイフード・ルームというところで二人きりになるのだそうだ、
  伝統では10分くらい。
  男性はベッドがあるとか思ってるけどそういうところではないらしい(笑)

  聞いてると、男の方が戒律に縛られ過ぎて夢を見ている。
  女性の方が現実的で強い感じですね(笑)

 ・仲人オバサンたちの会合
  さてメラヴはそのあと、
仲人さんに条件を聞かれていました
  いっぱい条件を言っても全部の条件を満たす人はいないわよ、
  とは言われてましたが。
  仲人さんはユダヤ人の宗教の集会で、未婚男性に女性リストを紹介する場があるが、
  そこにいれてもいいかと確認されていました
  「是非お願いします」

  そのあと、仲人のオバサン同士が会合を開いていました
  「私が紹介したいのはこのメラヴという女性、
   話してみたけど美人だし、とても賢くていい人よ、
   ただ離婚歴がある」

  メラヴが賢い人を望んでいるようだ、という話になると
  別のおばさんが
  「いい人がいるんだけど。身長180㎝、実業家よ」
  「ただ、彼が離婚歴のある人をいいと言うかどうかね、確認しないと」
  「彼の母親は離婚してるから、理解はあるかも」
  「まず男性側に聞くわ」
  という段取りの打ち合わせをしていました

 ・お見合いのゆくえ
  そのあと
  仲人が意中の男性に電話し
  「紹介したい人がいるの、
   美しい人で今は法律を勉強していて、事業をしようとしてる」
 
  しかし
  「離婚歴があるの」
  と言った途端、相手の反応が悪そうで
  「そんなに気になる?そんなに?そんなに離婚歴がある人が抵抗あるの?」
  オバサンは
  「一度会ってみて欲しいの」
  と食い下がるが、やがて
  「そう、分かったわ…」
  断られたみたいです

  そのあと、メラヴは仲人さんに
  「あなたはもう少し妥協しなさい」
  みたいなことを言われたが
  メラヴは
  「子供がいたり、正統派でない人、望んでない民族の人を紹介されても
   自分の中では納得できないことは分かってる」
  と譲りませんでした

 さて彼女の将来はいかに?

○意気投合したカップル
 次のケースは二度めのデートですでに意気投合していたカップルです
 男性はアリエル、女性はエスティという方。

  アリエルは現在学生で、戒律に基づく殺の実習を勉強中だそうです
  (正統派の男性は、勉強して働かない人、と殺業など決まった職業に就く人が多いのだそう)

 ・二回目のデート
  彼らは二回目のデートで既に家庭の話をしていました。
  「子供の教育方針は?」
  「正統派の教育を受けさせたいの、教育には最初の数年が重要よ」
   テレビやインターネットのない正統派の生活をさせたい、と話す

  (この宗派は現世的な誘惑から逃れるため?か何かの理由で、
  テレビやネットなどはなしの環境で暮らしているみたいです。
  今の時代に珍しい文化ですね)

  「夫には何を求めてる?」
  「何よりもトーラーの勉強ね」

  アリエルはしみじみと
  「君が紹介されたどおりの人で良かったよ、服装も育ちも」
  二人はうまくいきそうな雰囲気でした

  エスティはそのあと母親と
  「一回目に会ったときよりうまくいった、話していて打ち解けた、心地よかった」
  といい感触と話していました。

  しかし母親は厳しい顔で
  「3回会ったら決めなさい」
  「正しい方向に進んでいるならそれは神の思し召し、
  だらだら続けて半年で別れるケースはみっともない」
  と話していました

 ・アリエルがエスティの父親と会う
  そのあとアリエルはエスティの父親に会いに行く。
  「初めまして」
  「君はと殺の実習中だそうだね。
   と殺業は火星の元に生まれた人がいいんだ、君はいつの生まれだね?」
  「(ユダヤ教の暦で)11月です」
  「水の生まれだな、別の仕事にした方がいいぞ」
  とは言っていましたが
  彼が勤勉な学生であることに好感を持ったようでした

  しかし、この会話短い。彼はあっさり帰りました

 ・アリエル、両親と話し合う
  そのあとアリエルが自分の両親の元を訪れる
  「彼女の父親と話したんだけど、そのあと話し合うって言ってたよね?」
  と結婚の相談を始める
  「あちらのお父さんは、シナゴークの先唱者(祈りを導く人)をしているらしくて
   父さんと似ている人だったよ」
  「そんな人いるとは思わなかった」
  「きれいな人かしら」
  両家ともゴリゴリの正統派なのが良かったようで、二人とも好意的でした

  ただ、彼はまだお見合い3人め。
  父親はそこが気になるようで
  「そんなに急いで決める必要はないんじゃないか」
  「どうして」
  「母さんは決めるまで10回見合いした」
  「僕はラッキーなんだ」
  「相手の民族が同じか、正統派かどうかも気になる。
   別に差別主義者ではないが、お前は長男だ、
   他の兄弟のお手本になるだろう」
  「そこは心配ないよ」
  母親も
  「彼女はどんな人柄なの?」
  と心配そう。
  「それを知るためにデートするんだろ」

 ・エスティの両親
  一方エスティの両親も会話中。
  お父さんは
  「いい青年だ」
  と彼に好印象を抱いたようでした。
  ただ、
  「どのくらい援助をすべきか調べないと
   彼らが結婚したあとどこに住むか聞く必要がある」
  と話していました

 ・3回目のデートでエスティがアリエルの家訪問
  エスティがアリエルの家を訪問していました。

  彼女は緊張した感じで、母親が飲み物を勧めるものの断る
  父親は彼女に、
  「息子は色んな人を連れてきたけど、話した感じや見た印象は君が一番いい。
   今すぐにラビの承認を受けにいってもいいくらい」
  と手放しで喜ぶ。

  それから面接のように、二人で彼女の家族について質問していました。
  「君の家族が正統派かどうかが気になる、
   テレビなどが家にあるのは好ましくない」
  「うちはそういうものはありません」
  「うちの近くに住むことは…」
  「それはすぐにはお答えできません」
  「料理は」
  「します、得意じゃないですけど。教わります」

  そして
  「もう行かなきゃ」とおいとまする。
  「あら、もう帰るの、息子に飲み物もらってね」

  彼女が去ったあと
  「きれいな人ね」「穏やかな人だね」
  と取りあえずは合格点みたいでした

  さっきもそうですが、話し合いがかなり早くて合理的ですね。

 ・母と娘の口論
  それからしばらくして。
  交際は順調みたいですが、
  デートを重ねるのに結婚を決めない娘エスティに、
  母親は苛立ちをぶつける

  この辺感覚がよくわかりませんが
  この宗派?地域?では、結婚をさっさと決めずにだらだら交際するのは良くないというか、神の心に反するみたいです

  「結婚を決めなさい、するなら先に進む、
   しないなら別れる」
  と結婚を迫る。
  「これ以上デートを重ねたら、触れたりこれ以上の関係になる、それはダメよ」
  「彼もあなたも、他の人とお見合いする機会を逃すことになるのよ」
  と諭す。

  娘は
  「彼は結婚するつもりよ。私も彼も他の人とはお見合いはしないわ」
  「だったら先に進みなさい、結婚しなさい」
  「もう一回会って話をさせて」
  「いいわ、でもあと一回で決めなさい」

  そしてなぜか母親は泣き出す
  「私はあなたが気がおかしくなったと思って心配してるのよ」
  「私はまともよ」
  「あなたがデートにいくたびに気がおかしくなりそう、
   もう耐えられないのよ。
   あなたが幸せな結婚をすることを望んでいる」
  「だったら好きな人と結婚させて」
  「ええ、そうしなさい。
   あなたも20年もしたら娘ができる、そしたらこの気持ちはわかるはず」
  「自分に子供ができるまでそんな気持ち分からないわ」

  そして母は神に祈り、泣く
  「神のご加護を、娘が伴侶と共に家庭を築くことができますように」

 ・アリエルも親からプレッシャーを受ける
  一方アリエルも、母親から注意されていました
  「相手のお父さんから連絡があったわ、先方はあなたに誠意がないと思ってる」
  「誠意はあるよ」
  「あなたたちは長いこと付き合いすぎだわ、どんな計画なの?」
  「相手のお母さんと話してみるよ」
  「そうしてちょうだい」

  とにかく恋人期間は短い方がいいみたいです。

 ・アリエルとエスティの話し合い
  エスティは追い詰められているせいか、アリエルに決断を迫る
  「お母さんと話す必要があるわ、私たちの地域では長く付き合うことは許されていないの。
   なんのために先送りするのか分からないわ」
  「僕にプレッシャーがあるのは分かってる、
   でもじっくり進めたいだけなんだ」

  「分かるわ、私も怖い、
   物を衝動買いして後悔するのとは違う」
  エスティは理解を示しつつ、
  「でも神のおかげでお金などは心配ない、特別私たちの結婚が早い訳じゃない。
   一緒に働いて頑張ればいいのよ」
  「僕はいま学生だ、実習中だ」
  「それは分かってるわ、あなたはそれを続ければいい、何かを奪うわけじゃないでしょ?」
  「2、3ヶ月待つくらいそんなに変わりはないだろう?」
  「大有りよ、私は女の子としてのプレッシャーもあるの、
   もうすぐ高校を卒業よ、卒業したら結婚すると思われている」

  エスティはため息をついて
  「これじゃ結婚するときも先が思いやられるわ」
  「できるかどうかだけどね」
  別れ話まで持ち出そうとするアリエルに、エスティが
  「冷静に話し合いましょう、これじゃ混乱したまま母親と会うことになるわ。
   …母親にはせっつかれているの」

  アリエルは彼女をなだめる
  「お母さんにはちゃんと話すよ、
   来週にはラビの承認をもらいにいく、再来週にはもらえるはずだ」

  …相性は良さそうなのに、自分たちのペースで進められないのが何となく気の毒に感じました。

さて彼らの結婚のゆくえは?

○3ケースその後
…さてこれらの3ケース、一体どうなったか?
 最後に字幕でその後が示されていました。

 イェヘスゲルは「こんなに確信を感じたのは初めて」と運命すら感じた女性には断られ
 厳格な宗派の勉強を止める決意をしたらしい。

 メラヴはお見合いは中断し、法律の勉強に励んでいるそうです
 誕生日には
 「相応しい時期に、相応しい伴侶と結婚できますように」
 とお願いしていました

 エスティとアリエルはその後幸せな結婚をし、
 アリエルの実家の近くに住んでいるそうです。

○感想など
・所々に「ラビの承認が…」とあるので、ラビってなんだ?と思い調べましたが
 コトバンクによれば
 「ユダヤ教神学校で教育を受けた教師で、典礼上の事柄を判定し、祭式を司り、説教を行う者をさす」
 とあるので
 神父さんとか牧師さん、神主さんみたいなもんかなと思いました。

 Wikiでも
 ・律法学者
 ・シナゴーグの指導者、コミュニティーの指導者
 「地域で行われる宗教的な行事をとり仕切るなど、どちらかといえば日本の神社の神主や寺の住職に近い。
 また旧約 聖書の研究をするなど、中世キリスト教の神学者にも似ている」

 とあります。
 イスラム教の指導者よりかは権力が緩く、
 地方の偉い人、というイメージなのかなと思います。

・このユダヤ宗派マニア?的な方もいるみたいで
 http://seiwanishida.com/archives/1468
 のページにも詳しく書かれていました。
 この方、イスラエルの彼らのコミュニティをうろついたり
 ニューヨークのブルックリンにも行ったりしているというからかなりの筋金入りファン。
 (たしかに彼らの黒ずくめ長髭のいでたちカッコいい、ってのも何となく分かるが)
 文章も面白かったです。

 今回のドキュメンタリーでも
 この宗派では、トーラーの勉強で仕事を全くしないという男性も少なくない、
 という話がありましたが、

 このページによれば
 2014年の時点で男性の就業率は50%以下、
 一方女性は70%なんだそうです
 (このページでは「ヒモ男子」と称されていました(笑))

 法律の勉強は尊いから、女性は金銭的に稼いでそれを支える、
 ということなのでしょうか。
 正統派で男性側が働かない家は暮らしも質素にしているようで、
 最初の男性なんかはそれをよしとしている感じでしたね。
 (最初のお見合いの女性を「快楽主義」と批判的でした)

 このドキュメンタリーでも、
 女性の方が現実的な考え方の人が多かったけど、
 そういう社会事情が反映されているんでしょうね。

 女性が稼ぐ…。
 女性は家にいろ、的な日本社会にいる私にとってはやや羨ましいが、
 でも働かないだんなのせいで質素な生活、てのは嫌かも…(笑)

・3回の見合いで結婚するシステム、てのは
 昔の日本に似てるなぁと思います。
 親とか世話焼きオバサンが決めて持ってきて
 出会ってから恋愛が始まる…

 しかし考えようによっては、
 素性が分かってから付き合える方が合理的なのかもしれないですね。

 日本でも、「見合い結婚」の時代が終わり、
 「自由恋愛」になったけど、
 最近は結婚サイトという名の「お見合い結婚」に回帰している感もある。

 (実際だんなの職場では、女の子の出会いが少ないとかで
 職場結婚でなければ、紹介所で出会って結婚、てのが多いんだそうです。

 だんなと「それもある意味いいかも」て感じの話をしたことがあります。
 趣味とか趣向がだいたい同じ人を探してくれるんだし、
 紹介してくれたからって結婚しなきゃいけないわけじゃないし、
 出会いを探す手間が省けると思えばいいのかなーと思います)
 
 まぁでも、見合いってよくわからんまま結婚してるのに
 離婚したら傷物扱い、てのは理不尽だなぁと思います。
 メラヴさんとか、綺麗で頭も良さそうなのに勿体ない。
 これも昔の日本と同じですよね。お見合いしても実家帰ったら恥さらしになるとか…

 それでも昔の日本は、
 女性は結婚しないと生活できないから泣き寝入りも多かったんだろうけど、
 ユダヤ教正統派の女性は、
 どっちみち働くために手に仕事を持つから、
 その点強そうだなと思いました。
 再婚同士なら連れ子がいても寛容な雰囲気も感じました。

 さてここからは個々のケースへの感想。
・最初の男性イェヘスゲルくんは
 戒律を守っても自由恋愛みたいなものはできる、と夢見ていた感じだなーと思いました。

 妹のケースを見て、自分は親や周りの言いなりにはならないぞと思っていて、
 でも自分が守ってきた神の教えは守りたい…
 その葛藤に迷っていくうちに、
 ちゃんと神の教えを守っていたら運命の相手と出会えてラブラブになれるはず、
 というある意味都合のいい?解釈になったのかもしれない。

 しかし現実を見て、
 それはよっぽど運に恵まれた人たちのケースだ
 (最後のカップルのように)と悟ったのだろう。
 3回ごときで、運命の相手を見抜くのは無理がありますよね。
 ほぼ運任せのギャンブルみたいなものに近い…
 その結果が「厳格な宗教の勉強を止める」という決断だったのかなと思いました。

 この宗派の中でも、もっと自由に生きたいと、
 親と断絶状態になりフツーの生き方(ネット見たり自由恋愛したり)をする人もまれにいるそうです。
 イェヘスゲルくんはどうなるか分からんが
 現代の世の中、煩悩も自由も有りすぎなので、
 宗教を貫くのも大変なのかもなーと思いました。
 宗教など、ある程度の制限を受け入れてその範囲内で生きるか、
 自由を選択するか。

 まぁでも、自由を選択すれば幸福になれるかと言えばそれは別の話なのよね。
 お見合いを受け入れた方が幸せなこともあるし。
 ゆえに人生は難しい。

・2番目のメラヴさんのケースは、
 宗教を守りつつも、自分をきちんと持って生きる女性の強さ、みたいなのを感じました。
 女性は離婚歴があると大変みたいだけど、
 宗教しか勉強できない男性の方がある意味不自由なのかも?

・3番目のカップルは、自由に結婚のしかたとか決めさせてもらえないのが、
 自分ならイラッとするだろうな~と思いました
 自由に決められる時代に生まれて良かった~

 まぁでも
 「だらだら付き合ってるのはダメ」
 という感覚は、この宗派でない自分には理解できないんですが、
 子供を心配する母親の気持ちは同じなんだろうなーと思いました。

 自分のいるコミュニティの習慣にそこそこ従って結婚して欲しい、
 あんまり変わったことすると目立つし、フツーが一番。
 ていう感覚なのかな。

 でもこれ日本人にも通じると思う。
 家族制度が思想を作るという考え方で言えば、
 この宗派、日本人と考え方が似てるかも。

 世界にはいろんな宗教、習慣がありますねー。
 多分日本のお見合いとかも、欧米から見たら窮屈だと思われていたんだろうなぁ。
 そういう違いを知るだけでも
 世界ってひろーい、人間って面白ーい、と思えますね。

 BSってこの辺自由なのでわりと好きです。
 というわけでだらだら書いてしまいましたが、今回はこの辺で。